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百瓦戦記  作者: 呉羽錠


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5/11

泥の飯と、消える黄金の粉

砦を制圧した翌朝。  第八雑成百人隊は、占拠した砦の中で朝食をとっていた。


 勝利の美酒、といきたいところだが、現実は甘くない。  配給されたのは、泥のように濁った麦粥と、石のように硬い黒パンのみ。  掃き溜め部隊への扱いは、勝利した後でも変わらず最低辺だった。


「……ケッ。味のしねぇエサだぜ」


 巨漢のゼグが、木椀に入った粥を不機嫌そうにかき回している。  俺たち「班」の五人は、中庭の隅に車座になっていた。  昨夜の戦闘で、俺の評価は少しだけ変わったらしい。少なくとも、会話の輪に入れてもらえる程度には。


「おいアルレン。お前の100グラムで、極上のステーキでも出してくれよ」


 ゼグが冗談めかして言った。  昨夜のマグネシウムの威力を見たせいか、彼らの俺を見る目には、侮蔑ではなく「便利な道具」への期待が混じっている。


「無理ですよ。100グラムの肉なんて、この人数で分けたら一口で終わりです」 「ちぇッ、使えねぇな」 「……ですが」


 俺は粥をすする手を止め、懐から自分の水筒を取り出した。  日付が変わった。  俺の【極小創造】の回数は回復している。


 俺は周囲を見渡す。  皆、不味い飯を義務感だけで胃に流し込んでいる。士気は低い。  ここで俺が提供すべきは、腹にたまらない100グラムの肉塊ではない。  もっと効率よく、全員の脳を満足させる**「情報」**だ。


「肉そのものは出せませんが、**『肉の味』**なら行き渡らせることができますよ」 「あぁ? どういうことだ」


 怪訝な顔をするゼグ、ロッツォ、セリナ。  俺は空になった木椀を差し出し、能力を発動した。


 イメージするのは、前世の記憶にある「味の暴力」。  牛脂、野菜のエキス、香辛料、そして大量の旨味調味料を凝縮し、乾燥させた粉末。


 【特製コンソメ・スパイス・ミックス】。質量、100グラム。


 俺の手のひらに、黄金色に輝く粉末の山が出現した。  瞬間、周囲に濃厚で香ばしい、食欲をそそる香りが爆発的に広がる。


「な、なんだこの匂いは!?」 「すげぇ……焼いた肉と、野菜を煮込んだような……!」


 兵士たちの鼻がひくつく。  俺はその粉末を、全員の麦粥の入った大鍋にすべて放り込み、お玉でかき混ぜた。  泥のような色だった粥が、黄金色のスープへと変わっていく。


「さあ、どうぞ。俺からの勝利祝いです」 「い、いただきますッ!」


 ゼグが我慢できない様子で椀にスープをよそい、一気に流し込んだ。  その瞬間。  岩のような巨体がビクリと震え、目が見開かれた。


「――ッ!!?」


 言葉にならない声。  次いでロッツォ、セリナも口をつける。  セリナのクールな瞳が驚愕に揺れ、頬が紅潮する。


「……嘘。何これ」 「うめぇ……! なんだこりゃ、うめぇぞ!」 「ただの麦粥なのに、高級レストランのシチューみたいだ……!」


 大騒ぎになった。  無理もない。塩気すらない粗末な食事しかしていない彼らの舌に、化学的に調整された「旨味の爆弾」を叩き込んだのだ。脳が快楽物質を出して悦ぶのは当然だ。


 皆、夢中で椀を空にしていく。  殺伐とした空気が消え、至福の表情が広がる。  俺も自分の分をすすりながら、彼らの様子を冷静に観察していた。


(……チョロいもんだ)


 人間、衣食住のレベルを上げられると、元の生活には戻れない。  特に「食」の快楽は強烈だ。  この味を知ってしまえば、明日からの泥のような飯が、これまで以上に耐え難いものになる。


 俺はわざとらしく、忠告を付け加えた。


「あ、急いで食べてくださいね。俺の生成物は一時間で消滅しますから」 「な、なんだと!?」 「一時間後には、そのスープは元の泥水に戻ります。胃の中でもね」


 その言葉を聞いた瞬間、全員の目の色が変わった。  味わって食べている場合じゃない。消える前に、この旨味を脳に刻み込まなければ損だ。


「おい、おかわりだ! 全部よそえ!」 「押すな馬鹿! こぼれるだろ!」


 鍋に群がる班のメンバーたち。  その騒ぎを聞きつけて、他の班の連中も何事かと寄ってくるが、ゼグが「これは俺たちの班のモンだ!」と追い払っている。


 俺はその光景を見ながら、小さく息を吐いた。


 戦闘での閃光フラッシュバン。  生活での食事スパイス。  これで、「アルレンを守れば、戦闘が楽になり、飯が美味くなる」という刷り込みができたはずだ。


「……ふぅ。悪くないわね」


 隣でスープを飲み干したセリナが、満足げに息をついた。  彼女は俺の方を見ず、鍋の底に残ったスープを名残惜しそうに眺めている。


「アンタ、明日は何を出せるの?」 「さあね。リクエストがあれば考えますよ」


 俺が答えると、彼女は少しだけ口角を上げ、「砂糖がいいわ」と呟いた。


「了解。……班長たちには内緒ですよ」


 俺たちは視線を交わし、微かに笑った。    掃き溜め部隊での二日目。  俺の居場所は、昨日よりも少しだけ確かなものになっていた。  たった100グラムの「粉」が、剣よりも強固に俺たちを繋ぎ止めたのだ。


 だが、安息は長くは続かない。  砦の外から、慌ただしい伝令の馬蹄音が近づいてくるのが聞こえた。


「第八百人隊、総員集合! 次の命令が出たぞ!」


 どうやら、俺たちの「捨て駒」としての役目は、まだ終わらないらしい。  俺は空になった椀を置き、剣を手に取った。  腹は満たされた。  次は、また生き残るための算段を考えなければ。

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