《影なき魔物(シェイドグリフ)》
ユウたちが遺跡崩壊を防いでから数日。
学園は静かな熱気に包まれていた。
新設された研究班──**「ルミナス・アーカイブ」**に、学園中の視線が集まっているからだ。
「ユウ、また徹夜? 肌ぼろぼろだよ」
研究室の扉を開けたリリアが呆れたように眉を寄せた。
「徹夜じゃないさ。仮眠は取った」
ユウは机に広げた魔法陣と、大量のメモを指差す。
「遺跡で見た装置……あれを再現すれば、魔法の数値化ができる」
「学園史に残る大発見だよ、それ」
「だろ? だから寝てる暇は──」
「寝なさい!」
ぱしん、とリリアがユウの額を軽く叩く。
「……痛っ」
「まったく。ひとりで研究進めないでよ。アーカイブは“チーム”でしょ?」
その言葉に、ユウはくすりと笑った。
あの日、遺跡での危機を乗り越えた後、彼は気づいたのだ。
自分はもう、前世で孤独に生きていた高校生ではない。
仲間がいる。信じてくれる人がいる。
「……わかったよ。じゃあ、今日はここまでに──」
そのとき、研究室の窓が震えた。
遠くで、鐘が鳴っている。
──魔力警報。
「非常招集!? 何が起きたの……?」
リリアは顔を引き締めた。
「行こう、ユウ!」
学園中央広場には、生徒たちが半ば混乱しながら集まっていた。
その中心で、学園長エルドラが宙に魔法陣を浮かべている。
「……影属性の魔力反応? でも、これ……生き物の反応じゃない」
リリアが青ざめた顔で呟く。
広場の地面に、黒い“染み”のようなものが広がっていた。
そこから煙のように立ち上る影──しかし影には、“本体”がない。
「おいユウ、来たか」
レオンが駆け寄る。「見たか、あれ……気味が悪すぎる」
「魔物……じゃないよね?」
「わからん。だが、放っとけば学園中に広がる」
影はじわじわと弧を描き、まるで意思を持ったように移動していた。
近づいた生徒の靴が触れた瞬間、影が跳ね上がり、靴底を“削り取る”。
「っ……!」
生徒が悲鳴を上げて倒れ込む。
足の裏が一瞬で黒く侵食され、魔力が吸い取られている。
「……影なき魔物」
エルドラの声が広場に響いた。
「古代文明の遺産の一つ。魔力を糧に増殖する危険存在だ」
ユウは凍りついた。
──古代文明……また、僕たちのせいなのか?
「落ち着けユウ。まだそんなことはわからん」
レオンが彼の肩を掴む。
「だが、あれを止められるのは……お前しかいないかもしれん」
「シェイドグリフ」は複数体に分裂し、校舎へと広がり始めた。
生徒たちの魔力を吸い取る影を、教師陣が必死に抑え込む。
だが攻撃魔法は影をすり抜け、封印魔法も効かない。
「魔力が“どこにも存在しない”みたいに見える……」
リリアの分析に、ユウはひらめいた。
「存在しない……いや、それだ。魔力の空間座標がゼロなんだ」
レオンが眉を上げる。
「つまり?」
「影は、本体を“別の次元”に置いてる。今見えてるのは投影……影だけを攻撃しても意味がない」
「……じゃあ、どうすれば?」
「本体を、こちらに引きずり出す」
ユウは両手を広げ、魔法陣を展開させる。
すると、またあの感覚が襲ってきた。
前世の記憶の奥に眠る声──古代文明の“始まりの転生者”の意識が、静かに語りかけてくる。
──“影は波だ。空間の歪みを逆行させれば、存在位置を確定できる”
──“式は教えた。あとは、お前次第だ”
「……行くよ。レオン、リリア! 僕の魔法に魔力を流して!」
「了解!」
「任せて!」
三人の魔力が重なる。
ユウの背後に巨大な魔法陣が浮かび上がり、空気が震える。
『次元固定式・逆位相計算──発動!』
青白い光が広場を包み、影の動きが止まった。
影の表面が波打ち、黒い球体がゆっくりと姿を現す。
「これが……本体!」
レオンが驚愕した。
「今だ、レオン!」
「任せろ!」
レオンの炎が本体に叩き込まれ、リリアの風が炎を増幅させる。
ユウは三人の魔力を束ね、最後の封印式を重ねた。
『封印魔法──《黎明の檻》!』
光が爆ぜ、影は静かに崩れ、霧のように消え去った。
戦いが終わると、広場は静寂に包まれた。
エルドラが近づき、ユウの肩に手を置く。
「よくぞ防いだ。だが、この影がなぜ今現れたのか……気にならぬか?」
「……遺跡の装置を起動したせい、ですよね」
「それも一つの可能性だ。だが──」
エルドラは空を見上げた。
三つの太陽が、ほんのわずかに“色を失っている”。
「世界の魔力循環が乱れつつある。君らの力が、再び必要になるだろう」
ユウは深く息を吸った。
胸の奥で、あの声が微かに響く。
──“この世界は、まだ終わっていない”
「……わかりました。僕は逃げません。仲間と一緒に戦います」
隣で、リリアが微笑む。
レオンは腕を組みながら、低く笑った。
「当然だろ。俺たちは“アーカイブ”だ」
三人の決意は、揺るぎなかった。
その夜。
研究室では、封印したはずの黒い影が、ユウの机の下で微かに蠢いていた。
──そして、誰にも気づかれぬまま、消えていった。
次に現れる場所を探すように。




