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keyword  作者: 藤華 紫希
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タイトル未定2025/06/15 18:38

 子供達の夏休みも終わる頃になると、本格的に関西の現場が一つ動き出し、人手が足りなくなってきていた。お互いの部署で補い合って、私もかなり関西の滞在期間が長くなっていた。多くは既に引越しも済ませた社員が頑張ってくれていたが、それでも出なければいけない会議や打ち合わせが増え、本社と掛け持ち組は怒涛の日々が続いていた。

 「Kチーフ、おはよう。大丈夫か?」

 部長がさすがに心配になったらしく、事務所に入ってすぐに声を掛けてきた。

 「おはようございます。あと少しですから。頑張って乗り切ります。とりあえず関西にいる間は、実家で楽をさせてもらっているので、体力的にはなんとかもってます」

 keywordは、店内の備品の搬入、最終調整をするのみになっていた。なんとかオープン予定のシルバーウィーク前に間に合いそうだ。

 「おはよ。そっか、もう少しなんだ」

 悠香チーフがコーヒーの準備をしながら、手招きしている。

 「順調に進んでいるので。悠香チーフは今度はPチーフ?」

 「Pinkyって雑貨屋さん。大里がRESTって小さい喫茶店」

 「小さい喫茶店やりたかったなぁ」

 悠香チーフと行った喫茶店が心地よすぎて、あの後色々アイデアが浮かんでメモっている。

 「Rチームにちょっとアイデア分けてあげたら?」

 完全に行動を読まれている。

 「しょうがない、後で少しだけRチームに行って来ようかな」

 「チーフおはようございます。今日はすぐ現場行けますか?あ、社長に報告行かれます?」

 ユミちゃんが予定の確認に来た。

 「報告はもう一人同時に帰ってきた同期に任せたからすぐ行けるよ」

 今回は本社出張が恭弥と一緒になって、まだ営業部預りのクライアントなので報告は押し付けておいた。

 「チーフ!ここ確認してくださーい!」

 「これも見てもらえますか……」

 なぜかわらわらとチームのメンバーが寄ってくる。

 「おはよ。後でデスク行くから待っててくれるかな?三人とも」

 それぞれ小さく返事をしながらデスクに帰って行く。

 「可愛い。構って欲しくて堪らないのね」

 「仕事頑張ってるのはいいんですけど。始業前なのよね……」

 「始業前よねー。あの子達何時から仕事してるの?」

 「やり過ぎ良くないですよね。張り切ってくれるのは本当に有難いんだけど」

 「俺言ってきてやるからコーヒーよろしく、Kチーフ」

 横からサラッと現れて、自分のチームに手伝いに来いと暗に言っている。

 「恩着せがましいよね」

 「まぁ、私が言うより角立ちませんし。Rチーム優先したっていうのが三人には反省時間ってことで」

 「そうね。さあ、コーヒー淹れるの手伝って」

 「はい」

 マグカップをいつも通り並べて、コーヒーを注いでいく。

 「それじゃ今日はPチーム一番ですね。あ、プラス部長」

 「私達は先に淹れてここで飲もう」

 マグカップを二つ別にして注ぐ。残りのコーヒーを持って、Pチームと部長に届けに行く。その間に悠香チーフは二回目をセット。

 「悠香チーフはコーヒー係になったので、Pチームお先に進めてください」

 コーヒーを弥生ちゃんに渡しながら伝令する。

 「了解です」

 「では、私は部長にコーヒー渡してくるね」

 「悠香チーフとゆっくりしてくださいね」

 「ありがと」

 本社に来るのも残り少なくなって、みんな気を利かせてくれている。

 「部長、コーヒーです」

 「おう、すまんな。Kチームは大里がお説教中みたいだな」

 「聞こえてましたか。とりあえず部長の出番はまだ無さそうです」

 「その方がいい。あぁ、そうだ。異動ちゃんと断れたぞ。口添えしてくれたんだろ?ありがとな」

 佐奈はやっぱり異動の探りを入れていたようで、すぐに手を回してくれていた。関西支部の方で隠すことなく話し合いができるので話も早かった。

 「希望が通って良かったです。部長が居なくなると、Kチーム大変そうなので」

 「三鷹の事も人事に一応聞いてみた。パワハラモドキ大変だったなって言ってたぞ。手に負えそうに無かったら言えってさ」

 「今しばらくは大丈夫そうですよね。それよりお坊ちゃんは……」

 まだ、Pチームでそのまま働いている。

 「本社の中途採用が進み出して、人事異動が出るからそれまでの我慢という事になった。上からもお坊ちゃんには注意が入ったから今は大人しいよ。雑用だけ任せてる」

 部長も着々と問題を片していっているようだ。

 「さすがですね、部長」

 「Kチーフが安心して関西に異動できるようにしないとな」

 「ありがとうございます」

 次のコーヒーが出来上がったようなので、そこで話を切り上げて悠香チーフの元へ戻る。

 「次はKチームですね。大里チーフの分はどうします?」

 「Kチームと一緒に渡して置いてくればいいわよ」

 つまり、しばらくKチームの足止めをしてもらえ、という事だ。

 「はい。で、その間に私はRチームですね」

 「Kチーフも先にコーヒーどうぞ」

 「ありがとうございます。部長、無事に異動回避出来たみたいですね」

 「うん、伊織から連絡来てた。神田君の事も聞いた?」

 「聞きました。重要な事を任せなくて済んで良かったと今は思いましょうってところですね」

 「気を使わなくて良くなったからそれだけで随分と楽よ。……Kチームには私がコーヒー渡してくるわね。わかってるだろうけど、大里にKチームもう少し面倒見とけって言ってくる」

 「よろしくお願いします」

 悠香チーフにお任せしている間にRチームのコーヒーの支度をする。佐伯君の様子も見てこいという事なのかな、と思っている。もしくは本音を聞いてこいと。自分のマグにもしっかりコーヒーを継ぎ足して、Rチームに持って行く。

 「おはよう。コーヒーどうぞ。喫茶店いいなぁって言ったら派遣された」

 「ありがとうございます!クライアントもまだイメージがふんわりしてて掴みにくくて」

 見せてくれたヒアリングの内容は確かにふんわりしている。どうしたい、ではなく、お客様にゆっくりしてもらいたい、リピートしてもらいたい、といった客目線で大雑把な希望が多い。

 「どうして喫茶店なんだろうね」

 カフェやコーヒーショップではなく喫茶店。明確な区別は無いが、クライアントは喫茶店と言っている。

 「そうか、そこを聞いてみるか」

 「例えば、隠れ家的な場所にしたいのか、アットホームにしたいのか。ゆったりのんびりオープンなら、イメージはカフェじゃない?コーヒーが好きで売りにしたい、コーヒーを楽しんで貰いたいのならコーヒーショップ」

 「イメージが変わりますね」

 そう言っただけでもいくつもイメージが浮かぶはずだ。

 「それぞれの絵を起こして見せると具体的になってクライアントもわかりやすいかもね」

 「そうか、なるほど。ガサツ対ふんわりでざっくりしか聞き出せなくて」

 思わず笑ってしまった。

 「めちゃくちゃ的確だわ。どう?佐伯君ならどう動かしていく?」

 「やっぱり具体案が無いと進まないからなあ。絵を見せてその後更にそれに近いショップを見てもらってクライアントにイメージを固めて貰う、かな?」

 「いいね。大里チーフ居なくても大丈夫そうだね」

 「やっぱりそういう感じですか?」

 真弓ちゃんが少し心配そうだ。

 「まあ、大里チーフがあっちこっち行ったり来たりで任せられる割合が高くなるでしょうね。佐伯君はそこそこ今までもやってできてるから。いつでもチーフになれるようにしなくちゃね」

 「責任とか苦手なんだよなぁ。仕事でそんな事言ってらんないのもわかるんだけどさ」

 まだまだ落ち着くのが怖いのかもしれない。

 「佐伯君らしく行けばいいよ。難しく考えないで。相談にのるから」

 「私も力になれるように頑張ります」

 真面目な真弓ちゃんらしい。

 「まだまだ真弓ちゃんは頑張り過ぎなくていいよ。じっくり勉強して欲しいかな。もちろん、意見はビシバシとね。女性視点大事だと思うから」

 その為に男性のみのグループにならないように配属されている。

 「チーフに怒られない程度にがんばるか!」

 「怒られたっていいじゃない?そもそもみんないい子すぎ。ユミちゃんに言わせると私が暴れん坊らしいけど」

 「なんすかそれ?」

 「そのうちKチームに聞くといいわ」

 あえて詳しくは語らない。

 「じゃぁね。必要な時は呼んでね」

 「はい!ありがとうございます」

 これ以上は言うことも無いので、一番心配な我がチームに戻ることにする。

 大里チーフはまだKチームで話し込んでいるようだ。Pチームは早々に悠香チーフも合流して会議中にも拘らず、こちらに気づいて、

 「アイツ何やってんの?」

 と首を傾げている。

 「とりあえず見てきますね」

 お互い苦笑しながらそれぞれのチームへ。

 「大里チーフ、Rチームに助言して来ましたよ。そろそろKチーム解放してくれますか?」

 どうやらさっきなんだかんだ聞いてきていた事にまで首を突っ込んでいるようだ。

 「中々戻って来ないから相談乗ってたんだよ。口出しはしてないからな!」

 「わかりました。私はしっかり口出ししてきたので。後は自分のチームへ行ってください」

 シッシッ!と追い払うっていると、周りも見ていたらしく、笑い声があちこちで上がった。チームに向き直って話し出す。

 「それで、質問は解決した?現場には何時行けばいい?始業時間が過ぎたので受け付けますよ」

 ちょっとわざとらしかったかな。

 「すみませんした!Rチーフにも怒られたんで、勘弁してくださいよー」

 今回は中村君が率先して声を発した。

 「ごめんごめん。怒られたならもう言わない。で、解決したの?」

 「してません!怒られた後、keywordのなんだかんだを聞かれてただけなので」

 「あー……。アイデアを盗もうとしてるな、さては」

 そう言うと、やっと気づいたようで、

 「そう言うことか……めちゃくちゃ褒めてくれるから色々喋りまくった気がする」

 「俺も……」

 「普通に聞いてくれれば教えるのにねえ?口が上手いから聞かれちゃまずい事言わないように気をつけた方がいいよ」

 まんまと男二人はのせられたようだ。

 「で、ユミちゃんはそれを面白がって見てた感じ?」

 「あ、バレてる。楽しかったですよ?この先Rチーフ来るならこんな感じかと思って」

 「観察してたわけだ」

 「はい。色々面白い事聞き出してくれそうで楽しみになりました」

 さすが大里チーフ、とみんなの意見がまとまったところで、本題に入る。

 「では、質問どうぞ。終わったら現場で大丈夫?」

 「はい。大丈夫です」

 「俺からいいっすかー?配置の最終確認です」

 図面を広げ、備品の数や動線などと照らし合わせてチェックする。

 「うん、いいね。それで、三鷹君は?」

 「あ、これなんですが……」

 また違う配置図。

 「どういう事?」

 「オープンやイベントの時は混雑するので動線をしっかり確保した方が良いのではと思って」

 「気持ちはわかるけど、慣れないスタッフがそれに対応出来るとは思えないのよね。いずれそう言う事も可能ですよ、と言う提案ならいいと思うけど。フォレストも落ち着くまでは無茶して無いし、テーブルを一つ抜いたりして対応してるでしょ?場所が変わるのはかなり大変よ?」

 「なるほど。わかりました」

 さすがに食いついてまで反論はしてこない。

 「納得できたなら現場に行けばいいのかな?」

 「今日は床と壁が終了するはずなので確認です」

 「いよいよって感じね。楽しみ」

 担当店舗が出来上がるのが毎回楽しみで仕方ない。チームのみんなは複雑な顔をしている。

 「どうしたの?このチームで頑張ったお店が出来上がるのにそんな顔をして」

 「そりゃ嬉しいですよ。Kチームで初めて手掛けたお店なんだし。けど、なあ?」

 中村君がそう言って、確認するようにユミちゃんと三鷹君の顔を見る。

 「出来上がる時はいつもワクワクして気分も上がるんですけど。今回ばかりは、終わって欲しくない自分もいて、複雑です」

 「最初で最後ですから」

 三鷹君はもうそれ以上は何も言わない。

 「全く。前にも言ったけど、一緒に仕事するの最後ってわけじゃないからね?現場の職人さん達も、クライアントの奈良井さんも困るでしょ。しっかりしてよ?」

 せっかく発足したチームだったのに、という気持ちが分からないでは無い。それでも切り替えていかないと……。

 「よし!切り替えてくぞ!」

 顔を両手でバシッと気合を入れて中村君が大声で言うので、内装グループはもちろん、周りのグループにまで注目された。

 「ちょっと!やめてよね。チーフも困るじゃない」

 ユミちゃんが中村君の腕を掴みながら怒っている。周りは事情が分かっているのですぐに察してすぐに仕事に戻るか、微笑ましく眺めるかといった反応のようだ。

 「ユミちゃん落ち着いて。誰も気にしてないわよ。中村君切り替えるって言ってるのよ?私は嬉しいよ?」

 「そう、ですね。わかりました。私もしっかり切り替えます」

 さて、あと一人は……。

 「俺も切り替えます。優先すべきは仕事ですから」

 さすがに散々ここは会社だと言ったのが効いているらしい。

 「はい、良くできました。それじゃ現場に向かいましょ」

 それぞれ返事をして、荷物をまとめた。


 工事ほ全て終了して、チェックの為に現場監督だけが今日は来てくれている。店内を一緒に一回りして、確認して行った。現場は丁寧な仕事で綺麗に仕上がっていた。

 「監督、いつも以上に頑張りました?」

 「失礼な。いつも頑張ってるよ!」

 この掛け合いも今日で終わる。次は他社の現場が決まっているらしい。

 「他社の現場早く終わらせてウチの現場に来てくださいよ」

 中村君が無茶を言っている。

 「次はもっとしっかりやってくれよ?チーフぐらい仕切れるようになっとけよ」

 期待はしてくれているようだ。

 「私もそう願います。色々ありがとうございました。お疲れ様でした」

 チェックを終えると、監督は引き上げて行った。

 「あとは、備品の搬入だけですね」

 感慨深げに三鷹君が言う。

 「みんなのこだわりが詰まったいいお店になったんじゃない?奈良井さんも喜んでくれるといいなぁ」

 ユミちゃんは現場を見て、出来上がる楽しみの方が勝ったようだ。こだわりを持ってKチームで作り上げた店舗に満足しているのが見て取れる。

 「最初に言ってた広い空間が広がる感じ、ちゃんと残ってるっすね」

ぐるっと見回して、始めと変わらない店内の空間に中村君も満足気だ。

 「さあ、最後まで抜かりなく最高の仕事をしましょ」

 「そうですね。益々気合い入りました」

 「俺、搬入の手筈確認してから帰ります」

 「おう、俺もつきあうぜい」

 みんないい顔つきになった。任せて大丈夫。

 「ユミちゃんは?私は次の現場の準備しなきゃいけないから会社に帰るけど」

 「私もこっちを完璧にしたいので残ります」

 「じゃあみんな、よろしくね」

そう一言だけ言って、現場を後にした。

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