閃光の100グラム
雨上がりの夜道を、第八雑成百人隊は走っていた。 目的地は、街道沿いにある帝国の「監視砦」。 本隊が通過する前に、邪魔な目を取り除けという命令だ。要するに、捨て駒による露払いである。
「チッ、貧乏くじだぜ。あそこにはボウガン部隊が待ち構えてやがるんだろ?」
走りながら、巨漢のゼグが吐き捨てる。 俺たちの班は、百人隊の先頭集団にいた。 ほどなくして、闇の中にぼんやりと砦の輪郭が浮かび上がる。 直後――。
ヒュン、ヒュンッ! 風切り音と共に、隣を走っていた兵士が悲鳴も上げずに倒れた。 眉間に矢が突き刺さっている。
「敵襲ッ! 散開しろ!」
俺たちは慌てて街道脇の岩陰に滑り込んだ。 頭上を矢が掠めていく。砦の銃眼から、正確な射撃が降り注いでいた。
「クソッ、近づけねぇ!」
ゼグが岩を殴りつける。 彼の【剛力】なら砦の門扉ごと粉砕できるだろう。だが、能力の射程は「拳が届く範囲」だ。 砦までは約五十メートル。 あの巨体で飛び出せば、門に辿り着く前にハリネズミにされる。
「セリナ! お前の弓で狙撃手を潰せねぇのか!?」 「無理よ。暗すぎて敵の正確な位置が見えない。私の【風視】は『必中』だけど、標的が見えなきゃ意味がないわ」
赤髪のセリナが舌打ちをする。 影使いのロッツォも、顔をしかめて首を振った。
「俺の【影縫】も影を踏める距離まで行かなきゃ話にならねぇ。……詰んだな。撤退するか?」
手詰まりだ。 個々の能力は強くても、状況に対応できなければ無力。 撤退? いや、背中を見せれば撃たれるし、任務失敗で戻れば百人将ボルグに処刑されるかもしれない。
(……マズい。このままだと全滅だ)
俺は冷や汗を拭いながら、必死に思考を巡らせる。 俺の戦力は皆無だ。剣など振るったこともない。 だが、ここで何もしなければ「足手まとい」として見捨てられるのがオチだ。
俺は意を決して、岩陰からゼグの足元へ這い寄った。
「ぜ、ゼグさん! あと数秒……数秒だけ敵の目が逸れれば、あの門まで走れますか!?」 「あぁ? 五秒もありゃ着くが、その間に死ぬっつってんだろ。すっこんでろ補給係!」 「俺が作ります! 敵の目を潰す隙を!」
俺の言葉に、三人が怪訝な顔を向ける。
「ハァ? お前の100グラムで何ができるってんだ。盾にもなりゃしねぇぞ」 「盾じゃありません。『照明』です! ……説明してる時間がない。俺が合図したら、絶対に砦を見ないでください! 目が焼かれます!」
俺は祈るような気持ちで叫んだ。 信用されているわけじゃない。だが、このままジリ貧で死ぬよりはマシだと思ってくれるはずだ。 俺は懐に手を入れ、能力を発動する。
イメージするのは、理科室の実験で扱った中でも、特に派手な燃焼反応を見せる金属。 100グラムもあれば、直視した人間の網膜を焼くには十分すぎる。
【純粋マグネシウムのリボン】。質量、100グラム。
俺の手のひらに、銀白色の薄い金属の束が出現する。 俺は震える手でそれを丸め、近くに落ちていた松明の火種に近づけた。
「……今だッ! 伏せてください!!」
俺は叫びと共に、着火したマグネシウムの塊を、砦の銃眼めがけて思い切り投擲した。 そして即座に地面に顔を伏せ、両手で目を覆う。
頼む、上手くいってくれ――!
直後。 戦場の闇が、真昼のごとく塗り替えられた。
カッッッ!!!!
強烈な閃光。 マグネシウムの燃焼による、純白の光が炸裂したのだ。 暗闇に目を慣らしていた敵の監視兵たちにとって、それは視界を完全に奪う暴力的な光となったはずだ。
「ぐあぁあああッ!? め、目がぁああ!」 「なんだ!? 魔法か!?」
砦の中から悲鳴が上がる。射撃がピタリと止んだ。 やった!
「行けぇええッ、ゼグさん!!」 「お、おうッ!」
目を閉じて耐えていたゼグが、獣のような咆哮と共に岩陰から飛び出す。 敵は閃光で目が眩み、狙いをつけるどころではない。 五秒後。 轟音と共に、砦の正門が紙切れのようにひしゃげ、吹き飛んだ。
「オラァアアアッ! 粉砕ぃッ!!」
ゼグの一撃必殺、【剛力】が炸裂したのだ。 門が破られれば、こちらのものだ。 百人隊の荒くれ者たちが、雪崩のように砦へとなだれ込んでいく。
「ヒャハハ! 殺せ殺せぇ!」 「ロッツォ、お前の出番だ! 逃げる奴の影を縫え!」
一方的な蹂躙が始まった。 俺は岩陰で、チカチカする目をこすりながらへたり込んだ。 心臓が早鐘を打っている。
(はは……上手くいった……)
100グラムのマグネシウム。 殺傷能力はない。だが、最強の矛であるゼグを通すための「鍵」にはなった。
「……ふん。やるじゃない」
不意に、背後から声がかかった。 弓を構えたセリナだ。彼女は燃え尽きて消滅しかけているマグネシウムの残骸を、少し驚いたように見つめていた。
「ただの目くらましだけど、タイミングは完璧だったわ。……アンタ、意外と役に立つのね」 「ど、どうも。死にたくない一心ですよ」
俺が苦笑いで答えると、彼女はフンと鼻を鳴らし、混乱する敵兵の脳天を次々と射抜いていった。
砦からは勝鬨が上がっている。 俺の手柄だと前に出るつもりはない。俺のような弱者は、目立ちすぎれば狙われるだけだ。 だが、この班の連中には伝わったはずだ。 俺を連れて歩けば、死ぬ確率が少し下がる、と。
(よかった。これでまた一日、首が繋がった)
俺は安堵のため息を吐き、安全な後方からゆっくりと砦へ向かった。 「1日1回」のカードは切ってしまったが、後悔はない。 俺はこうやって、有用性を証明し続けて生き残るしかないんだ。




