タイトル未定2025/07/25 20:35
定時になって、周りがざわつき始めると、ユミちゃんがずいっと顔を近づけて、圧を掛けてきた。
「明日、女子会ですからね!」
「わかってるって。来週水曜日もちゃんと空けてあるから」
チームの打ち上げもうるさく言われそうなので、先回りして言っておく。
「ユミさん、チーフに呆れられてるって……」
「すみません。チーフ自分の予定後回しにしがちだから心配になっちゃう」
「この予定達は私の予定じゃなくて、みんなの予定だから。優先します」
「嬉しいような、なんだか違うような」
「難しく考えないで。とにかく大丈夫にするから。関西支部の予定も明日は入れるなって伝えてあるし」
実際みんなで集まる予定が楽しみで仕方ない。この予定達だけは邪魔されないように、手を回しているのは本当だ。
「あ、いたいた!残業?私やること無くて。先帰っていい?」
「佐奈、少しは違う部署だということを覚えようか」
「え、もう私達関西支部の人間だしどこも違う部署よ?」
さすがにこの馴染み方とあっけらかんとしたもの言いに苦笑するしかない。三鷹君の顔の引き攣り方に申し訳ない気分でいっぱいになる。
「あー、ごめん。ちゃんと罰金入れさせるから。とりあえず立て替えます」
サッと動いて、設置した箱に千円札をねじ込んだ。
「罰金??」
「佐奈はいいから!もう早く帰ったら?夕飯作ってくれてもいいよ?」
「えぇー」
よっぽど夕飯は作りたくないらしい。
「わかった。エントランスで15分だけ待ってて」
「OK。15分ね」
やっと納得して引き上げてくれた。
「ということで、大急ぎで仕事終わらせるから。みんなも早く終わらせて帰るんだよ」
まだまだ文句を言い足りない様子で各自仕事に向かう。
佐奈が余計なこと言うから……。
急いでパソコンの打ち込み作業をして、何とか仕事を切り上げた。
「よし。ギリギリセーフかな」
時計を見ると約束の15分後まで後三分。カバンに荷物を放り込んで、急いで席を立つ。
「それじゃ、お先!みんなも程々にね!お疲れ様」
「お疲れ様でした」
三人がすぐに反応して挨拶をしてくれる。
「おつかれ〜!」
遠い所からも挨拶が飛んでくる。
「お疲れ様でした!明日はもっと絡みますからねー!」
「わたしも!覚悟しておいて下さい!お疲れ様でした!」
「あはは。明日に備えて今日はしっかり休むのよ?おつかれ」
「はーい。では急ぐので、失礼します」
まだあちこちから、お疲れ様の声が飛ぶ中、事務所を後にした。
「お待たせ」
「1分遅刻」
真顔でそんな事を言われた。
「頑張ったんだから、そう拗ねないで」
「やたら人気者なのずるい」
「佐奈も負けないくらいウチの部署で人気だと思うけど」
そう言うと少しだけ機嫌を直したようで、立ち上がって歩き出した。
「それで?罰金?って何」
「あー、えーとね」
説明するとさすがにやらかしたのを理解してくれた。
「ごめん、気をつける。全く気にしてなかった。そりゃ罰金だわ」
「今日のお酒は佐奈持ちでよろしく」
「まぁ仕方ないわね」
「夕飯は作るから」
「やったー!」
バンザイしながら喜んでいる。
「大袈裟だなぁ。そんなに作るの嫌なの?毎日どうしてるの?」
「ちゃんと作んなきゃーって気負っちゃって。料理好きだったと思うんだけど。作るのがどんどん負担になってきたんだよねぇ」
「なるほど、好きな人のためになら頑張りたいとからしくない事やっちゃってるわけね」
「そうかもぉー。私こんなだっけ?」
なんて可愛いんだか。
「付き合ってた期間が短かったからね、きっと。でもよく思い出して。付き合ってない期間にそんな大層なもの一緒に食べてた?」
「……ない。かなりバカ舌の雑食だった気がする」
「佐奈の食べたいもの作ればそれで良いのよ。なんなら作らせるのね。その為にこの間おだてたんだから」
「そうだった」
「まず一緒に作って更におだてて、簡単なもの作らせればいいのよ。二人とも同じ様に働いてるんだもの、男も女も無いと思わない?」
給料だって変わらないはず。どうして女と言うだけで家事を押し付けられなきゃいけないんだ。
「掃除も洗濯も、ぜーんぶ二人でやるのよ?」
「口ではやるって言うんだけど、動かないから結局私がやってる気がする」
「もうさ、全自動洗濯機にロボット掃除機導入して、片付けだけ恭弥に叩き込むのが一番かもね」
やっぱり便利なモノは使わないと。
「洗濯機私のそのまま持ってったから、買い換える」
「掃除機は結婚祝いで買ってあげる」
「ホント?!……うん、なんとかなる気がしてきた」
二人に幸せでいてもらいたいから。
「何でも相談してよね。協力するよ」
「ありがとう。あんたも幸せにならなきゃダメよ?」
なんだか最近同じようなこと聞いたな。
「……みんな気ぃ回しすぎやねん」
「ん?なに?カギ?」
「なんでもない。ほら、急ごう。あそこのスーパー遅いと食材無くなっちゃう」
「え〜、ちょっと待ってよ」
駆け出したら、佐奈は文句を言いながらちゃんと楽しそうに着いて来た。たまにはこんなのも悪く無い。
結局二人でお酒を呑みながら夕飯を作り、恭弥の愚痴を聞き、対策を二人で練ったりして、寝るまで話が尽きなかった。
「またみんなにそんなに話す事よくあるねって言われそう」
「明日みんな来るんだよね?楽しみー。グループでもそんなの無かったから、あんたが羨ましいわ」
「佐奈が参加して無いだけじゃなくて?飲み会くらいやるでしょ」
「歓送迎会くらい」
「ウソでしょ?人事ってそんなに薄い関係なの?」
「個人的に今日どう?みたいなのはあるけど。女が少ないし、人事って立場的に気を使っちゃう人だらけ」
女性課長とたまに呑みに行っていただけらしい。
「案外お互いの環境知らなかったのね」
「ちょっと面白いよね、こんなに部署によって違うのもさ。関西支部に帰ったら聞いてみよ」
帰る、か。ここはもう帰る場所じゃないんだな。
「そうね。さあ、さすがに今日は早く寝る」
「うん、おやすみぃ〜」
「おはよう」
コーヒーセットを手にした悠香チーフが入口ですぐに見つけて挨拶してくれる。
「おはようございます。あれ、何してるんですか?」
珍しく男性メンバーばかり集まって、奥の部屋に閉じこもっている。
「本気で今日、女子会に対抗して男子会するらしいの。聞かれたく無いんですって」
悠香チーフが中心に居るであろう大里チーフから聞いた事を教えてくれた。
「嫌な予感しかないですね」
「そうなのよ。だから敢えて深く考えない事にしてる」
「……そうですね。気付かなかった事にしときます」
カバンをデスクに置いて、コーヒーの手伝いに行くと、こちらも可愛い後輩達が集まって来た。
「こんなにコーヒー係要らないわよ?」
「いいじゃないですか。あっちに集まってくれたし、こっちも言いたい放題できますよ?」
かなりお怒りモードだ。
「中村くんがユミにもなにも教え無いんですって」
なるほど。中村くんがそこまで頑なになるなんとホント珍しい。
「よっぽどの事を話してるのね」
「そう思ってるだけかもよ?」
「有り得るー」
また見くびるな!と言われそうだけど、そう思いながらも笑ってしまう。
「期待、しておきましょうよ」
笑いながら言っても説得力は無いけれど、誰かのために動いているのだとしたら。
悠香チーフも同じ事を考えていたらしい。
「そうね。見くびるなっていつも言ってるから、楽しみに待つかな」
「絶対バラすなよ。三鷹、今日フォレストの予約頼んだぞ」
「それなら昨日連絡済みです。全面協力するように伝えてます」
「今日行って高山店長に俺からも直接お願いだな」
「大里チーフ、なんなら男子会に店長引きずり込みますか?」
中村君の提案に、三鷹君が顔をしかめた。
「え……まさか。全部話すつもりですか?」
「嫌なら三鷹のところだけカットして話せばいいだろ。ですよねえ、大里チーフ」
まだ渋い顔の三鷹君を佐伯君がそう言って説得にかかる。
「とりあえず始業時間だ。仕事するぞ」
「はい」
静かに見守っていた部長がここでしれっとそう言ってはぐらかした。
「それじゃ私達はkeywordの確認と、奈良井さんに報告と最終見積りをお渡ししてきます」
「よろしくお願いします。何かあれば連絡して」
ユミちゃんと中村君は仲良く現場へ出かけて行く。三鷹君は関西支部の仕事の手伝いを買って出てくれている。
「手伝ってくれるのはありがたいんだけど、少しは先輩の仕事見ておいた方がいいんじゃない?」
「先輩の仕事はこれからいつでも見れます。チーフの仕事はしばらくもう見ることもできない。俺の入社理由知ってますよね?」
あれ、また強気な発言……。
「そう。教育係って言われてるしね。分からない事があれば言って」
「はい!」
フロア内に響く返事……。一瞬にして視線が集中しているのがわかる。慌てて
「声、大きすぎ!」
「……すみません」
謝っているのにこの嬉しそうな顔はなんなんだ。あちこちから、あぁ、とか何とか納得をしている声も聞こえてくる。なぜ私がちょっと恥ずかしいのよ……?
お昼前には関西支部から持って来た仕事に目処がついた。
「三鷹君ありがとう。これで女子会も週末も気兼ねなく楽しめそう」
「いえ、少しでも役に立てて良かったです。週明けはkeywordの仕事だけですか?」
「残念ながら、月曜日に次の案件を送るって連絡が来てるから、keywordは受け渡しまでみんなにお任せかな」
「俺はさすがに月曜日からは現場に顔を出さないと……」
「そうね。現場の方よろしく。皆さんとしっかり話して色々教わってきて。関西支部の案件は多分急ぎじゃ無いはずだから」
「わかりました。しっかり勉強してきます」
「さあ、コーヒーでも淹れるか」
立ち上がると、すぐに三鷹君が
「俺が……」
と威勢よく立ち上がった。
「ユミちゃんか中村君から聞いてない?」
「……聞いてます」
見事なまでのがっかり感。さっきまでの勢いが一気に無くなる。
「そう。なら、邪魔しないなら手伝っていいわよ?」
「は……い」
また大きな声で返事をしかけて、さすがに思い出してトーンを抑える。こちらの返事ひとつで、落ち込んだり喜んだり、顔にも態度にも出過ぎだ。この間の助言は効果なかったようだ。
「顔に出過ぎ」
「そんなすぐに直せるわけないやん。しかもチーフ相手やのに」
「はいはい。手伝うの?手伝わないの?」
「……手伝います」
確かに、可愛いかもしれない。こんな反応されたら。若いなあ。
「マグ準備しておいて。コーヒーは私がするから」
「はい」
コーヒー豆をセットしながら、三鷹君が考えながらマグを分けるのを横目で眺める。
「それはPチームじゃないよ、Rチーム。佐伯君の」
「あー、そうでした。派遣の鈴木さんのと似てるんですよね」
「ホントだ。佐伯君の柄を覚えてるから、似てるとか気にしてなかったわ」
たくさんのマグを一気に覚えるのは、増える度にそれぞれのマグを覚えていったのとはわけが違う。
「よく覚えたよね。それ以外間違ってないよ」
「これも仕事ですから」
「まじめね。疲れない?何にでもすぐ反応するし」
「チーフもよくみんなの事見てますよね。良くそれ言われるんですけど、この短期間で言われたのは初です」
やっぱり良く言われるんだ、と思わず苦笑する。
「みんな遠慮してよっぽど仲良くなるまで言わないだけよ。私は良くも悪くも遠慮ってないらしいから」
ハーフだと言うことを知れば、大概の人に納得される。大学の友人に言わせると、私には日本人の奥ゆかしさというものが欠けているらしい。
「なあ佐伯、あれちょっといい感じなんじゃないの」
「そういう風に見るからそう見えるだけで、Kチーフは誰にでもあんな感じじゃないっすか?大里チーフそんなにあの二人くっつけたいんすか?」
かなり呆れた顔で佐伯君がそう言うと、ちょうど隣の部屋から出てきてた悠香チーフが、
「Kチーフにその気が無いんだから無理よ」
とバッサリ言い置いて、コーヒーを作る二人の方へ行く。
「アイツも少しは遠慮しろよな」
「遠慮してるとウチのチームのコーヒー無は」
「それは困る。佐伯よろしく」
佐伯君が大きな溜息を吐きながらコーヒーコーナーへ向かった。




