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keyword  作者: 藤華 紫希
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タイトル未定2025/06/18 07:59

 会社に帰ると、また悠香チーフがコーヒーメーカーと戯れている。

 「悠香チーフ、またコーヒー係ですか?」

 「これ、好きなのよねー。まあ、ちょっとは任せてチームの皆にちやんと独立して行ってもらわなきゃだし?そう言うあなたも一人でご帰還のようだけど?」

 「同じく、ですね。現場は任せて来ました。関西の現場の準備がありますし。これでも忙しくしてるんですよ?」

 「知ってるー。なのであなたにもコーヒーを差し上げます」

 出来上がったコーヒーを、一番に注いでくれる。

 「あ、そうだ。マグカップ」

 「ああ、今日持って帰ります」

 コーヒーを受け取りながらそう言うと、

 「持って帰らないで。いつまでもここはあなたのグループだから」

 と悠香チーフが言う。

 「泣かせようとしてます?」

 「そんなので泣くようなタマじゃないでしょ」

 「ありがとうございます。デスクで頂きますね」

 悠香チーフは微笑んで送り出してくれた。


 夕方、終業時間ギリギリに三人が事務所に到着して、進捗報告をしてくれた。

 「ご苦労様。ちゃんと時間内に帰ってきて偉い!」

 「某チーフにこの間注意されたばかりなんで」

 「お、珍しくみんな揃ってるな。各チーム進捗報告よろしく」

 部長がちゃんとここに居るのも珍しいらしい。悠香チーフによると、仕事の調整やら中途採用の打ち合わせやらで、いつも以上にグループに不在らしい。

 「Rチーム佐伯が報告します」

 大里チーフは佐伯君に丸投げだ。

 「Kチーフの助言から、大雑把にパースを数枚、それに近い店舗をピックアップして、クライアントにアポ取りをしました。ウチのチーフは手伝ってくれません」

 「こら、最後のそれはないだろ。だいたい、俺は見守るのが仕事だ」

 みんなからの、どんな仕事だよ、と言うツッコミまでがワンセット。

 「次Pチーム」

 「弥生ちゃんいってみる?」

 「はい。Pチーム西野が報告します。クライアントとの打ち合わせが明後日なので、具体的なヒアリングができるように準備しました。この案件はまだ場所が決まっていませんので、そちらの手配を不動産部に連携をお願いしました。早速、数件規模別に上がってきていましたので、それに合わせてパース制作にかかっています。ちなみにウチのチーフもあまり手伝う気は無いようです」

 「え、同じやり取りするの?私はアレよりは仕事してるわよ?」

 「それはそうですね。訂正しておきます」

 大真面目にそう言う弥生ちゃんにみんなが笑う。

 「Kチームは誰がする?負けてられないんじゃない?」

 同時に二人が俺が、私が、と手を挙げた。どうするか観察していると、調整して二人で報告するようだ。

 「まず俺から。現場は工事関係が今日終了して現場監督と確認作業をしました。ホールもキッチンもその後に不備が無いか再確認しておきました」

 「今後の備品搬入の手筈の確認作業をして、クライアントに進捗報告をしました。後は搬入だけで引渡しになります。ちなみにウチのチーフは監督と確認作業終了後に帰社しましたー」

 「私はちゃんとチームの仕事して、更に自分の仕事をする為に帰ってきたので、Rチーフとは違います」

 「おいおい、それだと俺だけサボってるみたいだろ」

 大里チーフの反論は真弓ちゃんの言葉にかき消されてしまう。

 「あれぇ?Pチーフは席を外してコーヒー淹れてくださってましたけど、Rチーフは佐伯君丸投げじゃないですか〜」

 「同じRチームからもそう見えてたって事はやっぱりサボリよね?」

 悠香チーフは容赦なく切り捨てる。何も言えなくなって、大里チーフは白旗のようだ。

 「はいはいはいはい。で、罰ゲームはなに?」

 「Kチーフがいない間のKチームのお守りを命じる」

 部長までもノってきた。

 「佐伯君はチーフ(仮)だと思って頑張りなさいね」

 「ちょーっと待った。なんで俺も罰ゲーム?」

 「面倒が起きたら(仮)の無い人に押し付ければ良いから大丈夫よ」

 「そんなら、まあ……いつも通りか」

 悠香チーフの言葉に安堵している。

 「ということで、Rチーフ、よろしくお願いしますね。良かったわねー。何でも押し付けるといいわよ」

 複雑だけど、覚悟した顔で中村君が口を開いた。

 「仕方ないなぁ。掛け持ちチーフで我慢するか」

 二人もそれに続く。

 「そうねぇ。しょうがないよね」

 「はい。我慢します」

 「ちょっと待て、我慢ってなんだ、我慢って!」

 大里チーフが暴れ出す前に悠香チーフが間に入る。

 「認めてくれたんだから、あなたも我慢したら?」

 「これ認めたって言う?」

 先に謝っておこう。

 「すみません、ウチのチーム素直じゃないんです。大里チーフの事はみんな信頼してますから」

 「わかった。俺も我慢して面倒見てやるよ」

 「ありがとうございます!」

 図らずとも、Kチーム全員が頭を下げた。

 「おーい、もうそろそろいいか?帰れるやつはとっとと帰れよ。俺は帰るぞ」

 部長がチーフ交代を上手く収めたところで散開を促した。

 「お疲れ様でしたー」

 あちらこちらから挨拶が飛び交う。

 「わたしも今日は帰ろうかな」

 「チーフ!久しぶりに呑みに行きませんか?」

 「ユミちゃんごめん、来週でいいかな?移動の荷物そのままだから、片付けなきゃなの。今回二週間滞在だから、来週なら余裕あると思うから」

 ごめんね!と手を合わせて謝る。

 「残念。でも、来週絶対ですからね!」

 「わかった。良ければ日にち決めちゃっといて。最優先するから」

 「それじゃぁ、keywordの引渡しの日で。Kチーム打ち上げです」

 「了解」

 来週水曜日、ついにkeywordの引渡し日。その為に二週間本社滞在にした。木、金曜日で残りの雑用やら引き継ぎをして、本格的に関西へ移動となる。帰る準備をしていると、恭弥が慌てた様子で事務所に飛び込んで来た。

 「良かった、まだいた」

 「どうしたの、慌てて」

 「お前今日すぐ帰るって言ってたから。関西の案件で問い合わせがあったらしくて、会議室に来いって。俺もさっき事務所出てすぐに連絡受けて、来た方が早ぇわって」

 ゆっくり片付けも出来ないらしい。

 「了解。準備したら追いかけるから先に行ってて」

 「わかった」

 恭弥はそう言ってすぐに事務所から出て行く。ため息をついていると、悠香チーフが慰めに来てくれた。

 「忙しそうね……片付けも、頑張って」

 「ありがとうございます。仕事はキャンセル出来ないんで、行ってきます」

 せっかく片付けたカバンから、関西支部案件の書類ファイルを引っ張り出して会議室に向かった。


 「悪いね、急に呼び出して」

 進んでいる案件とはまた別の案件で、クライアントから早目に打ち合わせを、と言われたものの、担当四人中三人が本社出張中で、急遽オンラインでと言う事になったらしい。

 「いえ。仕事ですから。関西行きは自分から進んで受けたので、しょうがないです」

 しかも関西弁で早口なクライアントで、前回関西弁で話しやすいと言ったその人の案件だった。

 「居てくれて助かったよ。どうもあの感じが苦手で」

 「慣れるまでは私ができるだけ上手く話を回しますね。では、繋いで始めましょうか」


 「おネエちゃん、おおきにな!いやー、助かったわ。なんやうまく話伝わらんもんやなぁ」

 関西弁で押し通すクライアントに、早々に二人はギブアップして、打ち合わせ中、通訳(?)をする羽目に……。

 「土地勘も無い、関西にも不慣れで申し訳なかったです。どうも関西弁はえらいキツく聞こえるらしいですね。どう返したらええんか悩むらしいです。ちょっとゆっくり目やったら話わかるんかなぁ思うんですけどね。両方わかると、スピード感違うんちょっと面白いですよ」

 少しでも合わせて頂けるといいんだけど……。

 「まあ、ぼちぼちお互い行きましょ」

 「ありがとうございます。これからも、不慣れなところがあるかと思いますが、頑張りますので。これからもよろしくお願いします。失礼します」

 会議が終了してクライアントの画面が閉じられると、何故か拍手をされた。

 「ホント助かったよ。分からない単語があることに我ながらびっくりしたよ」

 「言い方ちゃう……ん?……違うものもありますからね。地名も馴染み無いでしょうし、仕方ないですよ」

 ついうっかり関西弁の流れで話し出してしまった。

 「お前も切り替えて話すの面白いなぁ」

 「最近家に帰って親とも関西弁で話す事も増えたから余計に変な感じ。切り替えられてるのか心配かも」

 「ご両親関西弁なのか」

 何故か恭弥がそんなところに感心している。

 「関西在住なんだからそりゃそうよ」

 「いや、海外住まいだったし、お父さん東京出身、お母さんイギリス出身って言うから英語なのかと」

 「え?君ハーフなの?」

 盛大に驚いてくれる。そりゃそうだ。

 「見た目がハーフっぽく無いですもんね。母もイギリス生まれでもアジア系が入っているそうなので、日本人って言われても分からないかも。父も初めて出会った時に普通に日本語で話しかけてしまったそうですから」

 「しかし、日本に住んでるんだから、日本語だろ、普通。どうして英語って発想になるんだ?」

 私も同じく、だ。

 「いや、自分もイギリス出身とか言ってたし、親が英語圏の人だと家では英語っての聞くし」

 「一応子供の頃は喋ってたけどね。英語も覚えなさい、イギリスの祖父母と話が出来ないと困るって。でもウチは母が関西弁大好きで。父も大学から関西、しかも母と出会ってから関西弁強要されたんだって。笑うよね」

 イギリス赴任中に出産した為に、中学まではどちらでも国籍が取れるように二重国籍だった。しかし海外赴任には着いて行きたくなかったから、日本国籍を選んで東京の祖父母の元へ行く事を選んだ。

 「色々あるもんだね。てことは英語も出来ると。覚えておくよ」

 「なんか面倒な事が増えた気がするー。恭弥が余計な事言うからだよ」

 「余計ってなんだよ」

 「まぁ、いいけどね。英語、コイツもできるんで、私よりそっち使ってやってください。それじゃ私は帰ります」

 「お、了解」

 これぞ余計な事を吹き込んで、反論の余地を与えず、さっさと帰ることにした。


 内装グループの事務所に戻ると、さすがにみんな帰って、ひっそりとしていた。

 「人がいないと広く感じるもんだなぁ。あ、そうだ」

 誰もいない間に私物を少し片付けよう。目の前でやるとまたあちこちで渋い顔をされるのが安易に想像できる。

 「ああ、これも置きっぱなしだったっけ」

 半端な時期に渡された辞令書。きっと社長の思惑が色々あって渡されたんだろうな、と今なら納得いく。

 「ダンボール箱は、と」

 ありそうな場所を覗き込む。

 「あった。詰めて名前書いて置いとけばいっか」

 会社の荷物は纏めて支部へ送ることになっている。製図用具やしばらく使わないファイル、カタログの類いを詰め込んで、〈K〉と記入して目立たないところへ積み上げておく。

 「こんなもんかな。アパートは片付けられなかったけど、デスクを片付けられたから良しとするか。さあ、今度こそ帰ろう」

 アパート最寄り駅前のコンビニで弁当を買って帰る。

 「こっちに帰った途端これじゃなあ。とは言っても、もうここも後わずか」

 冷蔵庫に食べ物を残しておく訳にもいかない。

 「ま、しょうがない。いただきます!」

 過保護な両親のお陰で関西支部にいる間はバランスの取れた温かい食事に困ることが無い。いくつになっても親とは有難い存在だとしみじみ思う。

 「ごちそうさま。あれ?電話が鳴ってる?」

 カバンに放り込んだままだ。ガサゴソと探しているうちに切れてしまった。着信履歴を見ると佐奈からだ。すぐに折り返す。

 「あ、もしもし?ごめん、カバンに入れっぱなしで探してる間に切れちゃった」

『こっちこそ遅くにごめんね。明後日から急遽私もそっちに三日間行くことになって。泊めてくれない?』

 「いいわよ。あれ、恭弥と入れ替わり?」

『そうなのよー。こうバタバタしてたら予定合わなくて荷物がかたづかないったら……』

 幸せそうな愚痴が始まる。

 「まあ、私も落ち着いたら手伝いに行ってあげるわよ」

『ホント頼むわー。恭弥もあてに出来ないから』

 「わかったわかった。うん、じゃあまたね。はーい」

 まだしばらくはそう言う事もあろうかと、予備の布団も置いたままにしている。

 「そうか、二週間あるし、ここに泊まるなら自炊ちゃんとしようかな」


中々治まらないギラギラの太陽に朝からウンザリしていると、見慣れた顔が歩いている。

 「おはよう、恭弥。佐奈もこっちに来るんだってね」

 いつもの交差点で久しぶりに一緒になった。

 「そうなんだよ。何も入れ違いにしなくてもいいと思わないか?」

 「へぇ〜。寂しいんだ?」

 「いや、別にそんなんじゃなくてだな」

 弱いヤツめ。すぐにしどろもどろになる。

 「明日はまだ居るんでしょ?定時でちゃんと切り上げて、ウチで食べない?佐奈ウチに泊まるから」

 「いいねぇ〜。若い頃良くやったよなぁ。三人でスーパー寄って」

 「恭弥お酒とつまみになるものばっかり入れてよく佐奈に怒られてたよね」

 懐かしい。このやり取りも。

 「おはようございます」

 「また颯爽と現れるね、キミ」

 新しい風には恭弥はまだ慣れないようで、笑顔がぎこちない。まあ、慣れる前に異動になって接点も無かったのだけど。

 「ホントにお二人仲が良いんですね。彼女に嫉妬されませんか?」

 自転車を降りて押しながら、真顔で悪気無く聞いて来るのが恐ろしい。恭弥は固まっている。

 「その彼女が明日からこっちに来るから、歓迎しようって打ち合わせしてたのよ。大体、これが普通過ぎて嫉妬してたらキリがないわよ」

 「そんなもんなんですね。じゃ、お先に」

 「で、再び颯爽と去っていくと」

 「スグそこなのにね。一緒に歩けばいいのに」

 遠慮した?馴れ合いはしたくない?

 「若者良くわからんわ」

 「あーあ、おじさん化してる」

 「どれだけ年下なんだよ。てか、お前どうなってんの?」

 「普通に上司と部下、同僚?異動聴いてしょげてるけど、それはチームみんなだし」

 「ふーん。やっぱ若者わかんねえ。それより聞いてくれよ、あっちの案件のさぁ……」

 同期との会話は何かと尽きない。支部へ移ろうと、変わらぬ毎日が待っているだけだ。


 「おはようございます」

 今日は弥生ちゃんがコーヒー担当をしている。

 「おはよう。私のもよろしくね」

 「はい。あ、Kチーフ、マグカップ持って帰らないでくださいね」

 「悠香チーフと同じ事を言うのね。邪魔だろうけど、置いてくわよ」

 「ありがとうございます」

 マグカップ一つでそんな嬉しそうにしなくても、というくらい機嫌が良くなった。

 デスクに向かうと、Kチームが誰も居ない事に気がついた。さっき挨拶した三鷹君までも。行動予定表を確認すると、既に現場に向かったようだ。

 「現場?今日何かあったかしら?」

 搬入は週明けだしな、と首を傾げていると、弥生ちゃんがコーヒーを運んで来て、

 「今日何だか確認する事が出来たって出社したらすぐに出掛けて行きましたよ」

 と教えてくれた。

 「そう。ありがとう」

 何かあれば連絡があるだろう。自分は自分の仕事を進めなければ。

 「あれ、一人で留守番?」

 「そうみたいです。連絡が無かったので、任せておこうかと。昨日の関西支部の打ち合わせで仕事が増えたし、任せられるところは任せないとやってられないので」

 「わかった。俺も気に掛けとくよ」

 大里チーフの心強いお言葉も頂いたことだし、頑張ろう。


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