タイトル未定2025/05/31 07:34
「おっはよー!」
朝からギラギラの太陽に負けそうになっていたら、いつも通り、朝から元気な佐奈が絡んでくる。ここ最近お互い関西出張で、東京で会っていなかったから、なんだか懐かしい。
「おはよう。今日は一緒じゃないの?」
「あいつまだ関西支部。明日こっちに戻って来る」
二人は引越しもある分もっと忙しくしている。Keyword担当のおかげで時期をずらせた分、慌てずに済んでラッキーだったのかもしれない。
「上の社宅どんな感じ?」
引越しを機に二人は入籍して一緒に住むことにしたようだ。やっかみからか、親友に乗り換えて付き合って酷い、なんて噂を流すヤツらもいたりするから、この二人にとっても関西支部異動は良かったのかもしれない。
「さすが社長!って感じの使いやすい物件。エレベーター下りるだけで出勤とかめっちゃ楽だし。逆にそれが嫌だって言ってた人も内覧してやっぱりこっちのがってなっちゃったりするくらいめっちゃいい部屋」
部屋を用意したと社長自ら自信を持って言ってただけはあるということか。こだわりのある社長らしい。
「今度遊びに行かせてよね」
「もちろんよ。こっちも早く片付くといいわね」
社屋に着いて、久々の更衣室へ向かう。ここも後何回来るのかな。
「なに、もしかして感傷に浸ってる?」
「バレたか。昨日アパートも半年くらいで片付けなきゃなぁ、とか思っちゃってさ」
「あのアパート大学からずっとって言ってたもんね」
佐奈も幾度となく遊びに来たことがある。
「そうなのよね。我ながら居心地いい空間目指して作った部屋だったから。感傷に浸っちゃってさ。その続きね」
「あんたそんなタイプだったっけ?」
着替え終わって時計を確認し、まだ大丈夫とイスを引っ張って来てすわりこんで話し込む体勢に入った。
「自分でもびっくりよ。いつも通り自分で決めた事なのにね。歳?」
顔を見合わせ、やだーっと笑い飛ばす。
「でも十年か」
「十年だね。頑張ったよね、私達」
「ホントに。キャリア積んだよねー。お陰で関西支部へ大栄転!」
大袈裟にバンザイしている。
「あなた達は結婚もするしね」
「結婚っていうか、入籍ね。式もしないし」
「え?しないの?結婚式」
佐奈なら派手にすると勝手に思い込んでいた。
「写真だけでいいかなーって。まあまだ両方の親にも許可取って無いんだけどさ」
結婚の面倒なところだな。家のしがらみも出てくる。
「挨拶には行ったんでしょ?」
「行ったよー!緊張したぁ。ウチに来た時も何故か緊張した」
言葉と裏腹に幸せそうだ。
「栄転だし、結婚だし。順風満帆ね。羨ましい限り」
「自分だって栄転じゃないの。彼氏も気にしないならすぐ出来そうなのに」
「私が何を気にしてるって言うの?」
敢えて何を言いたいのか聞いてみる。
「好きだって言ってくれてるコがいるじゃない?」
「十歳も下のコ、ね。きっと勘違いしてるだけよ」
ふーん、と視線を逸らし、時計を確認する。
「さて、働き蜂さん、行きましょうか」
「はいはい、女王様」
なんだか懐かしいやり取りをして、それぞれの部署に向かった。
事務所に着くと、どう声をかけようかと、遠巻きに挨拶だけが飛んできた。
私もおはようございます、と挨拶だけ返してデスクに向かった。
「おはようございます。チーフ栄転なんですって?凄いじゃないですか!」
ユミちゃんが大袈裟なくらい喜んでくれている。
「そうなのよー。チーフに中々上げてくれなかったから、気を遣ってくれたのかしらね。しかも異動って両親に伝えたら大喜びしちゃって。中学の時以来の同居だから」
「そういえば高校から祖父母宅でそのまま大学で一人暮らしでしたっけ?」
「そう。だから親孝行できて良かったと思ってる」
まずは異動を喜んでいる、とアピールしてみる。
「まさかkeyword途中で他のチーフと交代したりしないですよね?」
「そんな無責任な事しないわよ。keywordが終わってから本格的に異動ね。奈良井さんに異動の事も、責任持って最後までやるって事も伝えるつもりよ。それにユミちゃんと中村君には出張で手伝ってもらうつもり」
そこまで大人しく聞いていた三鷹君が急に立ち上がって俺は?と言った。
「まだ仕事覚えてない新人の間は出張なんて無いわよ。二、三年して仕事覚えた頃からじゃないかな?」
「俺も初出張三年目だったわー。懐かしー」
中村君がフォローのつもりなのか、そう言って三鷹君に落ち着けよ、と声を掛けている。
「それで、keywordの方の進捗は?」
「明日追加した設備の搬入です。設置して、壁紙や床材、照明などの最終確認です」
中村君が追加設備の責任者として報告してくれた。
「明日は奈良井さんと何時の予定?」
「十時です。搬入もその時間で手配してあります」
「ありがとう。それじゃ今日は明日の準備ね。私は出張の報告を社長に上げないといけないから、こっちはお願いね。三鷹君も二人に教えて貰いながら手伝って」
「……はい」
不服そうな顔ではあるが、それ以上突っかかって来ることは無かった。
廊下に出ると、後ろから悠香チーフが追いかけてきた。
「おはようございます。どうかしましたか?」
「おはよ。私も社長室に用事があるのよ。その間こっちの首尾を報告しようと思って」
「すみません、色々お手数お掛けして」
出張の間Kチームも、異動の事もチーフ達に任せっきりになってしまっている。
「グループの代表で関西に行ってもらうんだもの。協力しなくちゃね」
離れても同じグループだ、と言ってもらえているようで心強い。
「頼りにしています」
「噂は上手くKチームまで届いたみたい。三鷹君が大里に昨日真偽を尋ねてきたって」
「そうですか。納得してくれたかな」
「さっきも聞こえてきたけど、随分不貞腐れてたね」
「聞こえてましたか」
試してみていたのがバレたなと思って苦笑いする。
「あまりいじめちゃダメよ?」
「いじめてるつもりは無いんですけどね。私のいない時に二人に当たる方が怖いなと思って。先に教えただけです」
見ていないところで、チームがゴタゴタする方が心配でならない。
「それもそうね。仲良くしていてくれないと、大里も可哀想」
わざとちっとも可哀想と思っていない口振りで言う悠香チーフが愛しい。
「悠香チーフ、今日お昼持ってきました?」
「ううん。どうして?」
「久々に二人でランチ行きません?」
「いいねぇ。部下も彼氏も見捨てて行こう」
社長室に着くと、秘書課の方に用事があると言って悠香チーフと別れた。
「失礼します」
「あぁ、君か。関西支部はどうだ?」
名乗る前に社長が気づいて椅子に座るように示された。
「まだ本格的に始動している訳ではありませんが、精鋭ばかりですし、人数が少ない分風通しが良くて話も早いです」
「なるほど。こっちは大きくなった分澱んできていると言うことかな」
そういう風に捉えるか……でもそうなのかもしれない。
「大きくなればなるほど全てに目は行き届きませんから。でも、それをかき混ぜて良くしてくれる人もいます」
「そうか。関西支部に精鋭を送る分、本社が澱まないように気をつけないといけないね」
色んな部署で色んな出来事があった事も社長は把握している。
「スタートしている現場二件はスムーズに進んでいます。これから中途採用の面接が入ってくると少し慌ただしくなるのではないかと思いますが」
こうして順番に帰京するメンバーが直接社長に進捗を報告している。電話やメールだけで済ませ無い、こうしたやり取りで社内を把握しているそうだ。
「採用面接は部長辺りを応援に行かせるよ。人を見る目は確かだ」
間違いない。嫌がりそうだけど。
「引越しも大半が社宅になるようですので、後は日を決めるだけという方がほとんどだと聞いています」
「君は?……ああ、そうか。実家が近所だとか言ってたね。そうそう、クライアントが関西弁で話しやすいって言ってたよ。意外と関西出身者少ないみたいでね」
「そのようですね。クライアントと打ち合わせで、我社側で訛ったのが私一人で逆にびっくりしました」
なんならその場の社員に引かれて少々恥ずかしかったりした。でも、クライアントが話しやすいと言ってくださったのなら、良かった。
「地理的にも疎い者ばかりという事になる。関西出身者にはそう言った面でも頼りにしている。頼んだよ」
「はい。関西を離れて随分と経ちましたが、わかる範囲で力になれればと思います」
「報告ご苦労様。しばらく行き来が多くて申し訳ないが、keywordの方もよろしく頼むよ」
「はい。Keywordの方はチームのみんなが切磋琢磨で頑張っていますので、素敵なお店になると信じています。社長も楽しみになさっていてください」
そう伝えて立ち上がり、社長室を後にした。
事務所に戻ると何やらまたKチームの雲行きが怪しい。大里チーフがコーヒーを淹れながら見守り、こちらに気づいて、お手上げ、と言っている。
「こらこら、お手上げって」
隣で帰りも合流して一緒に来た悠香チーフが苦笑いする。
「何があったんですか?」
ため息をつきながら、大里チーフに確認をする。
「Kチーフのことでね。意見が食い違った」
「噂のことですか?それともkeywordのこと?他の仕事?」
全てに大里チーフが首を振る。
「待って、それじゃ一体仕事中に何の話し?」
「送別会」
あー……。と言って二人で顔を見合わせ、また大きくため息をつく。ちょうどコーヒーの出来上がりの音が虚しく響いた。
「コーヒーできましたね。とりあえずそれ持って話し聞いてきます」
送別会の話で揉めたとなると、口を割らないかもしれないが、ずっとこの調子だと仕事にも支障が出る。
悠香チーフがマグカップに注いでくれたコーヒーを持ってKチームに合流する。
「また揉めてるって?いい加減にしてくれるかな。で、原因を聞こうか」
案の定理由は話さない。なんだろう、これって、まるで学校の先生……?
「そう。じゃぁ、もうチームから離れてくれる?この後はユミちゃんと二人で十分だから。今後のチーム編成も考え直すことにする」
「ねえ、二人共。どうせもうチーフ向こうで話し聞いてきてるんだからちゃんと話そうよ」
私が先生ならユミちゃんは委員長だな、と色々あきれてそんな事を考えていたら、中村君が挙手をして発言しだした。
「はい、中村君」
ああ、もうこの二人は遊び出している。
「先生ーこいつフォレストで送別会したくないって駄々こねるんす!」
やっぱり……。
「で?あなた達三鷹君をからかったんでしょ?」
「バレました?」
「三鷹君もいい加減慣れなさい。嫌なら今からでも遅くないから先輩の事務所とやらに転職した方がいいわね」
このくらいでお手上げとか言ってるチーフに今後を任せるのが心配になる。振り返って見ると、コーヒーを片手にその場でこちらの動向を楽しんでいる。
「……すみません。転職はしません。関西支部に行くという目標が出来たので」
思わず天を仰ぐ。
「あぁ、そう。頑張って。私は早く本社に戻るっていう目標ができたわ」
少し大人気なかったか?三鷹君は逆に俯いてしまっている。
「ち、チーフぅ……」
ユミちゃんを困らせただけか?
「送別会の場所はユミちゃんに一任する。異議は受け付けません。仕事中なので、仕事の話しに戻して貰っていい?明日の予定詳しく教えて」
「……はい」
横目で三鷹君を見ながら二人が返事をした。
昼休み、財布を片手に悠香チーフと二人で外へ食べに出掛けた。外はすっかり夏の空気で、太陽もギラついて中々の暑さだった。
「暑いね。外に出たのは迂闊だったかなぁ」
余りの暑さに、ほんの10メートルで悠香チーフが音を上げた。
「もうスグそこですよ?頑張ってください」
割としっかり食べられる裏メニューのある馴染みの喫茶店へ行くことにした。ちょっと路地に入ってはいるが、オフィス街に近い。その割には表にメニューも出さず、入りづらい店構えの喫茶店。こだわりがあって、常連が着いていて、敢えて店側が客を選んでいる。
「空いてるかなぁ、奥の席」
「大丈夫よ。朝すぐにマスターにお願いしておいたから」
実は悠香チーフがマスターにいや、奥さんに気に入られている。かなりキツい時に入り浸って、すっかり仲良くなったらしい。
「いらっしゃい!奥の席へどうぞ」
「ありがとうございます」
奥さんが優しく迎え入れてくれる。周りから邪魔されない奥まった席に座る。
「ここに来ると落ち着く」
「会社の近くっていうの、忘れますよね。いいなぁ、この空間」
「仕事に使えるって思ったでしょ?仕事人間ね」
すっかりバレている。仕事柄そういう思考にどうしても走ってしまう。
「職業病ですね。でも久々に来たらホントに心地いいなと思って」
「ありがとうございます」
ちょうど注文を取りに来た奥さんに聞かれてしまったらしい。
「二人共ランチお任せ、食後にコーヒーでお願いします」
メニューには無いランチを頼む。マスターのその日の気分と仕入れで提供してくれる。
「はい。スープとサラダお持ちしますね」
ほどなくして冷製スープとサラダが運ばれて来た。
「今日はビシソワーズとコールスローです。ごゆっくりどうぞ」
暑さに当てられた身体に良く冷えたスープと酸味の効いたサラダが染み渡り、これだけでも疲れが和らぐ。
「三鷹君、何拗ねてたの?」
早速本題がくる。
「まずフォレストで送別会はしたくないと」
「まあ、それは想像できた。で?何だか学校か?ってこっちで見て笑ってたんだけど」
「そうですそうです。ホントそんな感じで。なるほど、またからかったなって」
悠香チーフはとりあえず全部聞く事にしたらしく、食事を堪能している。
「いい加減慣れなさい、嫌なら転職すれば?って言ったら目標があるから辞めませんって」
「まさか関西支部追いかけるとか言った?」
サラダを食べ終えて冗談のつもりで悠香チーフが言う。
「まさかの、です」
「三鷹君あっぱれー」
笑うを越して泣いている……。
「ホントに言うか、と思ってつい、じゃあ、わたしは早く本社に戻る目標ができたって言っちゃったんですよね」
「やっちゃったねぇ。まあ、気持ちは分かる」
「大人気無かったですよね……」
反省はしている。しているが、そんな事で輪を乱して欲しくは無いし、目標にしてもらっても困る。
「腹が立ってもしょうがないよ。モチベーションにするのは構わないけど、目標にするのは違うよね」
ああ、それだ。
「仕事をなんだと思ってるんだって、イライラしちゃったんだ」
気持ちをサラダにでもぶつけるか、と口にほおばり噛み砕く。
「考えを改めて仕事に打ち込んで欲しいわね」
最後の一口を飲み込んだところで、次の料理が運ばれてきた。これ以上料理に当たりたくも無かったので、料理を楽しむことにした。
白身魚のカルパッチョも冷製パスタも絶品で、二人共ペロリと平らげた。
「ホントにマスター何者?美味しすぎる」
「あー、美味しかったぁ」
心もお腹も満たされて、コーヒーで〆た。
「これで午後からも闘える気がしてきた」
「あはは。闘うのね」
「闘いますよ!」
とりあえずKチームを鎮圧……もとい、友好的に丸く鎮めねば。