生き残りし者と、掃き溜めの部隊
夜が明ける頃、俺はルメリナ公国軍の本陣までたどり着いた。 全身泥まみれで、足は棒のようだ。 だが、俺の腰には明確な「戦果」がある。
「――第四歩兵隊、アルレン。帰還しました」
本陣の幕舎前で、俺は泥だらけの顔を上げて報告した。 受付の記録係(書記官)が、信じられないものを見る目で俺を見る。
「第四だと? あそこは全滅したはずだぞ。生存者はゼロだ」 「ええ。俺以外は」
周囲の兵士たちがざわめく。 最前線の「肉挽き機」と呼ばれた激戦区から、五体満足で戻ってきた兵卒。それだけで異例だ。 そこへ、天幕の奥から一人の武人が現れた。 身の丈二メートル近い巨躯に、歴戦の古傷。千人将(千人の兵を束ねる指揮官)のガルドだ。
「ほう。あの地獄から這い戻ったか」
ガルドの鋭い視線が、俺の腰に差された剣に止まる。 帝国軍の重装歩兵が使う、分厚い直剣だ。
「それは敵の装備だな。……拾ったか?」 「殺して奪いました」
俺は短く答えた。 嘘ではない。殺し方は特殊だったが、結果として俺が仕留めた。 ガルドは俺の目をじっと覗き込み、やがて獰猛に口角を上げた。
「貧弱な体だが、肝は据わっているようだな。運も実力のうちだ」
ガルドは近くの部下に顎をしゃくった。
「第四は消滅した。貴様を遊ばせておく余裕はない。――『第八雑成百人隊』へ回せ」 「はっ!」
周囲の兵士たちが、気の毒そうな、あるいは嘲笑うような目を俺に向けた。 『雑成』。 それは正規の編成からあぶれた者、素行不良者、あるいは俺のように部隊が壊滅して行き場を失った者たちを寄せ集めた、掃き溜めのような部隊の通称だ。
だが、文句は言えない。 軍隊において命令は絶対だ。それに、最前線で孤立するよりはマシだ。
***
案内された先は、野営地の外れにある荒っぽい一角だった。 焚き火を囲んでいるのは、柄の悪そうな男たちばかり。 賭け事に興じる者、武器を研ぐ者、ただ黙って虚空を睨む者。 空気は淀んでいるが、同時に「死線」を潜り抜けてきた者特有の、鋭い殺気も漂っている。
「新入りか?」
声をかけてきたのは、焚き火のそばで大胡坐をかいている男だった。 岩のような筋肉。顔には斜めに走る刀傷。 この第八百人隊を束ねる百人将、ボルグだ。
「アルレンです。第四部隊の生き残りとして、こちらに配属されました」 「第四の生き残りぃ?」
ボルグは、野獣のような瞳で俺をねめ回した。
「あそこは昨夜、帝国の重装兵団に踏み潰されたはずだ。貴様のようなヒョロガリが、どうやって生き延びた?」 「……運が良かっただけです」 「運、か」
ボルグが立ち上がる。その威圧感に、周囲の空気が張り詰めた。 彼は俺の目の前まで歩み寄ると、強烈な張り手を俺の胸板に食らわせた。
「ぐっ……!?」 「悪くねぇ音だ。少なくとも、死ぬのが怖くて逃げ出した腰抜けの体じゃねぇな」
ボルグは鼻を鳴らし、俺の肩を乱暴に叩いた。
「いいか、小僧。ここは掃き溜めだ。だがな、一番死ににくい場所でもある」 「……どういう意味でしょう」 「俺たちは『何でも屋』だ。正面激突もあれば、奇襲、工作、後始末までやらされる。生き汚ねぇ奴だけが、ここでは息を吸えるんだよ」
ボルグは周囲の薄汚れた兵士たちを見渡して、ニタリと笑った。
「歓迎してやるよ、幸運な男。今日からここが貴様の巣だ。――ただし、使えねぇと分かったら即座に最前線の肉壁にするから覚悟しとけ」
「……了解」
俺は拳を握りしめ、泥臭い敬礼を返した。 ここが俺の新しい居場所。 正規軍の規律よりも、個の生存本能が優先される荒くれ部隊。
(好都合だ)
ガチガチの騎士団のような部隊では、俺の「能力」は使いにくい。 だが、この混沌とした雑成部隊なら――結果さえ出せば、どんな汚い手を使っても評価されるはずだ。
俺は支給された自分のスペースに荷物を置く。 周囲からの視線はまだ冷ややかだ。 「ただ運が良かっただけのガキ」 それが今の俺の評価。
だが、見ていろ。 ここから這い上がってやる。 たった100グラムの質量と、この頭脳を使って。
俺は懐の奥で、まだ未使用の「今日の一回分」の権利を確かめるように強く握りしめた。 ルメリナ公国軍、第八雑成百人隊、アルレン。 俺の本当の戦いが、ここから始まる。




