第一章 1つ目のオクアリア
第一章 1つ目のオクアリア
風の音が少しだけ強くなった日の午後。ミーナは、学校の図書室の窓際に座っていた。分厚い本をひざにのせて、手には小さな「棒」を握っている。
それは、まるでアイスキャンディーの棒に、下敷きのかけらを丸く貼りつけたようなかたち。
ミーナはその“羽根”を本のページの下にそっと差し込み、軽く押し上げてから、くいっと回した。
――くしゃっ。
うまくめくれた。……はずだったけれど、羽根の端がページに引っかかって、角が少し折れてしまった。ミーナは小さくうめいた。
「……だめかあ。」
この「ページめくり棒」は、ミーナが放課後に自分で作った工作だ。冬の寒い日に、冷たい指でページをめくるのがつらくて、「なにかいい方法ないかな」と考えたのがきっかけだった。
「自動」と名前をつけてはいるが全然自動じゃない。動かすのは結局は自分の手。でも、ミーナにとってはそれでも十分「ちょっと便利にするための道具」だった。
「それ、なに?」
横から声がした。声の主は幼なじみのミカトだった。
ミーナはちょっと緊張しながら、棒を持ち上げてみせた。
「……ページ、めくるやつ。」
「え、なんでそんなのつくったの?」
ミカトの言葉は悪意があったわけじゃない。でもその一言に、ミーナは少し胸をつかれた。たしかに、べつに必要なものではない。指でめくればいい。誰かがほしがるわけでもない。
「うーん……なんか、あるといいなって思ったから……。」
そう言いながら、自分でも少しもごもごしてしまう。ミカトは不思議そうに首をかしげた。
「へー。でも、めくれてるんだ? それ。」
「うん、まあ、ちょっと折れちゃうけど。」
ミーナが苦笑しながら言うと、ミカトは「ふーん」と言って、そのまま自分の席に戻っていった。
取り残されたミーナは、少しだけページを見つめた。
さっきめくったページの端が、ほんのすこしだけ、やぶれていた。ミーナはそっとその傷を指でなぞった。
なぜ作ったんだろう。
指でめくればよかった。
でも、それだけじゃ足りない気がしたのだ。
「……あったらいいなって、思ったから。」
そのとき、ミーナの頭に浮かんだのは、ある冬の夕方のことだった。
家のストーブの前で、指先が赤くなるまで冷たくなった手でページをめくっていたあの時間。
本の世界に入っていたのに、ページをめくるときだけ、現実に引き戻されるような感覚。
あの一瞬の冷たさをなくせたら――
ずっと物語の中にいられる気がしたのだ。
その気持ちは誰にも伝えにくいけど、
ミーナの中ではちゃんとした「理由」だった。
彼女は、もう一度棒を手に取った。羽根の角度を少し変えて、折れにくい角度を探す。
「うまくできない」ことの中にある「できたらいいな」の気持ちを、形にしたくて。
――くしゃっ。
今度は、ほんの少し、やさしくページがめくれた。
ミーナは小さく、にんまりと笑った。
ミーナの空想ノートの最初のページ。いかがでしたでしょうか?
今後どんな物語になるのか筆者もワクワクしながら続きを書いています。