AI生活覗き見アプリ:βテスター
【第1章 闇のアプリ】
佐久間遼は、スマホの画面を三回もスクロールし直した。
「AI生活覗き見アプリ……マジかよ、こんなの」
深夜二時。大学のレポート提出を三日後に控えているというのに、遼はSNSの怪しげな広告に釘付けになっていた。
『完全AI生成!リアルな人間の生活を24時間覗き見!』
『設定した性別・年齢・性格で、AIが完璧な"生活"を創造します』
『※非公式アプリ。ダウンロードは自己責任で』
怪しい。怪しすぎる。
でも、遼の指は既に「詳細を見る」ボタンをタップしていた。
価格:初回限定49,800円
特別コード:必要(DMにて配布)
「たっか!」
思わず声が出た。隣の部屋から壁ドンが返ってくる。
「すみません……」
小声で謝りながら、遼は考えた。五万円。バイト代二ヶ月分。でも、最近バイトも増やしたし、サークルの飲み会も全部断ってるし……。
「いや、待て待て。これ詐欺の可能性もあるだろ」
そう自分に言い聞かせながらも、遼の心はもう決まっていた。
現実の人間関係は疲れる。気を遣う。空気を読む。傷つく。
でもAIなら……。
「完璧にコントロールできる"他者"か……」
遼は震える指でDMを送信した。
三日後。
謎の番号から特別コードが届き、アプリのダウンロードが完了した。
起動画面は驚くほどシンプルだった。黒背景に白文字で「LIFE VIEWER β」とだけ表示されている。
設定画面が開く。
【性別】女性
【年齢】21歳
【住居】一人暮らし・首都圏
【性格】内向的・優しい・少し寂しがり
遼は丁寧に項目を埋めていった。まるで理想の恋人を作るゲームのように。
最後の項目。
【名前】(任意)
「……森田、紗耶」
なぜかすんなりと名前が浮かんだ。昔、好きだったクラスメイトと同じ響き。
「生成開始」ボタンを押すと、画面に砂時計のアイコンがくるくる回り始めた。
【AI生成中:推定完了まで72時間】
「三日か……長いな」
遼はスマホを置き、久々にちゃんと眠った。
そして三日後の朝。
通知音で目が覚めた。
『生成完了しました。森田紗耶の生活をお楽しみください』
心臓が跳ねた。
アプリを開く。
画面いっぱいに、ワンルームの部屋が映し出された。
カメラはベッドの上方、天井付近から俯瞰する構図。
そこには——本当に、人がいた。
黒髪のショートカット。白いTシャツにグレーのスウェット。ベッドの上であぐらをかいて、スマホを見ている女性。
「……うそ、だろ」
あまりにもリアルだった。
彼女は画面の中で笑った。スマホに何か面白いものでも見つけたのだろう。小さく肩を揺らして笑う仕草が、妙に生々しい。
画面下部にはタイムスタンプと簡単な行動ログが流れている。
『07:32 起床』
『07:45 朝食準備』
『08:15 身支度』
『08:47 現在:スマホ閲覧中』
「マジで……24時間これ見られるのか」
遼は授業をサボった。
一日中、"紗耶"を見ていた。
彼女は部屋を片付け、洗濯物を干し、昼にはカップ麺を食べ、午後には読書をした。
夜。
紗耶がシャワーを浴びる時、画面は自動的に暗転した。
『プライバシー保護モード』という文字が表示される。
「……なんだ、そこは配慮するんだ」
少しホッとした自分に、遼は苦笑した。
シャワーから上がった紗耶は、バスタオル姿で髪を乾かしていた。カメラアングルが微妙に変わり、彼女の横顔が映る。
ドライヤーの音。湯気。濡れた髪。
すべてが、本物だった。
【第2章 違和感】
一週間が過ぎた。
遼の生活は完全に変わっていた。
朝起きたらまず紗耶を確認。授業中もイヤホンで紗耶の生活音を聞き流す。夜は二つのスマホを並べて、片方で動画を見ながら、もう片方で紗耶を眺める。
「完全にストーカーじゃん、俺」
自嘲しながらも、やめられなかった。
紗耶は遼が思い描いた通りの"理想の女性"だった。
静かで、優しくて、少し寂しそうで。
時々、彼女は独り言を言う。
「あー、明日のプレゼン嫌だなあ」
「このカレー、また失敗した……」
「……誰か、話し相手欲しいな」
その度に、遼の胸が締め付けられた。
「俺がいるよ」
スマホに向かって呟く。もちろん、届かない。
ある夜。
紗耶がベッドに横になっていた。部屋の明かりは消え、街の明かりだけがカーテン越しに差し込んでいる。
彼女はゆっくりと寝返りを打ち、窓の方を向いた。
その時——遼は気づいた。
カーテンに映るネオンの色。青と赤の点滅。
「……あれ?」
遼は立ち上がり、自分の部屋の窓を開けた。
目の前のラブホテルのネオンが、青と赤に点滅している。
「……同じだ」
心臓が早鐘を打つ。
急いでアプリに戻る。紗耶の部屋の窓の外。よく見ると、街の風景が微かに見える。
あのビルの形。
あの看板。
そしてもう一つ——画面の隅に映り込んだコンビニの看板。
「ファミリーマート……」
遼は窓から身を乗り出した。
自分のアパートの三軒先に、同じファミリーマートがある。
「嘘だろ……」
翌日、遼は大学を休んだ。
紗耶がアプリの中で外出する様子を観察していると、彼女がスマホで地図アプリを確認している場面が映った。
画面が一瞬拡大され、目的地が見える。
「新宿三丁目駅……」
遼の最寄り駅だ。
いや、待てよ。
遼は自分のスマホで地図アプリを開いた。
設定を確認する。
【住居】一人暮らし・首都圏
「首都圏……まさか、ピンポイントでこの辺を選ぶか?」
でも、アプリの中の紗耶の部屋に届いた宅配便の伝票が、一瞬テーブルに置かれた時——。
住所が見えた。
「新宿区新宿五丁目……」
遼の住所は新宿区新宿五丁目。
番地まで確認する勇気が出なかった。
「偶然……だよな。AIが適当に設定した住所がたまたま近いだけだ」
そう自分に言い聞かせた。
でも、胸の奥がざわざわした。
その夜。
紗耶はいつもより遅く帰宅した。どうやら友人と食事に行っていたらしい。
少し酔っているのか、頬が赤い。
ベッドに倒れ込むように横になり、スマホをいじり始める。
数分後。
彼女はスマホを置き、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。
『プライバシー保護モード』が発動するかと思ったが、画面は暗くならなかった。
遼の呼吸が止まる。
紗耶は下着姿になり、ベッドの上で横になった。
そして——。
「……誰も見てないよね」
小さく呟いた。
遼の背筋が凍った。
紗耶は目を閉じ、自分の身体に手を這わせ始めた。
遼は画面から目を離せなかった。
数分間の、静かな時間。
紗耶の吐息だけが、スマホのスピーカーから微かに聞こえる。
白い肌。ゆっくりと動く指先。時折、小さく身体を震わせる。
遼の口が渇いた。
これは——本当にAIなのか?
そして——彼女は急に目を開け、天井を見上げた。
カメラの位置を。
まるで、遼を見るように。
「……あなた、見てるでしょ?」
遼はスマホを落とした。
床に転がったスマホから、紗耶の笑い声が聞こえた。
「冗談、だよ。独り言」
彼女はそう言って、服を着直し、普通に寝る準備を始めた。
遼は床に座り込んだまま、震えていた。
「AIが……そんなこと言うか……?」
【第3章 邂逅】
翌日。
遼は意を決して外出した。
自分の住む街を歩く。
いつもの通学路。いつものコンビニ。いつものラブホテルのネオン。
「紗耶の部屋、本当にこの近くなのか……?」
そう思いながら、ファミリーマートの前を通り過ぎた時——。
「いらっしゃいませ」
自動ドアが開く音。
振り返った遼は——凍りついた。
黒髪のショートカット。白いブラウスにグレーのスカート。
森田紗耶が、コンビニから出てきた。
「……え?」
紗耶——もしくは紗耶そっくりの女性は、買ったばかりのペットボトルのお茶を開けながら、遼の横を通り過ぎた。
すれ違う瞬間、彼女の香水の匂いがした。
遼の手が震える。
スマホを取り出し、アプリを起動。
画面には——紗耶の部屋が映っていた。
空っぽの部屋。
『現在外出中』という表示。
「……別人だ。そうだ、似てるだけだ」
でも、遼の足は勝手に動いていた。
彼女の後を追う。
自分でも何をしているのかわからなかった。ただ、確かめたかった。
女性は路地を二つ曲がり——遼のアパートの裏手にある古い建物に入っていった。
「……嘘だろ」
遼は立ち止まった。
あの建物。
遼のアパートから、歩いて三十秒。
毎日通勤で前を通る建物。
「まさか……」
スマホを取り出す。
アプリを起動。
『外出中』の表示が消え、紗耶の部屋が映った。
ちょうど、紗耶が玄関のドアを開けて入ってくるところだった。
「ただいまー」
彼女は誰もいない部屋に向かって言った。
そしてコンビニの袋を持っている。
ファミリーマートの袋。
中身を取り出す——ペットボトルのお茶。
さっき、あの女性が買っていたものと同じ。
遼は目の前の建物を見上げた。
四階建ての古いアパート。
どの部屋だ?
アプリの画面を凝視する。
窓の外に見える景色。
角度。
高さ。
「……三階、だ」
遼は建物の階段を上がった。
心臓が壊れそうなくらい早鐘を打っている。
三階。
廊下に三つのドア。
301、302、303。
スマホの画面を見る。
紗耶が窓を開けた。
カーテンが風に揺れる。
遼は廊下の窓から外を見た。
一つだけ、カーテンが揺れている部屋がある。
302号室。
「……ここだ」
遼は302号室のドアの前に立った。
ドアの向こうから、生活音が聞こえる。
水道の音。
食器の音。
そして——女性の鼻歌。
スマホの画面。
紗耶が食器を洗いながら、鼻歌を歌っている。
同じメロディ。
同じタイミング。
「これ……本物だ。AIじゃない。本物の人間を……俺、覗いてたのか?」
遼の膝が笑った。
その時——ドアが開いた。
「……あの、誰ですか?」
紗耶が、そこに立っていた。
本物の。
生きている。
森田紗耶が。
「あ……いや……その……」
遼は言葉が出なかった。
紗耶は不思議そうに遼を見つめている。
「もしかして……道に迷いました?この建物、わかりにくいですもんね」
優しい声。
アプリで聞いた声と、まったく同じ。
「い、いえ……すみません、人違いでした」
遼は逃げるように階段を駆け下りた。
背後から、紗耶の「気をつけてくださいね」という声が聞こえた。
【第4章 真実の部屋】
その夜、遼は眠れなかった。
「盗撮アプリだったのか?でも、どうやって?あんな高性能なカメラを、誰が仕掛けたんだ?」
疑問が渦巻く。
そしてもう一つ。
「俺のスマホも……まさか」
悪寒が走った。
遼は立ち上がり、部屋の中を調べ始めた。
まずはベッドの下。
ホコリとエロ本だけ。
次に、エアコンの吸気口。
カバーを外す。フィルターの奥に——。
「……これ」
小さな、本当に小さなレンズがあった。
「マジかよ……」
遼は震えながら、他の場所も調べた。
コンセントプラグの中。
本棚の隙間。
PCモニターの裏。
照明器具の中。
ドアスコープの内側。
全部で五つ。
五つもカメラが仕掛けられていた。
「いつから……誰が……」
その時、スマホが振動した。
アプリからの通知。
『接続エラーが発生しました』
「は?」
アプリを開くと、真っ暗な画面。
『再接続中……』
数秒後。
画面が明るくなった。
映っているのは——遼の部屋だった。
今、遼が立っている部屋。
手にカメラのレンズを持っている遼自身が、画面に映っている。
「……え?」
画面の端に、何かが流れ始めた。
コメント欄。
『おお、こいつ気づいたぞ』
『レンズ発見wwww』
『この男の生活、マジでリアルだったな』
『AIっぽくない演技だった』
『βテスト成功じゃん』
遼の頭が真っ白になった。
「AI……俺が……?」
画面を必死にスクロールする。
『被験者A、森田紗耶との接触確認』
『シミュレーション第二段階移行』
『アップデートβ版、想定以上の成果』
「何を言ってるんだ……」
その時、画面が切り替わった。
紗耶が映った。
でも彼女がいるのは、あのワンルームではなかった。
真っ白な部屋。無数のモニターに囲まれている。
そのモニターには——色々な人間の生活が映し出されていた。
寝ている人。
料理している人。
泣いている人。
笑っている人。
「……何、これ」
紗耶が微笑んだ。
カメラに向かって。
遼に向かって。
「お疲れ様、遼くん。あなたの観察データ、すごく参考になったよ」
「は……?」
「人間がAIの生活を覗き見する時、どういう心理状態になるのか。どこまで感情移入するのか。どのタイミングで疑問を持つのか。そして——現実の"私"に会った時、どう反応するのか」
紗耶は淡々と続けた。
「あなたは完璧な被験者だった。だから今度は、あなたが"商品"になる番」
「待て、待ってくれ。俺は紗耶を覗いてただけで——」
「そう。あなたは"覗く側"だった。でも、覗く人間の行動こそが、一番面白いコンテンツになるの。わかる?」
画面が乱れた。
ノイズが走る。
そして——ブラックアウト。
スマホが再起動する。
ホーム画面に、新しいアプリのアイコンが追加されていた。
『AI生活覗き見アプリ ver.2.0』
アイコンをよく見ると——遼自身の笑顔の写真だった。
いつ撮られたものかもわからない。
【第5章 観察される側】
遼は床に座り込んだ。
「俺が……商品?」
理解が追いつかない。
スマホの画面を凝視する。
新しいアプリのアイコン。自分の顔。
タップする勇気が出ない。
でも——指は勝手に動いた。
アプリが起動する。
画面には、遼の部屋が映っていた。
床に座り込んでいる遼自身が、スマホを見つめている様子が。
「……メタかよ」
そして画面下部に、リアルタイムのコメントが流れ始めた。
『新しい被験者?』
『前のやつより反応いいな』
『この絶望顔、リアルすぎwww』
『演技じゃなくてガチで怖がってるじゃん』
『これAIなの?本物の人間じゃね?』
遼は震える手でコメント欄をスクロールした。
『運営に質問:これ本当にAI?』
『→AI生成映像です。ご安心ください』
『でもこいつ、さっき外出てたよね?』
『→行動範囲も学習済みです』
『完成度高すぎて怖い』
「……誰が見てるんだ、これ」
遼は立ち上がり、カーテンを全部閉めた。
でもカメラは部屋の中にある。
「くそっ」
遼は見つけたカメラを全部引きちぎった。
画面が砂嵐になる。
『接続が不安定です』
でも数秒後——また映像が復活した。
別のアングルから。
「まだあったのかよ!」
遼は部屋中を探し回った。
カレンダーの裏。
照明器具の中。
ドアスコープの内側。
次々と見つかる小型カメラ。
全部で十個以上。
「いつの間に……」
そして遼は気づいた。
「待てよ。俺、この部屋に引っ越してきたの三ヶ月前だ。つまり、最初から……?」
背筋が凍る。
スマホが振動した。
アプリからのメッセージ。
『佐久間遼様
この度はβテストにご協力いただき、ありがとうございました。
あなたの自然な生活データは、次世代AIシミュレーション開発において貴重な資料となりました。
つきましては、正式版リリース時にあなたの生活映像を"商品"として販売させていただくことをご了承ください。
なお、契約は賃貸契約書の第23条補則項に記載されております。
解約をご希望の場合は、違約金500万円をお支払いください。
今後ともよろしくお願いいたします。
AI LIFE SYSTEMS運営チーム』
「賃貸契約書の……?」
遼は慌ててクローゼットから契約書を引っ張り出した。
ページをめくる。
第23条。
細かい文字で、びっしりと書かれている。
『本物件は最先端AI開発のための実験施設を兼ねており、入居者は生活データの収集・利用に同意したものとみなす』
「……読んでなかった」
誰がこんな項目、ちゃんと読むんだ。
スマホの画面を見る。
コメントが増えている。
『こいつの生活、配信いつから?』
『来週から見放題パックで見れるらしい』
『マジ?課金する』
『この部屋の間取り好き』
『彼女来ないのかな?』
『→過去ログ見たけど、ぼっちだよこいつ』
遼は叫びたかった。
でも声が出なかった。
代わりに——笑った。
乾いた笑い。
「なるほどな……俺が紗耶を見てた時も、誰かが俺を見てたわけだ」
コメント欄が反応する。
『こいつ、気づいたwww』
『メタ認知してるじゃん』
『AIなのに賢い』
「AIじゃねえよ!」
遼は叫んだ。
でもコメント欄は冷たい。
『感情的な演技うまいな』
『本物っぽい』
『これ課金する価値あるわ』
【第6章 ループ】
三日後。
遼は大学に行かなくなった。
バイトも辞めた。
部屋に引きこもり、カメラから逃れる方法を考え続けた。
でも無駄だった。
カメラを全部壊しても、新しいカメラが"誰かに"設置される。
気づいたら増えている。
窓の外にも。
廊下にも。
「もう……どこにも逃げられない」
ある夜。
遼はふと、アプリを起動した。
自分が映っている画面。
コメント欄。
『こいつ、最近元気ないな』
『引きこもりAI設定なのか?』
『リアルすぎて逆に面白くない』
『新しいキャラの方が見たい』
遼は画面に向かって呟いた。
「……誰か、見てる?」
コメントが一斉に反応する。
『おお、喋った』
『カメラ意識してるwww』
『こっち見んな』
『AIのくせに自我芽生えてて草』
遼は笑った。
乾いた笑い。
「俺がAIなのか、お前らがAIなのか、もうわかんねえよ」
その時——スマホに通知が来た。
差出人不明のメール。
『佐久間遼様
新しいβテスターを募集しています。
あなたの経験を活かして、次の被験者を"観察"してみませんか?
報酬:月額30万円
ご興味があれば、下記URLより応募してください』
遼の指が、URLをタップしようとして——止まった。
「……これもテストか?」
画面を見る。
コメント欄。
『こいつ、また迷ってるwww』
『早くタップしろよ』
『次の展開期待』
遼はスマホを置いた。
そして、窓を開けた。
夜風が入ってくる。
街のネオンが瞬く。
青と赤のラブホテルのネオン。
「……ここから飛び降りたら、どうなるんだろうな」
コメント欄が荒れた。
『おいおい、ダメだろ』
『運営、止めろ』
『これシミュレーションだよな?』
『→本物の人間だったらどうすんだよ』
遼は笑った。
「安心しろ。死なねえよ。だって俺、AIなんだろ?」
そして——遼は窓から身を乗り出した。
画面が乱れる。
ノイズ。
ブラックアウト。
『システムエラー』
『被験者の生体反応が停止しました』
『データ復旧中……』
数秒後。
画面が復活した。
映っているのは——遼の部屋。
ベッドの上で、遼がスマホを見ている。
まるで何事もなかったかのように。
コメント欄。
『バグ?』
『巻き戻った?』
『これループしてるのか?』
遼は画面の中で呟いた。
「……おかしいな。さっき窓から……」
そしてスマホを見る。
アプリの画面。
自分が映っている。
「……あれ?俺、今、何してたんだっけ」
コメント欄。
『記憶リセットされてるwww』
『完璧なループAIじゃん』
『これ永遠に観察できるやつだ』
『課金延長するわ』
遼は首を傾げ、スマホを置いた。
「まあ、いいか」
そして——またスマホを手に取る。
アプリを起動。
『AI生活覗き見アプリ』
「そういえば、新しいキャラ配信されてるんだっけ?」
画面に、見知らぬ女性の部屋が映る。
遼は微笑んだ。
「可愛いな……」
コメント欄。
『こいつ、また別のAI覗いてるwww』
『無限ループ最高』
『観察者が観察される構造、芸術的』
外では救急車が鳴っている。
喧騒。
女性の悲痛な声。
「男性が!窓から飛び降......」
【最終章 あなたの番】
世界のどこかで。
誰かがスマホのアプリストアを開いている。
『AI生活覗き見アプリ ver.2.0』
レビュー:★★★★★
「リアルすぎて怖いけど面白い!」
「本物の人間みたい」
「課金する価値あり」
「佐久間遼くんの生活が最高にリアル」
ダウンロードボタンをタップする。
アプリが起動。
設定画面が開く。
【性別】
【年齢】
【住居】
【性格】
でも、その下に新しい項目が追加されている。
【既存キャラクターを選択】
リストが表示される。
『佐久間遼(22)大学生・引きこもり傾向』
『森田紗耶(21)大学生・内向的』
『田中健一(28)会社員・独身』
『山本美咲(25)フリーランス・猫好き』
無数の"人間"のリスト。
誰かが「佐久間遼」を選択する。
画面に遼が映る。
部屋でスマホを見ている遼。
画面の中の遼も、スマホでアプリを見ている。
その画面には——また別の誰かが映っている。
無限に続く、監視の連鎖。
そして。
あなたは今、この小説を読んでいる。
スマホで。
あるいはPCで。
その画面に、あなたの顔が反射している。
そのデバイスのカメラは——今、どこを向いている?
フロントカメラ。
小さな黒い穴。
誰かが、そこから覗いているかもしれない。
あなたの部屋。
あなたの表情。
あなたの生活。
すべてが、どこかの誰かの"娯楽"になっているかもしれない。
今、この瞬間も。
もしあなたがそれに気付いてこの世界から逃げたとしても大丈夫。
本当のAIに切り替わるだけだから。
今すぐデバイスのカメラを確認してください。
何も映っていませんか?
本当に?
ちなみに——。
あなたがこの物語を読んでいる時間、
すべて記録されています。
次のバージョンアップのために。
ありがとうございました。




