会長補佐選抜(Side 親衛隊
「……という訳で、一週間ずつ補佐を務めていってください」
生徒会室から帰った秋吉は早速補佐候補を集め、御影との間で決定した事項について候補たちに報告した。
「隊長、本当にやらなくていいんですか? 隊長も候補に挙がったじゃないですか。それなのに、辞退するなんて」
候補は各学年一人ずつ。意図して選んだ訳ではないが、結果として各学年の代表が選ばれた形になった。
秋吉に対し、不満げな声を上げたのは意外にも一年生だ。彼は気遣いと気配りができる、傍にいて気持ちがいい隊員として、同級生はもちろん、上級生からも評判がいい。
候補決め当初は秋吉を推す隊員もいたのだが、彼自身がそれを辞退した為、今の3人が補佐候補となったのだ。
「出来る方の補佐だもの、出来る人の方がいいでしょう? それに僕は隊長だから、ここを離れる訳にはいかないよ」
「でも……」
「結城くん、僕はあの方の傍には居られない。遠くから、影から、あの方をさりげなく助けられればそれでいいの。僕にあの方の隣に立つ資格なんてない」
秋吉に意見した一年生――結城はその壮絶なまでの献身を思って顔を歪めた。
一体、二人の間に何があったというのか。秋吉の一方的な自己犠牲で、御影と秋吉との格差は広がるばかりだ。
息を吐き出し、首を振る。きっと何を言っても秋吉には届かないだろう。
「もう、いいでしょ? 美晴。隊長もこう言ってるんだし?」
補佐候補の三年が呆れたように結城と秋吉を見た。
結論の見えない議論など余所でやればいい。
彼が今、一番気になっているのは一体誰が御影に選ばれるかということだった。
「最初は僕でいいかなぁ? 年功序列でいいでしょ?」
三年の彼は、御影と同じ学年だということも自信の一端を担っているのか、手入れの行き届いた栗色の髪をいじりながら自信満々にそう言った。
結城ら残りの二人がどうぞと促せば、これでもう用事はすんだとばかりに、秋吉に声もかけずに部屋を出て行った。
「隊長……。学年順ですと、次は僕ですか?」
残された候補の内二年生が声をかける。今が親衛隊の活動中ということもあってか、同級生であっても秋吉に対して丁寧な言葉遣いだ。
「結城くんは最後でいい?」
「はい。問題はありません」
「じゃあ、二番目でお願いします」
秋吉がそう言うと、彼も頭を下げて部屋を出ていく。
残されたのは、秋吉と結城だけだ。二人の間に沈黙が落ちる。
「……そんなに、頑なになる必要ないんじゃないですか?」
異常なほど傍にいることを嫌う秋吉を、結城は不思議そうに見つめた。
親衛隊だからといって、御影の傍にいられない訳でもなく、御影が親衛隊の存在を煩わしく思っている訳でもない。それなのに、何故、秋吉は頑なに必要以上の関わりあいを避けるのか。
「だって、あの方は『御影』だから」
「……どういうことですか」
「将来の日本を背負って立つ方だよ? しっかりした家のお嬢様とお付き合いするべきなんだよ」
「それは、真っ向から親衛隊を否定していませんか」
「親衛隊はファンクラブでもないし、まして、セフレの集まりでもないんだよ。想うことは自由だけど履き違えちゃいけない。……勘違いしている人は多いけどね」
秋吉は一度そこで言葉を切り、ふと、扉を見やった。三年の彼はきっと『そういう意味で』親しくなりたいと思っているのだろう。
秋吉は知らずの内に眉間に力が入っていたことに気付き、小さく息を吐いた。
「本来、親衛隊とは守るべき方の影であり、盾であるべき存在だと思う。だから、それにかこつけてどうこうなろうと思う方が間違っている。……でも、こう思うのは僕だけだろうから、他のみんなに強要はしない。もちろん、結城くんにも、ね」
言い切ったのか、秋吉はふぅと一息、息を吐き出し椅子にもたれかかった。
「ごめんね」
「なんで謝るんですか」
「君だって御影様が好きなんでしょう? なのに、それをただの他人である僕が勝手に否定して、踏みにじってしまった」
「そんなことないですよ。俺は、あの人嫌いです」
「……それはそれでちょっと」
「だって、こんなに秋吉先輩を困らせてる」
ちょっとした告白を聞いた気分だ。秋吉は結城の言葉の裏にある感情を探ろうとしながらも躊躇していた。再び沈黙。しかし、今度のそれは重苦しく、秋吉にのしかかる。
喘ぐように息を吸い、彼は口を開いた。
「僕は、いいんだよ。あの方と同じ時を生きていると思うだけで満たされる」
「先輩はっ!」
「…………」
「先輩は本当に、それで、いいんですか……?」
結城は秋吉の肩を掴み、目を合わせて真意を探ろうとしたが、秋吉は軽く目を伏せることで彼の視線から逃げた。話したくないとそう言っているのだ。結城は勢いをなくし、ぐたりと項垂れるように頭を下げた。
三度の沈黙。今度は第三者の手で破られることとなった。
「二人とも、遅いよ。何してんの?」
「時雨ちゃん、」
がらりと戸を開けた青年は岬時雨。御影会長親衛隊の副隊長である。秋吉よりは背が高いが全体的に線が細いため、華奢な印象を受ける。
手に持った鍵を鳴らしながら二人に近づき、交互に顔を見ると、時雨はほんの少しだけ不機嫌そうに眉間にしわを寄せた。
「結城くん。あんまり隊長困らせたらダメだよ」
「…………」
幼子に言い聞かせるような時雨の言葉に結城は何も返さない。
「なにー、これー。なまいきー」
時雨は結城の耳を容赦なく引っ張り、慌てた彼の耳めがけて平手を打った。……もちろん手加減をしていたが、結城は声にならない悲鳴を上げた。
「――――っ!」
耳を抑えてうずくまる結城には目もくれず、時雨は近くの机に鍵を置いた。
「結城くん、戸締まりよろしくね。それから、耳の調子よくなかったら、ちゃんと保健室に行くんだよ。じゃあ、またね」
「待って、時雨ちゃん! あっ、ぁ、結城くん、ごめんね。またね」
「はーやーくー」
ずんずんと歩く時雨に手を引かれ、もつれる足取りで秋吉は引きずられて行く。
「ちくしょう。……いてぇ」
後に残された結城の呟きは無人の教室に虚しく響いただけだった。
次回は水曜日を予定しています。