深淵の終焉
精神世界を満たしていた闇は、
ゆっくりと溶けていくように消えていった。
白い光が三人を包む。
足元は柔らかくて温かい、雲のような感触。
そしてその中央に――
光の粒子が集まっていく。
ひとりの少女の姿が形作られた。
深淵の魔女。
今はもう、以前の恐ろしい姿ではない。
少し寂しそうで、儚く笑う、美しい少女だった。
「……あなたたち……本当に……強いのね」
■ 1 魔女の“本当の姿”
ユウは前へ進む。
「どうして……戦わなければならなかったの?」
魔女はゆっくり目を閉じた。
「私は……“古代文明の守護術式によって生まれた精神存在”。
七つの封印のひとつ……
【心を統べる調律者】だったの」
「心を……守る側……?」
リリアが驚く。
「本来はね。
人々の精神を整え、瘴気に負けないように支える……
それが私の役目だったの」
魔女の指が震える。
「けれど……人々の“恐れ”を吸い続けるうちに……
私自身が恐れに呑まれてしまった」
「……暴走、したんだね」
エルザが悲しそうに呟く。
「ええ……
心を守る力が、そのまま“壊す力”に変わってしまったの」
魔女は胸に手を当てる。
「あなたたちの心を試したのは……
本当は、私自身が“救われたかった”から」
■ 2 ユウへ向けられた〈質問〉
「ユウ……」
魔女はユウに視線を向けた。
「あなたは“創生の力”を持つ者。
本来なら、あなたが世界を創り変えることもできる」
「創り……変える?」
ユウは驚き、息をのむ。
「はい。
七つの封印が完全に解ければ……
世界の仕組みそのものが“初期化”される」
魔女の瞳が揺れる。
「あなたは何を望むの?
“弱さのない世界”?
“全員が幸せな世界”?
“誰も傷つかない世界”?
もしくは――
“あなたが絶対者となる世界”?」
その問いは重かった。
世界を変える力なんて――
そんなもの、自分が持っているなんて思っていなかった。
ユウは少し考えて、
そして微笑んだ。
「僕の望みは……世界を変えることじゃない」
リリアとエルザが、そっとユウの背中に手を置く。
「僕は……この世界で出会った人たちを守りたい。
戦って、悩んで、笑って……
みんなで生きていきたいんだ」
魔女の瞳が大きく震える。
「……そう……なの……
あなたは……“壊す”のではなく……
“守ること”を選んだのね……」
その言葉は、魔女の胸に深く刺さった。
■ 3 魔女の消失と“救い”
「あなたたちが私を倒したことで……
私はもう、封印の役目を終えるわ」
魔女の身体が光の粒になり始める。
「待って……消えてしまうの?」
リリアが小さく叫ぶ。
魔女は優しく微笑む。
「大丈夫。
あなたたちが……私の“願い”を継いでくれたから」
ユウはそっと手を伸ばす。
「……寂しく、ない?」
「ええ……
あなたに、触れてもらえたから……」
魔女はユウの手に重ねるように触れた。
温かい光が広がる。
「ありがとう……ユウ。
あなたの心は、とても綺麗。
だから――
どうか……これからも、光でいて……」
魔女は涙を浮かべながら、光の粉となって空へ舞い上がった。
「さよなら……そして……ありがとう……
私を、“救ってくれて”……」
光の粒子が空に溶けていく。
深淵の魔女は、静かに消えていった。
■ 4 三人、現実世界へ戻る
精神世界に裂け目が生まれ、光が満ちる。
「ユウ……」
リリアが胸に飛び込む。
「……もう……行かないで……」
エルザも涙を流しながら寄り添う。
二人に抱きしめられながら、
ユウは目を閉じた。
「大丈夫。
二人がいてくれたから……戻れる」
三人の身体が光に包まれ、
現実へと帰還していく。
(深淵は――
終わった)
■ 5 だが、世界は動き始める
魔女の消失の直前。
彼女の意識が最後に見たもの。
――遠くで蠢く“巨大な影”。
影は笑っていた。
『創生の器が……揃いつつあるな。
本当の“封印戦争”はこれからだ……』
その存在を、魔女だけが知っていた。
しかしもう、“伝える術”はなかった。




