「虚空王との対話」
虚空境界域──
世界の端っこにある、“何もない”はずの空間。
だが今、そこには人影のような“何か”が佇んでいた。
輪郭は曖昧。
顔はなく、眼も口もない。
けれど、不思議と「こちらを見ている」と分かる。
ノアへ向けて──
まるで、迷子の子を迎えに来た親のように。
「……ゆう……」
ノアは震える声で、ユウの袖を掴んだ。
「“くう”が……すぐそこに……いる……」
ユウは、ノアの手を握り返す。
手は小さく、冷たい。
けれど、その震えには強さも混ざっていた。
「大丈夫。僕たちがいるよ」
◆ 1. “虚空王の影”との対峙
影は一歩──踏み出した。
その瞬間、
周囲の空間が破れるような音と共に、
“色”が奪われ始める。
「くっ……!」
エルザが氷盾を展開する。
だが盾の表面は、触れた瞬間からモノクロに変色した。
「私の氷が……!?
概念ごと、無に近づけられてる……!」
「なんて力だ……!」
レオンが歯を食いしばる。
リリアはノアを庇いながら、必死に声を張り上げた。
「ユウくん!どうするの!?
このままじゃ……!」
ユウは影を見据える。
影はただ立っている。
攻撃しようとしていない。
(……攻撃する気がない?
じゃあ……目的は──)
ユウは一歩前に出る。
(対話……か?)
影がこちらを向く。
声はない。
しかし、“声が聞こえた”。
『──返せ』
ユウの頭の中に、冷たい声が響く。
「返せって……何をだ?」
『光を──返せ』
「……ノアを?」
影の輪郭が揺れる。
『光は“封印”。
封印は、本来の場所に戻るべき』
「……ノアを、封印に戻すだって……?」
レオンが憤った。
「ふざけんなッ!!
そんなの、ノアが消えるってことだろ!!」
影は無言で頷いたように感じられた。
『光が戻れば──静寂は完成する。
世界は苦しみから解放される』
「苦しみ……?」
エルザが眉をひそめる。
『存在は、苦しみ。
終わりのない痛み。
争い、哀しみ、喪失……
それらは“存在”が生んだ呪い』
リリアが怒りに震える。
「そんなの……勝手な押しつけだよ!
世界には、悲しみだけじゃない!
楽しいことも……嬉しいことも……!」
影は、寂しげに揺れた。
『……記憶にはある。
かつて、私は“存在”だった』
「!!」
その言葉に、全員が息を呑む。
(虚空王は……元々、“存在”だった?)
影は続ける。
『やがて私は、すべてを失った。
心も、身体も、名前も、未来も。
残ったのは──“無”だけ』
ノアの目が揺れる。
「……くう……
あなた……」
『光よ。
おまえは、私が失った“最後の欠片”。
戻れば……私は完全に静寂になれる』
「静寂って……世界の終わりじゃないか!」
レオンが叫ぶ。
『終わりは……救い』
影の声は、
泣いているようにも聞こえた。
◆ 2. ノアの決断
ノアはユウの袖をそっと離し、
一歩、影の方へ進む。
「ノア!?」
「ダメよ!!」
「待て!!」
仲間の声を背に、ノアは震える声で言った。
「……くうは……さみしいんだよね……」
影がピクリと動いた。
「わたし……すこしだけ、わかる……
“どこにもいられない”って……
“じぶんだけ、いらない”って……」
ユウの胸が締め付けられた。
(ノア……)
「でも……
わたしは……いなきゃいけないの……」
涙をこぼしながら、ノアは影を見上げる。
「だって……
この世界には……
ユウがいて……みんながいて……
わたしに“いていいよ”って言ってくれた……」
影が揺れる。
風のない空間で、波紋のように揺れた。
「だから……
わたし……“もどらない”」
虚空境界に、静寂が落ちた。
次の瞬間──
空間が破裂するような音が響き、
虚空王の影が激しく震えた。
『……ならば……
奪うしか、ない……』
「来たっ!!」
レオンが槍を構える。
「みんな、構えて!!」
リリアが詠唱に入る。
「ユウ……!」
エルザが横に並ぶ。
ユウは、ノアをかばいながら光影創生を展開する。
「虚空王……
対話ができるなら、まだやり方はある!」
だが影は、悲しげに首を振ったように見えた。
『……もう遅い。
私は“静寂”への道を選んだ。
世界は、思い出させるだけ……痛い……』
影が腕を伸ばした瞬間──
虚空の本体が、ついに世界へ接触した。
空間の奥──
巨大な“顔のない人型”が、ゆっくりと姿を現す。
(……来た……!)
(本物の、虚空王……!)
ノアが震える声で呟く。
「……ゆう……
“くう”が……ほんとうに……めざめちゃった……」
虚空王は、世界を破壊する気などない。
──ただ、“静寂の完成”を望んでいるだけ。
仲間を守るため、
ノアを失わせないため、
ユウは剣を構えた。
「虚空王……
もう一度だけ聞く」
ユウの声は震えていなかった。
「本当に……“無”だけが望みなのか?」
虚空王は答えなかった。
ただ──影が一歩、こちらへ近づいた。
世界の“色”が震えた。
(避けられない──)
(戦いが始まる……!)




