第2章。軋む絆と、約束の手
第2章。軋む絆と、約束の手
彼と結婚し、私たちは念願の男の子を授かった。
透き通るような白い肌を受け継いだその子は、とても可愛らしく、私たちの宝物になった。けれど、神様は私たちにさらなる試練を与えた。
息子は生まれつき、体が酷く病弱だったのだ。
楽しいはずの我が家での生活はほとんどなく、息子の幼少期の大部分は、白く無機質な病院のベッドの上で過ぎていった。
「私が代わってあげられたらいいのに……」
日に日に細くなっていく息子の小さな手を握りながら、私は病室の片隅で何度も涙を流した。
付き添いでの看病は、私の心と体を確実に摩耗させていった。一晩中生体モニターの警告音に怯え、精神的にも限界だった。
そんな私をさらに追い詰めたのは、夫となった彼とのすれ違いだった。
かつて、夕日の前で「結婚を前提に」と真っ直ぐな目で言ってくれた彼の優しさは、いつの間にか消え失せてしまったように見えた。
息子の高い医療費や生活費を稼ぐため、彼はいくつも仕事を掛け持ちし、家に帰ってくることさえ稀になった。たまに帰ってきても、疲れ果てて口数が少なく、私の不安な気持ちを受け止める余裕など彼には残っていなかった。
「どうしてあなたには危機感がないの? この子がこんなに苦しんでいるのに!」
「俺だって遊んでいるわけじゃない! 働かなきゃこの子の治療は続けられないんだ!」
そんな不毛な喧嘩ばかりが重なり、私たちの夫婦の絆は、今にも千切れそうなほどに軋んでいた。
私の家が昔貧しかったことを理由に、陰で多額の結納金の話をしていたという、彼の親の存在も私の心を暗く曇らせていた。
やはり彼は、親の意向に従っただけで、私やこの子を心から愛してなどいないのではないか――そんな孤独の暗闇に、私は一人で閉じこもっていた。
そんなある日のこと。
息子の病状が急激に悪化し、担当の主治医が変わることになった。
新しくやってきたのは、まだどこか若さを残しながらも、非常に熱心で、不思議なほど私と息子に寄り添ってくれる先生だった。
先生は、取り乱す私をいつも穏やかな目で見つめ、的確な言葉で安心させてくれた。
その先生の佇まいには、なぜかずっと昔から知っているような、奇妙な懐かしさがあった。
そして、息子の容態が特に悪く、夫とも連絡がつかず、私が誰にも相談できずに一人で泣き崩れそうになっていた、ある日の夕暮れ。病室のドアが静かに開き、様子を見に来てくれた主治医の先生が中に入ってきた。
その瞬間、奇妙なことが起きた。
窓の外から、あの日のドライブで見たものと全く同じ、異常なほどに巨大な、オレンジ色の夕陽が病室の壁を真っ赤に染め上げたのだ。
まるで、その部屋だけが現実の世界から切り離されてしまったかのように、夕陽の光は強く、温かかった。
先生は、ベッドの脇で硬直している私に、静かな声で語りかけた。
「……俺もね、これまでに色々あったよ。でもね、夫婦なんて、わかりあえる日がきっと来るから。だから自分を責めないで」
未来のすべてを知っているかのような、あまりにも優しく、確信に満ちた励ましだった。
呆然とする私に、先生は少し悪戯っぽく微笑んで、こう言った。
「ちょっと、手を見せて」
私がそっと右手を差し出すと、先生は自分の手のひらを、私の手のひらに重ねて見せた。
夕陽に照らされたその手は、男の人らしい、ゴツゴツとした、とても、とても大きな手だった。
その瞬間、私の頭の奥で、カチリと音がした。
遠い昔の記憶――四歳のあの高熱の夜。
私のために
「医大の先生を呼んでくる!」
と走っていったあの近所の青年の声。
そして、その後に夢の中で出会った、私の手を強く握り返してくれた
『名無しの権兵衛(神様)』の、大きくて温かい手の感触。
(あぁ、この手だ……。この大きな手を知っている……!)
先生こそが、あの夜、私の命を救うために走ってくれた『第一の許嫁』だったのだ。
彼は神様との約束通り、私を救うためにお医者さんになり、正常、今、私の一番大切な息子の命を救うために、ここに現れてくれた。
重ねられた手の温もりから、先生の言葉にできないほどの深い愛と、宿命が伝わってきた。
先生は自分の恋心を「主治医」という立場の中にすべて秘め、私を、そして私が彼(夫)と作った家族を守るために、そこに立ってくれていた。
「ありがとうございます、先生……」
涙が、私の頬を伝って床に落ちた。
それは絶望の涙ではなく、長い間私を守り続けてくれていた運命の温もりに触れた、感謝の涙だった。
張り詰めていた心の糸がすっと解け、私は再び前を向く強さを取り戻した。
そして、先生の懸命な治療によって、息子の病状は安定へと向かっていく。




