不敬不敬不敬罪ですから
「ああ!もう、うるさい!お前は昔からしつこい!いい加減に黙れ!次に話したら不敬罪で牢に入れてやるからなあ!!」
これは令嬢フレシルの口癖が「不敬罪ですから」になった全ての変化となった始まり。口は災いの元、が国内隅々にまで広まった出来事だ。
その日のこと。いつものように王子がいつまでも進歩しないやり方や拙い方法を取ったときに、口添えしただけでいきなり逆ギレしたセリフだ。脈絡のない勢いに思わず閉口したこちらに気をよくしたのか、他にも言い始めた。
「お前は昔からそうだ」
「本当におれを立てない女だ」
「口さがない口がやっと聞こえないと思うと精々する」
「もうどこかへ行け」
散々悪口と愚痴と文句だけを吐き出すと、ゴミ箱の蓋を閉じるようにゴミをたくさん捨ててスッキリしたのか、手を振り払って去るように追い払う。フレシルは頭を下げることなく静かに足を廊下に向けた。口を開いたら牢屋に入れられるらしいのだから。
「お、お嬢様」
「……」
馬車に乗ると漸く顔を向けた令嬢に使用人はドキッと肩を揺らす。
「お、お嬢、さま?」
何度言われても答えない女使用人が屋敷に着くと慌てて当主に告げたものの、誰がなにを言っても答えず行動をしないことに医者も呼ばれた。
「なぜ、お答えにならないのです?」
心の中で話せば不敬罪で牢屋に入れられる、と言ったが話すと不敬なので言葉にしない。転生者として生まれて早くも十数年、フレシルは怒っていた。
王子の隣にポンと置かれて、頭が今ひとつ賢くない王子を助けるように王や王妃、父親、母親、他の人たちにも期待されるように子守の仕事なんじゃないのかと思いつつ、やれやれと停滞気味になってきた。
それは親の仕事なのではないかと叱咤はできないが、優しく違うと指摘して王子の仕事をやらせたりしてきた。それをうるさいと言われて憤怒するのは至極当然の帰結である。
お前の親に言われてしょうがなく面倒を見てやってるこちらに向かって「うるさい」ってなんだそれは?とこちらこそ怒りたい。
本来ならば王妃や王が言うべきことを、たかが伴侶になるからと言わねばならぬストレスをよもや、なにも感じてないと思われていたなんて。
あの男にそんな機微なんて理解できないことを知っていたけれど、逆ギレされるとは。相性が悪いとかではなく単に王子が理解してくれない、出来の悪さ。ぐんぐん吸い取るスポンジの逆を行く頭の悪さのせいなのに。
苦言などを側近たちも言うには言うが、男同士で思春期のようなやりとりをする言葉のキャッチボールみたいな会話が多い。その間にフレシルは王子のやることを秘書のごとく整えているのが目に見えない様子。眼科に行け。
手を動かして書類を仕分けする姿がどうにも男性たちに、面白みのない女と印象付けるらしい。王子と側近や友人が陰口を言い合うのを聞いていた。
それなら、この肩書きを辞退しようと考えていた矢先、喋るな話すなとよくわからない怒りを咆哮された。ゆえに言葉を告げることなく家に帰っても話すことをやめた。
婚約者の彼と会ってもいつも言わなくてはならないことばかりがありすぎるから、私的な会話なんてあまりない。
嫌われているなと態度や顔で理解していたが、こっちだってフォローしないと仕事もできない夫を持たなければいけないなんて、罰ゲームじゃないか。自分だってあれしろこれしろ、と言わなくて済む会話をしたい。
デートもしたい。学園で試験の話をするときにまで、自分の成績でもないのに将来の伴侶の評価も含めてを気にしなければいけない生活なんて、普通に嫌だ。青春がしたい。
笑いながら勉強会もしたり、軽い気持ちでやりたいのに。学園の先生たちに王子は真面目に授業を聞いてくれないと、愚痴を聞きたくない。そういうのは親に言え。
親に言えないから婚約者に言いたいのだろう。けど、こちらとて、高位貴族の令嬢なんだけど?それが軽く扱われるのは多分、王子や友人たちがこちらを馬鹿にしているせいだろう。
バカにしているので他の人たちも麻痺して見下しているのだ。それとも、高位貴族が袖にされているのが楽しいのかもしれない。自分よりも高みにいる人間が乱雑に扱われているのを見るのはさぞかし、愉快だろう。
「フレシル、どうしたんだ」
父は問いかけるが無視していく。王子という王族の重い言葉を重要視してるだけなのだ。父はいつも王家や王子の役に立てるようにしなさいと言うから、父の言うように彼らの言葉を一言一句漏らさずに実行していることに喜んで泣くことだろう。
こちらを見て話しかけてくるが邪魔だ。今己はそっちの語る王族の言葉を実行しているというのに、婚約者の言葉を借りるのならば父は不敬者になる。
一度言ったことを覚えない、といった浅慮なことは言わない。せめて二度や三度で学んで次回に覚えておいてほしい程度には望んで何が悪いというのか。
王族だから王子だからと賢い男になれや、王子なのだから自分よりちゃんとしろなんてことは言ってない。一々教えたり言わなければ作業を覚えることも、放棄するのもやめてほしいだけだ。
わがままを言わないように、愚か者が他者へ愚痴をもらさないように見ていたが仕事が遅いし押し付けようとしたから婚約者の役割とは、という気持ちに至るのは婚約者の立場の己がトンと一度立ち止まって楽しむこともできない。浪費させられる肩書きだと薄々わかっていた。
「なにか話してくれ!」
父が必死に言い募るけれどあなたの教育と言い聞かせの賜物なので、無理ですねと話さず心の中で終わらせる。怒っているわけではなくいい子として、親の言いつけを守っている結果である。
それにより何かしらの不都合が起きても、それはこちらのせいではない。そんなことも考えられなかった思考停止な彼らの誰かが、起きたことの責任を取るべきだ。
当主の父が娘の状態を把握したのは使用人の説明があってすぐだ。王子が話したり口を開いたら不敬罪で牢屋に入れるなどと、暴言を吐いたことが告げられ父親はぽかんとした。
そんなもの、家に帰ってきたし王子から離れればやめればいいのではないかと言い出した。まだまだだなこの人も、と生ぬるい優しい笑みを浮かべる。王子が述べたことを一言一句もう一度見ればこの状況が無くならない理由がわかると言うのに。
「だ、旦那様」
「なんだ?」
「もしかしたらいつまで、誰が……などと言われなかったからなのでは?」
使用人が恐る恐る言うと父はそろりとこちらを見る。頷くことも否定することもない。話すだけで不敬を匂わせられるのならば、行動をなにかしたらさらに不快さで牢屋に入れられるかもしれない。
という、前提を前にフレシルは好きに過ごせる嬉しさに満たされていた。これから先、婚約者を支えなければならない行動を前以て色々やる必要はなくなるのだ。
たとえ周りがやれと言おうと不敬罪ですから、で黙らせられる。
「な……では、このままなのか?」
「王子に撤回してもらうか、陛下に命令を重ねてもらえればいいのでは?」
父の専属執事がアドバイスをするが、そんなことで鉄の自由は揺るがない。王家の言葉は絶対、などではないが命令されたことを撤回されたとして一度口にしたのだ。
次に同じセリフを言う時は、きっともっと軽い気持ちや嫌がらせなどで本気に取るなよなどとニヤニヤ言いながら使われる可能性もある。
王子が仮に痛い目にあったとして、不敬罪を伴侶に告げた件は貴族社会を揺るがすだろう。伴侶に言うのなら王になったら直ぐに不敬罪の言葉をおもちゃみたいに持ち出すと思われて、王座に据えるかどうかの議論が浮上するかもしれない。
今後の混乱を想像すると楽しくて仕方ない。王子妃教育に王妃教育にならび、王子の補佐なんて過剰で嫌だった。王子も嫌いだし伴侶になんてなりたくなかったのだ。
今回のことは良い機会だから、自分の時間を漸く取れると立ち上がって部屋に戻る。父が呼び止めるが呼び止められても答えることは出来ないのだから聞く気もない。
後日、王のところに連れて行かれて息子の発した言葉に謝られて不敬罪に問わないので王子の言い出したことは気にせず、撤回すると直々に聞かされた。
が、フレシルは初めから話さないことも、何もしないことも反応することもしないことを決めていたので、王の言葉が終わっても微動だにしない。
部屋の中やお店に行く時などは別だが、ここは不敬を散らかす男が生活している範囲内なので無闇に反応しない。反応が何もない令嬢に王は困ったようにこちらの父を見るが、父も家にいるのに話さないし反応しない娘を見ているので首を振るのみ。
それから一ヶ月後、王子と対面させられて不貞腐れた彼が渋々謝り発言を撤回するなどとふざけたことを言い出したが、こっちが話すことはない。王が息子の不用意な発言で優秀な女子を再起できなくさせたことに酷く立腹しており、貴族たちの間でもやったことが広まっている。
自身は何も言っていない。婚約者が側近や友人にいつもの口と同じ軽さで内情を話したのだ。彼がフレシルが何もしなくなった途端要領がすごく悪くなり、任せられていることが進まなくなり何もできない王子と言われ始めていることに、終始イラついているとは使用人たちが話を仕入れている。
婚約者との間に起こった確執を人に漏らすなんて、王家の人間として落第である。ことによっては派閥や王家を支える貴族の動きを変えてしまう。
「フレシル、話してくれ」
「頼むから」
「早く」
周りからせっつかれても話さなくなり、王子の補佐もしなくなったこちらへ王家も諦めたのか婚約解消を打診した。父もこのままでは貴族家にも影響すると諦めの顔をして双方話し合って、王子との婚約はなくなる。見届けてから王子が震える手でサインすると、こちら側もサインし終わればニコリと笑みが綻ぶ。
「頼むから、なんでもいいから喋ってくれ」
王子がげっそりした顔で懇願するのでただの令嬢になったわけでもあるし、肩の荷が降りたこともあり言葉をかけてあげた。
「不敬罪ですから」
一年以上ぶりに声を聞いた王家や実父の驚いた顔が目の前に並ぶ。話したことに驚いたのか、内容に驚愕しているのか。どちらもなのか。
「い、今まで話さなったのはなぜだ?」
「なぜ、今までの補佐をやめた?そこまでは言ってないだろう!?」
王や王子、王妃や王家を支える肩書きのよい者たちが揃いも揃って慌てて話しかけてくる。今後、またなにもしなくなるのではないかと焦っているのだろうことが、手に取るようにわかった。
「不敬罪にされますから」
少し言い方を変えると王室の方々は顔をコロコロと青くしたり白くしたり、忙しそうにそれぞれ変える。
城から帰宅し、三日後にやってきたのは隣国の貴族。
「こっちの国なら不敬罪は存在しないから、嫁いでこないか?」
「契約書を作ってくれるのなら候補にします」
ちらりと視線を寄越す友人に対して、さらりと告げると彼は大きく笑って頷いた。学園と姉妹校である学園に通っていた彼と出会ったのは行事のときだ。
向こうの学園にこちらが赴き、少しの間だけ同じ学友として過ごした時間は面白かった。手紙をたまにやりとりしている異性の友人であったが、婚約がなくなったと知り求婚してきたのだそう。
父は足らない王子をあてがったことにより、母から怒られていて口を出してこないだろうし。元婚約者は婚約者が補佐しなくてはなにもできないことを知られて、有能な婚約者が主体となることを条件に相手を探すことになるのだが優秀な王子の名を冠することはなくなった。
口うるさいのではなく、口出しされないと不合格の仕事しかしないことを何年もかけて、わからされることになる。
フレシルの生まれた貴族家の後継者はすでに決まっているので、いつまでもここにはいられない。 自国で何かして、おひとり様をやりつつ生きていこうかと思っていたので、思いもしない誘いにあちらで何か作ったものを売るのもいいかもしれない、と思案する。
「私は仕事したくないんだけど」
「する必要はない。貴族の家といっても別に当主とかじゃないし」
「ほんと?」
疑惑に満ちた顔を浮かべていると、彼は笑いながらフレシルがなにかやるのは本来、好きじゃないことを見抜いていたと言う。
どこらへんだろうかと思っていると、紙に穴を開ける雑用をしているときに二、三枚同時などではなく、三十枚などを一気に開けようとする無茶をしていたのを見たことがある、と言われた。
やることを振り分けられたときにちまちまやるのが面倒くさい上に、早く終わらせたくて雑にやったときのことだろう。あれを見て嫁に来て欲しいとは変人である。
「同類として好意的に思っただけだ」
「ふうん」
こちらの倦怠を察知するなんてやるなぁと感心した。そこまでわかっているのなら最有力候補として一位にあげてもいいかもしれない。
将来、フレシル自ら、喋らなくても従業員に伝えられるシステムを作り出して効率的な方法を編み出した立役者として祖国にも名が轟くことになる。
意外なことだが、夫になった相手と家族になるための話量を妥協することだけはしなかった。端折ったり面倒がる必要が無いほど、デキる男だったという証明でもあっただけだけれど。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




