がぶ飲み睡眠薬(Side 親衛隊
「また、飲んでる……」
机の上に散らばる錠剤の殻をみつけ、時雨はため息を吐いた。
頭痛薬と睡眠薬。その組み合わせは身体に悪くないのだろうか。何があったかは知らないが、殻も片付けられないほどの何かがあったのだろう。
秋吉は何も言わないし、言おうとしない。よっぽど強く問い詰めない限り口は開かない。
その所為で、彼のクラスメイトからも何を考えているか分からないと言われている事を知っている。
実際、時雨にも秋吉の考えは分からなかった。
辛くなるように、辛くなるように行動しているように見えた。正直、不可解だ。
リビングから続く扉の片方を小さくノックをして静かに開ける。
秋吉のプライベートスペースだ。
静かに扉を開けたのは、秋吉を起こさないためであって、不法侵入しようと思った訳ではない。あしからず。
また、親友兼ルームメイト兼親衛隊長の身として、時雨は秋吉の体調を人一倍気にかけていた。
白と青のコントラストで統一された室内は、リラックスというより肌寒さを感じさせる。
奥のベッドの上にこんもりとした塊が見えた。秋吉は猫のように丸まって寝るのが常だった。
「なんか、寝てる間も苦しそう」
眉間に皺を寄せて目を瞑る秋吉の寝息は穏やかだが、見た目には穏やかとは言い難い。
「やっぱり、無理してるよね」
ため息を吐いて時雨は部屋を出た。
リビングで一人。愛用のカップにチャイを作って、ちびちびと飲む。どうしても自室に入る訳にはいかなった。秋吉が起きたときに一人だとしたら、何をしでかすか分からなかったからだ。
本を読んだり、テレビを見たり、宿題を広げて見たり。時折秋吉の部屋の扉を見るが、動く気配はない。静かだ。
いつの間にか時計の針は7時を指した。それでもそろそろ起こそうか、と腰を上げたその時、秋吉の部屋から、何かが落ちる音と何かが倒れる音が立て続けに起こった。
「……あきちゃんっ!」
慌てて扉を開けようとしたが、それよりも前に扉が開かれ、秋吉が飛び出してきた。
時雨の目の前を通り過ぎ、トイレにたてこもる。えずく声だけが悲痛に響き、時雨は不意に泣きそうになった。
しばらくして開かれた戸の前には、血の気のない顔をした秋吉の姿があった。
「あきちゃん、座ろう」
秋吉の手を取って、時雨がソファへと導く。秋吉はされるがままだ。視線は下を向き、時雨と視線が合うこともない。
ソファに座らせると、秋吉の本日の紅茶を入れてやった。秋吉自身も自分が追いつめられているのが分かっているのか、カップからは仄かにラベンダーの香りが漂ってきた。
「飲んで」
カップを手渡すと、秋吉はゆっくり口を近付けて飲んだ。
「何があったの?」
「……晒された。あの人、嫌」
全く要領を得ない。親衛隊の悪口も言ったことのない秋吉が人を嫌うのは珍しかったが、それが誰のことを指すのかは時雨には検討も付かない。
睡眠薬の名残なのか、未だに秋吉の目は鈍く澱んでいる。
「ご飯、どうする?」
「いらない、かなぁ」
「食べなきゃ薬も飲めないよ?」
「うーん、……そうか」
俯き、頭をゆらゆらと左右に揺らして秋吉は唸った。
「大丈夫……?」
「大丈夫。あの人は約束は守る人だから」
「えぇと、そうじゃなくて。……気持ち悪いとかない?」
「まだ、ちょっと。さっき吐けなかったから」
「じゃあ、消化の良さそうなもの作るね」
時雨はそう言うと勢いよく立ち上がり、部屋に戻るとエプロン片手に戻ってきた。
「あきちゃんは座ってて。気持ち悪くなったらすぐ言ってね」
「……ん」
腕まくりをし、張り切ってキッチンへ移動する。
二人の部屋のキッチンには、秋吉がオリジナルの配合をするための紅茶の瓶と、凝り性な時雨の使う様々な調味料の瓶が並べられていた。
時雨は慣れた手付きで料理を作っていく。
他の親衛隊ならば食堂に生徒会役員を見に行くのかもしれないが、生憎二人にそのような習慣はない。
元々、秋吉は食事中に騒ぐのを良しとしない。それでも一目でも会長に会いたい隊員たちの為に、見に行く際に騒がない事、生徒会役員に迷惑をかけない事を徹底させた。
「ま、僕たちが食堂行ってもすごいんだよね」
秋吉は守ってあげたくなる系、時雨はツンデレ系、とそれなりのファンがいる二人としては、食堂はもはやゆっくり食事をする場所ではなくなっていた。
「できたよー」
二人分の食事をテーブルに並べ、時雨は秋吉を呼んだ。
時雨の声に反応してのっそりと身体を起こす様は、やはり具合が悪そうに見えた。
「少しでもいいから食べてね」
醤油ベースに鮭ブレークと溶き卵を加えたおじやだ。後乗せで三ツ葉を載せて完成の簡単なもの。おかゆに近い分食べやすいだろうと思ってのチョイスだった。
茶碗に盛ったおじやを前に、秋吉はゆっくりとレンゲを手に取った。
もそもそと食べる様はまるで小動物のようで、時雨は自分が料理を作れて本当に良かったと実感した。
「時雨ちゃん……?」
箸も動かさず、自分を見つめる時雨が不思議に見えたのか、秋吉はこてん、と首を傾げて時雨を見つめ返した。
「あきちゃん。なるべく一人にならないでね」
自分の容姿に無頓着な秋吉に、時雨は思わず零れるため息を隠しきれなかった。
「……なんで?」
「危ないから」
まだ分からないような顔をしている秋吉を放って、時雨は自分の分に箸を付けた。
***
食事が終わった秋吉は寝る準備を全て整えてから、睡眠薬をリビングのテーブルに出した。
規定の三粒を一つずつ丁寧に口に運ぶ。飲み下す度に喉仏が上下し、時雨はそれをぼんやりと見つめた。
「ごめん。先に、寝るね」
「うん、分かった。何かあったら、何時でもいいから、起こしてね」
若干の間の後、秋吉は緩慢に頷いてみせた。それに少しの懸念を抱きながら、時雨は黙って秋吉を見送った。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
ひらひらと手を振って自室に戻る秋吉は随分と顔色が戻っていた。
明日になったら、全部良くなっていればいいのに、とキリの無いことを思いながら、時雨は残った片付けをし始めた。
次回は水曜日です。