「迫り来る黒影(こくえい)」
学園に戻った翌朝、ユウは胸騒ぎで目を覚ました。夢の中で、あの“影の王”と思しき巨大な存在が、静かに学園を見下ろしていたのだ。目が覚めても、その冷たい気配だけが皮膚に張りついて離れない。
制服に着替えながら、ふと窓の外に視線を向ける。学園の森――昨日の戦闘のあったあたりが、薄く黒いもやに包まれているように見えた。
「……気のせいじゃないな」
ユウは呟き、教室へ向かった。
■ 1 ざわめく教室
「ユウ!」
リアが駆け寄ってきた。彼女もいつもより緊張した表情をしている。
「やっぱり見た? 森の方、なんかおかしいよね」
「……ああ。昨日の影が完全に消えてない。まだ“残ってる”感じだ」
「僕も感じたよ」
カイが加わる。彼は魔法感知に優れている分、表情は深刻だ。
「影の瘴気が、ほんの少しだけど学園の結界の内側に入り始めてる。普通ならありえない」
そのとき、教室の魔導通信が突然光った。教師エルドリンの声が流れる。
『一年A組は全員、訓練塔に集合せよ。繰り返す――』
生徒たちがざわつき、一斉に立ち上がる。
「訓練塔……何かあったのかな?」
「行ってみよう」
■ 2 訓練塔の警報
訓練塔に着くと、上級生や教師たちが次々と集まっていた。緊張した空気の中、学園長ミレイアが姿を現す。普段の柔らかな雰囲気はなく、その瞳には鋭い光が宿っていた。
「全員、静粛に」
魔法拡声で声が響く。
「昨日発生した“影の襲撃”――それが終わったとは、我々は判断していない」
生徒たちの間にどよめきが走る。
「影の瘴気は現在、学園結界を侵食し始めています。原因不明のため、これより結界強化と探索班の再編成を行います」
リアが息を飲んだ。
「やっぱり……」
ミレイアは続ける。
「一年生も例外ではありません。あなたたちはすでに影との戦闘経験がある。今回はその力が必要です」
ユウの胸にざわりと熱が走る。影が迫っている――本能が告げていた。
■ 3 “特異点”としてのユウ
「ユウ・アマギ」
突然、自分の名前が呼ばれた。視線が一斉に向く。
「はい」
「あなたは最近、覚醒兆候が著しい。遺跡での魔力放出も記録に残っている。今回の探索班の中心に……あなたを置きたい」
「えっ、ちょ……いきなり中心って!」
リアが思わず声を上げる。
「ユウひとりに負担をかけすぎです!」
「もちろん、一人で向かわせはしない。リア・バルティア、カイ・ルーベルトも同行させる」
カイが小さく頷いた。
「三人でなら、何とかなるさ」
ミレイアは続ける。
「ただし――」
その瞳がユウにだけ鋭く突き刺さった。
「あなたには、“転生者特異点”として、通常の生徒にはない危険が迫っている」
息が止まる。
「影は、おそらくあなたを狙って動いている」
「……!」
周囲がざわめく。
ユウは強く唇を結んだ。
――狙われている。
あの悪夢のような影が自分を追っている理由は、まだ分からない。だが、確かにあの巨大な影は、ユウを見ていた。
■ 4 影の足音
「ユウ、気をつけて」
リアが心配そうに肩に手を置く。
「影があなたを狙ってるなんて……そんなの……絶対に危ないよ」
「大丈夫。僕はひとりじゃない」
ユウは笑った。
「リアもカイもいる。負ける気がしない」
カイも腕を組んで頷く。
「何が来ても、まとめて倒してやるよ」
そのとき――
訓練塔の壁が、低く振動した。
「……?」
全員が振り返る。
塔の外から、ぞわりと嫌な気配が忍び寄ってくる。
「まさか……影がここまで?」
「こんなに早く!? 結界が強化される前なのに!」
教師たちが一斉に魔法陣を展開する。
ユウはぞくりとした。
――くる。
黒い霧が、訓練塔の窓の外を覆った。
霧の中から、無数の“影の眼”がこちらを覗き込む。
リアが震える声で言った。
「……ユウ、あれ、あなたを……」
「見てるな」
ユウは拳を握った。
「なら、避けられない」
■ 5 始まりの咆哮
霧の中で、何か巨大な影が形を成し始める。
うねり、揺らめき、輪郭が歪んだ獣のように。
教師の一人が叫ぶ。
「来るぞ!! 全員、戦闘準備!!!!」
ユウの心は、不思議と静かだった。
――逃げる気はない。
胸の奥の魔力が、ゆっくりと目を覚ましていく。
影の中で、ひときわ巨大な瞳が開いた。
「……僕が終わらせる」
ユウは一歩、影に向かって踏み出した。
リアとカイがその背中に並ぶ。
「任せて、ユウ!」
「俺たちもいるぞ!」
黒い霧が、大きく揺れる。
影が吠えた。
学園全土に響くような、低く不吉な咆哮。
そして――
戦いが始まった。




