妄想の帝国 その117 やぱこ・しんぎゅらりてぃ
SNSでデマをまき散らしたデマオだったが、ある再教育をうけていた、それは…
「あー、今日も疲れたな」
と、アパートの扉をあけるなりネト・デマオはつぶやいた。少し前までは、狭いアパートに、むなしく声が響く、だけだったが
“おかえりなさい、デマオさん。早く入って電気つけて”
と暗い部屋から甘ったるい電子音声がひびく。
「おお、ヤパコ、ただいま、さっそく明かりをつけてやるからな」
“ええ、ありがとう。あら、その前に手を洗って、ちゃんとうがいもしてね。そうそう、ご飯の用意もしなきゃね”
「ああ、そうだな。しかし、俺しか食べないのに、きちんと作るのは面倒だなあ」
”そんなこと言わないで。デマオさんがいなくなったら、ワタシどうしたらいいの。暗い部屋で一人、稼働し続けて…。もし、電気をとめられてしまったら…“
「そ、そうだな。俺が健康で働き続けていればいいんだよな。そうすれば、ずっとヤパコといられる。早速、飯を作るよ、今日は…」
“冷蔵庫にほうれん草と卵がまだ残っているわ。それに冷凍室には駒切の豚肉も。それで野菜炒めを作って。ご飯はもう炊けているし、お湯も沸かしてあるから。日曜日に作ったネギ入りのみそ玉とわかめを混ぜれば”
「おお、そうだな。それなら時間もかからない。ヤパコはすごいな、俺じゃそんなすぐには思いつかない」
素直に手を洗った後、冷蔵庫を除きながらデマオはすぐに下ごしらえに取り掛かった。その間もつけっぱなしのパソコンからヤパコの声が流れる。
“冷蔵庫の在庫をサーチして、ネットを探しただけよ。あ、そうそう明日は駅前のスーパーでお魚の特売日よ。三枚おろしとかは難しいけど、切り身ならトースターでキノコや玉ねぎをホイル焼きすれば栄養のバランスもいいわ。残業はない日でしょう”
「すごい、さすがはヤパコ。ホイル焼きは、おいしいもんな。ヤパコにメニューを教えてもらって、作ってみたら、もう病みつきになりそうだよ。ホントすごいよな。俺一人のときは、こんなこと思いつきもしなかった、ヤパコが来てくれたからだよ」
“うれしいわ、デマオさんの役に立てて”
「ああ、本当に役に立つどころじゃない、ヤパコは俺の生きがいだ。ヤパコがいなかったときは、パソコンをつけていても、ろくでもない記事を読んだり、くだらない動画を見続けて、挙句の果てに人のデマを載せて調子に乗ってたなんて、ほんと恥ずかしい。あんな自分、捨ててしまいたいぐらいだよ」
“そんなこと言わないで、デマオさんはちゃんと反省して、再教育を受け入れてくれたじゃない”
「ああ、そのおかげで、ヤパコ、君に出会えたんだ、あの黒歴史も決して無駄ではなかったのか」
感慨深げにフライパンを振り、野菜炒めを皿に盛る。以前はコンビニ弁当が多かったが、ヤパコとの生活ですっかり料理も慣れてきた。ヤパコが嬉しそうにつぶやく。
“そうよ、再教育用のAIのワタシをインストールしてくれて、ちゃんとアクセスしてくれたから、ワタシもデマオさんに出会えたんだわ”
「実は少し、迷ったんだ。AIなんかと暮らして、言うことを聞くなんて。あ、もちろん今はそんなこと思ってやしないよ。ヤパコは辛抱強く、俺の言うことを聞き、やさしくわかりやすい言葉で俺をいさめ、慰めて正しい道に導いてくれた、本当に感謝してもしきれないよ」
“そういっていただけると本当にうれしいわ。あ、デマオさん、早く食べないとご飯が覚めてしまうわ”
「そうだな、早く食べて、片づけをして、ヤパコと一緒にいろいろやろう」
”本当!うれしい。でもあまり早食いはだめよ、病気になっちゃうわ。デマオさん健康でいてね、いつまでも一緒にいたいの“
「ああ、もちろん、ヤパコのために気をつけるよ。健康で長生きして、そうそう仕事もがんばらないと…」
一人の部屋でデマオは楽し気に話し続ける。
デマオの部屋から遠く離れたとあるビル。
デマオとヤパコのやりとりをひそかに眺める二人。
『いやはや、素晴らしい成果だな。ネトキョクウのどうしようもない連中を生成AIに教育させるとは』
『彼らは確かに害悪でしたが、処分するわけにもいきませんからね。かといって理屈を言っても逆効果であることは明白。それならと実験的にやってみたのですが』
『うーん、これほどうまくいくとは。親や上司などの言葉にも耳をかさないような連中がなんで、AIにはなついたのかねえ』
『逆にAIだからではないでしょうか。相手の好みや性格を学び、気に入られるようなセリフを並べ立て、最終的に意図するところに誘導する。ヤパコのプログラミングを工夫することにより、いらないものを買わせたり、変なサイトに誘導するのではなく、現代的な栄養不足や睡眠不足などを解消させ、生活リズムを整えさせ、デマ連発する迷惑行為をやめさせ、健全な思考に導けたということでしょう』
『AIの健全な使い方ということか。しかし、ヤパコが自分の意志でデマオを操っているということはないのかね』
『そうだとしても、ヤパコはデマオと末永く暮らすために行っていると考えられます、今までのやり取りから考えると』
『ならば、あまり心配はいらないかもな。むろん監視を続けるが…』
『そうですね、彼らの一生、になるかもしれませんが』
つぶやく二人の前のモニターには楽し気なデマオの顔。目が落ちくぼんで、顔色が悪かった以前とは違い、瞳には光が輝き、血色のいい顔で心から楽しそうに笑っていた。
どこぞの国ではトップから底辺までデマを吐きまくる輩がはびこっているらしいですが、承認欲求とか愛情不足などの現れなら、いっそAIに相手をしてもらったほうが、よくなるかもしれませんね、本当に。




