秘密の花園(Side 生徒会長親衛隊
――ふぅ
悩ましげが溜め息が一つ。渡り廊下に零れた。
御影利春生徒会長親衛隊隊長、藤堂秋吉その人である。
窓際に立つ彼の凛とした佇まいと仄かに立ち上る憂い。その絶妙なバランスが色気となり、彼の存在を際立たせている。
傍を行く生徒がほぼ一人残らず振り返るほどの美貌。しかし、本人にその自覚はなく、ただ、窓の外へと視線をやっていた。
視線の先には、生徒会長御影利春と、先日補佐に就任した結城美晴の姿。
結城といる御影は随分とリラックスしているらしく、普段見ることのできない笑みを浮かべ、じゃれあいのようなちょっかいをかけている。
それを見つめる彼の瞳はしっとりと濡れ、窓をなぞる指先はなんとも心許なく、庇護欲にかられた男たちの注目の的だった。
「何見てるの?」
「……ぁ、時雨ちゃん」
さりげない風を装って時雨が秋吉に声をかける。その際に、周りを牽制するのは忘れなかった。
ギャラリーが散ったのを確認して秋吉の隣に立つ。彼の視線を追い、現在学園の中で一番有名だろう二人を視界に入れた。
「あぁ、結城くんと会長? 上手くやってるみたいだね」
「うん、最初はどうなるかと思ったけど、大丈夫そう」
うすらと笑みを浮かべて窓をなぞる。
気付いているのだろうか。秋吉の顔は今にも泣きそうに歪んでいた。
「ねぇ、あきちゃん。へいき……?」
「ん? 何が?」
「苦しくないの?」
時雨の言葉にも秋吉は首を傾げるばかり。自覚はないようだ。時雨は溜め息を吐く。
「もういい? 行こう。授業始まるよ」
「ぁ、うん」
秋吉は時雨に手を引かれ、渋々その場を後にする。もう見えない御影の面影を探すように目を閉じた。
***
親衛隊の仕事は3つある。
放課後の定期集会と、見回り、親衛対象の補佐だ。
御影は補佐が結城に決まったため、専ら仕事は放課後の定期集会ばかりだった。
「何か報告はありますか?」
放課後、空き教室を借りて親衛隊を集める。二クラス合同で行う授業の際に使う教室が埋まるほど、隊員が所狭しとひしめき合っていた。
御影は全校生徒の前に出ることも多いし、カリスマ性も持ち合わせている。有名どころに人が集まるのは当然と言えようか、会長の親衛隊は一番の規模を誇っていた。
教室中をぐるりと見回し、隊員の中から手が挙がる気配が無いのを確認して秋吉は締めの言葉を発した。
「無いようですので、これで解散とします。次回は来週の水曜日です。よろしくお願いします」
そう言うと秋吉は力つきたように教卓の傍に置いてあった席に座り込んだ。
集会が終わった後はそれぞれ少人数で固まり、情報収集にいそしんでいた。三学年が一堂に集まる貴重な日だ。下級生たちはより詳しい話を聞こうと仲のいい三年の隊員に声をかけていた。
「ねぇ、隊長。顔色悪いよ……?」
「ん。……大丈夫」
いち早く、というか、人々の輪に入らなかった時雨が秋吉に近づく。
ぐったりと椅子から立ち上がる気配も見せない秋吉に、彼は心配そうに声をかけた。
「何一人だけ傷付いたみたいな顔してるの?」
「御影様はあんたのものじゃないんだからね」
他愛もない話し声に紛れて響く中傷、妬み、嫉妬。負の感情に当てられて、秋吉は反応を返すことはできない。秋吉は二年。隊員は三学年。下級が長をやることへのやっかみは仕方の無いことだろうか。
「悲劇のヒロインぶっちゃって。補佐になった美晴だってどんな手使ったんだか」
「他の候補の悪口を言って、御影様に自分を補佐にするように言ったみたいじゃない?」
「いくら仕事が出来るからって、先輩の悪口を言いふらさなくてもねぇ?」
「うわー。最低」
出所の分からない声。誹謗。中傷。
秋吉や時雨、美晴のことも槍玉に上がる。非難の嵐に晒されるが、秋吉は決してそこを動こうとしない。
不満は聞いて置かなくては円滑な活動にはつなげられないと考えているからだ。だが、他の者までも槍玉に上がるのはよろしくない。
「僕への不満はいくらでも言ってもらって構いません。ですが、他人の悪口は、言い触らすものではないでしょう。不満と文句を一緒くたにしないでください」
凛と響く声に教室が一瞬、水を打ったように静かになる。
しかし、それも束の間。また、雑談と誹謗中傷が交じるカオスが戻ってきた。だが、話しの内容は前と異なり、秋吉以外の悪口はほとんど聞かれなくなった。
時雨が溜め息を吐く。悪口を言っていた隊員に対するものではない。秋吉の対応の仕方に呆れ返っていた。
(わざわざ煽るような事言わなくてもいいのに……)
時雨だって二年で、福隊長を勤めている分やっかみもまた必然だ。悪口には慣れている。わざわざ、攻撃の目を自分だけに向ける必要はないのだ。と秋吉に言ってやりたかった。
だが、先に秋吉に声をかけたのは、これもまた渦中の人物だった。
「秋吉先輩。無理しないでください」
「……結城くん」
一年で補佐になった手前、隊員内でも扱いに困っているのだろう。持て余されるようにぽつんと残された彼はそれに逆らわず真っ直ぐに教卓へ向かってきたのだ。
制服が汚れるのも構わずに結城は秋吉の前に膝をつく。
「あなただって本当は俺のこと憎んでいいんですよ」
「どうして……」
「だって、あなたから御影先輩を奪った」
「違う。君は御影様に選ばれた。ただ、それだけ」
秋吉は背もたれに体重を預け、重力に負けそうな頭をどうにか結城に向けている。もう、見ている方も限界だ。
早く休んで欲しい一心で時雨は秋吉に声をかけた。
「ねぇ、もう帰ろう?」
「ダメ。まだ、終わってない」
そこここから聞こえる声に耳をすませる。悪評の中には根拠のないものもあるだろうが、秋吉は全てを飲み込むように、目を閉じた。
「倒れちゃうよ」
「大丈夫だよ。時雨ちゃん。……ごめんね」
それ以上はもう、届かないのだと、一方的な拒否を突きつけられ、時雨は言葉を失った。
「……っもう、…もがっ!? むぐっ。むー!」
息を吸い、決定打を秋吉に叩きつけようとしたそのとき、後ろから口をふさがれ、時雨は間抜けな声を上げることになった。
そのままずるずると引きづられ、廊下の隅で邪魔者と対峙した。
「なんで邪魔したの、美晴」
響く声は秋吉に対するものと違い、含ませた棘が隠されることなく晒されている。
「……随分変わりますね」
「当たり前。あんたに使う愛想は持ち合わせていないんだから」
つん、と顔をそらして、横目で結城を睨みつける。中性的な顔立ちの所為で迫力が出ないのは知っていたが、それでも睨まない訳にはいかなかった。目の前の男が原因の一端を握っているのだ。
彼には時雨の睨みなど効いていないのだろう。結城はひょいと肩をすくめると時雨をたしなめた。
「時雨さん、あれは言っちゃダメです。秋吉先輩の味方がいなくなっちゃう」
「あんたがなればいいじゃない? 藤堂秋吉親衛隊副隊長さん?」
「隊長はあなたでしょうが」
「だって、……なんであんなに頑張るの? そこまで頑張ることないじゃない! 目を塞いだって、耳を塞いだっていいのに! もうあんなあきちゃん見てられないよ……。美晴は補佐になっちゃうし、僕はどうしたらいいの?」
「すみません。補佐を全員追い出したら、秋吉先輩が補佐になると信じてるバ会長見たら止まらなくて」
そう言うと、時雨は元々大きな目を更に大きくさせ、そして、溜め息を吐いた。
「はぁ? そんなこと考えてたの? どうりで、なんかおかしいと思った」
「俺が補佐になるしかないでしょう?」
「それはそうだ。……でも、その所為であきちゃんは更に痩せちゃった。意外とショックだったみたいだよ。あんたと会長の仲むつまじい姿が」
「補佐になんかならなきゃよかった……」
「しょうがないでしょ? もう」
「……そうか。申し訳ないこと、したな」
振り返って出てきた教室を振り返る。秋吉はまだ、あの教卓の前で身動きもせずに黙って誹謗中傷の嵐を受けているのだろう。
「だからと言って今までと態度変えたら殺すからね。あきちゃんが気付いちゃう」
「相変わらず、秋吉先輩贔屓ですね」
「当たり前」
そういって、時雨は得意げに鼻を鳴らした。
「二人共、鍵閉めちゃうけどいい?」
いつの間に終わったのか、チャリリ、と鍵の音を響かせて秋吉は時雨たちに声をかけた。
「うん、うん、大丈夫だよ。隊長。平気?」
血の気のない顔を心配そうに時雨が撫でる。
瞳は澱み、うっすらと隈も出来ている。
ふとした瞬間に何かが切れてしまいそうだ。無理やりにでも、どうにかして休ませたかったが、それを秋吉は望まないだろう。分かっているだけに時雨は唇を噛むことしかできなかった。
次回は水曜日です。