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百瓦戦記  作者: 呉羽錠


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10/11

詐欺師の錬金術と、姫様の共犯

馬車を失ってから一日。  俺たちは山を降り、国境沿いの宿場町**「カナン」**の入り口に立っていた。


 だが、入る前から問題が山積みだ。


「……腹減った」


 ゼグが力なく呟く。  昨日の夜から何も食べていない。ロッツォもセリナも、疲労で足を引きずっている。  そして何より、エリス王女だ。  彼女は気丈に振る舞っているが、ドレスの裾は泥だらけ、顔色は蒼白だ。お忍び用のマントで顔を隠しているが、オーラが隠せていない。


「ねぇ、アルレン。……どうするの?」


 セリナが小声で聞いてくる。  宿場町に入るには「通行税」がいる。宿に泊まるには「金」がいる。飯を食うにも「金」がいる。  そして俺たちの所持金は、文字通りのゼロだ。


「強行突破するか?」


 ゼグが物騒なことを言う。  俺は首を横に振った。


「ダメです。騒ぎを起こせば、昨日まいた『裏切り者』たちに見つかる。あくまで一般の旅人を装って、物資を調達しなきゃならない」 「無一文でどうやって? 乞食でもしろって言うの?」


 エリスが不服そうに唇を尖らせる。  俺はニヤリと笑った。


「いいえ。……**『錬金術』**を使います」


 ***


 俺たちは町の裏通りにある、一軒の質屋(故買屋)に入った。  看板には「何でも買います」の文字。店主は、脂ぎった禿頭の男だ。  俺たちの薄汚れた格好を見て、店主は露骨に嫌な顔をした。


「おいおい、ここはゴミ捨て場じゃねぇぞ。恵んでもらいたいなら教会へ行け」 「客に向かって失礼ですね」


 俺は堂々とカウンターに進み出た。  背後のゼグたちには「威圧係」として無言で立っていてもらい、エリスには「没落貴族の令嬢」という設定で椅子に座ってもらう。


「俺たちは落ちぶれちゃいますがね、元はある名家の従者でして。……旅の資金を作るために、お嬢様の『秘蔵の品』を売りに来たんですよ」


 俺はもっともらしく囁き、懐に手を入れた。  今日分の能力カウントは、まだ使っていない。  ここで使う。


 100グラムの金塊? いや、それは昨日使ったし、足がつく可能性がある。  もっと軽く、もっと希少で、この田舎町の商人が飛びつくもの。


 俺がイメージしたのは、前世の世界でも「赤い黄金」と呼ばれた、最高級の香辛料。  1グラムで数千円。100グラムあれば、金塊以上の価値を持つ植物の柱頭。


 【最高級サフラン(乾燥済み)】。質量、100グラム。


 俺は能力で生成した「赤い糸くずの山」が入った小瓶を、カウンターにドンと置いた。


「……なんだこりゃ。枯れ草か?」 「鼻が詰まってるんですか? 蓋を開けてみなさい」


 店主がいぶかしげに瓶を開ける。  瞬間、濃厚で甘く、エキゾチックな香りが狭い店内に爆発的に広がった。


「なっ……こ、これは……!?」


 店主の手が震える。  サフランは、この世界でも薬や染料、高級料理に使われる超高級品だ。  通常は数グラム単位で取引されるものが、ここには100グラムもある。


「じゅ、純度は……?」 「最高級です。混ぜ物なしの100%。……お嬢様が嫁入り道具として持っていたものですが、背に腹は代えられませんからね」


 俺はチラリとエリスを見る。  彼女は訳が分からず硬直しているが、それが逆に「深窓の令嬢の憂い」に見えたらしい。


「い、いくらだ! いくら欲しい!」


 店主の目が金貨の形になった。  カモだ。  俺は冷徹な商人の顔を作る。


「相場なら金貨50枚ってところですが……急いでいるのでね。金貨10枚で手を打ちましょう」 「じゅ、10枚!? 安す――いや、分かった! 成立だ!」


 店主は慌てて金庫を開け、金貨の袋を取り出した。  正規の価格の五分の一。彼にとってはボロ儲けだ。疑う余地などない。


「毎度あり」


 俺は金貨袋を受け取り、中身を確かめて懐に入れた。  そして、そそくさと店を出る。


「おい、急ぐぞ。買い出し班と宿確保班に分かれる!」


 店を出た瞬間、俺は早歩きで指示を出した。


「ま、待ちなさいアルレン!」


 エリスが小走りで追ってくる。


「あんな高価なもの、いつの間に持っていたの!? それに、あんな安値で売るなんて……」 「安値も何も、原価ゼロですよ」


 俺は歩きながら、冷ややかな事実を告げた。


「あれは俺の能力で作った偽物です。……あと五十分もすれば、店主の金庫の中で跡形もなく消滅しますよ」


 エリスの足が止まった。  ゼグたちもギョッとして俺を見る。


「しょ、消滅だと!? じゃあ詐欺じゃねぇか!」 「人聞きの悪い。……あの店主、店の奥に『禁制品』の武器を隠してましたよ。どうせロクな商売してない悪党です。悪党から金を巻き上げて何が悪いんです?」 「……お前、とんでもねぇ奴だな」


 ロッツォが呆れたように、しかし楽しげに笑った。  エリスだけが、顔を青くして震えている。


「ど、泥棒よ……これは犯罪だわ……!」 「犯罪じゃありません。『徴発』です」


 俺は金貨を一枚取り出し、エリスに握らせた。


「姫様。この金で、貴方の新しい靴とマントを買ってください。……綺麗事は、生き残ってから言いましょう」


 エリスは金貨を見つめ、唇を噛み締め、そして悔しそうに涙を溜めた。  だが、投げ捨てはしなかった。  彼女も分かっているのだ。この汚れた金貨が、今の自分たちの命綱であることを。


 ***


 一時間後。  俺たちは新しい旅装と、数日分の食料を買い込み、足早に宿場町を後にした。  背後の町からは、店主の悲鳴が聞こえたような気がしたが、誰も振り返らなかった。


 街道を行く馬車の中(※中古の荷馬車も買った)。  エリスは、新調したブーツを履き、複雑そうな顔で干し肉を齧っていた。


「……美味いですか? 詐欺で買った肉は」


 俺が意地悪く聞くと、彼女はフンと鼻を鳴らし、力強く答えた。


「……美味いわよ。生きる味がするわ」 「そりゃよかった」


 俺は御者台で手綱を握り直す。  共犯者・エリス。  清廉潔白な王女様の手も、これで少しは汚れた。  だが、その汚れこそが、この過酷な逃避行を生き抜くための鎧になるはずだ。


「さあ、行くぞ。東部戦線まで、あと半分だ」


 懐の金貨がチャリと鳴る。  俺たちの旅は、ようやく「まともな装備」を整えて再スタートした。

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