カルペ・ディエム
偉そうに腕組みして、「手詰まりだ!」とPタンは言い放った。
人望が厚く、実績もあるが、人との関わりを避ける傾向が強い。
その頭上に赤い文字が点灯。
先程購入していた短編作者様から感想返信が届いたらしく、ぞんざいに開いた。長い。なんなら、短編そのものより感想返信が長い。それをス――ッとスクロールしていって「ふむ」と頷き、閉じた。
「すまん、なんの話だった?」
「スランプを脱出する方法ですけど」
「あぁそれな? 手詰まりだ」
1人目の旧友に袖にされた。
『ありません』、すぐ投了。
それじゃわたしは困るのだ。
先々困るのは、Pタン自身じゃなかろうか?
「創作仲間や、参加してるコミュニティとか」
「半分ライバルだろ? そういうのは苦手だ」
「Pタンくらい世話好きなら、相談相手の1人や2人」
「好きでもなんでもない。たまのお節介を良く言うな」
半分ライバルは、いつもの嘘っぱち。
右も左もわからなかった最初のころ。
その後も行き詰ったら相談してきた。
なんだかんだで、最後はやさしい……
ただ。
怪しい敬語、お世辞のひとつも無し。
ぶっきらぼうで歯に衣着せぬ言い方。
何人も、作家さんにお会いしたけど。
こんな調子で活動してる人はいない。
いたかも? ……もう1人いた!
「いました、相談相手がっ!」
「そうか、ねこみうろん氏か」
2区画ほど先。
同じ書体で作られた『カルペ』と『ディエム』の立体看板が並ぶ2つのスペースで、ちっとも拘束されていない拘束衣の青年・早弓くんと、日曜朝のアニメ枠から飛び出した魔法少女ねこみうろん氏が、仲良く店番をしている。
こちらも、代表作を元にPタンが作成したアバター。
なにがどうしてそうなった、取り換えっこで使用中。
元々本家『文筆家になろう』に連載作品を投稿していた2人は、AI生成画像で大失敗してしまった。扉絵の有償依頼を目標に据えて、【小説家になろう商店】に登録した学生さんだ。
肝心の『投げ銭システム』が未実装と知らなかった。
放心状態で、しばらく動かなかった。
「スキル・言霊の移植、まだですかー?」
「こっちはサイドストーリー主体なのよ」
「 「 なんで喧嘩腰? 」 」
ねこみうろん氏とPタンは口論が多い。
お互い『小説は面白い』と認めている。
その言い方が気に喰わないだけらしい。
「相談があって来たんだが」
「珍しい……どうしたのよ」
「長年、定期更新をしてきて、どうやっても続きが書けないこともあったはずだ。どうすればいい、猫昆布茶さんにアドバイスしてくれ」
「ねこんぶちゃん?」
わたしは、大きく頷いた。
「こんなの書きたい、面白いって自信はあるんです。でも。いざ書きはじめると、すぐに止まってしまって。どうしたらいいのか……」
ねこみさんは「むむむっ」と考えた。
ちょっと長すぎる時間が流れていく。
そして、不意に。
「……プロット?」
「書いてないです」
「うん、私もよ?」
「 「 おい! 」 」
ねこみさんは「ちょい待ち」と言ったきり30秒ほど動かなくなって、それから「ほい」と1枚の画像を手渡してきた。
「この謎の古文書ができた時点で頭のなかで整理されてて。こうしたら書けるって見せられないのよ。 ……ごめんね?」
スマホで撮影したらしき、ノートの画像。
ペンで書き殴った文字、矢印や謎の記号。
創作ノートの1ページ。
「私はね。敵はこんなことした悪者、コイツは誰がやっつける、そんなステップを書いてるだけ。それに沿って書き進めてるのよ」
「さすが、ねこみ氏!」
「参考にならないな?」
「創作ノート……かぁ」
こんなふうに下準備してなかった。
長く書いてる人気作家さんは違う。
「やってみようかな?」
「難点は黒歴史ができあがることよ」
ねこみさんは「とほほっ」と力なく笑った。
黒歴史の中身、見せたくないに決まってる。
それを、画像にしてくれた。
「お店に持ってくよ。明後日でもいい?」
「明後日ならオレも行けます」
行方さんと早弓くんとは、現実世界でもお付き合いがある。
誰もいない喫茶店で、店番してたら暇だった。
ちょ~っとだけ、ヘッドマウントディスプレイを装着した。
お客さんに、カパッと外されて。
なろう作家・猫昆布茶という正体が、バレてしまったのだ。
そんなオッチョコチョイは少ないと思うから。
たぶんだけど【 小説家になろう商店 】では珍しいケース。
……不意に疑問がよぎった。
「ねぇ」
「ん?」
「Pタン、どうやってるの?」
「俺か? 情熱で書いている」
「それこそ参考にならないよ」
「だから、こうして。天敵ねこみうろん氏に、下げたくもない頭を下げてるだろ。認知バイアスに左右されず、最適な意思決定を戦略的にするためにな」
「それ、どういう意味よ?」
拘束衣の青年が、困り顔になった。
「悪い例を聞きに来た、という意味ですね」
「なんですってぇ?! ペンタルファ~!」
早弓と行方はそれぞれの自宅で、無料通話アプリを起動。
行方さん……ねこみうろん氏は、更新情報を眺めている。
お気に入りユーザの、止まったままの日付けが並ぶ画面。
「大丈夫ですかね……あの2人」
「鈍感2人組が? 大丈夫なわけないでしょ!」
「行方さん、オレに怒っても、解決しないから」
「じゃあ、ぶつかってみるしかないよ。直接ね」
うなるような声で呟いた――





