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百瓦戦記  作者: 呉羽錠


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4/11

閃光の100グラム

雨上がりの夜道を、第八雑成百人隊は走っていた。  目的地は、街道沿いにある帝国の「監視砦」。  本隊が通過する前に、邪魔な目を取り除けという命令だ。要するに、捨て駒による露払いである。


「チッ、貧乏くじだぜ。あそこにはボウガン部隊が待ち構えてやがるんだろ?」


 走りながら、巨漢のゼグが吐き捨てる。  俺たちの班は、百人隊の先頭集団にいた。  ほどなくして、闇の中にぼんやりと砦の輪郭が浮かび上がる。  直後――。


 ヒュン、ヒュンッ!  風切り音と共に、隣を走っていた兵士が悲鳴も上げずに倒れた。  眉間に矢が突き刺さっている。


「敵襲ッ! 散開しろ!」


 俺たちは慌てて街道脇の岩陰に滑り込んだ。  頭上を矢が掠めていく。砦の銃眼から、正確な射撃が降り注いでいた。


「クソッ、近づけねぇ!」


 ゼグが岩を殴りつける。  彼の【剛力】なら砦の門扉ごと粉砕できるだろう。だが、能力の射程は「拳が届く範囲」だ。  砦までは約五十メートル。  あの巨体で飛び出せば、門に辿り着く前にハリネズミにされる。


「セリナ! お前の弓で狙撃手を潰せねぇのか!?」 「無理よ。暗すぎて敵の正確な位置が見えない。私の【風視】は『必中』だけど、標的が見えなきゃ意味がないわ」


 赤髪のセリナが舌打ちをする。  影使いのロッツォも、顔をしかめて首を振った。


「俺の【影縫】も影を踏める距離まで行かなきゃ話にならねぇ。……詰んだな。撤退するか?」


 手詰まりだ。  個々の能力は強くても、状況に対応できなければ無力。  撤退? いや、背中を見せれば撃たれるし、任務失敗で戻れば百人将ボルグに処刑されるかもしれない。


(……マズい。このままだと全滅だ)


 俺は冷や汗を拭いながら、必死に思考を巡らせる。  俺の戦力は皆無だ。剣など振るったこともない。  だが、ここで何もしなければ「足手まとい」として見捨てられるのがオチだ。


 俺は意を決して、岩陰からゼグの足元へ這い寄った。


「ぜ、ゼグさん! あと数秒……数秒だけ敵の目が逸れれば、あの門まで走れますか!?」 「あぁ? 五秒もありゃ着くが、その間に死ぬっつってんだろ。すっこんでろ補給係!」 「俺が作ります! 敵の目を潰す隙を!」


 俺の言葉に、三人が怪訝な顔を向ける。


「ハァ? お前の100グラムで何ができるってんだ。盾にもなりゃしねぇぞ」 「盾じゃありません。『照明』です! ……説明してる時間がない。俺が合図したら、絶対に砦を見ないでください! 目が焼かれます!」


 俺は祈るような気持ちで叫んだ。  信用されているわけじゃない。だが、このままジリ貧で死ぬよりはマシだと思ってくれるはずだ。  俺は懐に手を入れ、能力を発動する。


 イメージするのは、理科室の実験で扱った中でも、特に派手な燃焼反応を見せる金属。  100グラムもあれば、直視した人間の網膜を焼くには十分すぎる。


 【純粋マグネシウムのリボン】。質量、100グラム。


 俺の手のひらに、銀白色の薄い金属の束が出現する。  俺は震える手でそれを丸め、近くに落ちていた松明たいまつの火種に近づけた。


「……今だッ! 伏せてください!!」


 俺は叫びと共に、着火したマグネシウムの塊を、砦の銃眼めがけて思い切り投擲した。  そして即座に地面に顔を伏せ、両手で目を覆う。


 頼む、上手くいってくれ――!


 直後。  戦場の闇が、真昼のごとく塗り替えられた。


 カッッッ!!!!


 強烈な閃光。  マグネシウムの燃焼による、純白の光が炸裂したのだ。  暗闇に目を慣らしていた敵の監視兵たちにとって、それは視界を完全に奪う暴力的な光となったはずだ。


「ぐあぁあああッ!? め、目がぁああ!」 「なんだ!? 魔法か!?」


 砦の中から悲鳴が上がる。射撃がピタリと止んだ。  やった!


「行けぇええッ、ゼグさん!!」 「お、おうッ!」


 目を閉じて耐えていたゼグが、獣のような咆哮と共に岩陰から飛び出す。  敵は閃光で目が眩み、狙いをつけるどころではない。  五秒後。  轟音と共に、砦の正門が紙切れのようにひしゃげ、吹き飛んだ。


「オラァアアアッ! 粉砕ぃッ!!」


 ゼグの一撃必殺、【剛力】が炸裂したのだ。  門が破られれば、こちらのものだ。  百人隊の荒くれ者たちが、雪崩のように砦へとなだれ込んでいく。


「ヒャハハ! 殺せ殺せぇ!」 「ロッツォ、お前の出番だ! 逃げる奴の影を縫え!」


 一方的な蹂躙が始まった。  俺は岩陰で、チカチカする目をこすりながらへたり込んだ。  心臓が早鐘を打っている。


(はは……上手くいった……)


 100グラムのマグネシウム。  殺傷能力はない。だが、最強の矛であるゼグを通すための「鍵」にはなった。


「……ふん。やるじゃない」


 不意に、背後から声がかかった。  弓を構えたセリナだ。彼女は燃え尽きて消滅しかけているマグネシウムの残骸を、少し驚いたように見つめていた。


「ただの目くらましだけど、タイミングは完璧だったわ。……アンタ、意外と役に立つのね」 「ど、どうも。死にたくない一心ですよ」


 俺が苦笑いで答えると、彼女はフンと鼻を鳴らし、混乱する敵兵の脳天を次々と射抜いていった。


 砦からは勝鬨かちどきが上がっている。  俺の手柄だと前に出るつもりはない。俺のような弱者は、目立ちすぎれば狙われるだけだ。  だが、この班の連中には伝わったはずだ。  俺を連れて歩けば、死ぬ確率が少し下がる、と。


(よかった。これでまた一日、首が繋がった)


 俺は安堵のため息を吐き、安全な後方からゆっくりと砦へ向かった。  「1日1回」のカードは切ってしまったが、後悔はない。  俺はこうやって、有用性を証明し続けて生き残るしかないんだ。

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