学校の顔(side 生徒会
すでに完結している話ですので、短期集中連載となります。よろしくお願いします。
――コンコンッ
生徒会室の高質な扉の向こうでノックの音が聞こえ、御影は知らずの内に口元を緩ませた。
「入れ」
誰が来たのか分かっている。口調はあくまで高圧的だが、心の中では期待でいっぱいだ。
あまりだらしない表情をしないように緩む口元を引き締め、御影はゆったりと自身に割り当てられた椅子に腰をかけた。
早く、早く―――。
「失礼します」
扉が開くと共に室内に足を踏み入れたのは華奢な男だ。控えめに俯いたその姿は淑やかで気品に満ちている。
全寮制男子校という見るも無残な荒れ野原に咲く花たち。彼らは潤いのない学園に於いてちょっとしたアイドルのような存在だった。
小脇に書類を抱えて音を立てずに扉を閉め、改めて、御影に向けて頭を下げた。
「御影会長親衛隊隊長、藤堂秋吉です。依頼されていた補佐の件について報告に参りました」
秋吉はそう告げると会長席の前に進み、手に持っていた封筒を差し出した。
彼のような華奢な生徒と対をなすように、学園のカリスマとされるのが御影たち生徒会だ。ほぼ役員一人一人に親衛隊という名のファンクラブが存在し、秋吉はそのトップである生徒会長の親衛隊隊長だった。
生徒会役員の手伝いをする補佐は役員に任命権があったが、その権利を行使したのは今期の生徒会では御影が初めてであり、補佐の選出を秋吉に頼んでいた。
しかし、御影が補佐を所望したのはただ単に仕事が忙しいからではない。
「こちらで三名の候補を挙げましたので、よろしければ御影様にお試しいただいて、最終的に決めていただきたいのですが、いかがでしょうか」
「候補か、……候補ね」
当てが外れ、御影は思わず溜め息混じりに呟く。それに秋吉は素早く反応して口を開いた。
相変わらず優秀なことだ。と御影は内心で呟く。過敏ともとれる反応は少し、息苦しい。
「あの、ご希望の隊員がいらっしゃったのであれば、そちらを手配いたしますが……」
「いや、いいよ。お前が選んだのだろう? それなら、優秀なはずだ。大丈夫」
御影は秋吉を宥め、封筒から紙を取り出した。顔写真の貼られたそれは、さながら履歴書のようでそれぞれの得意分野などが記載してあった。
「ありがとうございます。それぞれの試用期間はどれぐらいにいたしましょう」
「そうだな。一週間でいいだろう」
「分かりました。では、そのように伝えておきます」
「あぁ、よろしく」
「はい。それでは失礼します」
再び、彼は御影に向けて一礼し、生徒会室を出て行く。
きびきびとした態度はいっそ清々しい程で、不快な点は一つも見当たらなかった。
扉の向こう、秋吉の足音が聞こえなくなるのを確認して、御影はため息を吐いた。
「候補、ね……」
「素直に、秋吉くんに傍にいて欲しいって言えばいいのに、バカですね」
独り言のようなぼやきに言葉を返したのは、御影から見て左の席に座る青年だ。学校指定ではない制服を、しかし違和感なく着こなしてシルバーフレームの眼鏡のブリッジにそっと指を添えた。その表情には若干蔑みが含まれているのが見てとれて、御影は小さく舌打ちをした。
「コラ、椿。てめぇ、俺に向かってバカとはなんだ」
「バカだからバカって言ったんです。補佐なんて遠回しに頼むからこういうことになるんですよ」
そう、全ては御影が秋吉を傍に置いておきたいが為に打った芝居のようなものだった。違和感が無いように秋吉に頼んだのがすっかり裏目に出てしまっていた。
大きく息を吐くと、御影は椅子の背もたれに寄りかかった。身体を包み込む、無駄に豪華な背もたれは、標準身長を軽く超える彼の体重をいとも簡単に受け止めた。
「頭のキレる副会長サマはうまく立ち回ったっていうのか?」
「僕の場合はなんとでも言い訳付きますしね。自分では似合わないから、この衣装を着て欲しいんだ、とか。僕の身長じゃ、着れるコスチュームは限られているし」
「あぁ、……コスプレか」
そう。生徒会のナンバーツーとなる副会長を務める松下椿はコスプレイヤーであることで有名だった。今現在も某星座男子の制服を着て、優雅に紅茶を啜っている。
「僕が女子キャラのコスプレをするのは無理がありますが、この学園だったら身長も性格も選び放題。副会長のお願いを断る生徒もなかなかいませんからね。適当な理由つけて仲良くなれれば、こっちのもんですよ」
この学園では総選挙とは名ばかりの人気投票で生徒会が選出されていた。それでも生徒会が成り立っていくのはそれぞれが矜持を持ち、一般生徒や教師陣、保護者の期待に応えているからだろう。
ともあれ、人気ナンバーツーの副会長の頼みを断る生徒などそういない、とそういうことなのだ。
「うらやましい」
「会長には会長のやり方があると思いますよ。会長がお仲間だったら、正直引きます」
「失礼だな」
「普段がよく見る俺様会長なんですから、それ以上キャラ作る必要ないですよ」
「俺様って……」
「自覚がないとは言わせませんよ。それとも我が儘の方が良かったですか?」
「いや、俺様でいい……」
元来おしゃべりなのか椿の剣幕に押され、御影はぐったりと机に突っ伏した。
「おっつかれさまでーす! あにゃー、カイチョーお疲れかにゃ?」
だらりと敬礼をしながら入ってきた青年は、机と仲良しになっている御影の顔を覗き込み、くるくるとその場を回った。
明るい茶色で染められた髪は丁寧にケアされ、頭頂部に黒髪は見受けられない。通常の公立高校ではむしろ、問題児に見られるだろうその容姿で生徒会入りを果たすのは、やはり学園特有と言える。
「こら、テツ。邪魔をするんじゃない」
「あぅー、カイチョーはそんな心の狭い人じゃないよ」
「英くんも大変だねー」
まだ御影にじゃれついているテツに溜め息を吐いて英は肩をすくめた。
テツとは正反対の真面目な風貌の英は短く切った黒髪も相俟って、アイドルというよりかはプロのスポーツ選手に向けるような憧れを抱かれることが多かった。
会長の御影、副会長の椿、会計のテツと書記の英で今期の生徒会役員は勢揃いである。
「テツ、いい加減にしろ」
英はテツの首根っこを掴み、動きを抑えた所で、椿の方に顔を向けた。
「副会長。会長はどうしたんですか?」
「ちょっと振られたんですよ。ほっとけば治ります」
「ん、んー? あっきーのことかにゃ?」
「平塚、知っているのか?」
「あっきーとはお茶飲み友達だにょ」
「聞いたことない」
「いちいち言わないしょ? それにオレのとこは基本そういうの自由だしね」
テツの親衛隊は彼の理想もあり、隊内に面倒な規則もなく「みんなでなかよく」が唯一の規則と言えた。そのため、隊員以外がテツと話していても寛容だった。
「それにあっきー可愛いもんね」
「……知ってる」
要はテツに釣り合うだけの容姿であれば、文句はないのだ。
御影は悔しそうに唇を噛んだ。本来一番近くに居られるはずの自分が一番遠くにいるのだ。しかもそれは御影が距離を取っているのではなく、向こうが近付いてこようとしないのだ。それでは苛立ちも増すばかりだろう。
「あっきーはカイチョーのこと崇拝しちゃってるからねぇ」
「どういうことですか?」
「『御影様と同じ世代というだけでも恐れ多いのですから、それ以上の関係を望むなどもってのほかです』って……さ」
「会長、あなた何したんですか」
「何もしてねぇよ」
崇拝されているということはつまり、同じように見られていないと同意。その立場が上であろうと下であろうと同じ所に立っていないのであれば今以上の関係に発展することはない。
それがなんとも歯痒く、御影は唇を噛んだ。
「痕残りますよ」
「……ちっ」
「会長のインパクトが強過ぎたんじゃないですか?」
冷静な英の言葉に反論する気はなかった。
実際、そうだったのだろう。第一印象が大事なのだと前会長に説かれ、それを実践したまでだった。代々俺様会長になるのはこの所為じゃないか、と思ったほどだった。
「もうこの話は止めだ。仕事しろ」
勢いよく身体を起こし、積んである書類に手を伸ばす。集中した振りをしていれば、他の役員も皆それぞれの仕事に手をつけ始めた。
御影は、先程秋吉が持ってきた書類を改めて確認する。三名の候補。三者三様に知的な印象を得る。実際、光るものがあるのだろう。そうでなければ秋吉が推薦するはずはない。
しかし、この中から選ばなければ、秋吉が補佐になるだろうか。
そんなことを思いながら御影は封筒をしまった。