無名の存在
侵食者の分体が消し飛ばされ、
境界世界に一瞬の静寂が訪れた。
だが――
その静寂はすぐに、異様な“気配”で満たされる。
ゴ……ゴゴ……ゴ……ッ……
世界のどこからともなく、
音のような振動のような、
意味のない圧力が押し寄せる。
「な、何の音……?」
リリアが震えながら言った。
「音じゃない……これは……
“存在の波”……」
エルザの顔が真っ青になる。
(存在の……波……?)
ユウは胸の奥で“始原”の声を聞く。
『ユウ……来ル……
本体ガ……』
(本体……!)
■ 1 世界の“裏側”が剝がれていく
視界の端に違和感を覚えた。
空の一部。
大地の一部。
遠くの光の一片。
それらが一瞬――
ノイズのように“ガリッ”と削れた。
「っ……!?
世界が……“めくれてる”……!」
リリアの声が上ずる。
「本体の力……
“存在の書き換え”……!」
エルザは震えた。
レオンは歯を食いしばる。
「相棒……
マジでヤバいの来る……!!」
そして――
世界の裏側が“剝がれ落ち”るようにして。
そこから、“それ”が姿を現した。
■ 2 “本体”が現れる
黒でも白でも透明でもない。
形があるようでない。
そこにあるのに認識できない。
ただ――
見ているだけで頭痛と吐き気が襲う。
「……なん……これ……」
リリアは視界を押さえた。
「見てはいけない……
これは……“定義されていない存在”……」
エルザの声は震えていた。
レオンが吠える。
「こんなの……敵って言えるのかよ……!!」
(これが……
侵食者……)
(“名前も属性も存在の意味もない”……
そんなものが、どうして……?)
その時――
本体から、
言葉にならない“波”が放たれた。
――……(……)……
「うっ……!」
「やめて……!!」
「ぐっ……!!」
三人が耳を覆い苦しむ中、
ユウはただ、じっと侵食者を見つめた。
**
■ 3 ユウだけが“聞こえた”
(……声……?)
(……違う……
これは……“意味”の圧力……?)
確かに……聞こえた。
言葉ではない。
音でもない。
だけど、確かに――
“意志のようなもの” が届いた。
(……タスケテ……)
「……っ!?」
ユウの心臓が跳ねた。
(助けて……?
なぜ……?)
(この存在が……助けを求めてる……?)
信じられない感覚だった。
■ 4 侵食者は“敵ではなかった”のか?
侵食者の本体は、
まるで“足掻くように”揺れていた。
世界を侵食する腕を振り回しながら、
しかしどこか――
苦しんでいるように見えた。
(まさか……
侵食者は……)
(僕たちを喰いたくて来たんじゃない……?)
「ユウ……?
どうしたの……?」
リリアが涙目で問う。
「ユウ?」
エルザも不安げに覗き込む。
レオンも息を切らしながら問う。
「相棒……
お前、何か……聞こえたのか?」
ユウは震える声で言った。
「……“助けて”って。
そう……聞こえたんだ……」
「えっ……?」
「まさか……」
「相棒……マジかよ……」
■ 5 始原が語る“外界の真実”
ユウの内側で、
始原が静かに語り始めた。
『侵食者ハ……
本来ノ“存在”デハナイ……』
(存在じゃない?)
『外界……
“何モナイ空間”デ、
偶発的ニ生マレタ……
未完成ノ“概念ノ屑”……』
(概念の……屑……?)
『存在ヲ持タナイガ故ニ……
存在ヲ求メテ……
内界ニ侵食スル……』
(存在を求めて……
この世界に……?)
『侵食ハ悪意デハナイ……
“渇望”……ダ……』
(……渇望)
(この侵食者は……
ただ……“存在したかった”――?)
ユウは拳を握った。
(戦うだけじゃ……駄目だ)
(こいつは……
“存在したくて暴走してる”だけだ……)
■ 6 ユウ、決意する
「みんな……」
ユウは三人を振り返った。
「侵食者は……敵じゃない。
悪意でやってるんじゃない……」
三人は息を呑んだ。
「なら……どうするの……?」
リリアが問う。
「ユウ……あれを……救うの……?」
エルザの声は震えていた。
レオンは拳を握りしめる。
「相棒……
お前のいつもの“救いたい病”じゃねぇよな……
本気で……救おうってのか?」
ユウは静かに頷いた。
「うん。
だって……僕も“影”を抱えて生きてる。
始原を救えたなら……
“存在できない存在”も救えるはずだ」
三人は、ユウの言葉に胸を打たれた。
(この人は……
本当に……優しい……)
■ 7 侵食者、本体の“初めての涙”
その瞬間。
侵食者本体の揺らぎから――
一筋の“色”が落ちた。
黒でも白でもない。
世界に存在しないはずの色が、
雫となって落ちる。
「……っ!!?」
「いま……涙を……?」
「嘘だろ……相棒……!」
ユウは一歩前に出た。
「大丈夫……
僕がいる……」
■ 8 世界が大きく揺れ動く
ゴオオオオオォォォ!!!!!
侵食者の本体が、
世界規模の悲鳴を上げた。
その悲鳴は、
怒りでも憎しみでもない。
“存在できない苦しみ”そのものだった。
「ユウ!!!」
リリアが叫ぶ。
「早く……!!」
エルザが手を伸ばす。
「相棒!!行け!!!」
レオンが背を押す。
ユウは光影の翼を広げた。
「助けるよ。
君も……!」
侵食者の中心へ飛び込む――!




