第四章 引き出しの中の時間
第四章 引き出しの中の時間
ミーナの机の引き出しには、赤い鉛筆が一本しまってある。
もう芯も短くて、鉛筆削りに入れるのも難しいくらい。名前を書く白い欄はすっかりこすれて、誰の持ち物だったのかもわからない。
見つけたのは、数日前の掃除の時間だった。クラス全員で机の引き出しをひっくり返して、雑巾で拭くことになった日のこと。
ミーナの机は、何年も前からそこにあったらしい。木の表面には小さなキズや、消しゴムの黒い跡がのこっていて、「今までいろんな人が使ってきたんだな」と思わせた。
雑巾で引き出しの底を拭いていたとき、ミーナはふと、木目の間に指が引っかかるのを感じた。
「ん?」
引き出しの奥、板のすき間が少しだけ浮いていて、そこに何かが挟まっていた。
ミーナがそっと引っぱると、ぽろんと出てきたのが――あの赤い鉛筆だった。
「これ……ずっとここにあったのかな。」
手のひらにのせた鉛筆は、少しだけ、ぬくもりがあるような気がした。
それから数日、ミーナはその鉛筆を引き出しのすみにそっとしまっていた。書くわけでもなく、ただ「気になる」から、そこにある。
誰のものだったのか、どんな場面で落とされたのか、想像がふくらんでいく。
ある日の放課後、空が急に暗くなって、窓の外はざあざあと大きな雨が降っていた。
「うわー、最悪。傘忘れた……」
ミカトが廊下で叫んでいたけれど、ミーナは静かに、自分の席にすわっていた。
ランドセルはまだ閉めていない。雨が止むまで、もう少しここにいてもいいかもしれない――そんな気分だった。
ふと、引き出しを開けて、例の赤い鉛筆に手をのばす。
指先がふれた、その瞬間だった。
――しん、と音が消えた。
雨の音も、教室のざわめきも、風の気配すら、まるで一枚の布で覆われたみたいに消えてしまった。
ミーナは顔を上げた。
教室には誰もいなかった。さっきまでいたはずのクラスメイトも、先生も、ミカトの声も聞こえない。
「……え?」
そのとき、机の上に一枚の紙切れが落ちてきた。
古い便せんの切れ端。色あせた紙に、鉛筆で文字が書かれていた。
《ありがとう、みつけてくれて》
ミーナは、ただじっと見つめた。
何かの夢みたいだった。でも、目の前の紙ははっきりとそこにある。手のひらの鉛筆も、あたたかいままだ。
もう一度、紙に目を落とすと、文字の下にうっすらと小さな名前が書かれていた。
《まな》
――その名前に、どこかで見覚えがあった。
次の瞬間、ざあっ、と雨音が一気に戻ってきた。
ミーナははっとして顔を上げた。ミカトが傘をさして校門の方を見ている。ユイが図書室から戻ってきたところだった。
机の上には、もう紙切れはなかった。
でも、ミーナの引き出しの奥にある赤い鉛筆だけが、確かに、そこにあった。
家に帰ってから、ミーナは「観察ノート」をひらいた。
ページの中央に、赤い鉛筆のスケッチを描く。まるで、小さな時間のかけらみたいに。
ローファンタジー感、少しは出てきたでしょうか...?