喫茶店の常連客 ②
夕暮れ時、まかないを簡単に済ませておく。
しばらくは客の入りが少ない時間帯になる。
父は買い出しに出たばかり。
しばらくは戻らないだろう。
タブレット画面をスルリスルリとスクロール。【 小説家になろう商店 】で購入した短編を何作品かローカルで読んでいる。キーボードを叩く手は止まったまま、溜め息ばかり漏れてくる。
ドアベルが、カランコロンと数回耳を打った。
反射的に「いらっしゃいませ」と顔をあげる。
スマホをいじってばかりいる、寡黙な常連客が立っていた。
「いつものですか?」
「愛想笑いのひとつも無しか」
「え?」
ここ最近「いつものですか」に頷く。
そんな程度のやりとりが増えていた。
声を聞いたのは、いつぶりだろうか……
「この喫茶店は書斎兼アトリエだ。寡黙なマスターの淹れてくれる珈琲。一人娘の叩くキーボードの音。コロコロ変わる、その表情も含めてな」
営業スマイルが無かったと怒ってる?
そんなタイプだったろうか。
仏頂面なら完全に負けてる。
笑った顔は見たことが無い。
「あの……すみませんでした」
「苦情を言ったつもりはない」
「でも、すみません」
ビジネスバッグを開いて「まったく」とブツブツ呟きながら、薄っぺらい紙袋を取り出し、キーボードの上にパンと置いた。近所の書店のものだ。誰かの忘れ物かなにかだろうか?
説明があるだろうと顔を見上げる。
彼は「開けてみろ」とだけ言った。
出てきたのは、黒い樹脂製の表紙。
パラパラめくってみる。
中は、白紙……小振りなノートだ。
「誰か忘れてった、忘れ物ですか?」
「そうじゃない」
「そうではなく」
「最初のページを、飛ばしたからだ」
1ページ目。
わかったぞ!
持ち主の、ヒントが書いてあった。
その人に渡してくれということか。
「わかりました。そういうことでしたら、どのお客さんのノートか。この名探偵がズバリ的中させて見事に渡し、解決しましょう!」
「そうしてくれ」
ぱらり。
開いたページ、右下の隅。
小さなイラストがあった。
見慣れたタッチの、手描きイラスト。
「どして……」
「どうして? あちら側で物質を手渡す方法が無いからだ」
「じゃなく……どうして、Pタンの絵を描けるんですか?」
「とんだ名探偵だな? 真犯人だからだ」
「なんの……犯人?」
「喫茶店の常連客のひとり。スマホ入力が特技の、冴えないサラリーマン風の男。JKの周囲に出没していた不審人物が、ペンタルファの正体だ」
「こ……これ」
「タブレットで執筆したらタブレットに書けない見れない、自由度や速度も違う。ねこみうろん氏は、今時、物理的に書いてただろ? 紙が良いと言うもんだから。それで試せ、貴様の創作ノートを黒歴史で真っ黒に染めてみせろ」
「こんな、頂けません」
がっかりした表情でビジネスバッグを閉じる。
肩を落として、一言、「じゃ」と言い残して。
扉へ向かって行った。
「プレゼントは受け取れないって話なら、突っ返されても困るしな。捨ててくれ。ねこみうろん氏のノートと同じにしたんだが。 ……大損だな」
「あの!」
「なんだ」
「突然で、混乱してしまって。ノート、大切に使います。ありがとうございます。でも、せめて。お返しくらいさせてください」
首のうしろを揉み「んー」と、うなる。
しばらくして「いつもので」と呟いた。
「あの、初対面ですが」
「それ買ったら珈琲代が足りなくて」
「えぇえ~?!」
「やたら高いんだ、ノートのくせに」
カウンター越しに、Pタン。
珈琲を淹れている、わたし。
この距離が、現実だなんて。
長めに蒸らすのが、店の味。
静かな時間が、流れていく。
「あの。どして、その……創作ノートを?」
「書斎兼アトリエには、珈琲と猫昆布茶さんが必要と判断したからだ。辛気臭い顔して、溜め息ばっかりついて。今度の新作、ちっとも進んでいない」
「はい、進んでません」
「違う。こっちの話だ。執筆が止まってる」
こっち、Pタンの話。
新作執筆中ではなく?
慌ててヘッドセットを被る。
レストモードを解除。
連載は、一区切りしている。
活動報告や、レビュー作品。
どれも、日付けは先月の末。
動きが止まっていた。
『 …… う そ 』
震える手で、ヘッドセットを外す。
「スランプ?」
痛いところを突かれた、という顔。
渋々といった感じで、2度頷いた。
自分が情けない、涙が溢れてきた。
「すみません……こんな大事なことに、わたし」
「気にするな」
「だって! ……わたしは!」
ずっと変化してないことに。
これほどの、大きな変化に。
自分のことで、頭が一杯で。
わたしは、気付けなかったんだ……
「知識や経験、ネタ切れじゃない。 ……ココロの燃料切れ」
「こころの燃料?」
「新しくて嬉しいことが、だんだん減る。刺激に麻痺していく。それがスランプの正体。これは簡単に補充できないだけに深刻だと、奴は処方箋をよこした」
「奴。相互さん?」
「スランプになりかけていて、引き留められたそうだ」
「頼りになる、相互さん」
Pタンはスランプにならない。
そう相互さんは断言していた。
彼女はPタン補充できるのか!
……ん?
それなのにPタンはスランプ。
「違う」
「え?」
「3年前、退会を考えた時。奴も辞めると言っていた」
「3年前。会ったころ?」
「それなりの成果に満足して潮時と思った。そこへログインしてきた新規ユーザ。猫昆布茶さんが【 なろう商店 】に繋ぎ止めた……そう書いてあった」
「わたし~ぃ?!」
「それが書斎兼アトリエに、猫昆布茶さんが必要と判断した根拠だ」
それにしても不思議だ。
「ほとんど毎日お店へ通ってたのでは」
「ん? あー。なんとかしろって、さ」
「そう、相互さんに言われたんですか」
苦い記憶を飲み下すようにブラックコーヒーを啜った。
「ねこみうろん氏。 ……スゲェ剣幕で言うもんだから」





