なんてったってアイドル(Side 生徒会
「あの、……俺も役員席いかなきゃいけないんですか?」
仕事が長引いた時点で結城は嫌な予感がしていたのだ。
「なんだ、不満か?」
一応の上司である御影の不遜な態度にため息が漏れる。
元から持て囃される立場の人間には、凡人の気持ちなど分からないのだ。まして、結城は親衛隊である。
「不満とかじゃなくてですね。後が怖いというか」
「どういうことですか?」
「や、いや。『俺』がいるっていうのが悪いというか。……あんまり言うと告げ口っぽくなっちゃうんで、これで勘弁してくれませんか」
俺、の部分を若干強調して副会長に訴えた。勘の鋭い彼なら分かるだろう、と見込んでのことだ。
「ふぅん? 抜け駆け禁止ってことですか」
「……そんなとこです」
「『あの子』がそれを言うとは思いませんが?」
「あの人は関係していません」
「そうですか。まぁ、そんなことはどうでもいいとして、食堂に着きましたよ」
そういえば。結城の目の前には大きな食堂の扉。
回れ右即ダッシュは阻止され、捕まれた襟首に息が詰まる。
「そんな面白そうなこと、僕が見過ごす訳ないでしょう?」
襟首を捕まれたままずるずると引きづられ、抵抗虚しく鉄心と英が開けた扉を通らされた。
途端に響く悲鳴、歓声。
生徒会の人気がどれほどか分かるだろう。両手で耳を塞いでも声は聞こえてくる。
結城は肩を落としてため息を吐いた。
「副会長……、逃げないので離してくれませんか」
やっと解放されて、よれた襟元を整えた。
その最中も歓声は止まない。
まぁ、それなりに静かな所も点々とはあるがかなり少数だ。
そんな中、御影がすっと手を上げるとぴたりと歓声が止む。
その辺りはよく教育されているというか、それが身についてしまっている。現生徒会の面々も去年までは「あちら側」にいたのだ。歓声を上げたことは一度もなくとも、生徒会長が手を上げれば自然と口を閉じた。
「応援もありがたいですが、食事中は適度な声量でお願いしますね」
御影の静めた観衆に向けて椿がにこりと微笑んでみせる。
食堂らしい賑やかさになった所で面々は入り口付近の階段を登っていった。二階は食堂の調理室部分の上に席が設けられ、手すりがガラスで出来ているため一階の様子が良く見えた。
その席を特別好んだのが、何代か前の生徒会長だった。一般生徒の様子が良く見える、と昼食は専らその席に座っていた。その様子が名物となり、いつしかそこは暗黙の了解の下「生徒会席」と呼ばれ、更に昼食後に各委員会の長たちと軽い打ち合わせをしたこともあって、二階席はいつの日か「役員席」と呼ばれるようになった。
「本当は誰でも座ってよかったんですけどね」
一応、今年の生徒会としては二階席の開放を宣言していたが、長年染み付いた癖なのか、二階を使用する生徒は少ないようだ。
空いた席が目立ち、もちろん「生徒会席」も空いている。
「俺たちも下に座ったっていいんだぜ?」
「嫌ですよ。僕らの周りだけ綺麗に席が空いたのは忘れません。実は避けられてるんじゃないかと思いました」
「そうなんだよな。どうも、俺たちと『あいつら』の間には溝みたいな壁があるよな」
「仕方ないよぉ。俺らも先代には気が引けるもん」
会話の間に注文を済ませ、面々は生徒会室にいる時のように、各々気を抜いた。
御影は腕を組んで背もたれに寄りかかり、鉄心はテーブルに腕を投げ出して突っ伏している。
後の二人は「いつも通り」姿勢良く座り、結城はいつもより少し固くなっていた。
「緊張してるのぉ?」
「……嫌な予感しかしません」
「君はそう言いますが、階下では君への悪口は聞こえませんでしたね」
「あー、そういえばそうだねぇ」
思いの外早く来た食事を受け取りながら、会話は途切れることなく続いていく。各々挨拶をして箸を付ける。時間は無限ではない。
「あぁ、知らないんですよね。うちは食堂では騒がないように言われているんです。いつも忙しい方々だから食事ぐらいはゆっくりとってもらいたいって。だから熱い視線は送っても声は上げないのが大半です」
階下で見かけた三年の隊員の顔を思い出し、結城はため息を吐いた。
確実に目を付けられた。
「あいつも来てるのか?」
「いえ、隊長は来ません」
期待がこもった会長の声を結城は容赦なく切り捨てる。彼にとってはいつものことでも、会長にとっては初耳だ。険しい視線を送ってくる会長にうんざりし、行儀が悪いと分かってはいたが箸を茶碗に突き立てた。
「言い切れるのか」
「隊長のファンも多いですから、落ち着いて食事を取る所じゃないんでしょう」
廊下を通るだけでも視線が集まるのを知っている結城はため息混じりに言った。秋吉がいない食堂など意味がない。それ故、結城は食堂を利用したことはほとんどなかった。
「会いたかったですか?」
「……当たり前だ。毎日でも会いたい」
臆面もなく言い放つ御影を見て結城は再度ため息を吐く。
さっきからどれほどの幸せが逃げたのだろう、と結城は内心で呟いた。
「そういうことは本人に言ってくださいよ」
「本人が捕まらないんだから仕方ないだろう」
不満だ、とばかりに鼻を鳴らし、御影は箸を動かす。
代わりに口を開いたのは鉄心だ。
「そういえば、結城くん。あっきー大丈夫?」
突然の問いに結城は返答に困った。
「この間、ちょっと無理させちゃったからねぇ」
深読みをさせるような鉄心の言葉に食いついたのは御影だった。眉間に皺を寄せ、手が出そうなのか握りしめた手が震えていた。
「平塚、……どういうことだ」
「そんなすごまないでよ。この間お茶したときに具合悪そうだったからさぁ」
「元気、とは言い切れません」
結城は普段の秋吉と岬から聞く話を思い出しながらいった。
「表には出しませんが、あまり寝てないみたいです。それでも俺に話はほとんどきません」
「どうしてー?」
「俺に喋るとこうやってあなた方に話がいくからですよ」
生徒会に入り、親衛隊としての活動時間が減ったことも一因だが、御影に話が伝わるのを秋吉が嫌ったのが大きいだろうと結城は考えていた。
「僕たちはそんなに頼りないかな?」
ニヤリと椿は笑ってみせる。答えがノーであると知った上で聞いていた。タチが悪い。
「迷惑、かけたくないんですよ」
「なんでもないのにね」
「これで会長が隊長をかばったら、更に立場は悪くなります。余計なことはしないでくださいね」
「……ちっ」
「すみません」
「お前が謝るな」
舌打ちして顔を歪める御影を見て、結城は頭を下げた。
色々と原因はあるだろうが、結城が補佐であるこの状態も秋吉の立場が悪くなる一因でもある。
自ら、秋吉を追い詰めていることを思って思わず唇を噛み締めた。
「発破、かけてみようかー?」
「テツ先輩……?」
「このままじゃ、なんも動かないっしょ?」
「そうは言っても、何するつもりですか」
「舞華に頼む。うちの可愛い良い子だよ」
そうと決まれば話は早い、と鉄心はトレイを持って颯爽と去っていった。
「まだ、何も頼んでないです……よ」
言った所で声が届くはずもなく、結城が伸ばした手は力なく下ろされた。
「さぁ、僕らも帰りましょう。休んでたって仕事は終わりませんよ」
丁度良い区切りでもあった。各々トレイを持って食堂を後に、生徒会室という戦場へ足を向けた。
次回は金曜日の深夜か土曜日です。