ゴミスキル『アルミホイル』持ちの俺。頭にアルミホイルを巻いて最強魔術師になる
1『アルミホイルは頭に巻かないと電波防げないじゃん?』
ここはダンジョンの入口から一番近くにある安全地帯。俺たちSランクパーティ『暁の刃』は今日の探索が終わって戻ってきたところだった。
「遅えよ。早く荷物を下ろせ」
石壁に剣士の苛立った声が反響した。
俺は「すみません」と短く返して、背中の巨大なカバンを地面に置いた。この中には今日採集した魔物の素材や、予備のアイテムなどが入っている。
「ったく。お前の足が遅いせいで帰還が遅れたじゃねえか。魔術の一つも使えない無能はこれだから困る」
重戦士が俺の肩を殴りつけると、頭にズキズキとした痛みが奔る。脳の奥底を内側から思いっきり殴られているようなそんな痛み。
ずっとそうだ。特にダンジョン探索の帰り道で、痛みがヒドくなる。理由は今日までわかっていない。薬を試してみたが効果はなかった。
「まあ落ち着けよ」
パーティリーダーであるレオンが重戦士の肩に手を置く。
金髪碧眼、圧倒的なカリスマと比類なき魔術の才能を持つエリート中のエリート。それがレオンだ。
「そのへんにしておけよ。彼は『演算領域』が極端に狭いからな。魔力処理ができない以上、身体強化すらできない。おまけにスキルも無能ときた。こうして荷物持ちとしてパーティに貢献しないと生きていく術はないんだ」
言い方だけは丁寧な包装紙に包まれている。だけど明らかに俺をゴミを見るような目で見ていた。
レオンは天才だ。特に高等魔術を発動する際、術式の処理に必須な脳の『演算領域』の広さで右に出るものはいないと言われている。
この領域が広いと呪文を唱えずに魔術を発動することもできるらしい。
一方の俺は、演算領域がお話にならないほど小さいらしい。まるでバケツの底に穴が空いているように、なにかが発動した感じだけしてなにも起こらない。
魔術を覚えたての子ども以下、それが俺への評価だ。レオンの目線にも現れている。
「休憩もこのくらいでいいだろ、帰るぞ」
レオンが歩き出すとメンバーも続く。
「シオン、大丈夫? 顔色悪いよ? 私、手伝おうか?」
パーティで唯一の女性であるアーシャが心配そうに瞳を揺らしながら、俺の顔を覗いてきた。肩口で切りそろえられた淡桃の髪がふわりと揺れる。
「おい、アーシャ余計なことをするな」
剣士が叫ぶとアーシャは少し悩んでいた。俺が「大丈夫だから」と告げると「ごめんね」と言い残して歩き出した。
カバンを抱え直した俺もフラフラと歩き出す。出口まではもう少しだ。
「ちっ……鬱陶しいな」
出口へ向かって歩いていると、ふいにレオンが指を鳴らした。
次の瞬間、俺たちの頭上を飛んでいた翼を持った小型の魔物が一斉に首を跳ね飛ばされて墜落した。
普通の魔術師なら呪文を唱え、手から相手を狙って魔術を打ち込む。
けれどレオンは動く対象をロックオンしてその空間に魔術を生み出す。『座標固定』と呼ばれる神業を平然と使う。
莫大な『演算領域』を消費するため、普通の魔術師は使用しない。いや出来ない。それを涼しい顔で連発するレオンは文句なしの最強であり、ギルドでも英雄扱いだった。
◇ ◇ ◇
ギルドまで戻ってきても頭の痛みは引かなかった。
「ほら、お前の日当だ。明日はもっと早く動けよ」
投げ渡された銀貨数枚を受け取る。
荷物持ちの相場から半分以上もピンハネされている。知っているけど言えない。荷物持ちだって普通は身体強化の魔術をつかう。
それすらできない無能を雇ってくれるパーティなんて他にない。
俺がこのパーティに入ったのは三年前のある日、レオンが声をかけてくれたからだ。
当時のレオンはそこまで目立つ存在ではなかったがまたたく間に頭角を現し、Sランクへと駆け上がっていった。
それを見て俺は思った。やっぱり才能があるやつは違うんだなと。
「……お疲れ様でした」
ズキズキと痛む頭を押さえながら俺は深く頭を下げ、足早にギルドを後にした。
机と寝床だけの薄暗い小部屋に戻ってきた。部屋はホコリっぽくてどこかジメジメしている、それが俺の城だった。
俺の稼ぎじゃこのボロい宿に定住するのがやっとだ。
カバンを背負っていた肩が痛い、それに腰も。なにより頭がひどく重い。頭の中が締め付けられるようだ。ここ数日は特にヒドかった。
ふと腹が鳴った。頭が痛くても腹は減くみたいだ。取り出したのは安売りで買ったみそパン。そして。
「せめて、お前がまともなスキルだったらなあ」
みそパンのとなりに置いた、銀色に光る薄い金属のシート。俺のスキル【アルミホイル】によって生み出されたものだ。
俺はこのシートをそのままアルミホイルと呼んでいる。
それが成人儀礼で俺に与えられた唯一の力だった。魔力を込めると、空間から薄い金属のシートがペロリと出てくる。以上。これだけ。
ただ、飯の残りを包んで保存するのに少し便利なだけの、圧倒的ゴミスキル。無理やりいいところを挙げるなら俺でも使えるということくらいだ。
これのせいで、俺は親からも見放された。
「……食お」
みそパンに手を伸ばそうとした、その時だった。
『——ご主人様、頭痛い?』
……ん? なんかいま声が聞こえたような。頭が痛すぎてついに幻聴まで聞こえるようになったか。
『——ねえねえ、聞こえてる? ご主人様!』
鈴を転がすような、それでいて無邪気な声。声の出処を探して俺は目を丸くした。
机の上。先ほど出したばかりのアルミホイルが、ガサガサ勝手に動いている。
端っこが折り紙のようにパタパタと折れ曲がり始めたかと思うと、あっという間に手のひらサイズの銀色に輝く小さな美少女になった。
『やったー! やっとお話できたー!』
アルミホイルの人形? みたいななにか。それが短い手足をバタバタさせて喜んでいる。動くたびにクシャクシャと音が鳴る。
「……は?」
『私はアルミ子! ご主人様のスキルから生まれた精霊だよ!』
精霊。アルミ子。ははっ、ついに幻覚まで見えるようになったか。情報が多すぎて頭痛が悪化しそうだ。
「なんで突然……」
『私はご主人様がスキルを授かってから1500日経たないと出てこれないんだよ。で、今日がその1500日目! おめでとー! ぱちぱちー! 今日はとてもめでたい————ん?』
大きく拍手をするアルミ子と名乗る少女はピタリと動きを止めると、俺の頭をジロジロと見てきた。
『あれー? ご主人様。見た感じ演算領域を他人に勝手に使われてるね』
俺は今19歳。確かに1500日くらいは経ってそうだが——いや、そんな事はどうでもいい。今こいつなんて言った? 勝手に使われている?
「……どういうことだ?」
自然と身を乗り出していた。
『うーん。ご主人様の頭の中に見えないでっかい管が刺さってる感じ?』
アルミ子は自分の小さな頭をポンポンと叩く。
『それで、ご主人様の演算領域のほぼ100%くらい? ずーっと誰かにチューチュー吸われてる感じかなー?』
「——は?」
吸われている。演算領域が。俺の貴重な情報処理リソースが。
『ご主人様の演算領域、海みたいにすっごく広い。普通の人間の10,000倍くらい?』
アルミ子が、両手を大きく広げる。
『でも、管の先の誰かがそれを全部自分の魔術の計算に使っちゃってる。身近に大魔術とかポンポン撃ってる人いたりしない?』
魔術発動のプロセス。属性変換、術式構築、座標固定、出力制御。その中で、最も脳に負担がかかるのが、リアルタイムの予測演算を伴う『座標固定』だ。
心当たりは一つしかなかった。
レオン。あの男が俺の演算領域を、俺の才能を、俺の人生を都合の良い部品として搾取していたということか?
羨んで見上げるしかなかったあれは俺の力だった? 俺を無能と嘲笑っていた、あの力が。
もしそれが本当なら——。
視界が真っ赤に染まりそうになる。ギリッ、と奥歯を噛み締めた。
「……どうすれば、その管を外せる」
俺の声は自分でも驚くほど冷たく、這うような響きだった。
『簡単だよ!』
アルミ子は銀色に光る体をパタパタと揺らして言う。
『ご主人様のスキル、【アルミホイル】を使うの!』
「これを……?」
アルミホイルを一枚出してみる。圧倒的ゴミスキル。俺の人生を表すような一切の価値もない銀色のシート。
『うん! アルミホイルはね、「外部からの不正アクセスや思考盗聴の完全遮断」ができるの!』
なに言ってんだコイツ。
「いや、そんな効果があるならなんで今まで発動しなかったんだよ?」
『なんでって——』
アルミ子は本当に不思議そうな顔をして、
『アルミホイルは頭に巻かないと電波防げないじゃん?』
当然のように言った。
……はい?
「…………巻く?」
『うん! 頭にしっかり巻いて、クシャッてするの! そしたら完璧に遮断できるよ! このアルミホイルは遮断率200%だよ!』
「…………」
部屋に沈黙が下りる。クシャクシャと、アルミ子の動く音だけが嫌に大きく聞こえた。
頭に、これを、巻く?
電波を防ぐため?
いや、魔術の不正アクセスを防ぐため?
「…………正気か?」
『大真面目! 巻いてみて! そしたら思考がクリアになるよ!』
「……というか、精霊の出てくるスキルなんて聞いたことないぞ。なんかの嫌がらせか?」
さっきは『才能が奪われている』という言葉に引かれて思わず感情が高ぶってしまったが、そもそもこいつの言っていることが本当かわからない。
一旦冷静になれ。俺。
『うーん。私のスキルは大昔にニホンってところで作られて、それが巡り巡ってご主人様のとこに来たみたいな? ごめんねー。下級アルミの私じゃ詳しくはわからないんだ』
舌をペロっと出して手を合わせる。
なんだよ下級アルミって。上級アルミやアルミ大魔神とかもいるってことか?
『とにかく、頭に巻いてみて! 徐々にご主人様の力が戻ると思うから! 試すだけならタダでしょ!』
「まあ……そうかもだけど……」
明日もダンジョン探索がある。明日は大型ボス討伐を予定していたはずだ。
もし。
もし万が一この話が本当だったとして。もし俺が頭にアルミホイルを巻いたら。
レオンの魔術はどうなるのだろう?
手の中にはひんやりとした金属の感触。
「……巻いてみるか」
薄暗い部屋で一人ごちる。どうせ失うものはない。やるだけ得というやつだ。
とりあえず明日の朝アルミホイルを頭に巻いてギルドに行ってみよう。
◇ ◇ ◇
翌朝。冒険者ギルドの建物前は、出発前のパーティでごった返していた。
そんな活気の中。俺の周囲半径二メートルだけが、断崖絶壁のようにきれいに割れていた。
「……なんだ、そのふざけた格好は」
俺と距離を取りながら、剣士がなんとも言えない表情をしていた。無理もない。俺の頭部は現在キラキラと太陽の光を反射して輝いているのだから。
頭の形に沿ってピッタリと二重に巻かれたアルミホイル。
さらに外観を誤魔化すためにアルミホイルをクシャクシャにしてつばを作り、つば広ぼうし型にしている。
うん。どう考えてもごまかせてないな。
完璧なまでの不審者である。
『似合ってるよご主人様! 完璧な外部遮断空間! これで脳みそチュルチュルされない! イカしているね!』
肩のあたりで自称アルミの精霊アルミ子がのん気にぴょんぴょん跳ねている。
どうやらアルミ子は他の人間には見えていないらしい。ますます幻覚説が濃厚になってきたな。
というかチュルチュル言うな。絵面がよろしくないだろ。
周囲の冒険者たちからの「あいつ、ついに頭がおかしくなったのか……?」という視線が若干痛い。
「いやその……。最近ずっと頭痛がひどくて。東の国で流行ってる呪い除けのおまじないらしいです」
「ふざけてるのか? 今すぐ取れ。お前と一緒に歩く俺たちの身にも……」
「やめろ」
重戦士の言葉を制止したのはレオンだった。黄金の髪を揺らしながら、俺のアルミホイル頭を冷ややかな目で見下ろす。
「気の済むようにさせてやれ。荷物さえしっかり運べれば見た目などどうでもいい。その程度で俺たちの名声は汚れたりしない。無駄なことに時間を使うな」
「……チッ。レオンがそう言うなら」
優しい言葉のようでそこには「お前はただの備品だ」という明確な軽蔑が込められていた。俺は「すみません」と頭を下げて、巨大なカバンを背負い直す。
「シオン……頭大丈夫? 私、治せるかも——」
パーティの治癒術師であるアーシャが心配そうに声をかけてきた。いつも俺を気遣ってくれる、パーティで唯一の良心だ。
でも頭大丈夫? は別の意味にも聞こえるからやめてくれ。
◇ ◇ ◇
今日俺たちが潜るのは中規模ダンジョンである『焦熱の迷宮』。
その名の通りジリジリと肌を焼く熱気が立ち込める道を、俺たちは警戒しながら進んでいた。
だが——どうも先頭を歩くレオンの様子がおかしかった。すでに今日だけで三回目だ。
「……あ。すまん、今の罠を見落とすところだった」
これまでは一瞬で済ませていた『広域索敵』や『魔力検知』の調子が悪いのか。なにより彼の顔色が悪く、表情が少し歪んでいた。
「レオン、調子悪いのか?」
剣士が心配そうに尋ねるが、レオンは不服そうに顔をしかめる。
「問題ない。前だけを見ていろ」
「あ、ああ……」
『ぷぷぷっ。こいつがチュルチュルしていたやつだね。』
アルミ子が口の前に手のひらを置いてケラケラ笑っている。
俺は俺でアルミホイルぼうしのつばに触れた。
まさか本当に……このみっともないアルミホイルの効果なのか……?
そういえばいつも頭にへばりついていた鈍い鉛のような重さ。それが今日は嘘のように消え去っているのだ。
アルミ子の言葉を、まだ半信半疑に受け止めている自分がいる。
こんなもの一つでなにかが変わるなんて正直、にわかには信じがたかった。
「……はぁっ、はぁっ……」
ダンジョンの熱気とは違う、嫌な汗をかいている男がいた。常に先頭を歩き、涼しい顔で索敵と罠解除を行ってきたリーダーのレオンだ。
「レオン! 危ない!」
アーシャの声でレオンが弾かれたように飛びのく。直後、彼の足元スレスレを発動したトラップの槍がかすめていった。
「レオン大丈夫? 調子が悪そう……。すごく汗もかいてるし……」
「……問題ない。少し寝不足なだけだ。気にするな」
アーシャが治癒の光を向けようとするがレオンはそれを手で制した。だが両肩で息をしているし、足取りも重かった。
荷物を背負いながら最後尾を歩く俺は、その様子をじっと観察していた。
初歩的な罠を見落としかけるなんて、普段のレオンならあり得ないミスだ。
まだ頭の奥底にチリチリとした痛みはあるが、俺の頭痛はほとんど消えていた。逆にレオンが不調に陥っている。
『うーん。こいつ魔術師としては4点ってところかな。ちなみに1000点満点中』
肩の上でクシャクシャと音が鳴る。
俺の中で一つの仮説が浮かび上がる。今まで索敵や察知みたいな常時起動型まで……全部俺の領域に丸投げしていた? それをこのアルミホイルで遮断した。
俺の頭痛は消え、それでレオンが不調に陥った。
だとすれば辻褄が合う。俺へのアクセスを遮断されたレオンは今、自前のキャパシティだけで処理を行おうとして、脳がオーバーヒートを起こしている。
まだ完全には確信しきれないが、俺の中で点と点が繋がり始めていた。
「チッ……面倒なのが出たな」
開けた大空洞にでた俺たちの前に現れたのは、凄まじいスピードで壁や天井を跳ね回る、二十匹近い猿の群れだった。
単体でも厄介な俊敏さを持つ魔物で、連携して襲いかかってくる難敵だ。
「下がれ。俺が一掃する」
レオンが一歩前に出る。いつものように彼の十八番である『多重爆撃魔術』を使うのだろう。しかも手からでなく相手のいる座標に魔術を生み出す神業。
「ふう……いくぞ」
レオンが腕を掲げる。しかし——魔法陣の展開が異常に遅かった。次の瞬間、
「ぐっ、あぁあっ……!」
苦悶の声を漏らし額を押さえた。目に見えて術式がブレていく。魔法陣が明滅し、制御を失った魔力が暴走し始めた。
「レオンっ!」
アーシャの悲鳴に似た制止も虚しく魔術は盛大に誤爆した。
爆風が空気を重く揺らす。敵の中心——ではなく、すぐ近くで背中から盾を出した重戦士のすぐ目の前で。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
凄まじい爆風に巻き込まれ、重戦士が吹き飛ばされ回転草のように転がる。
レオンの完璧な攻撃が絶対に味方に当たらないと完全に信じ切り、防御の構えをしていなかった重戦士はその直撃をもろに受けてしまった。
壁に激突し血を吐いてそのまま動かなくなった。
一瞬でパーティの陣形が崩壊した。
重戦士が倒れたことで猿たちが歓喜の奇声を上げながら、ガラ空きになった後衛へと殺到してくる。
「ひぃっ……!」
「くそっ、なぜだ……!」
悲鳴をあげるアーシャと自身の不調に狼狽えるレオン。
だが最悪の事態は重なる。
グルルルルルォォォォォ……ッ!!!
空気を震わせるような恐ろしい咆哮が響いた。現れたのは漆黒の鱗に覆われた巨大な竜だった。
「アッシュドラゴン……!? 馬鹿なっ……こんな中層に……!」
レオンが絶望の声を上げる。本来ならもっと深層をねぐらにしているはずで、複数のSランクのパーティがレイドと呼ばれる混成チームを組んでようやく討伐できるかどうかと言われる規格外。
「俺がこんなやつ……!」
顔に焦燥を浮かべたレオンが再び魔術を構築しようと、無理やり意識を集中させる。
「が、ぁ……」
ブチッ、とレオンの頭の中で何かが切れる音がこちらにまで聞こえた気がした。そのまま白目を剥き、糸が切れた人形のようにその場にバタリと倒れ伏した。
「レオンっ!」
アーシャが駆け寄り慌てて治癒魔術を唱えようとする。それを見ていたのか、アッシュドラゴンが巨大な顎をゆっくりと開いた。灼熱のブレスの光が明滅し始める。
狙いは崩れ落ちたレオンとその近くに膝をつくアーシャ。アーシャはブレスの動作に気づいたようだが、その場から動けていない。
『ご主人様。魔術の使い方わかる?』
「ああ」
ドサリ、と重いカバンが足元に転がる音が響く。
俺は頭のぼうしの位置をカッコよく直し——
ただ一人、巨大な竜の眼前に歩み出た。頭の中はひどく冷静だった。
「シオンっ!」
アーシャの悲鳴が響くが俺は振り返らない。
『いっけーご主人様! ゴーゴー!』
アルミ子の暢気な応援を脳内で聞き流しながら、俺は進む。
ドラゴンの口内が超高熱の魔力で眩く発光する。直撃すれば骨すら残さず、背後の強固な岩壁ごと容易く消し飛ぶであろう、神話じみた絶対的な死の熱量。
「————!!」
放たれた閃光が視界を埋め尽くす。
同時に完全に確信した。俺の頭を覆う不格好な銀色の帽子。
これは最高の防壁だ。
俺の世界が切り替わる。視界の全ての色が反転したような。
……なんだこれ
今まで常に泥水に頭を突っ込んでいたような感覚だった。
だが今は視界が恐ろしいほどに透き通っていた。
詠唱はいらない。
——パチン
指を鳴らすと直後、俺の目の前の空間に、幾何学的な光の壁が幾重にも展開された。一層、十層、百層——否、無数の。
山一つを吹き飛ばす威力のブレスが直撃する。だがその圧倒的な死の熱量は、俺の展開した防壁の前にチリとなって霧散した。
「……嘘……だろ」
背後で重戦士が呆然と呟くのが聞こえた。どうやら気がついたらしい。
「そんな演算……人間にできるわけが……」
魔術のなんたるかを知るアーシャの声すらも、恐怖に近い戦慄を帯びていた。
俺は指先から立ち上る魔力の残滓を見つめながら、静かに息を吐いた。
なるほど。今ならはっきりと分かる。レオンという男がいかに底の浅い『天才』だったかが。
あいつ、この演算領域を好き勝手使っておきながら、あんな処理しかできていなかったのか。
超高性能の魔術もレオンという細くて脆い使い手から出力していたからに他ならない。
俺の演算領域は——こんなものではない。
ブレスを完全に防がれドラゴンの顔に驚愕が浮かんだ気がした。
俺は再び右手を上げ、
「消えろ」
その一言と共に、俺の脳が『演算』を終わらせる。
空間に甲高い音が鳴り響くと、ドラゴンの巨体が数百の流星に包まれていく。
断末魔すら上げる暇もなく、一切の抵抗も、一滴の血を流すこともなく巨大なドラゴンの身体は、光の粒子となってダンジョンの空気に溶けて完全消滅した。
静寂が降りた空間にパラパラと散る光の粉だけが、そこに強大な魔物がいたことを示している。
「ふう」
俺は小さく息を吐き、頭に手を伸ばした。今の凄まじい風圧で、少し帽子がずれていたからだ。
「やれやれ、みっともないなこのアルミホイル」
俺は一人、大真面目な顔でぼうしの位置をペチペチと整えた。
「ありえない……」
その時、背後から掠れた声がした。振り返ると鼻血まみれのレオンが、ふらつく足取りで立ち上がっていた。その顔は青ざめている。
「お前は、無能の荷物持ちのはずだッ……! こんな高次元の魔術、人間の脳で計算できるはずがないッ……! ありえない、ありえないありえない……!」
自分の信じていた世界が崩壊したように狼狽えるレオン。
俺は冷ややかな目で、かつてのリーダーを見下ろした。
「俺の領域に管を繋いで、ずっと計算を丸投げしてたんだろ。さっきの惨めな誤爆でよく分かった」
「ち、違うッ! 私は天才だッ! 百年……いや千年に一人の逸材だッ!」
レオンが血走った目で叫ぶ。その顔は涙と鼻水にまみれ、かつてのカリスマなど微塵も残っていない。ただ現実を受け入れられない子ども。
「……見苦しい」
「あ……ああ、あァァ……私の、私の魔術があァァ……」
レオンはもはや言葉にならないうわ言を漏らし、自分の才能が全て借り物だった事実に正気を失い、ただその場に崩れ落ちた。
「う、嘘だろ……今までレオンのやってた魔術は……全部、お前が……?」
剣士が呆然と呟く。そしてその顔から一気に血の気が引いていくのがわかった。パーティの「無能な荷物持ち」が、実は「パーティの全戦力を一人で担っていた最強の頭脳」だったという真実。
俺は自分が持たされていた彼らの共有備品やポーションの入ったカバンを、地面に無造作に投げ捨てた。
「お前らの荷物はこれから自分で持て。……俺は抜ける」
最後に俺は一つだけ深呼吸をして、アーシャの方を向いた。
「アーシャ、君には何度も助けられた。感謝してる」
「シオン……」
「だから一つだけ。いつまでもこんな泥舟に付き合う必要はないぞ」
それだけ言い残し俺は背を向けた。
「ごめん、ね……今まで……」
アーシャの微かな謝罪の声が背中にかかったが、俺は振り返らなかった。
『ご主人様、これからどうするの?』
アルミ子が嬉しそうに聞いてくる。俺は自然と笑みをこぼしていた。
「これからは俺のためにゆっくり過ごすことにするよ」
『あっ! 私、肉! 肉ってやつ食べたい!』
「お前、食えるのか?」
『中級アルミになれば!』
ふざけたアルミホイルを被った無能な荷物持ち。けれど今、俺の演算領域は俺のためだけにある。
俺は軽やかな足取りでダンジョンの出口へと歩き出した。
『ちなみに私、後1499日しか顕現できないからね。私との時間を大切にしてね!』
「なにそれ、聞いてないんだけど。そういう重要なことは先に言えよ」
『今思い出した! クシャクシャ』
了




