タイトル未定2025/06/24 01:26
午後になって、Kチームがようやく帰社した。
「中村君、何か問題でもあったの?」
「ちょっとテーブルのサイズが気になって……」
どうもはっきりしない。
「まだ搬入してないよね?」
この質問にはユミちゃんが先に応える。
「そうなんですけど、搬入前に現場と確認が必要かな、ということになったんですよ。でも!問題ありませんでした!」
「チーフの手を煩わせる程の事では無かったので、大丈夫です」
普段進捗報告の時に喋らない三鷹君までが口を開いた。
なるほど、何かあるけど勘づいちゃダメなわけね。
「そう。それなら良かった。現場の方は搬入の日まで三人に任せるわね」
「はい!任せちゃってください〜」
明らかに安心した声で中村君がそう言ってユミちゃんに小突かれている。これも、見なかった事にしておこう。
午後からも、関西支部の案件を片付けていく。人手が足りないので、リサーチも早目に始めないといけない。しかも、土地勘の無い関東出身者では時間がかかり過ぎてしまう。そこで、ある程度の場所が何となくわかる私が、とりあえずリサーチする場所の目星をネットや地図、地元情報誌などから拾い集める事になった。それも地域の異なる二店分……。
「三鷹君、この辺りの土地勘ある?」
「去年遊びに行って歩いた程度なら」
地元でなくともこの辺りなら多少行ったことくらいはと思ったけど、去年なら全然私より最近だ。
「上等。悪いけど、この資料とネットからリサーチする店舗のピックアップ、手伝ってくれる?」
「もちろんです!お役に立てるならぜひ手伝わせてください!」
とんでもない熱量の返事が返って来てさすがに驚いた。
「あ、それじゃぁ、よろしくね⋯⋯ユミちゃん中村君、悪いけど三鷹君こっち手伝ってもらうけど大丈夫?」
「大丈夫っすよ。午前中に大概のことは済んでるんで」
「そんなに喜んでるの見たらダメとか言えないし」
確かにね⋯⋯最近不貞腐れた顔ばかり見ていたような気もする。
「それじゃ配属初日にした仕事と同じようにしていってくれる?覚えてるよね?」
「もちろんです。なんなら時間貰えれば地元の友人から情報集めますよ?」
「仕事で情報集めてるって言わないで欲しいのよね⋯⋯」
「色々問題がありますもんねー。例えば遊びに行くからオススメのお店教えてって感じで聞いてみたらどう?」
隣で聞いていたユミちゃんが言う。
「そうね。それなら雑貨店に絞って聞くとあからさまだから、食事のオススメを聞いて、ついでに仕事の参考にしたいから雑貨店も教えてもらいたいって言う方が自然じゃない?」
「なるほど。店舗回る時の食事にも困らなそうっすね―」
中村君も会話に参加する。
「そういう事。ついでにその辺りの情報収集もできるからね。じゃあ、ついでにこっちのエリアも回るって言って友達に聞いてみてくれる?」
「わかりました。期限はどうしますか」
「来週頭ぐらいで私は構わないわよ」
「それなら、自分の旅行の計画を立てるとして、平日よりも休日が妥当だよね?金曜日中か、土曜日って言っておけばいいんじゃないの?」
ユミちゃんの意見を聞いて、三鷹君は納得したようだ。
「月曜日中に提出出来るように連絡してみます」
「よろしくお願いします。私も親にでもオススメのお店聞いてみるかな」
「チーフは友達に聞かないんですか?」
ユミちゃんの素朴な質問に苦笑する。
「高校からこっちじゃない?小中学生のころの友人ってさすがに繋がってなくて。いたとしても、当時住んでた所って調査する辺りじゃ無いのよね」
「それは無理ですね。失礼致しました」
「いえいえ」
深々と二人で頭を下げて笑う。
「じゃ、仕事にかかりますか」
手元の資料の店舗データを退社時間前までになんとかこなして、keywordの状況を確認する。
「チーフ、凄いっすね、それ打ち込み終わったんすか?」
「手元の資料分だけね。ネット情報はまた明日からピックアップして付け足す」
一つずつネットで調べながらやっているといつまで経っても終わらない気がしてしまう。総量の確認の意味でも先に資料分を片付けていった。
「一個ずつ片付けてるとスッキリはしていくんですけど、先が見えないから私もそっちかな」
「今日明日は早く帰りたくて。という事で、keywordは引き継ぎ資料のまとめと請求関係かな?」
「そうですね。引き継ぎ資料はだいたいOKです。請求と今日は経費関係もまとめてました」
「逃げてきた細かい事務作業中心で泣きたいっす」
以前大雑把に経費請求して痛い目を見た事があるので、ここ最近はユミちゃんとお互いにチェックし合うようになっている。
「泣きたいのはこっちよ。ちゃんと分けといてって言ってるのに適当なんだから」
「いやー、ついつい。ちゃんと無くさない工夫してできるようになったのを、褒めて!」
子供みたいな事を言い出してユミちゃんに呆れられている。このやり取りだけで、十分アテられた気分になる。
「わかったわかった。仲が良くて羨ましい限りね」
「これが仲良いとかチーフ大丈夫ですか?」
真っ赤な顔をして可愛い。
「大丈夫じゃないかも〜。さっさと帰る事にするわ〜」
定時まで後十五分ほど。荷物を片付ける。
「そういえば、コーヒーメーカーの横の棚に〈K〉って書いたダンボールがあるんですけど、ウチのチームのですか?」
目敏いなぁ、三鷹君は。
「私の私物。そのまま置いといて。会社から送って貰う分だから」
そう言うとあからさまに駄々っ子の顔になる。
「えー!いつの間に片付けたんすかー?手伝ったのに、なあ」
いち早く感づいた中村君が三鷹君をつつきながら言う。
「そうですよ、何もコソコソと」
「偶々手が空いた時間にしただけよ。あ、そうだ。これ、三鷹君に返しておこうかと思って」
引き出しにしまってあった手書きパースを渡す。
「まだ持ってたんですか」
「資料だからね。でも、私には必要無いし、返すのが一番かなって」
「必要無い……ですか……」
しまった。言葉をミスったか……。
「もとい。これが必要なのは三鷹君じゃないかなと思って」
「よく出来てるもんな。大事にした方がいい、うん!」
「そうですね。ありがとうございます」
受け取ってじっと眺めている。
「みんなでコレ見たのっていつでしたっけ?懐かしい」
「また始まった。ほんの数ヶ月前よ」
ユミちゃんまでも感傷に浸りだした。
「ほら、帰れる間は定時帰り!」
あっという間に定時を過ぎている。PチームもRチームも今日は出かけている。部長も面接を手伝いに行ってここへは今日はもう顔を出さないだろう。三人を促しながら自分はカバンを持ってじゃあね、お疲れ。と事務所を後にした。
帰りにお弁当とチューハイを買って帰宅すると、部屋着に着替えて、まず一本開けて片付けを始めた。引越し荷物があちこちに積まれているのを、せめて端に退けて掃除くらいしなくては。服もすぐに必要なものはスーツケースに詰め込む。しばらくこっちで着る分はハンガーラックへ。
家具の類は実家にある程度持って行く事にしている。滅多に帰らない親不孝娘だったので、空っぽの自室だけ用意されていた。帰っても毎回客用布団をそこに敷いて寝るだけだった。
「持って行かない物の処分をどうしようかな……」
家電はまだ迷っている。親が自室に置ける物は置いたらどうか、と言うからだ。そう、無駄に広い部屋が待っているのだ。うーん、と唸っていると、急にお腹が空いていることに気づいた。
「食べるの忘れてた」
二本目のチューハイを開けて飲みながら、お弁当を温める。こういう時間も後わずか。改めて親と暮らし始めるのも変な感じがする。今はまだお邪魔している感覚でしかない。ここを引き払ったら、実家で暮らしている実感が湧くのだろうか。
「その時にならないとわからないよね、きっと。お、このお弁当いいじゃん」
見た目で買ってみたが、意外に味が良い。こんなのにも対抗していかないといけない飲食店は大変だ。出来たて提供との差があるとは言え……。
「ダメだ、また仕事の事を考えてる」
我ながら仕事バカだな。弁当でここまで考えるとかホント、バカだ。
「うん、美味しい。あたりだなぁ、このお弁当。お酒もあうし♪」
食べ終わると三本目を開ける。片付けの続きをまたチューハイ片手に始めた。
欠伸しながら事務所に入って行くのを弥生ちゃんに見られてしまった。
「おはようございます。お疲れみたいですね」
「おはよう。昨日ついつい遅くまで片付け頑張っちゃって。佐奈が今日から泊まりに来るから」
「ああ、同期の方ですよね。本社と関西支部の行き来ホントに多いですね」
「佐奈人事だし、今忙しいのよ。この出張も急に決まったみたい」
私はこの出張で行き来はほとんど無くなるはずだ。アパートの引越し作業はもう少しあるけれど。
「みんな、あと少しだから。その後はそんなに来れなくなっちゃうし」
そう言うと弥生ちゃんが考え込んだ顔になった。
「しまった。聞くんじゃなかったなぁ」
「ん?」
「淋しくなっちゃったじゃないですか。残り数日覚悟しといてくださいね。バカみたいに絡みに行きますから」
まさかの反応にただただ驚いた。
「え?弥生ちゃんがそんなこと言ってくれるなんて」
「Kチーフファンは三鷹君だけじゃないですからね」
気のせいか涙目?
「あー、ウチの可愛い弥生ちゃん泣かせたわね?」
そこへタイミング良く(悪く?)悠香チーフがやって来る。
「泣かせてない泣かせてない。こっちが泣かされそうになってます!」
「なるほど」
何かを察したようだ。
「グループ全員に絡まれるの覚悟しとくのね、Kチーフ!」
そっちか……。
「そうですよ、覚悟しといてくださいね!」
そう言って二人で泣かされちゃったねー、そうなんですよ〜、可哀想に〜、とやりながらデスクへ歩いて行ってしまった。
「……相当覚悟しとかないと……」
「おはよう!あんたどうしたの?」
わざわざこんな所まで、顔を出しに来た佐奈にまで遊ばれそうになってしまった。
昼休憩になると、久々に同期三人集まって食堂でランチをとった。
「もうさ、皆に愛されすぎてて嫉妬したわよー」
と、佐奈は楽しそうに笑う。
「俺なんか何しに来たって言われたのに」
「あんたじゃ比にならないわよ。当たり前でしょ?」
「磨きかかってるわねー、夫婦」
やられてばかりじゃいられないので、しっかりやり返したつもりが、
「ありがとう」
と、同時に二人で返された。
「少しは照れろ!つまんないなぁ、もう」
「この三人で照れるも何も無くない?」
「ホントだよな」
「はいはい。頑張って私だけイジられますよ」
そこに救世主二人が現れた。
「何?イジられてるの?」
「あんまイジんなよ、ウチの可愛い後輩。俺らここで監視するか?」
「いいわね。隣いい?」
強行突破しないあたり悠香チーフの丁寧な性格が出ている。
「こんな素敵なお二人が隣とか、断れるわけないですよ。ね?」
「どうぞ」
「この二人にそそのかされて同調しないならいいですよ」
朝から十分にからかわれたので、不貞腐れて言ってみる。
「なんだなんだ、珍しいな、不貞腐れモード」
「このメンバーじゃなきゃ見られないよね」
確かに。みんなベテランになり過ぎたからな。
「関西支部だと更に頼れる人が居ないから、反動かも」
「どこだろうと頼ればいいよ」
「悠香さん、私も頼っていいですか?こんな仲良くしてくれる先輩人事に居ない……」
佐奈がいつものワザとぶりっ子ではなく、本気な顔で言っている。人事は男性比率が多くて、女性先輩は課長と産休中の二人のみ。なんだかんだで私繋がりで悠香チーフと佐奈は、お互いよく話もしている。
「もちろん。困った彼氏持ち同士宜しくね……あ、もう旦那になったんだっけ?」
「あ、はい。勢いで」
頭を搔く佐奈と対照的に顎に手をやり考え込む悠香チーフ。
「勢いか。凄いね。若いな。どうするかな」
「勢いで良くないですか?背中押して勢いつけましょうか?あっちはブレーキかける人なので背中押せなくてもどかしいので」
「おいこら、黙ってきいてると思うなよ?」
「黙って聞いててください」
「はい、すみません。大里チーフ、黙った方がいいです」
恭弥が察して大里チーフを止めにかかる。
「さすが恭弥」
成り行きを見守る事にしたらしい佐奈に頭を撫でられ褒められている。なかなかのいちゃつきぶりに見えなくもないが。
「堂々と目の前で……。わかった。今週末チャンスあげることにする」
「だ、そうですよ!大里チーフ」
「お、おう」
どんだけ緊張してるんだ。あまりにも可笑しくて笑うと、その場にいた全員が笑うのを我慢していたらしく、吹き出した。
「アンタが笑うからつられちゃったでしょ!」
「えぇー。私のせぇっちゃうやん?もうこんなん笑うたらんとアカンて!」
「笑いすぎて関西弁になってるよ?」
そう言う悠香チーフも笑いっぱなしだ。良かった。
「もう、私の周り皆幸せなんやったらなんでもいいです!」
「お前も幸せになれ!」
大里チーフが若干怒りながら言う。
「あー、面白かった!私も十分幸せですよ!チーフにも、同期にも恵まれて」
ほんとに周りに恵まれている。後輩にも。
「今まで以上にって事よ」
「ありがとうございます。努力します」
「努力ってあたりがもう……」
悠香チーフに呆れられてしまった。
「悠香チーフ、コイツこれが通常運転なんで」
フォローのつもりなのか、恭弥がそう言った。
「仕事は楽しいし、周りみんなが幸せで嬉しいし、ついでに親も大喜びだし、めちゃくちゃ満足なんですよね。頑張って空けないと、他が入る余地が無いんです」
「そうか、そのパターンか。じゃあ、余裕できるまで頑張らなくてもいいのかもね。幸せなら」
さすが悠香チーフ。
「でも、掴めそうな時は掴んどけよ」
大里チーフらしいな。
「はい。迷わず掴みに行きます」