深淵の声
光の爆音が森を揺らし、ユウの身体がふわりと浮かんだ。
次の瞬間——その意識は、完全に暗闇へと引きずり込まれた。
レオンが叫ぶ。
「ユウーーっ!!」
しかしその声は、すでにユウには届いていなかった。
■ 静寂の底へ
ユウは、真っ暗な空間に落ち続けていた。
上下も前後も存在しない、果てのない闇。
「……ここは……?」
自分の声でさえ、やけに遠く聞こえる。
すると、闇の中にひとつだけ光が灯った。
白い光ではない。
赤黒い、まるで心臓を模したような脈動する光。
ユウはその前に立つ。
《ようやく来たな。我が“器”よ》
聞いたことのある声だった。
あの、覚醒の時に耳の奥へ響いていた声。
ユウ「お前……誰なんだ。俺の中で勝手に暴れて……!」
《我は“始原”。この世界が形を持つより前から存在した力。
滅びを生み、創造を許し、万物の理を司る——“根源の魔”》
声は淡々としていたが、その響きは人間のものとは明らかに違った。
ユウの身体が震える。
「……根源の魔……?」
《お前の魂には、我の欠片が宿っている。
お前が転生したその瞬間にだ》
ユウ「転生の時? 俺がこの世界に来た時ってことか……!?」
《そうだ。お前は“選ばれた”。
始原の力を解放できる唯一の魂——
この世界を救うか、それとも滅ぼすかを決める存在として》
ユウは拳を握りしめた。
「ふざけるな……勝手にそんな大役押し付けるなよ……!
俺はただ、みんなと普通に生きたかっただけなんだ!」
脈動する光が揺れ、影が形を変える。
やがてそれは、巨大な黒い人影になった。
目のない顔、肉体の輪郭は曖昧で、煙のように揺らめいている。
《お前が望む“普通”は、この世界では許されぬ。
お前自身が、世界そのものを揺るがす存在なのだから》
ユウ「……だから俺の意識を奪おうとしたのか?」
《違う。我はただ、力を使う代償を与えているだけだ。
強大な力には、相応の“痛み”が伴う。それが理だ》
ユウは息を呑む。
このままではいずれ本当に“乗っ取られる”。
《だが、ひとつ方法がある》
黒い影が、赤黒く揺れる心臓の光に手を伸ばす。
《“第二段階の覚醒”に至れ。
器を広げ、意識を強固にすることで、我との同化を遅らせる》
ユウ「……第二段階……?」
《覚醒するたびに、お前は我に近づく。
しかし同時に、お前自身の可能性も開く。
選べ、ユウ。
今のまま意識を失って我に呑まれるか、
あるいは覚醒して“人の枠”を超えるか》
選択を迫る声。
その圧力は、心を押しつぶすほど重かった。
ユウは拳を震わせながら叫んだ。
「……俺は……!
レオンとリリアを……仲間を置いて死ぬわけにはいかない!!
あいつらが心配してるのに、戻らないなんて選択、ありえるかよ!!」
影がぴたりと止まる。
《ならば掴め、第二覚醒の力を》
心臓のような光が、ユウの胸へと吸い込まれていく。
熱い——
燃えるような熱が全身に広がる。
ユウ「ぐっ……あああああああ!!」
《耐えろ!
魂が焼かれようとも、生きるために戦え!!》
視界が白く染まる。
そして——
ユウの体が、深淵の闇から押し戻された。
■ 現実世界──目覚め
「ユウ!!」
「戻ってきて!!」
レオンとリリアの声が重なる。
ユウの身体を包んでいた白い光が、ふっと収まり……
ゆっくりと瞼が開いた。
レオン「……お、おい……無事か……?」
リリアは涙を浮かべていた。
ユウはしばらく息を整え、静かに答えた。
「……二人とも……ありがとう。
なんとか……戻って来れたよ」
それを聞いた瞬間、リリアはユウに抱きついた。
「よかった……本当に……!」
レオンも肩を支えながら言う。
「まったく……心配させやがって」
ユウは苦笑しようとした――
だが、ふと、自分の周囲を包む力に気づく。
空気が震え、地面に光の紋が浮かび上がっていた。
レオン「……なあ、ユウ。これ……」
リリア「あなた……また魔力量が……上がってる……?」
ユウはゆっくりと手を見つめた。
そこからは、以前よりも深い、静かで危険な力が滲み出ていた。
「……俺、多分……“次の段階”に進んだ」
リリア「第二覚醒……?」
レオン「おいおい……どこまで強くなるんだよ、お前……!」
しかし。
その時、遺跡の奥から震えるような“呻き”が響いた。
ゴ……ゴゴ……ッ……
レオン「今の……なんだ……?」
リリアは青ざめた。
「瘴帝獣の……比じゃない……何かが……目覚めてる……!」
ユウは静かに立ち上がる。
そこに恐怖はなかった。
代わりに胸の奥で、ひとつの決意が燃えていた。
「行こう。
俺の覚醒に反応して、何かが動き出したんだ。
なら……止めなきゃいけない」
レオンが笑う。
「まったく……そういうとこ、昔から変わんねぇな」
リリアも涙を拭いて頷く。
「一緒に行くわ、ユウ」
ユウはふたりに微笑み返した。
そして、暗い遺跡の奥へと視線を向ける。
そこには、ユウの覚醒を待つ“本当の”敵がいる。
——彼の物語は、さらに深い闇へ進み始めようとしていた。
。
次回、第8話
「遺跡の奥に潜むもの」
ユウの第二覚醒がもたらす影響。
そして、古代文明が封じた“正体不明の存在”との遭遇へ。




