覚醒の代償
光の柱が収まった時、ユウの周囲には静かだが圧倒的な魔力の渦が生まれていた。
風が巻き上がり、瘴帝獣が本能的な恐怖で後ずさる。
レオンが息を呑んだ。
「……あれ、本当にユウなのか?」
リリアも凍りついた表情で、震える声を漏らす。
「魔力量……桁が違いすぎる。ユウ……あなた、もう“人間”の枠じゃない……」
しかしユウは、その言葉に反応した様子はなかった。
彼の瞳は淡く輝き、まるで深い海の底に沈んだような冷たさを帯びていた。
《——瘴帝獣を討て。力はすでに解放された》
頭の奥に、あの声が響く。
ユウ「……わかってる」
その声は、確かにユウのものだったが、どこか無機質で、魂が奥に沈んでしまったような響きがあった。
瘴帝獣が吠え、瘴気を噴き上げる。
グォォォオオオッッ!!
その一瞬。
ユウの姿が消えた。
レオン「……は?」
リリア「ユウ!? どこ——」
次の瞬間。
ドゴォッッ!!!
瘴帝獣の巨体が空中へ――押し上げられていた。
光の尾を引く拳が、瘴帝獣の顎を砕き、大気へ叩き込む。
ユウは、いつの間にか瘴帝獣の真下に立っていた。
「……遅い」
呟きとともに、光の刃がその手に形づくられる。
《始原魔法・断界刃》
ユウの腕が一振りされる——
それだけで、瘴帝獣の右腕が切断され、腐敗の霧が霧散した。
レオン「威力……バカかよ……!」
リリア「いや、それだけじゃない。ユウ……魔法の発動時間がゼロに等しい。詠唱なし、陣展開もなし……。どうやって……」
瘴帝獣は咆哮し、瘴気を全身から噴き出す。
ドロロロロ……ッ!!
空間そのものを侵食する黒い霧が、あたり一帯を飲み込んだ。
レオンが叫んだ。
「ユウ! 下がれ! 瘴帝獣の瘴気は触れたら魔力が腐るんだぞ!」
しかしユウは避けなかった。
むしろ一歩踏み込み——
その手を霧に突っ込んだ。
レオン「ユウ!? 死ぬ気か!!」
だが——
瘴気はユウの周囲で弾かれた。
光の膜がユウの身体を覆い、瘴気を一切触れさせなかった。
リリアは震えながら呟く。
「瘴気すら……影響を受けない? 始原……そんな力、本当に神話級よ……」
ユウの瞳がさらに輝き、瘴帝獣を見据える。
「終わらせるよ」
《断界刃・双月》
光の刃が二重に重なり、月の軌跡を描いた。
次の瞬間——
ズバァアアアアッ!!
瘴帝獣の胸から腹部にかけて、巨大な十字の裂傷が走り、瘴帝獣は絶叫しながら崩れ落ちた。
黒い霧が晴れ、腐敗した地面が乾いていく。
瘴帝獣は、完全に沈黙した。
誰もが言葉を失っていた。
教師たちですら震えていた。
「こ……これが……始原の力……?」
「こんな存在、歴史でも見たことがない……!」
レオンとリリアはユウの元へ駆け寄る。
「ユウ! やったな!」
「よかった……心配したんだから……!」
するとユウはゆっくりと振り返った。
瞳はまだ白く輝いたままだった——
だがその奥には、微かに狂気とも呼べる“別の意志”が揺れていた。
「……危ない!」
リリアがユウの肩に触れた瞬間——
バチィッ!!
強烈な魔力が弾け、リリアが吹き飛ばされた。
レオン「リリアっ!!」
「うっ……!」
リリアは地面に叩きつけられながら、ユウの状態を見て息を呑んだ。
「……魔力が……暴走してる……!? ユウ、自分を制御できてないの……!」
《——“覚醒の代償”だ》
声がユウの中から響く。
《解放に耐え切れぬ器は、魂を侵食され、いずれ我と同化する》
リリア「同化……!? ユウの意識が……消えるってこと……?」
レオンが絶叫した。
「ふざけんな!! ユウはユウだろ!!」
しかしユウは苦しげに頭を抑え、膝を折った。
「くっ……あ……あああああ!」
白い光が暴走し、周囲の空気が震える。
大地が軋み、風が荒れ、空が揺らぐ。
明らかに、ユウという“器”が耐えられていなかった。
リリアが涙を浮かべながら叫ぶ。
「ユウ! あなたのままでいて!!」
レオンも叫んだ。
「負けんな! お前はそんな奴に乗っ取られるようなタマじゃねぇ!」
しかし——
ユウの瞳から、光が溢れ始めた。
《——次の段階へ移行する》
リリア「だめっ!!」
レオン「ユウ!! 戻ってこい!!」
ユウの叫びが森に響く。
「ああああああああああああ!!!」
光が爆発し、ユウの身体が宙に浮かぶ。
その瞬間、遺跡の奥——封印の闇が震えた。
黒い影が蠢き始め、さらに深い“何か”が目覚めようとしていた。
――ユウの覚醒は、まだ序章にすぎない。
次回、第7話
「深淵の声」
ユウの内面世界での戦い、そして“第二覚醒段階”に向かう物語が始まります。
世界の本質に触れ、ユウは遂に“始原”の存在の一部と対峙することに——




