ざまぁ。俺は追放された元宮廷魔道士だが、今は辺境で最強になっていますよ。俺を捨てた皆さん、お疲れ様です。
「フィリオ・グレイ。
貴様を、宮廷魔導士団より追放する」
豪奢な謁見の間にその声が響いたとき、フィリオは一瞬、何かの冗談かと思った。
が、玉座に座る王の隣で不敵に笑う魔導士長カーディスの顔を見て、すべてを悟った。
「ああ……そういうことか」
「何を悟ったような顔をしている?
無能の癖に勘違いするなよ。
お前のような古臭い魔法しか使えない男に、もはやこの国の未来を託すわけにはいかんのだ」
王も頷く。
「お主の魔法は確かに優秀であったが、時代は変わる。より若く、革新的な才覚を持つ者を重用すべきであろう」
若く革新的、などと評されているのは、カーディスの弟子である天才少女ルティアだった。
金髪碧眼の彼女は、まるで人形のように整った顔でフィリオを見下ろしている。
「フィリオ様、これまでのご指導には感謝しますわ。ですが……“発展性のない古い魔法”では、私のような者には到底ついてこられません」
貴族たちの嘲笑のなか、フィリオは黙っていた。
怒りも悲しみも、すでにとうの昔に擦り減っていたからだ。
「わかった。好きにしろ。……ただ、一つ忠告しておく」
フィリオは静かに言った。
「“基礎を蔑ろにする者は、必ず足元を掬われる”」
「ほう、負け犬の遠吠えか。惨めだな」
笑い声を背に、フィリオは王都を去った。
そうして彼は、誰も寄り付かない最果ての辺境、北の村・ラステルへと移り住んだ。
―――――
それから三年。ラステルの村人たちは、フィリオを“先生”と呼んで慕っていた。
彼は村の子供たちに読み書きを教え、病を癒し、凶暴な魔物から守った。
中でも彼の魔法は“奇跡”と称された。
まるで詠唱もなく空を裂く雷を落とし、病人に触れるだけで毒を抜く。
村人たちは知らなかったが、それらはすべて彼が王都で封印されていた“古代魔法”の応用だった。
そんなある日、一人の旅人が村を訪れた。
ぼろ布に包まれ、血の気のない顔。
よく見れば、それはかつての天才少女――ルティアだった。
「……助けてください……カーディス様が……王都が……魔王に……」
フィリオは驚かなかった。
理由は簡単なことである。
いつかこうなると思っていたからだ。
詳しく話を聞くと、カーディスの研究していた新魔法は“禁呪”に足を突っ込んでいたらしい。
その副作用で封印されていた古の魔王が蘇り、王都は壊滅。
王もカーディスも死に、逃げ延びた者は数えるほどしかいないとのことだった。
「なぜ……あの時、先生の言葉を信じなかったんでしょう……」
ルティアは涙を流し、地に伏した。
その理由など、感じ取らずとも察知できた。
「フィリオ様なら、きっとこの国を救ってくださるって……皆、今さら……」
フィリオはしばらく黙っていた。
過去のしがらみが胸を掠めたが、それよりも先に思い浮かぶのは、この三年間共に過ごしてきた村人たちの笑顔だった。
「……断る」
「……えっ?」
ルティアが顔を上げた。
「俺はもう、国を救うような英雄じゃない。ただの“村の先生”だ。王都のことは、王都でどうにかしろ」
「で、でも……!」
「お前たちは俺を“無能”だと断じ、捨てた。都合が悪くなったからといって縋るな。
……それに」
フィリオは村の子供たちの方を振り返った。子供たちは彼の袖を掴み、不安そうに見上げていた。
「こいつらを危険に巻き込むわけにはいかない。
俺の守るべき場所は、もうここだ」
ルティアは唇を噛みしめ、しばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて力なくうなだれた。
「……本当に、愚かでした。あなたを、見誤っていた」
「違うな。
見ようとしなかっただけだ」
そして彼女は、何も言わずに去っていった。
それから数日後、王都からの使者が現れ、国王の代理を名乗る者が涙ながらにフィリオに国の救済を願ったが、答えは同じだった。
「お断りする。
俺は忙しいんでな」
それでも懲りずに何度も使者は訪れたが、彼は最後まで村を出なかった。
――そして数年後。
国の中心が完全に瓦礫となったその跡地に、一つの噂が広まった。
「北の果てに、不老の魔導士が住む。人知を超えた魔法を操り、災厄をも退ける存在」
との。
だが彼に会えた者は少ない。
なぜなら、彼のいる村には“信用を裏切らない者”しか入れないという、結界が張られていたからである。
それこそが、かつて見捨てられた男が選んだ、たった一つの“ざまぁ”であった。