タイトル未定2025/05/23 15:57
仕事は別チームが終わったタイミングだったこともあり、他部署との連携がスムーズに行き、かなり順調だった。応援部隊もKチーム中心に動いてくれて、新米チーフは出番がほとんど無かった。新人教育が主だった仕事となり、チームワーク結束の為と銘打ってチーム四人で時には応援部隊も混じりながら、良く食べに行って楽しくやっていた。
最近は決まって『フォレスト』に食べに行っている。融通は利くし、新人イジりができるので。
「三鷹ぁ、お前本当に恵まれてるよなあ。俺なんてどんだけ走り回されたやら」
いい感じに酔って来て、最近お馴染みの中村節が始まる。そして決まってユミちゃんにうるさいと窘められる。
「二人可愛い過ぎ。ねえ、付き合っちゃいなさいよ。もちろん、試験的に、ね」
「無理ッス。コイツのポリシーに外れます」
「何であんたが無理って決めつけて人のポリシー決めてんのよ」
今日はユミちゃんが酔っ払ってる。逆ギレお付き合い肯定モードになっているのに気付いていない。
「そうよー。そんなの付き合ってみなきゃわかんないんだから」
「そうだそうだー!付き合ってやる。そんなもん決めつけるヤツはぎゃふんと言わせてやる」
「えと、えーとユミさん?それ本気でいいんですよね?明日になって忘れたとかナシっすよ!」
「女に二言は無い。今から彼氏!はい、まずは私を送って行きなさい!」
あまりの急展開に男性陣二人が付いて行けていない。三鷹君は何事か把握できないまま固まっている。
「ちょっと中村。早く準備。てんちょお!会計お願いしまーす」
ちょうど通りかかった高山店長を捕まえて、お開きを促す。
「あれ、早いですね」
「二人先に帰るから。一旦〆て貰っていい?」
「かしこまりました。ちょっとお待ちください」
以前のグループの呑み会で、大体の察しがついている高山店長も二倍増しの笑顔で対応してくれる。すぐに伝票が届けられ、二人分を中村君が有無を言わさず払わされる。彼氏だろ、と。
「んじゃあ、三鷹君、Kチーフ、お先に失礼します」
「えーと、チーフ、ありがとうございます!彼女送ります!」
早く、とつつかれながら大袈裟に礼をして、ユミちゃんを追いかける。
「びっくりし過ぎて声も出ない感じ?」
唖然としたままの三鷹君の顔が面白い。
「あ、いやあ、何となくは知ってましたけど、こんなに急にまとまるとは思わなかったので……」
恋愛なんてわからなさそうな子供っぽい反応に、ちょっと意地悪したくなった。
「ユミちゃん明日覚えてるといいけどー」
「シラフの俺が証人ですから。中村さんの味方しますよ、断然」
「え?シラフ?今日は呑んで無かったの?」
三鷹君が率先して注文を取って店側に伝えていたから、気付かなかったのか。
「車なんです。今日は送らせてください」
「知り合いの所に停めてるんだっけ?」
「知り合いの所です」
そう言って高山店長を指差す。
「なんだ、どうした創。二人っきりで緊張でもしたか?俺も手が空いたから座るか?」
言われて見れば客がもう殆どいない。結構な時間になっているらしい。
「座んな、ちゃうわ!今からやねんから邪魔すんな」
今からって……何を考えてんだか。シラフでまあ……その後は高山店長と二人で散々笑い飛ばして、時間気にしないでください、という高山店長の言葉に甘えて、ちびちび呑みながら仕事の質問に答えていた。
「そうねえ。この場合は、やっぱり使い勝手から行くと扉はない方がいいと思う」
「わかりました。じゃ、コンセントなんですけど、最近充電用って開放してる店を見掛けるようになりましたよね。あれ、提案してみてもいいですか?」
「わざわざ案内書かなくてもテーブル毎にコンセント用意する店舗も多いよね。フォレストも各テーブルにコンセントあるし」
「え、ここにもありましたっけ?」
「あるよ。こんな島状態のテーブルにも床に埋設してるわよ」
他の客がはけたのをいい事に、立ち上がって椅子を引っ張り出して説明する。
「これこれ。スライド式の蓋を付けてみた。もちろんしっかり防水仕様」
「飲食店だから、濡れる可能性ありますもんね」
「まあ、ここまでする必要もあんまり無いんだけど……」
「そうでもないですよ。かなり役立ってます」
異様な光景にドリンクを運んで来た高山店長も加わる。
「ウエディングの時に、どの位置でもマイクが設置できたり、ど真ん中にデカいクリスマスツリーを飾って電飾できたりするのは、これのお陰ですから」
店独自の使用法に感心する。
「でも、それなら各テーブルでなくても、良くないですか?」
「一つテーブルを抜くだけでいいって言うのが魅力。テーブルの配置はこれがベストなんだ。四隅と真ん中にマイク、電飾も、ってやり方もできたよ」
立ち上がって店内を見渡す。そう、配置はこれがベスト。かなり話し合いで詰めた。
「コンセント配置は重要。良くクライアントと相談してみて」
「わかりました。色々提案してみます」
「創、さすがに明日が休みでも、これ以上引き留めるのは失礼だ。これ飲んだらチーフ送れよ」
「分かってるよ。チーフ、終電も間に合わないので送らせてください」
「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えて。高山店長お会計お願いします」
「先程頂いたので。後の分は不肖の従兄弟の指導のお礼という事で」
高山店長にそう言われ、財布を持つ手を三鷹君にやんわり遮られた。
「……ありがとうございます。ご馳走様」
車を表に回してくるからと言われ、店の入り口で高山店長と雑談をして待っていた。
「先に帰られた二人って、以前模擬挙式だってやってた二人ですよね?」
「そうです。なかなか焦れる関係だったんですけど、あれがきっかけで、考えが変わったみたいです。だから今日もフォレストに来たのかも」
「ありがたいですね。どうです?僕達も?」
商売柄だろうか。手を肩にまわし、キザなセリフを自然に口にしても、それが少しも厭味にならない。
「おい!客口説くなよ!大体チーフに失礼だろ!離れろ」
車を入り口近くの駐車場に停め終え、こちらに気づいた三鷹君が慌てて飛んで来た。
「何大声出してるんだよ。大人の邪魔するなよ」
「いい大人は、女性の肩に腕回したりしませんよ。三鷹君をからかいたかったんでしょうけど、やり過ぎです」
二人の遣り取りを受け流し、腕から抜け出す。
「ご馳走様でした。また来ますね」
「お待ちしてます。是非お一人で会いに来て下さいね」
軽くウィンクまでしてみせる。
「うるさい。ほら、チーフ行きましょう」
ムキになる三鷹君を笑いながら挨拶をかわし、店を後にする。
「どうぞ」
「ありがとう」
ドアを開けてくれた助手席に座る。
「あんまり相手にしなくてもいいですよ、あんなヤツ」
「言い過ぎじゃないの?お世話になってるんでしょ?」
「今は、自立してます。」
まるで子供だ。からかわれて、意固地になって。
「そうね。でも、そのいじけっぷりは子供みたいよ?」
しまった…やり過ぎたか?隣の三鷹君は、黙り込んで前方を見つめている。
「ごめんなさい。言い過ぎたわね」
「あ、いえ。子供っぽい自分に腹が立っただけですから」
しばらくカーラジオに耳を傾けたまま、何となく時間をやり過ごす。十分程経った頃、気不味く思ったのか、三鷹君が口を開く。
「M駅でしたよね、チーフ」
頷いて応える。
「M駅で降ろしてもらえばいいわ。駅のすぐ近くだから」
「駅前に良く物件が空いてましたね。家賃も相当高くないですか?」
「たまたま空いてた物件なのよ。大学に近くて、駅のすぐ近くが一人暮らしの条件だったから。学生の頃は親が出してくれてたし。今は勤続年数なりの収入に見合った程度、って所かしら」
「そうか、チーフに昇級もされてるんですから、新米の僕とは違いますよね」
大きく頷きながらその差に改めて気が付いて、心無しかショックを受けているように見えた。
「五年もすれば三鷹君ならチーフにもなって、給料もあっという間に抜かれちゃうかもね。男女平等って言ったって、やっぱり違うわよね」
「僕は別に給料が上がるとかどうとかはあんまり気にしてないです。気になるのは……」
言葉を飲み込んだまま、迷っている。
「途中で言うのやめないでよ。気になるじゃない」
「いや、自分の至らなさと言うか……チーフとの差に気づいたと言うか……頑張っても子供に見えるのかと思って」
「十歳も離れていればそんなものだと思うけど?」
「同じ職場に来て追い付いたと思ったのにな。いつになったら認めて貰えるんだろう」
「私は認めてるわよ?だから五年で抜かれちゃうんだろうなって、冷静な判断をしたと思うけど?」
納得のいかない顔だ。
「年齢差って気になりますか?」
「年齢差?」
「いや、あの……」
言い出しておいてしどろもどろになっている。
「気になるのは周りでしょうね……私は仕事上は仕事ができるかどうかだし、男女なら恋に落ちるかどうかだと思うけど?自分がどうかはその時にならないとわからないわ。こんなのじゃ答えにならないかしら?」
考える横顔。答えは間違い無くはぐらかされた。でも、どう応えるべきか迷っている。
「僕じゃ対象にはなりませんか。恋愛の」
「今はいい部下……後輩かしら?仕事が恋人で満足してるの」
「それは…っ!」
後の言葉を飲み込んで、慌ただしく後方確認をし、車を道路脇に停める。何か、三鷹君の琴線に触れたらしい。
「体よく断らないで下さい。嫌いなら嫌いだと……」
「嫌いじゃないわよ。三鷹君も恋愛対象かどうかって聞いたわよね?」
子供を諭すくらいの気持ちでいたら、真剣な眼差しと思いがけない行動で口を塞がれた。
「……満足した?」
口を塞いでいた三鷹君の口が離れ、聞いてみる。
咄嗟に行動に出てしまったのだろう。顔は後悔の色一色だった。
見れば景色は見慣れた近所のものだった。
「送ってくれてありがとう。もうそこだから、降りるわ」
有無を言わせず、考える余地も与えずに車を降りる。降りてから、向こうの顔におやすみなさいと言ってドアを閉めた。
「おやすみなさい!お疲れ様でした!」
閉じたドアからも聞こえる声で、挨拶が返って来て驚いていると、見つめていた目が何か言いたそうに名残惜しそうにしていた。小さく手を振ると、そのまま前を向いて車を出した。
「若いよなぁ……」
一言呟いて、帰路を進む。
「おはよ。ね、ちょーっといい?」
休み明け、珍しく早く出勤していた佐奈に捕まる。
「何?どうかした?また恭弥?!」
「恭弥じゃなくて、あんたよ、あんた」
休みを挟んだのにな……。
「恭弥も気にしてるの。あの新人君とキスってどういう事なの?」
さて、どこまで正確に伝わっているやら。
「酔っ払って、可愛い部下だー!チュッて、ね?」
佐奈を抱きしめて横顔にキスの真似をするが、怪訝な顔が返って来た。
「って、周りに説明しといて。恭弥にも」
「説明……って事は、言い訳用って事ね?」
「よろしく」
これ以上の説明はいらない。そのまま事務所に向う。事務所内もどうなっている事か……。
視線が刺さるとはこういう事かと言うくらいの注目が集まっていた。
「おはよ。私の顔に何か付いてるかしら?」
さあ、どっからでもかかって来なさい!
「目と鼻と口ですかねー」
しょうもない、と言った感じで弥生ちゃんが答える。
「なるほど。それがそんなに珍しいのかな?」
ぐるっと部屋の中を見渡すと、いい大人達がバツが悪そうに視線を逸らす。
Kチームの二人に至っては、現場に行って来まーす、と静かに告げて逃げ出そうとしている。
「ユミちゃん、中村君、現場の前に話しがあるから部屋、入ってくれるかな?」
「はい……」
小さな返事を返して大人しく回れ右して部屋に入る。三鷹君は既に現場で打ち合わせのようだ。
カバンをデスクに置いて、コーヒーを三人分準備して部屋に向かう。その間も、周りからチラチラと視線を感じる。……やれやれ。
「さーて。状況を説明してもらいましょうか」
ドアを開けて笑って誤魔化す二人に直球で行く。
「説明って……」
「どういう騒ぎかなぁ?これは」
普段のトーンで、状況説明を促す。
「すみません!中村君が、三鷹君から相談されたみたいで、更に相談された私が驚いちゃって、大声で……」
「なので、詳しい話しはまだ俺しか知りません」
「あの、えーと、三鷹君とチーフがどうしたって?で、大声出したら、チーフが出勤された、みたいな……」
そのタイミングで、佐奈が知っていたのはどういう事かと言う疑問は残るが……。
「中村君は何て聞いたの、三鷹君から」
ええっ……と詰まって、ユミちゃんに助けを求めて睨まれ、観念して答える。
「金曜日についキスしちゃって、どう顔を合わせたらいいやらって……」
「何それ、で、三鷹君現場に逃亡中なわけ?まさかアンタ逃げとけとか言ったんじゃないでしょうね?」
まぁ、そんなところだろう。
「ユミちゃん。そこ怒ったってしょうがないから。まずは、ユミちゃんの大声が元でしょう、この事務所内の空気」
「すみません」
二人が大いにしなだれたところで、解決策を後回しにして仕事の話しをする。
「それで現場の方の状況は?」
「え?あ、えーと、順調です。クライアントも今日は見に来られるので顔を出そうかと」
「それじゃあ行きましょうか」
「このまま放って行くんですか?」
窓から事務所を伺いながら中村君が不安気にしている。
「中村君、朝三鷹君と話してる時に恭弥か佐奈に聞かれたんじゃない?」
「事務所のような光景が、朝休憩スペースで……」
やっぱりね。三鷹君が相談を持ちかけるような事はできないだろうから、そんな事だろうと思ってはいたが……。
「何人くらいいたの?そこに」
「近くはチーフの同期のお二人だけでした」
遠くには、そこそこ居たんだろうな……と多少頭を抱えながらも、佐奈に任せようと、割り切って外出を促す。
「了解。行きましょう。後は、佐奈が何とかしてくれるから、口だけ合わせといて。私が酔っ払って可愛い部下に抱きついてふざけたから三鷹君が困ってただけだって」
「了解です」
騒ぎを大きくした自覚から、素直に受け入れる。納得もしてくれただろう。他に説明は要らないと判断して、ドアを開け、仕事モードに切り替える。
「それじゃ、先に行ってクライアントに説明よろしくね。報告が終わったら私も現場に行くから」
「はい。書類は私達が持って行きます。追加で必要な物があれば連絡します」
「了解。よろしく」
手を小さく上げて送り出す。
「何の報告してくれるのかなー?」
わくわく、とわざわざ声に出して大里チーフが寄って来る。隣で睨んでいるのはもちろん悠香チーフだ。
「期待している程の事じゃなくて、大変申し訳無いんですけど。単なる酔っ払いが絡んだって話なんですよねぇ。早くこっち切り上げて謝らないと、なんですよ」
「進捗報告は帰ってからでいいわ。今日クライアントも来るんでしょう?」
「はい。今は順調ですってだけですね。変更などが出るとしたら今日の話し合いでだと思います」
実際出来上がって来るとあれもこれもと出て来る事が多い。金曜日に話していたコンセントなどがいい例だろう。あまり気にしていなかった物も気になってくる。
「部長には私から報告しておくから、もう行っていいわよ」
「はい。よろしくお願いします」
書類の類はユミちゃんが持って出てくれたので、自分のノートパソコンと、荷物だけを抱えて出勤ボードの名札を外出(現場)に掛け直して事務所を後にする。
微妙な視線から開放されてホッと息をついたのは、地下鉄に乗り込んでからだった。思った以上に気を張っていたらしい。着いたらまた嫌な空気が流れているのだろうなあとため息をつく。それを乗り切れば会社側は佐奈が何とかしてくれるだろうし、グループ側も何とかなるだろう。
のんびりと思考を巡らせていると、電車はあっと言う間に目的の駅に運んでくれる。いっそ乗り過ごしてやろうかと言う気も持ち上がったが、深呼吸一つで思い留めて駅に降り立った。
“keyword”は着々と開店に向かって進んでいた。今日はコンセントや照明といった電気関係の細かな位置や、壁紙の色を最終決定する。
ドアを開けて中に入って行くと三鷹君が金曜日に散々話し合いをしたコンセントの位置を、相手をクライアントに代えて語っている。
こちらに気がついたユミちゃんが駆け寄って来て耳打ちする。
「まだ、三鷹君に事務所の状況とか、全然話せてないです。すみません。私達が来た時からああやって、熱心にクライアントと打ち合わせしてたので」
「打ち合わせの後で少し話すわ。面倒な事に巻き込んでごめんなさいね」
「面倒な事にしたのは、私達ですから。すみません」
肩をポンポン、と叩いて話しの終了と、クライアントの合流を促す。
何とも言えない笑顔を返してチーフが来ました、と現場に声をかける。あちらこちらから、おはようございます。と声が上がる。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
全体に声を掛け、改めてクライアントに挨拶をする。
「おはようございます。ウチのホープがお世話になっております」
「おはようございます。いやぁ、さすがホープですよ。色んな案を持って来て下さるし、チーフときちんと毎回話し合って来てくれているのが分かりますから」
クライアントの奈良井さんも、接客業という仕事柄、ノリが良く、話し上手だ。
「私ももう少し顔を出すようにしないと、立場が危ういなぁ」
笑い声と、もう現場卒業したら?等と言う声までが施工担当から飛んで来る。
「全く、ひどいなあ」
一応反論を返しておくと、意外なところから援護される。
「皆さんそんな事を言わないで下さいよ。私はチーフさんに会うの楽しみなんですから」
奈良井さんの言葉にあちこちからからかいの声が上がる。貰ってもらえーなんて事を言うベテランさんまで……今日はこういう日なんだわ……と諦めて、ちゃんと仕事してくださいよ!とお遊び終了の合図を送る。
隣で朝から事務所での騒動を起こした二人がいたたまれない顔をしていた。
「あなた達も仕事仕事!」
ようやくチームとクライアントの話しが始まる。まずは今日の打ち合わせの状況報告を三鷹君から。……事務所で騒ぎを起こして今も不安気な二人に比べて随分落ち着いた、何もなかったような顔をしている。まあ、事務所の出来事を知ったら、一番焦るだろうが。
「とりあえず、電源位置の再確認をしました。フォレストのイベント時の写真で説明してみました」
「高山店長に用意して貰ったの?」
「はい。さすがに現担当部署も写真まではないって事でしたので、高山店長にデータ送って貰いました」
「いくら従兄弟といえ、ちゃんとお礼しておいてね」
少し顔を引きつらせながら、はいと答える。さては、何か条件飲まされたな。
「フォレストはチーフさんが担当なさったんですってね。結構仲間内じゃ参考にするやつら多いんですよ。かく言う私はそれを聞いて発注先を決めたんですけどね」
「ありがとうございます。そう言って頂けると光栄です」
「フォレストは社内でも評価が一番良かったんですよ!俺も関わらせて貰ったんで、凄く鼻が高いです」
中村君が我が事のように自慢する。
「本当に優秀な方なんですね。益々興味が湧いて来ました」
「褒め過ぎです。クライアントはもちろん、上司、部下の力があってこそですから。今回ももちろん納得いくまで、皆で頑張りましょう」
「今日は貴重なお時間を頂いてありがとうございました。変更事項は改めて図面と文書に起こしてお届け致します」
「いやいや、こちらこそありがとうございました。引き続きよろしくお願いします」
お互いに挨拶を交わし、クライアントが現場を後にしてから軽くチームで打ち合わせ、話しがあるからと、四人で移動する事にする。
近くの静かな喫茶店で席に着くと、二人がそわそわし始める。
「チーフ、何飲みますか?二人はコーヒーだよね」
「うん。ブラック、ブラック」
中村君が変な作り笑いで応え、三鷹君は短くはい、と答える。
「疲れたからココア。コーヒーは帰ったらすぐ淹れてちょうだい」
思った以上に冷たい言い方に自分で驚く。案の定、二人の顔が凍りつく。その会話を見て、始めて何かが起こったらしい事を三鷹君が把握して恐る恐る声を出す。
「……何かありましたか?」
「その前に注文」
「そおですよね~。…すみませーん」
ユミちゃんがウエイターを呼び、注文を告げる。飲み物が来るまで話す気が起きず、妙な沈黙で待つ。さほど待つ事も無く飲み物がやって来たところで三鷹君がしびれを切らせて聞いてくる。
「打ち合わせ、何か問題がありましたか?」
「打ち合わせはあれで良いと思う。帰ったら図面よろしく。ユミちゃんは文書ね」
「はい。施工部にも回しておきますねー。現場にも直接持って行きます」
ユミちゃんは明らかに本題を先送りしたい意図が見て取れた。気づいた中村君もそんなら俺さー、今日後で持ってくわー。とか、白々しく会話を続ける。ココアをのんびり啜る私に本題を語る意思がなさそうなのを見て取って、観念してユミちゃんが口を開く。
「あのね、三鷹君。今朝事務所がちょーっと凄い事になっちゃって……」
「凄い事?」
「あのさ、俺さー、ユミちゃんに相談しようとしたんだよね」
この辺りで三鷹君も何となく事情が飲み込めたようで、顔から血の気が引いていた。
「相談って、僕の相談……」
あはは、と乾いた笑いと共に、コクコクと頷く二人。ぎりぎりと音がなったんじゃないかと思うくらいゆっくりスローモーションで私の顔を覗き込む三鷹君。それぞれの動揺が見て取れて、思わず吹き出した。
「あー。なんだかもう色々バカらしくなってきた!いい?私が、酔っ払った勢いで三鷹君に絡んだの。わかった?」
始めのうちはポカンとしていた三鷹君も、徐々に把握してきたようだ。
「絡んで、ほっぺにキスされてどう顔を合わせたものかと相談をした。中村君も悩んだ末にユミちゃんに相談したけど、説明が足りずにキスだけ強調されて驚いて大声を出した」
三人はただただ頷いて話しを頭に叩き込む。
「現場が掃けてから、喫茶店で面倒な事になってごめんってチーフから説明と謝罪があった」
「それじゃチーフが……」
三鷹君が反論してきたが、却下する。
「これ以上話しをややこしくする必要がある?私は会社で仕事をしたいだけなの。せめて今の現場が終了するまではこれで良し。ま、これで落ち着いたなら蒸し返す必要もないけどね」
私が言わんとするところも三人にも伝わっただろう。
「朝の騒動に関しての打ち合わせは以上です。他に何か意見はある?」
三人を見渡して、いつもの打ち合わせのように意見を求める。通常に戻せ、と暗に言っているのが伝わって、三人からいつも通りの反応が返って来る。
「それで行きましょう。社内の様子は私から弥生に確認を入れてみます」
「とにかく俺は三鷹と真っ先に帰って皆さんに謝っておきます」
「本当にすみませんでした……」
三鷹君が立ち上がって頭を下げたところで中村が退席を促して、二人は先に社に向かう。ユミちゃんは宣言通り、既に弥生ちゃんに連絡中だ。
「弥生、社内の様子はどう?……そう、朝の。ごめんねぇ騒がすだけ騒がしといて。……うん。わかった。ありがとう。もう少ししたら帰るから。うん。よろしく」
電話を切ると、早速報告してくれる。
「同期のお二人が上手く立ち回ってらしたようです」
「恭弥も動いてくれたのね。後で二人に奢らされるな、きっと」
そして、根掘り葉掘り聞かれるのだろう……。
「あまり難しく考えずに帰りましょ。後二、三十分時間潰してからね」
男二人に十分謝らせて反省して貰わなくては。その後で女二人は堂々と帰ればいい。二人共思惑は一致しているので、顔を見合わせて笑う。
「しかし三鷹君、意外と行動派なんですね。チーフびっくりしたでしょ」
「その話に戻るかー。ま、でもそうよね……。びっくりより若いなぁって呆れた」
「確かに。三鷹君がチーフを好きなのは始めっからわかってましたもんね。強引に行けばって思うのって若さですよね」
ここでわかっていた、と言うのがさすがユミちゃんと言うか、分からない方がおかしいと言うか……。
「強引って言うか、はずみでって方が近い気はするけどね。なかった事にするんだから、あちこちで言わないでよ」
「もちろんです。あ……弥生にだけは説明してもいいですか?」
「そうね。聞かれたら説明してあげて。で、あなた達はどうなの?」
「……え、えっ?!」
突然の話題変更にしどろもどろになっている。自分達に話題が及ぶとは思っていなかったようだが、そうはいくものか。
「中村君ああ見えて繊細なんだから。泣かしちゃダメよ」
「普通女の方に言いますか」
「ユミちゃんはもちろん、中村君だって私の可愛い部下だもの。二人にはちゃんと幸せになって欲しいの」
「参ったなぁ。そんな事言われたら別れるなんて絶対できないじゃないですかー。ま、覚悟の上で付き合い始めましたけど!」
「知ってる。だからなかなか付き合わなかったのも、知ってる」
あの時、ユミちゃんはほとんど酔っ払ってなどいなかった。お酒の力を借りないと、前に進めなかっただけだ。
「大丈夫です。すっごく大事にしてくれるし、居心地いいから」
「あー、ノロケられた!心配するんじゃなかった!やだやだ、とっとと帰ろう」
真っ赤になっているユミちゃんにそう言って、伝票を掴んで立ち上がると、
「駄目ですよ、チーフが払っちゃ。ちゃんと帰ったら請求するので、私が払います」
伝票はすぐさまユミちゃんに取り上げられた。
「了解。ごちそうさま」
帰り着くとよほど同期二人の立ち回りが良かったらしく、男性陣二人も静かに迎え入れられたらしい。女二人には、更に触れるまいという気迫が漂い、気付かぬふりをしているのがわかって、かえっておかしな雰囲気だった。
「はい、コーヒーどうぞ。二人が帰って来る前にって、男二人がかりで淹れてましたよ」
「弥生ちゃんありがとう」
「まぁ、そのくらいはやってくれないとねー」
聞かせるための声の大きさだった。
「ユミちゃん、もうそんなに苛めないでいいわよ。あの二人仕事まで萎縮しそうだもの」
「あり得るー」
三人で大笑いしていると、入り口からお疲れ、と声が掛かった。
「佐奈。面倒おかけいたしました」
丁寧に対応すると軽く背中をポンポンとして、
「そんなことより。チーフ以上の役職全招集が掛かった。ここの後三人も会議室まで連れて来て」
「あ、部長は今席を外していますので、私とユミで探して伝えておきます。チーフ三人で先に会議室に行ってください」
「弥生ちゃんありがとう。お願いするわ」
佐奈はそれを聞くと軽く手を振って次の部署に向かって行った。
「緊急招集なんて珍しいわね。また社長の思い付きが始まったかしら?」
一代でここまで会社を育てた社長は、なかなかのアイデアマンで、思い付いたら即上層部の判断を仰ぐ。独断で動かず、無理をしないのはいいが、結構無茶も多い。それでも人柄と才能に惹かれている社員が多く、何とかしようとして、失敗でもタダでは転ばずに来て今がある。
ここ最近はそれも落ち着いたかと思っていたが、何か大きな事を企んでいたからがための静けさだったのかもしれない。
「大里チーフ、悠香チーフ、会議だそうです!一緒に会議室までお願いします」
二人共ドアは開けっ放しのそれぞれ部屋から首を出して、了解、とそれぞれに返事を返す。
中に指示を出してから、朝からの色々を思ってか、労いの言葉をかけられた。
「お騒がせしました。そんなことより緊急招集の方が気になります」
「そうね。また無茶じゃなきゃいいけど」
いつも通り軽く談笑しながら三人揃って部署を後にした。
会議室に着くと、既にほとんどの部署の部長クラスとチーフの面々が揃っていた。
「こうやって揃うとホント大きな会社なのねーって思うわ」
「そうですね。普段関わらない部署の方も大勢いらっしゃいますから」
いつの間にやら隣に来ていた佐奈がそう言って、
「こちらにお座りください」
卓上ネームプレートを渡される。
「部長の分のネームプレート。座席を確保しておいて」
「了解、ご苦労様……はい、お二人の分のネームプレートどうぞ」
「ありがとう。彼女も大変だなぁ。呼び出しに来たと思ったらもうここで出席者捌いてる」
「あなた達の代はホント優秀よね」
ネームプレートを受け取りながら、素早くネームプレートを配る佐奈に感心している。確かに、迷う事無く手早くネームプレートを渡している。顔がどれだけひろいやら……!
「負けないように頑張ります」
「うん、そうしてくれたまえ」
違う方向からの返答に振り向くと、部長が追いついてきたようだ。
「部長。驚かさないでください。……はい、ネームプレート」
「部長は会議の内容に心当たりはあるんですか?」
悠香チーフが迫るといとも簡単に
「うん、部長会議で以前から動いていたプロジェクトの件だろう」
という。やはり社長が静かだったのは大きなプロジェクトが進行中だったと言うことか。
「まあ、会議で詳しくわかるだろう」
「そうね、部長より会社の説明の方がわかりやすいでしょうしね!」
「あのねぇ……まあ、そういう事にしておこう」
言い負かされるのが分かっているだけにすぐ諦めたようだ。窓際に4人分のスペースを見つけて座る。
「そろそろ皆揃ったかな?」
ひと際大きな社長の声で前方に注目が集まる。
隣の秘書長の山下さんに佐奈が集合状況を耳打ちする。
「社長、ひとグループだけクレーム対応に急遽出かけていたらしく、帰るのが30分後になるそうです」
「そうか。仕方ない、始めよう」
「かしこまりました。では資料をお配りしますので、まずは目を通してください」
手元まで回って来た資料に各々目を落とす。そしてざわめき。
「まさかの関西進出ですか」
会社の規模を考えると、遅いくらいなのかもしれない。東京一社で全国展開していて、もどかしい現場がある事も知っている。
「そしてまさかの転勤者の選出ですか」
最後まで読み進めて流石に驚いた。各グループチーフから一名関西支店へ異動者を出すこととかいている!希望を募る形ではあるが……
「最後まで目は通せたかな?1年ほどかけて部長会で進めてきたプランが整った。昨今の全国からの依頼に対応する為に、来年度から関西支部を動かす。山下、説明を」
「はい。資料に記載がありますように、各グループから一名チーフを関西支部に行って頂きたいと思っております。本社と同じ質を保つためにどうしても必要な異動と位置づけております。大々的に中途採用を打ち出し、来年度からすぐに動けるように最低でも2ヶ月後には関西へ行って頂く事になります。」
そこで他グループから手が挙がる。
「どうぞ」
「中途採用者とチーフだけで仕事はさすがに回せないのでは?」
「本社からしばらくは今まで通り出張で対応します。中途採用は本社でも受け入れますので、少しずつ関西へ人手を回す予定です」
また手が挙がる
「今まで通り出張で補填するのであれば、人を揃えてから支部を開設してもいいのでは?異動が急すぎます」
「それは……」
その問いかけには、応えかけた山下さんを遮って社長が答えた
「そのつもりだったんだが、立て続けに西方面から問い合わせが入って待っていられなくなったんだよ。対応が遅くならないようにこのタイミングしかなかったんだ。すまない」
部下に謝らせない。自らの非は認め、理解を求める。社長が信頼される所以だ。ここまでされては何も言えない。
「他に質問はございますか?無ければ検討に入って頂けますでしょうか?」
皆頭を抱えながら話し合いを始める。
「なかなか無茶を言うよねー、うちの会社」
うちのグループはまず大里チーフが口を開いた。男だから、という理由で立候補するつもりだろう。
「今の現場が終わり次第私が行きます。実家も関西支部から近いですし、土地勘もあります。適任かと」
この2人を今離すわけにはいかない。反論が来る前に他部署から援軍が来た。
佐奈と恭弥が俺ら行くぞ、と声をかけに来た。佐奈の事だ、きっと前情報を掴んで恭弥と先に決めていたのだろう。
「同期二人もいるので、行かせてください、部長」
「こんなのは大里に任せればいいのに」
悠香チーフがそう言うが、部長は私と同意見で、二人を遮ってこちらに向く
「実際問題住居の手続きなんかが一番大変なんだよ。親元に帰るなら、親孝行にもなる。心強い味方も誘いに来てたことだし、どうだろう。彼女に任せないか?」
さすが部長。親孝行や同期を出して後押ししてくれた。
「では決定で。私の名前を書いて書類を提出しますね」
選出に難航しているグループもあるようだったが、30分程で諦めた誰か、が書類に名前を書いて提出したようだった。
「ご協力ありがとうございます。全グループから書類の提出がありましたので、解散とさせていただきます。選出された方には少しお話しがありますのでお残りください」
ガタガタとイスの音を響かせて大半の部長とチーフが居残り組に声を掛けて退出して行った。内装グループは心配性三人が中々離れようとしない
「ホントにいいの?大里に任せればいいのよ?」
「今ならまだ間に合うぞ?」
「おふたり共心配し過ぎです。部長も仰った通り、私は実家に親孝行しに帰るだけです。土地勘も関西弁もわからない人には行かせられませんから」
反対に居残り組に大丈夫、と言われてやっと退出して行った。佐奈と恭弥には感謝しつつ、情報流すのが遅いと睨むと、昨日の今日で会議があるとは思わずに間に合わなかったと弁明していた。
「さて、諸君。急な異動という事で引越し等諸手当は考えている。関西の住居については社宅もオフィスの上階に準備しているので安心して行って頂きたい。これからは二拠点でスピーディに対応をして行きたいと思っている。後の細々とした説明は山下から説明させる」
「まずこちらの書類をお配りしますので目を通してください」
これからのスケジュールと関西からの受注の推移などの資料、社宅入居希望や、住宅補助等希望などのたくさんの書類が手渡された。
「何か相談や手当等希望があれば検討致しますので些細なことでも提出してください。また、今担当している案件がある場合は引き継ぎが可能であれば引き継ぎを、無理であれば終了次第関西支部へ異動していただきます。もちろん異動して出張扱いで対応して頂いても構いません。」
Keywordの引き継ぎは難しいだろう。2ヶ月あれば何とかなるとは思うが、出張の形をとって東京へ来た方がいいかもしれない。東京の拠点として、アパートそのまま借り続けるのもありかな。
「お疲れ様。悪かったわね、情報流せなくて。その代わりって言ったらなんだけど、どうせあんたの事だから行くんだろうなって思って私達も行くことにした」
「お気遣いありがとうございます。お陰で諦めてくれて助かった」
「俺らに感謝しろよー。色々とな?」
何か含んだ言い方……そうだった……。
「という事で!今日の帰りは飲みに行くから。定時でエントランス集合ね」
有無を言わさない圧で飲み会が決定した。
店に到着すると、しっかり個室を予約されていて、一番奥に座らされ、目の前に両極端な顔が2つ並んでいた。
「さあ、聞かせて貰おうじゃないの?」
ギラギラの瞳で身を乗り出してくる。
「何があったんだ?場合によっちゃあのガキ許さん」
また余計な事を……と思ったら、隣から頭に平手が飛んでいた。なんだ、心配しなくてもちゃんと大丈夫になってる。
「大丈夫?さすがに痛そうだから手加減してあげなよ」
「しない」
「すみません」
もうすっかり女王様の尻に敷かれているようだ。
「で?ちゃんと話さないと帰さないからね?」
「わかってるわよ。金曜日にチームの四人でフォレストに食事に行って、先に二人が帰ってから三鷹君と勉強会をして、遅くなったから送ってくれる事になって」
「彼、自転車で来てなかった?」
「フォレストに車を置かせて貰ってるみたいで、そこから会社まで自転車なんですって。送るチャンス窺ってたのかな」
きっと、そうなんだろうな。最近よく行ってたし。
「で、まんまと乗って帰ったのかよ、男の隣に」
またコイツは……。
「恭弥、黙ってた方がいいわよ。色々ズレてる。佐奈怒ってるのわかんない?」
「色々問題だけど!しばらく敢えて放置させていただきます。はい、続き」
とりあえず黙ることにはしたらしい。
「帰り際にフォレストの店長にもからかわれて。私も少し子供扱いしちゃって。焦ったのと勢いとで、つい黙らせたくなったのかも」
「なるほどね、若気の至り」
佐奈は色々理解してくれたらしい。
「それでどうなんだよ」
鈍感な恭弥に仕方なく佐奈が説明する。
「どうって、口ふさがれたんでしょうが、口で」
「口で口って……は?!キスじゃん!」
個室で正解だったと思わざるを得ない声量で叫ぶ。
「だから、その説明に今日は呼び出したんでしょ?」
「あー……そうか。なるほど。そうだった」
やっと理解が追いついたらしい。
「で、どうだった?気持ちは動いた?」
「そんなわけ無いでしょ?呆れ果てただけよ。三鷹君自身後悔と反省しかないでしょ」
今日の事務所の様子を見ていれば一目瞭然だろう。
「そりゃそうか。若気の至りでキスしちゃってどうせあんたの事だから冷たく満足した?とか言ったんだろうしね」
「よくわかってるね。さすが」
「言いそうー。こっわぁ。可哀想に」
さすがの恭弥も想像がついたらしく、三鷹君に同情している。
「まあ、そういう事。で、仕事もしづらいし、中村君に相談したんでしょうね」
そしてみんな迂闊な人達ばかりだったと。
「まぁ、関西支部に行って距離置けばちょっと頭も冷えるだろうよ」
「恭弥に言われたく無いだろうなー」
「同感ー」
二人で大笑いすると、恭弥が不貞腐れた。
「ほら、不貞腐れてないで食べて飲んで!関西支部へ栄転の前祝い!」
「栄転?」
「あ、言ってなかったっけ?実質一階級昇進になるみたい。主任って付けて」
なるほど。本気で異動メンバーで回すつもりなんだな。
「凄い高待遇。だから余計に新卒採用少なかったのか」
「そうかもねー。中途採用もそこそこの人数だろうし。軌道に乗ったら増やすかもね」
どんな状況になるか、行ってやってみないことにはわからないのだろうな……。
「やる事は変わらない。やるしかないよね」
「同期三人で助け合いましょ。まずは、あっち行ったら色々教えてよね。地元でしょ?」
「うん、地元と言うか……実家のある場所?海外赴任から帰ってからの家だし。とりあえず支部の近く」
きっと今より通勤時間は短くなるだろう。驚く程に近い住所だった。
「もしかして実家から通う?」
「そのつもり。今のアパートしばらくキープした方がいいかなと思ってるし」
家賃二軒分は払ってられない。
「keyword流石に任せられないか」
「任せても大丈夫なんだろうけど、途中で放って行くのはやっぱりね」
いくら出来ると言っても一人は新人だ。残り二人の負担も大きすぎる。それに……
「俺らと違ってがっつりクライアントとも関わるからな」
「そうなのよね。だからちゃんと責任もってやり切りたいの。あのチームでラストの仕事になっちゃうしさ。三人に教えられることは教えておきたいし」
自分で言ってラストを実感してしまった。怒るだろうな、きっと。
「そうね。三人共あんた慕ってるから」
「でもどう考えてもあの二人離すなんてできないよな」
「恭弥に言われてるようじゃ、ね?」
「ホントよねー」
女二人で大笑いする。恭弥はもう反論する気も無くなったらしい。
私は、この二人がいるならやって行けると再確認した。
関西支部の事は流石にまだ箝口令がしかれていたものの、各部署で異動する準備が始まりだしてから色んな噂が飛び交っているようだった。ご多分にもれず何かしらの噂を聞いたユミちゃんが気になったのか、探りを入れてきた。
「チーフ、前の会議って何だったんですか?ロクな噂聞かないんですけど」
「噂?どんな?」
「業績悪化とか、買収だとか。それで人員削減があるとかどうとか」
何故こんなに悪い方向へばかり噂が広まっているのやら……。異動準備をする者が出て来たからか?
「酷い噂ね。残念だけど、前回の会議はただの戦略会議よ。今後の会社の発展の為のね」
「ですよね。業績に関してはこれだけ稼働してるんだから、肌感だと上昇のがしっくりくるし。あの社長だったら逆にどっか買収しそうだし」
「だよね。まあ、会社は安泰だから心配しないで。とにかく今の仕事を進めて行くだけよ」
「そうですね」
感の鋭いユミちゃんは何か感じ取っているのかもしれない。気をつけよう。そこへちょうど部長が現れてチーフを呼び出した。
「チーフ三人ちょっと上の会議室へ来てもらえる?」
返事をしながら三人で顔を見合わせていると、ユミちゃんが不安がりだした。
「ホントに大丈夫ですよね?」
「大丈夫よ。部長もへんなタイミングで呼び出してくれるよね」
肩に手を置いて落ち着かせ、行ってくるね、と部屋を出た。
「すまんね、呼び出して」
「ホントですよ。なんか会社がソワソワしてるの感じ取って不安な社員もいるんですからね」
「そう言うなよ。俺も今さっき言われて招集かけただけなんだからな」
わかってます、と言いながらも八つ当たりもしたくなる。
「そんな緊急なんですか?」
悠香チーフが何事かと確認する。
「次のチーフ候補を二人上げてくれと部長会議で言われてな。しかも明日までにときた」
「忘れてたんじゃないですよね?」
「おいおい……信用されてないにも程があるな」
まあまあ、と大里チーフと二人で部長をなだめて、話を進めてもらう。
「それで、だ。チーム内でチーフ候補いるか?」
「グループ自体若手が多いから二人というのは難しいですね。でも佐伯君と弥生ちゃんが妥当じゃないですか?」
「そもそもお坊ちゃんを押し付けられたのが間違いなんだよな」
ああそれだ、とみんなで合点が行く。一人分彼のせいで育てられていない。いや、逆にしっかりしなきゃと、弥生ちゃんが育ったのか?
「佐伯君はそのまま来年からチーフに上げても大丈夫ね。弥生ちゃんは……後一年欲しいところなのよね」
「そうですね。実力的には問題ないと思いますが……弥生ちゃん急にチーフって言われても困りますよね」
「根性座ってるから、やりますって言っちゃうだろうけど」
悠香チーフが笑いながらそう言うと、
「それは絶対やっちゃいけない」
部長が強く否定する。チーフ三人ハッとさせられ、そして安心させられた。
「そうですね。部長、上に掛け合って下さい。チーフ三人で回せますからって」
部長は深く頷いて賛同してくれる。
「そうだな。彼女はチーフ見習いで少しずつ現場を任せて行く。他の者にも少しずつ任せて行くから三人で回せるって掛け合うよ」
「それじゃ決まりってことで。佐伯にはそれとなく次のチーフはお前だから頑張れよって言っとけばいい?」
悠香チーフが頭を振る。
「何か感づくかもしれないから、少しずつ任せる時間を増やせばいいんじゃないかしら?言わなくても佐伯君できるでしょ」
今まで通りのやり方で十分だ。変に勘ぐられるような事は言わない方がいい。
「私も悠香チーフに賛成です。ユミちゃん何か探ってそうだし」
「何か聞かれたのね」
呼び出し前の会話を説明すると、
「なるほどね、今そんな感じで伝わってるんだ。新入社員も採用少なかったしなぁ。不安にもなるか」
「それで私がいなくなると知ったらチーム解散ですし、怒るだろうなあ、と」
「三鷹君がどんな反応するのか楽しみではあるわね」
「悠香チーフ勘弁してくださいよ」
「でもわざわざ追いかけて入社して来たのになあ?最近もなんだか騒動があったよなー」
「大里チーフまで……」
忘れて無かったか……。
「ほどほどにしてやれよ。俺はもう戻るからな」
気を利かせたつもりなのか、部長は会議室から先に出て行った。そんなことしたら、色々聞かれるじゃないか!
「あ、じゃあ私も戻りますね!」
悠香チーフにがっしと腕を掴まれる。
「逃げられると思った?」
「ちゃんと話し聞かせてもらおうじゃないの」
大里チーフはいつの間にやら目の前で行く手を塞いでいる。
「先にこっちの方も報告するから」
ほうこく?
「どうしても関西支部行くって気を使われてさ、反省したのよ、俺達も」
「心配かけてごめんね。ちゃんともう一度向き合う事にした」
「……ホントですか?良かった」
二人がと思うと、一気に涙が堰を切ってしまった。
「おいおい!」
「泣くほどのことじゃないでしょ!」
二人して慌てふためいている。
「泣きますよ!どれだけ……あぁ、もういいや。おめでとうございます」
「おめでとうって……」
顔を見合わせて幸せそうに困っている。
「ほら!もうこっちは心配いらないから!で、どうなの。三鷹君と何があったの」
なんだ、からかってるんじゃなくて心配してくれてるんだ。
「またこんな説明すると思わなかったなぁ」
紗奈と恭弥にした説明をまたここでくり返すことになるとは。
「うわぁー、若いなぁ。三鷹君がやっちゃった感じだな。なんならその勢い羨ましいわ」
「そうですね。少し大里チーフは見習っても良いかもしれないですね」
悠香チーフと大笑いする。
「あのなあ、お前さん達……」
「まあ、三鷹君は少し距離置いて頭冷えてくれるといいわね」
「どうだろうな。アイツ意外と熱いからな。余計火がつくんじゃないかな」
大里チーフは男目線で意見を言ってくれている。
「大反省してたので、それはないと思いますよ?」
思うけれど。だからこそギリギリまで関西支部のことは知られないように上手くやりたい。
「三鷹君の熱が冷めるとは思えないけど、これ以上上がらないようにギリギリまで……黙ってなさいよ?」
最後若干大里チーフに睨みをきかせながら。
「言わないってば!隣でずっと見てろよ」
「あー、ご馳走様ですー。それじゃ私もこれでー。失礼します」
喧嘩になる前に茶化して逃げ出した。
出張と休みを使って計画的に荷物……と言っても着替え程度だが……を実家に運び込み、着々と異動の準備を進めていた。出張が多いことについては、次が関西方面の案件になるので下見を関西出身だし、もうすぐkeyword終わるでしょ?と、押し付けられた事にしていた。まあ実際、次の案件は絶対関西なのだけど。
「チーフおはようございます。出張帰りでお疲れのところ申し訳ないんですけど、今日奈良井さんと打ち合わせが入ったんですが、同行お願い出来ますか?」
出勤するとユミちゃんが申し訳なさそうに聞いてきた。
「うん、大丈夫。出張って言っても実家に行ってるから食事も風呂も掃除も全部やってくれるしねー。楽なもんよ?何かあった?」
「あ、いえ。大したことでも無いんですが、追加で設備を検討したいとの事なんですが、アドバイスが欲しいそうで。そこはやっぱりチーフの経験からがいいかと思いまして」
なんだか歯切れが悪いなぁ。
「どうしたの?ユミちゃんらしくないね」
「あははは……実は男二人主張激しくてぶつかりまして……」
何やってんだ……まさか……。
「クライアントの前でやらかした?」
「……はい。奈良井さん困り果てちゃって……」
「でしょうね。それで?二人はまだ?どこ?」
行動予定表に目をやると、既に現場に二人の名前が貼ってある。
「仕事熱心なことで……仕方ない、私達もすぐ行きますか」
「はい。すみません」
「ユミちゃんが謝らなくていいよ。チーフ陣に伝言だけしてくるからちょっとだけ待っててね」
ユミちゃんを椅子に座らせ、自分はのんびりコーヒータイムの二人の元へ行く。
「おはようございます。甘いコーヒータイムのところ失礼しまーす」
言われた途端に照れる大里チーフが可愛くてついついからかいたくなる。
「どうしたの?」
「ちょっとは動じてくださいよ」
「そうだよ。俺だけみっともないみたいじゃん」
「よくわかってるじゃないの。そろそろ慣れなさい。で?どうしたの、Kチーム」
大里チーフは簡単にいなされた。
「向上心の塊同士でぶつかったみたいで。ちょっと一発ギャフンと言わせてきます」
「ほどほどにねー」
大爆笑の後二人にそう送り出された。
「はーい、お待たせ。行こうか」
「はい」
現場に着くと男二人のピリピリした空気ですこぶる居心地が悪い。
「ユミちゃん、奈良井さんは何時に来るのかなあ?」
「後三十分くらいでいらっしゃいます」
ホントに世話の焼ける……。
「中村君、三鷹君おはよう。ちょっと顔貸してくれる?」
現場の隅に呼び出し戒める。
「二人共何やってんの!ここはあなた達の主張する場所じゃないのよ!」
わかりやすい叱責。施工担当者も驚いて注目している。
「資料渡しなさい」
「でもこれは!」
三鷹君が勢いよく噛みつきに来る。
「また若気の至り?社会じゃそんなの通用しないのよ?」
「……すみません」
「すんません!俺が大人気なかったっす」
釣られて中村君も落ち着きを取り戻す。
「ホント大人気なーい」
「ユミさんごめんってばー」
カップルのイチャイチャももう十分。
「はい、それじゃ資料渡して出てって」
「ええっ!」
「いや、反省しましたから!」
「出ていきなさい」
静かに退出を促す。
「すみませんでした」
二人共小さな声で資料を差し出し現場を出て行った。さてと。
「皆さんお騒がせしました!あんな奴らですが、よろしくお願いいたします」
声を張ると現場の中から拍手が起きた。
「チーフお見事。さすがだね。現場来てくれると安心するわ」
現場監督が褒めてくださる。
「監督申し訳ありませんでした。私の指導不足です」
「いや、スッキリしたよ。今どきあそこまでやるのなかなかいないからさ」
「お恥ずかしい限りです。今後ともよろしくお願いします」
しっかり頭を下げた。
「ありがとうございました。やっぱりチーフがいないとダメですね」
嬉しい反面、このチームを手放す自分に突き刺さる。
「困ったもんね。任せられないとおちおち出張にも行けないんだけど」
なんとか笑ってやり過ごす。
「それじゃプレゼン資料見せてもらいましょうか」
「二人に変わってよろしくお願いします」