お ま け
バーチャルリアリティ空間に、1人1坪程度のちいさな店舗。
それが、ここ文学系のフリマ【小説家になろう商店】の景色。
本来は通し番号。諸事情で退会した方がでると空きができる。
データベースの空白領域、空き地。
古参ユーザ・ペンタルファさんの隣は、空き地になっていた。
システムが、そこへ割り当てた。
わたしが彼の隣にお店を構えたのは、ただ、それだけの偶然。
「次回作どんなお話しですか?」
「ん? ……普通それ聞くか?」
アバターに微妙な表情は反映されない。
それでも3年、長い付き合いになった。
言葉とは裏腹に、話したいという響き。
「さわりだけ」
腕組みして。
上を向いて。
目を閉じた。
これは彼が思索にふけるときのクセだ。
「蒸気機関で身体能力を向上する方法が発明され、世界規模の大戦が起きた世界。戦乱は3年で終息して、改造兵士が溢れた。その何割かは傭兵となり、『巨獣』と呼ばれる怖ろしいバケモノと闘い始める。主人公は帰還兵。戦時の負傷が原因で、身体に埋め込まれた蒸気機関が異常なほどの性能を発揮しはじめる……」
「それから?」
「主人公は『巨獣』の死骸を処理していて、違和感を感じた。腕利きの傭兵として知られはじめると、段階的に危険な依頼も増えていく。そして、違和感の正体へと近付いてしまうんだ……」
「どんな?」
「世界に『巨獣』を産み出す元凶」
「バケモノが産まれる原因がある」
「それは部隊を全滅に追い込んだ、因縁の相手。世界大戦時に一度だけ使用された悪魔の兵器。主人公の異常な高性能も、その影響だった!! ……という話だが。おい、これじゃ。ざっくり全話、話しちゃったろ」
なるほど……相互さんの情報どおり。
あらすじを話しだすと、止まらない。
Pタンなりの方法、脳内プロットか。
話しながら流れを整理することもあるらしい。
「少々お待ちください」
「待つ……かまわんが」
漢字で書く名詞が多い設定。
ちょっと時間がかかるけど。
タブレットのカメラで撮影。
よし、これを送信して――
「はい、どうぞ!」
「これはなんだ?」
「ねこみさんに頼まれました」
「今の話を書き起こした、次回作のプロットだな」
「どうですか?」
Pタンは鼻息で、「ふむ」と答えた。
「不便だな」
「えぇ~?」
「端末が一緒で執筆中は見れないし、追記も面倒」
「たしかに」
「店へ行くから紙でくれ。今から行く」
「今~?!」
10分後。
早めに用意しておこうと店に降りた。
入口に人影がある。
店の前に立って、待っていたらしい。
どうやら近くに住んでいたのだろう。
慌てて店の照明をつけ、鍵を開けた。
「こんばんは」
「その。すぐに欲しかったから、そちらの都合や営業時間を考えられず。むしろ、考え無しで来てしまいました。明日、あらためて出直して来ます……」
「ぷっ……!」
「わ、笑うな」
「だって~ぇ。丁寧語だし」
扉を広げて、「どうぞ」と声をかけた。
一礼して「お邪魔します」と1歩だけ。
そこで、止まった。
「寒かったでしょう。いつものですか?」
「そんなつもりはなくて。すぐ帰るので」
「だめです」
「……へ?」
「対価を支払うべきと言ったでしょう?」
郵便局で貰ってきた、ポストの貯金箱。
そこへ小銭を3枚投入。
ポットでお湯を沸かす。
「社員割引を決めたんです。今日は、わたしのオゴリです」
溜め息混じりでカウンター席に座った。
カウンター越しにPタン。
珈琲を淹れているわたし。
静かな時間が流れていく。
「執筆が止まっていること、気付けませんでした」
「それは、もういい」
「わたしは、あなたの。こころの燃料になります」
「は? ……っえ!」
びっくり仰天!! ……という表情で硬直している。
人それぞれ違う、こころの燃料が必要と言っていた。
彼の燃料は、これ。
「どうぞ、珈琲です」
しばらく停止していたが、なにかを納得して「あぁ! そゆこと?」と独り言を呟いた後で、カップを受け取って、そのままズズッと一口啜った。
なにも入れずに、少しずつ飲む。
スマートフォンをスルスル操作。
頻繁に零す、独り言。
ズズッと珈琲を啜る。
それが、見慣れた彼の姿だった。
使った道具を片付けていると、気持ちが落ち着いた。
「練習がてら、わたしなりの。次回作のプロットです」
「や、助かる……にしても、その恰好」
「寝る前に短時間だけ、会えたら良いなと思ったので」
こうして、直接会って、手渡すことになるとは……。
「風呂あがり? ごめんな」
「早く渡せて良かったです」
「得体の知れない男を、こんな遅い時間に、風呂上りに店に入れることになって。本当にすまない。謝罪していたとマスターにも伝えてほしい」
平易な言葉を選んで、相手を気遣いながら。
静かに、ゆるやかに、流れるような話し方。
彼の作品に出てくる、主人公のような口調。
これが彼の本来の姿なのだろう。
小説家・Pタンではなく、彼の。
「Pタンは大先輩ですから」
「それは、なろう商店の話だし。早い遅いは無関係で」
「でも。いつだって、わたしを優先してくれますから」
びっくり仰天!!
……という表情で静止している。
「どうしました?」
「もう4年目か?」
「はい」
「そうか……JKじゃないんだな」
「はい?」
「いや、ちょっとドキッとしただけだ、こっちの話だ」
彼の隣にお店を構えたのは、ロジカルで素敵な偶然。
わたしは小説家になろう商店で成長していく――――
【あれから小説家になろう商店で】 これにて終幕です。
最後までご清覧いただき本当にありがとうございました!!!





