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キ印のお茶会(Side 生徒会会計

 美しい庭園に美しい人、道化な自分。お茶会を開くメンバーとしてはまるで「不思議の国のアリス」のようだ。


「狂ってる訳ではないけどね」

「……え?」

「うぅん、こっちの話」


 日当たりの良い中庭。アンティーク調のガーデンテーブルの上に揃いのティーセットを並べ、優雅にお茶会を開くのは生徒会会計の平塚鉄心と御影利春生徒会長親衛隊隊長、藤堂秋吉だ。

 秋吉手製の紅茶とお茶請けで午後のティータイムを楽しんでいた。


「また痩せたでしょ?」

「そうですか?」

「細くなった気がする」


 顔に出ない質なのか、顔立ちは僅かにほっそりしただけであったが、ワイシャツの襟や袖から覗く身体は簡単に手折れてしまいそうに細い。


「それに、疲れてるでしょ?」

「………?」

「紅茶。カモミールの匂いがする」

「ふふ、平塚様の為ですよ。昼間なので少量にしたのですが、気になりますか?」

「気にはならないけど、呼び方」

「……テツ様」

「そぉ」


 「平塚様」などと距離のある名前で呼ばれたくなかった。

 御影はそれに甘んじているようだが、それを許したら最後、秋吉との距離はそれ以上縮まない。それが、嫌だったのである。


「……テツ様、御影様はお元気ですか?」

「確かめに来ればいいのに。どうしてオレに聞くの?」


 秋吉が生徒会室に来たがらないことを知っての質問だ。我ながらタチが悪い、と鉄心は内心苦笑いを浮かべた。

 答えはきっとなにがしかの屁理屈だろう、と思ったが返ってきた反応は予想に反し、至極簡単だった。


「あんまり、会いたくないです」

「なんで? カイチョーのこと好きでしょ?」


 重ねて問えば、秋吉はぱちぱちとゆっくりまばたきをした。問われた内容に疑問を感じたようだ。


「好き、というか、お慕いしておりますが」

「何が違うの?」

「ご迷惑かけてしまいます」

「カイチョーは気にしないと思うよ?」

「そうじゃないんです」


 秋吉の遠慮は新しくできた補佐の存在や御影の家から来るものだと思っていたが。


「なんか違うみたい」


 何も装わない風で紅茶を飲む姿は、遠慮をしているようには見えない。


「僕は、あの方の傍にいたら駄目なんです」

「どうして?」


 そう問えば、秋吉は僅かに眉をひそめた。失言だったのだろうか?

 しばらく口をつぐみ、何やらを思案して彼はようやっと口を開いた。


「……あの方は「御影」です。僕じゃ、不釣り合いでしょう?」

「ホントは違うんでしょ? 家の事を気にしてる顔じゃなかった」

「そんなことないですよ。あの方はいずれ嫁を取り、家族を作って、子供を育てていく。若気の至りとはいえ、同性の恋愛など、誉められたものではありません」

「それはオレにも言えるよね?」

「いいえ、僕個人の考えです。テツ様にも、もちろん御影様にも強要するつもりはありません」

「でも、今言ったじゃない? 誉められるものじゃないって」

「僕は、と言っているんです。御影様が決めたのであれば、僕に御影様を止める権利はありません」

「じゃあ、ほんとうに、あっきーがカイチョーの傍にいたくないのは家の所為なの?」

「そうです」

「ほんとうに?」

「やけに食い下がりますね」

「ふふん、諦め悪いのよ」

「何か他に理由があって欲しいんですか?」


 どこか楽しむように、秋吉は鉄心に尋ねた。彼が普段身にまとう悲壮感は見られない。まだ奥があるような気がしてならなかった。


「何か隠してそうなんだよねー」

「隠していたら駄目ですか?」

「そこまでは言えないね」


 鉄心はガーデンチェアに寄りかかり、腕を組んで唸った。

 何か、こう、隙を突ければいいのに、と秋吉を見る。


「あ、カイチョーだ」

「っ………!!」


 嘘である。

 秋吉は鉄心の視線を追うように慌てて立ち上がり、誰もいないことを知るとほっとしたような後悔したような顔をして椅子に座り直した。……少なくとも、御影がいなかったことを残念に思っているような顔ではない。

 そして、その表情の変化を鉄心が見逃すはずもなく、秋吉もそれを知っているからこそ、観念したように肩を落とした。


「カイチョーに会うのが怖いの?」

「……」

「ごめんね。これしか思いつかなかったんだ」

「嫌いです」

「オレは好きだよ」

「……」

「どうして怖いの?」


 不謹慎ではあったが、ドキドキしながら鉄心は、秋吉の答えを待った。ため息を吐いて俯いた顔に、いつもの凛とした親衛隊隊長の姿はなかった。


「あの方は、眩しすぎます」

「眩しい……?」

「太陽と同じです。存在しなければとても困ります。けれど、直視しようとすれば、放つ光の強さに目を焼かれてしまいます。……こんなの、重いでしょう?」


 確かに。とは思ったが、口には出せなかった。それくらいは程度をわきまえている。


「補佐は、そうは言っても御影様と同じ立場に立てないようでは話になりません。僕では駄目なんです。務まりません」

「なるほど、納得。補佐候補の中にあっきーの名前が無かったのはそういう訳があったんだね」


 沈黙。

 相手のことを太陽だと思うのは、まるで一昔前のプロポーズの言葉のようだ。しかし、それほどまでに相手の存在が大きすぎれば、近寄ることさえはばかられる、とそういうことなのだろう。


「僕は、寄りかかりたいだけなんです」

「……え?」

「今日はもうこれでお開きにしましょう。しゃべり過ぎました。本当は誰にも知られたくなかったのですが」

「オレは聞けて良かったけど」

「御影様には内緒にしていてくださいね」

「分かってるよ」


 ティーセットを片付けた秋吉は、じゃあ、お願いします、と声を掛け、中庭を去っていった。

 後ろ姿を見送った後、鉄心はガーデンチェアにもたれ掛かり、空を見上げた。


「テツさま」

「ぬーん? ……お、舞華だ」


 背後からかけられた声に、緩慢に鉄心が振り返ると視線の先には一人の生徒。彼も秋吉に負けず劣らず線が細く、また、上品な雰囲気をも醸し出していた。鉄心は彼を舞華と呼び、おいでおいでと手招いた。

 近寄った舞華の腰に腕を回し、腹に顔を埋めてすん、と息を吸う。

 心地がいい。


「聞いてたの?」

「ぇえ、まぁ。あなたの親衛隊ですし」

「あんなに重く考えてるとは思わなかった。一回でもいいから、甘えればいいのにね。こうやって」


 すり、と寄せられる頭の暖かさに舞華は少しだけ、目を細めた。

 鉄心は親衛隊に対して遠慮がない。相手が嫌と言わない限りは好きなように甘えるようにしていた。

 親衛隊の彼らからは嫌と言われたことなど一度もないし、これからもないだろうけど。

 舞華は鉄心の柔らかい髪をそっと梳いていた。


「テツさまは藤堂さんをどうしたいんですか?」

「幸せになって欲しいなぁ」

「幸せにする、とは言わないんですね」

「あっきーにはカイチョーがいるし、オレには舞華がいるからね」

「僕はあなたの恋人じゃないんですから、テツさまのやりたいようにやってくださっていいんですよ?」

「いいよ。あっきーの一番はカイチョーだもの」


 ぎゅぅ、と舞華を抱きしめる腕に力を込め、鉄心は再び舞華の腹に顔を埋めた。


「テツさま、お部屋に戻りましょう」


 肩を撫で、慰めながら舞華は鉄心を立たせた。

 舞華はこうして触れ、傍にいることを望んでいたが、秋吉はそれを拒んだ。

 親衛隊長の仕事はこなしているようだが、こうして、傍で支えることも立派な仕事だ。それを放棄したとも取れる秋吉の行動は舞華にとって不可解だった。


「あぁ、だからこその補佐なのか」


 見かけたことのある会長とその補佐の仲むつまじい姿を思い出し、あれは隊長の代わりなのだ、と理解した。


「損な性格……」

「ん? 舞華?」

「なんでもありません。行きましょう」


 手を取る。暖かく、愛おしいそれを、自分ならば絶対に離しはしない、と心に誓って舞華は前を見つめた。



次回は土曜日です。

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