タイトル未定2025/09/14 01:32
朝食の準備をしていると、ユミちゃんが起きてきて挨拶もそこそこに、頭を下げだした。
「昨夜はすみませんでした。片付けもしないで酔い潰れるとか……不覚」
「気にしなくたっていいよぉ」
恐縮しまくるユミちゃんに、起き抜けで何もしていない佐奈が応えている。
「佐奈は気にしなさいよ。悠香チーフに手伝わせてちゃダメでしょ」
悠香チーフは夜も最後まで手伝って、朝もは私より早く動き出していた。
「いいのよ。今日は何だか緊張しちゃってるのかも。何だか寝つけなくて」
「夜のデート?」
「諸々かな。今更どう対応すればいいのか、正解がわからない」
「こじらせてますね」
ついそう言って笑う。
「人ごとだと思ってひどいなあ」
「人ごとですもん。素直に受け止めればいいじゃないですか」
悠香チーフは、複雑な顔をしてこちらを見ている。
「そうですよ、悠香さん。私達も今更でしか無かったけれど、とにかく話しあいましたから」
佐奈も悠香チーフの背中を押す。
「この二人みたいに複雑な状態じゃないんですから。素直になればいいだけですよ」
私がそう言うと、笑いながら
「あなたが複雑とか言う?どっちも複雑にしてるのあなたよ?」
「私じゃなくて、複雑にしているのはダメンズです」
「ダメンズって言われても言い返せないのが辛いわー」
「ホントよね。その点ユミちゃんは一途な彼で羨ましい」
突然話が自分に向いて、ユミちゃんは真っ赤になっている。
「油断してたー!そう来ますか?」
「もちろん。どういう心境の変化があったのか聞きたい」
「一途なのは大里チーフも同じなのになぁ。可哀想に」
話を逸らそうとしているように見えて、つい呟いてしまった。すると、
「そういうところよ、周りから勘違いされるから気をつけないと」
渋い顔で注意をされてしまった。
「勘違い第一人者からの忠告、ありがとうございます。あの時はそのお陰で悠香チーフが相当追い込まれてるなってわかって良かったです」
「懲りないよね。そうやって他人の事ばっかり。みんな心配してるのわかってる?」
佐奈がそう言うと、三人がこちらを見て頷いている。
「知ってる。わかってる。でも無理……っていうのも三人とも知ってるよね?」
三人同時にその場で項垂れる。
「知ってるわー。なんだろう、この手応えの無さ。何故かダメ出し食らった気分」
「だからこその信頼だし、ついてくって思ってたんですけどねー」
ユミちゃんがそう言って不貞腐れた顔をすると、悠香チーフが先に謝りだした。
「ユミちゃんごめんね。それは私達のせいでもあるから、あまり責めないで」
「だから、お二人のせいじゃないですってば!」
「ストップストップ!やめてください。大丈夫です。昨日も言いましたけど、追いかけますから。無理矢理ついて行きますから」
爆弾発言、覚えてたのか。
「酔った勢いで言っただけで忘れてるかと思ってた」
「三鷹君が言い出した時にその手があったかって、思って」
もうずっと考えていたのか……。
「私、ちょっと動いてみるわ。人事として社員の仕事のモチベに関わる大事な案件として上に相談してみる」
佐奈がいつになく真剣な顔でそう言うと、なにやら考え込んでいる。
「何かいいアイディアが浮かんだのかしら?」
「まだ何とも言えないけれど……楽しみにしてて!」
こういう時の佐奈は信頼して間違いない。
「わかった。佐奈、よろしくね。さあ、朝食食べよう」
「待ってました〜!運ぶのは任せて!」
全く、調子のいいヤツめ。
四人で午前中ショッピングを楽しんで、予約に間に合うようにフォレストへ向かった。
「珍しく休日に田山さんが予約して下さったと思ったら、皆さんお揃いとは。ホントに珍しいですね」
フォレストに着くと、予約名で気付いた高山店長が、わざわざ入口で出迎えてくれた。
「もうすぐ異動になるので、ゆっくりご挨拶に伺いたかったので」
「わざわざありがとうございます。……ああ、女子会の流れでそのまま来てくださった?昨日創達が来てそのような事を言ってました」
それを聞いて思わず顔を見合わせる。
「何かほかに言ってましたか?Kチーフの送別会でなにか企んでいるとか耳にしたので……」
ユミちゃんが単刀直入に話を始める。
「なあるほど、それも気になっていらっしゃったんですね。まずはお席にどうぞ。ご案内しますね」
周りを見渡しやすい中二階席に案内され、オーダーを取ると、手が空いたらすぐにご一緒させて頂きますと言って高山店長は厨房へ戻って行った。
「高山店長は“手慣れ”すぎていて私ちょっと苦手なのよね」
「不器用な男がずっと近くにいますからねえ?」
苦手なタイプなのを知っていて、少し意地悪な事を言ってみたくなってしまった。
「確かに真逆なタイプかも!せめてあの半分の積極性か大里チーフにあれば……」
ユミちゃんが素直に受け止めて追い打ちをかける。
「そういうあなたは何気にああいうタイプが寄ってくるわね」
「ほんとだ。恭弥も三鷹君も積極性で言うと似た感じかも。天然のタラシ……」
佐奈がバッサリと自分の旦那共々切り捨てる。
「佐奈さん容赦なしですね」
ユミちゃんが佐奈のあまりの潔さに大笑いしている。
「お待たせいたしました。ドリンクをどうぞ」
ちょうどそこへ高山店長がドリンクを運んで来てくれる。
「随分楽しそうですね。厨房から追い出されてしまったので、早速仲間に入れて頂いてもよろしいでしょうか?」
しっかり自分の分のドリンクも用意してきていた。
「私たちの味方になってくださるなら是非」
「もちろんですよ!まあでも、男性陣は大した計画は立ってませんでしたけどね」
「やっぱり……」
ユミちゃんが溜息混じりでそう言うと、みんな苦笑するしか無かった。
「そんな事だろうと思って、今日はお伺いしたんです」
「私はみんなの付き添い兼第三者目線担当で」
同期メンバーで何度か来ているので、佐奈も高山店長と顔なじみだ。
「佐奈さんもご異動になられるとか」
社内の誰かしらから聞いたのだろう。言わないけどきっと結婚したことも聞いているに違いない。
「そうなんです。私はもう先に転居も済んでるんですよ。こちらに出張だったので、アパートに泊めて貰って、内装班の女子会に特別参加させて頂きました」
「今日は俺も特別参加させて頂きありがとうございます」
ドリンクを配り終え、いつも通りちょっとわざとらしい挨拶をしながら、隣の椅子を持ってきて座った。悠香チーフの笑顔が若干引きつっているのがおかしくて、つい笑ってしまったら、ユミちゃんに睨まれた。
「どうかされましたか?」
「気にしないでください。それぞれ色々あってご相談に来て、どうすればいいのかという顔なので」
すかさず反応した高山店長に、これまたすかさず佐奈がフォローしてくれる。
「失礼しました。ちなみに、送別会はさすがに店舗貸切ではないですよね?」
他の客もいる中で、派手なことをされても困る。しかし、貸し切るほどの人数が集まっているとは思えない。
「ご心配ありがとうございます。でも、創のたっての願いですし、チーフの送別会という事で、貸切にしましたよ。ご遠慮なくお使いください」
まさか貸切ったとは……。しかし、一つ心配事が減ったのは確かだ。
「もちろん、それなりに売上げがあるようにはいたしますから、金銭面でもご心配なく」
予算では無く金銭面と言うあたり、各方面に配慮されていて頭が下がる。
「ご配慮ありがとうございます」
「こういうの事はすぐに湯川さんが嗅ぎつけてきますから。怒られないようにしないと。さて、では本題にいきますか」
「ご馳走様でした。色々お願いしてしまって……よろしくお願いします」
「散々お世話になったんですからこれくらいはさせてください。では、金曜日お待ちしております」
四人それぞれにお礼を言って、お店を後にした。
計画は、ドリンクの追加をサービスして頂くほど話が弾んで、うまくいったように思う……が。
「上手く行きすぎ?」
「やっぱりそう思いますよね」
悠香チーフと二人で疑問を口にすると、ユミちゃんも、客観視していた佐奈も頷いた。
「困った挙句の丸投げ作戦に嵌められてる?」
やはり佐奈もそう思うか……。
「まあ、いいんじゃないですか?のせられてやる。見とけよー!」
ユミちゃんが何時になく気合いが入っている。
「そうね。なんなら振ってやってもいいんだけど……」
「悠香チーフ、それだけはやめてください。ちゃんと幸せになってくれないと関西支部に安心して行けませんから」
彼女だけはホントにやりそうで、念を押さずにいられない。そんなやり取りを隣で見て、佐奈は爆笑している。
「高山店長ホントにただただ女性の味方をしているって感じだったけどなあ」
「高山店長はね」
「疑うとキリないよ?そもそもそんな巧妙な事考えるような男性陣だっけ?」
佐奈の言っている事はもっともなんだけど。
「考えすぎね。分からなくなるだけだわ。さっきの計画通りで私はいいわよ」
これからプロポーズされる予定の人は潔い。
「そもそも送別会だと思って行けばいい話じゃないの?」
「送別会じゃないって宣言したのがいたからこうなってるのよね」
「送別会じゃないって?」
「それに関しては私も責任を感じてるんですけど……」
そう言ってユミちゃんが小さくなっている。
「送別会にしたくないって言い出したの私なんですよね」
「みんな思ってた事だから仕方ないわよ。誰も反対もしなかったしね。そういう事だから、ユミちゃんは気にしない。さあ、私は準備もあるからここで。佐奈さん、関西支部でも頑張って」
駅に着くとすぐにそう言って、方角の違う悠香チーフは帰って行った。
「悠香さん、かっこいい」
「ホントに潔いですよね」
「色々あったってことよ。さあ、私たちも帰りましょう」
「はい」
「あー楽しかった!先輩後輩いいねー!ホント羨ましい」
アパートに着いて、荷物をまとめながら佐奈がそう言う。
「同僚にはホント恵まれたと思ってる。大変な事もあったけどね」
まずもって基本いい会社なのだ。
「好きな仕事をバリバリして、周りにも恵まれて、異動ついでに親孝行だし。そりゃ満足もしちゃうか」
スーツケースを閉じて、そんな含みのある言い方でこちらをチラリと見ている。
「何が言いたいの?」
「うぅー……。わかるけど!それだけじゃ無いし!チャンスがあるなら幸せになって欲しい」
「何を言い出すかと思ったら。だから、彼氏いらないとか、諦めたわけでも無いし。今はピンと来てないだけ。心配しないで」
慌てる素振りが無さすぎて、周りに気を遣わせているのだろうか?
「少しくらい焦るとかないの?弥生ちゃんすら焦るって言ってたのに」
「彼氏いなくても困らないから。そのうちその気になるんじゃない?」
「なるんじゃないって、他人事みたいに」
佐奈が呆れ果てている。
「ほら、急がないと電車乗り遅れるよ」
「わかってるわよ!」
「忘れ物あったら持ってきてよね」
「はいはい、ホントにここでいいの?」
東京駅まで見送りに行こうと思っていたのに、M駅でいい、と断られてしまった。
「こっちは地元なんだし、一週間もしないうちに向こうで会うんだから必要無いわよ。引越しの準備でもしてなさい」
佐奈なりに、泊まりに来て邪魔をしたと気を遣っているのだろう。
「うん、そうする。それじゃ、旦那様によろしく」
佐奈は敢えて返事はせずに、笑顔で手を振って歩き出した。




