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50年後、ありがとうを君へ

作者: 中澤 悟司
掲載日:2026/02/14

バレンタインですね…

 共に青春時代を生きることも、家庭を築き子を育むことも叶わなかった。

 でも、あの日のありがとうを、ちゃんと君に伝えたい。


 小学校卒業50年の節目に、有志で同窓会を開くことになった、と知った。連絡先が分かった人にだけ、話が来たようだ。半世紀も経てば、引っ越しで連絡が付かなくなった人や、残念ながらこの世を去った人もいる。俺も、取り壊し寸前の実家に案内ハガキが来ていなければ、知ることもなかっただろう。

 息子は既に独立し、共に余生を穏やかに過ごそうと考えていた妻には、一昨年先立たれてしまった。思いがけず独り身になってしまった俺は、寂しかったのだろう。ずっと参加していなかったその手の会合に、久しぶりに参加することにした。


 妻が生きていれば、きっと参加しなかっただろう、その同窓会に、俺は、とある人物が参加していることを少し期待していた。前日に引っ張り出した卒業アルバムで確認するまで、名前もまともに覚えていなかった、ひとりの女子。そんなに親しくした記憶もない。でも、印象に残っていた。


 同窓会当日、やっぱりその人だとすぐに分かった。


 会が進み、酒も入った頃合いで、俺は彼女に話しかけた。俺と、何度となく目が合った彼女に。


「やあ、伊藤さん、で良かったかな?」

「あら、川田くん、元気そうね」

「何とかね。50年経っても面影があるから分かるもんだね、俺も面影残ってる?」

「ええ、残ってるわ」


 彼女は、微笑みながら続けた。


「あなただけは、すぐに分かったわね」

「へー、顔とか、仕草が特徴的なのかな?」


 友人たちからは、動きでお前だとすぐに分かる、と言われたものだ。


「それもあるけど、好きだったからかもね」

「そっかぁ、好きだったなんて、嬉しいな、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」


 お互い還暦も過ぎている身、俺もそうだが、彼女も今更そんなことで照れたりはしないんだろう。


 ちょっと話せるかな?と彼女と共に席を移動した。会場のバーカウンターに座り、改めて酒を頼む。


「個人的な昔話に付き合ってもらっても?」

「ええ、同窓会だし、いいわよ、昔話」


 俺のどこが好きだったの?体弱いのに頑張ってたところよ、と軽くやりとりをしたところで、俺は切り出した。


「実はね、君が俺のこと好きでいてくれたの、そうじゃないかな、って思ったこともあったんだ」

「そうなんだ」

「でもね、君の気持ちに気付いたのは、30過ぎてからだよ」

「え?」


 彼女が、意外そうな顔をする。そりゃそうだ、何の脈絡もないタイミングだからな。


「一昨年亡くなった妻に、初めてバレンタインのチョコレートを貰った時にね、わざわざ家を訪ねてきてまでチョコレートをくれた子のことを思い出して」


 俺は、おつまみのチョコレートを口に放り込んだ。ビターな味が口の中に広がる。


「20代に1度、同窓会をしただろう?あの時、俺の自惚れじゃなければ、君の視線を感じていたよ。でも、あの時は、西本さんのサプライズ結婚報告に呆然としてしまってさ」


 中学生のころから片想いしてたからねぇ、と俺は苦笑いした。そんな旧姓西本さんは、今日は居ない。


 続きを促すような伊藤さんの視線を受けて、俺は口を開く。


「全部、繋がったんだよ、20年、20年も経ってね。それから30年、時々思い出してはもやもやしていたんだ」


 あまりに遅すぎた気付きだ、気付いたからどう、とかいう話ではない。勘違いの可能性も高いと思っていた。でも、どこかすっきりしなくて。


「もう昔の話だし、あんまりはっきりとは覚えてないんだけど、それでも結構つれない態度で対応したような記憶があって」


 玄関先で、意を決したように包みを渡してきた少女に、俺は、どんな態度だったろうか。


「友達と一緒にさ、勇気出して気持ちを込めて持ってきてくれたのに、あれは無かったなぁ、と」

「…義理チョコだったかもしれないわよ?」


 彼女が笑う。でも、それは何かを隠すような笑顔で。


「ご近所でもないのに、休みの日に義理チョコわざわざ家まで持ってきたりしないでしょ?流石に今なら分かるよ」


 俺は、ずっとタイミングが合わなかった。好意を向けてくれた人は、彼女含めて何人かいたように思うが、ずっと合わなかったのだ。


「だから、ちょっと遅くなっちゃったけど、ありがとう、って伝えたかったんだ」

「…ちょっとじゃない、よ」

「全くだ、どうしようもない男だね、俺」


 お互いに、どこかで引っかかっていたのだろうか、少し気の晴れたような、そんな雰囲気になった。


 本当にそうね、とひとしきり笑った後で、彼女が口を開いた。


「…奥さん、亡くなったんだ」

「そうだよ、もうすぐ2年かな。息子も独立して、今や寂しい独居老人だね」

「…」


 彼女にはウケなかったのか、考え込むように黙ってしまった。俺は、彼女の近況を聞こうと、言葉を続けた。


「君は、ご主人さんとか、お元気?」

「私、結局、結婚しなかったんだ、だから、ずっと独身」

「そっか…」


 苗字が変わってなかったから、ひょっとして、とは思っていたけれど、まさか本当にそうだとは思わず。


 でも、これはある意味、導きなのかもしれない。


「俺、退職したら夫婦で旅行しようと思ってたんだ、でも、妻に先立たれちゃってね」

「そっか、それは残念だったね…」

「そんな妻の遺言がさ、喪が明けたら私のことは思い出にして、良いヒト捕まえろ、っての」


 病床で言われた時には、乾いた笑いしか出なかったのだが。


「還暦過ぎてる、もうすぐ年金生活のジジイに、良いヒトなんて出来るわけないだろ、とは思ってたんだけどね」


 俺は、手に持っていたグラスを置くと、彼女に向き合った。


「同窓会の案内があってから、ずっと君のことばかり思い出してたんだ」


 手を取った彼女の頬が、薄っすらと染まる。50年前、実家の玄関先で見た、俺にチョコレートを渡してくる女子と重なる。


「…老い先短いかもしれないけど、残りの人生を、一緒に過ごしてくれないかな?」


「…ホント、今更なんて酷い男。惚れるんじゃなかったわ」

「なんか、ごめん」


「…いいですよ、亡くなった奥さんに代わって、見送ってあげます」


 言葉とは裏腹に、静かに喜ぶ彼女は、まるで初恋が実った少女のようにも見えて、俺は、年甲斐もなく胸が熱くなるのを感じた。


「…ありがとう」


 50年前の君の想い、俺はちゃんと受け取れただろうか。

私も彼女に伝えたい(何

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