追放された不遇の第一王子、『クラス』の力で強力スキルを次々ゲットし、王になる! 見てろよ、剣聖! 俺は必ず全てを取り返す!
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「97、98、99!」
「流石ですぞ、エドワード様!」
今日の剣術の講義のシメは腕立て伏せ百回。こう言う地味な筋トレは軽視する奴が多いらしいが、実は一番大事らしい。
「100ッ!」
「お疲れ様でした」
俺の執事であり、剣の指南役でもあるアンドリューが渡してくれたタオルで軽く汗を拭く。
「次は法学の講義か。けど、まだ時間があるな」
法学の先生が来るまでまだ三十分くらいある。なら、素振りをもう少ししておくか。
「少し休まれては?」
素振りしようと剣を取ろうとした俺にアンドリューがそう声をかけてくる。が、俺は動きを止めず、剣を取った。
「まだまだ。”王族たるもの、誰よりも勤勉であるべし“だろ?」
「何と言う高いお志……亡き母君、フローレンス様も天国でお喜びでしょう」
俺はこのアイゼムアース王国第一王子、エドワード・ルイ・アースキン。さっきアンドリューも言っていたが、俺の母はもうこの世にはいない。父である王、ウィリアム・アレクサンダー・アースキンとあまり一緒にいることはないから実質アンドリューが俺の唯一の家族だ。
「しかし、次の法学はシャーロット様とご一緒されるのではありませんでしたかな?」
あっ……そうだった。
「未来の奥方と会う前に身支度をした方がよろしくはありませんかな」
「……湯を浴びてくる」
俺は素早く剣を片付け、シャワーを浴びに風呂へと向かう。流石に婚約者に会う前には汗くらい流しておかないとな。
*
「いよいよ明日ね」
「ああ」
法学の勉強の後、俺はシャーロットに誘われて庭園を二人で散歩していた。話題は勿論明日に迫った天恵の儀だ。
「エドなら素晴らしいスキルを授かるに違いないわ! だって、いつも誰より努力してるもの」
天恵の儀とは成人した王族が神より一つスキルを授かるための儀式だ。スキルは神からの贈り物。だから志や資質の高い者など神から愛された者ほど凄いスキルを授かるとされている。
「それを言うならシャーロットだってそうだろ?」
「ふふふ……ありがとう、エド」
そう言って微笑むシャーロットはどんな絵画に描かれた女神より美しい。
トン……
シャーロットが肩に軽く頭を預けてくる。僅かに頬に触れる髪は艷やかで絹糸のようにサラサラだ。
(シャーロットに相応しい男にならないとな)
天恵の儀かある明日は俺にとって大切な日。だが、どんなスキルを授かったとしても俺のすることは変わらない。どんなスキルだって持ち主が使いこなせなければ意味がないんだから。
*
「久しいな、エドワード」
「お元気そうで何よりです、父君」
天恵の儀が行われる礼拝堂に父がやってきた。その後ろには義母と義弟であるアレクサンダーがいる。
(そう言えば、アレクサンダーも十八だったな)
アレクサンダーは後妻である義母と父の息子だ。後妻の息子なのに何故俺と同い年なのか……それを知った時には随分父に憎しみを覚えたものだが、まあ今となっては昔の話だ。
「政務が忙しくてな。寂しい思いをさせているな」
「お心遣い痛み入ります」
形ばかりの労いの言葉をかけてくる父に、俺は軽く頭を下げる。王である父が忙しいのは間違いない。が、俺とほとんど接点がない理由は単に父が義母やアレクサンダーと共に生活しているからだ。
「しかし、ご心配なく。私ももう十八。それにアンドリューがおりますから」
「そうか。今日は楽しみにしているぞ」
そう言うと、父は義母とアレクサンダーを伴い一番前の席に座る。父の右隣には義母、左隣はアレクサンダーだ。
「それではこれから天恵の儀を執り行います。先ずは第一王子エドワ──」
「司教、先ずはアレクサンダーから頼む」
「王!? いや、しかし位の高いものから行うのが伝統で──」
「だからこうして頼んでおるのだ。それとも、もしや儂の頼みが聞けぬと申すのか?」
「ヒッ……しかし」
司教は父と俺をに交互に視線を走らせ、顔を青くした。天恵の儀は位の高いものからと決まってるから、父の言うことを聞けば俺を軽んじたことになる。が、伝統通りに俺を一番にすれば、父を軽んじたことになる。つまり、どうやっても王である父か第一王子である俺のどちらかの不興をかってしまうのだ。
「司教。アレクサンダーの方が席が近い。アレクサンダーから始めてくれ」
「わ……分かりました、エドワード殿下。ではアレクサンダー様、こちらへ」
司教は俺の言葉にほっとした表情を浮かべると、もう横槍は御免だと言うかのように式を始めた。やれやれ、聖職者も大変だな……
司教が必要な詠唱をすると聖像からアレクサンダーへと黄色い光が降り注いで来た。
「な、なんとアレクサンダー様のスキルは〈光速剣〉! 先代の剣聖がお持ちだったスキルです!」
司教の声と同時にアレクサンダーの近くで彼のステータス画面が表示された。
◆◆◆
アレクサンダー Lv1
力 ──
防御 ──
魔力 ──
精神 ──
素早さ ──
スキル
〈光速剣〉
◆◆◆
ちなみに各種パラメーターに何も描かれていないのは流石に公衆の面前で披露するようなものではないからだ。天恵の儀を受けたものはいつでもステータス画面を開けるようになり、自分が開いたステータス画面にはちゃんとパラメーターが載せられているらしい。
「父上! 俺、剣聖のスキルを授かったぜ!」
「でかした! それでこそ我が息子だ!」
父とアレクサンダーが喜ぶ傍で、義母は感激のあまり涙を流している。まあ、剣聖のスキルを授かったなら輝かしい未来が約束されたみたいなもんだからな。
「では、次はエドワード様に……」
「待て!」
粛々と進めようとする司教に父が再び待てをかけた。
「エドは最後だ」
「お、お待ち下さい! それではエドワード様があまりに──」
規則と伝統を無視した父の言葉に司教が思わず抗議の声を上げる。が、父はそんな司教を一喝した。
「お前は王の言葉に背くつもりか。家族共々反逆罪となる覚悟があってのことだろうな!」
司教はブルブルと震えながら唇を噛みしめる。自分だけじゃなく、家族にまで罪に問われるとなってはな……気の毒に。
「司教、父の言う通りに。私は順番など気にしない。それで授かるスキルが変わるわけではないですから」
「……御意」
司教はギリギリと歯を食いしばりながらそう言うと、式を再開した。
「お次はシャーロット様」
「はい」
少し緊張した様子のシャーロットが前へと進み、式に臨む。しばらくすると聖像から白銀の光が彼女に降り注いだ。
「シャーロット様のスキルはな、なんと〈セイクリッドヒール〉! かの大聖女、イザベラ様がお持ちだったという伝説のスキルです!」
「「「おおッ!」」」
その場にいた全員が思わず声を上げた。何せ大聖女イザベラ様は初代国王を助け、このアイゼムアース王国を建国する力となった方だからな。
「……早く続きを」
父が不満げにそう司教に命令する。多分、アレクサンダーの時より皆の反応が大きいのが気に食わないのだろう。
(良かったな、シャーロット)
席に戻りながら嬉しそうに目配せをするシャーロットに俺は心の中でそう返事をした。
「では次は──」
そうして天恵の儀は続き……
「エドワード様、どうぞ」
ついに俺の番になった。
「エドワード様、ご立派でしたぞ。胸を張って行ってきて下さい」
「ありがとう、アンドリュー」
立ち上がる俺を側で付き従ってくれているアンドリューが励ましてくれる。“立派”と言うのは多分、司教のことを思って言葉をかけたことを指しているんだろう。
(”王族たるもの、常に弱者を思いやるべし“だもんな)
母とアンドリューが口を酸っぱくして教えてくれた王族の心得えは俺の中にしっかりと根付いている。だから……
(どんなスキルを授かっても俺は俺。これからもやることは変わらない)
自分を鍛え、得た力で誰かを助ける。そして誰に何を言われても、そんな自分を誇りに思うこと。俺はそれを母とアンドリューから教わった。
「では、天恵の儀を……おおっ!」
司教が儀式を始めるやいなや聖像から金色の光が溢れ出た! その眩い光はその場にいた全員を照らし、やがて消えた。
「今の光は……あっ、エドワード様のスキルは……えっ!?」
光が消え、自身の役割を思い出した司教が口ごもる。一体どうしたんだ?
(俺のステータスは?)
俺は近くに表示されているステータスに目をやった。
◆◆◆
エドワード Lv1(アノニマスLv1)
力 ──
防御 ──
魔力 ──
精神 ──
素早さ ──
スキル
〔 〕
〔 〕
〔 〕
◆◆◆
何だ……何も書かれていない?
「スキルが書かれていない? どう言うことだ?」
「エドワード様はスキルを授からなかったのか?」
「そんな馬鹿な。天恵の儀を受けた者は皆、何かスキルを一つ授かってきたではないか!」
呆然とする俺に周りのお喋りがやけに大きく聞こえる。天恵の儀を受けたのにスキルを授からない、そんなことがあるのか……
その後のことは正直覚えていない。とにかくその後、皆が帰り、聖堂には俺と父達だけになった。
「残念だ。お前なら素晴らしいスキルを授かると思っていたんだが」
いつもと同じように父の言葉には何の感情も込もっていない。
「ご期待に添えず、申し訳ありません」
俺はそう言って頭を下げる。が、正直まだ頭はよく働いていなかった。
“何故俺だけ……”
”何でこうなったんだ……?“
そんな答えの出ない問いばかりが頭ををよぎる。だが、次の父の言葉はそんな混乱にさらなる追い打ちをしかけた。
「お前は良くやってきた。が、スキルを授からなかったものを王子にしておくわけにはいかん」
なっ………
「かと言って、血の繋がったお前を王子としての資格を剥奪すれば非難は免れない」
それはそうだろう。スキルを授からなかったというは前代未聞かも知れないが、俺は別に罪をおかした訳じゃない。
「よって、今日からアレクサンダーを“第一王子エドワード”とする。お前は以後、王子でもなけれ我が息子でもない」
えっ……
予想外の言葉に思わず顔を上げる。が、父は既に踵を返していてその顔はもう見えなかった。
「数日の猶予をやる。お前は城を出て好きに生きろ」
父はそう言い残し、後妻とアレクサンダーと共に部屋を出ていった。
*
「エドワード様! 探しましたぞ!」
隠し通路を使って城を出てすぐに俺は誰かに呼び止められた。いや、誰かじゃない。この声は……
「アンドリュー……」
「エドワード様、この爺に一言もなしとは流石に冷とうございますぞ」
いつもと同じように接してくれるアンドリューに俺は少し気持ちがラクになる。だが……
「アンドリュー、俺はもうエドワードじゃないんだ」
俺はアンドリューに今までのことを全て話した。スキルが授からなかったこと、父から捨てられたこと……
「何と愚かな……王としても父としても愚劣の極みですなッ! 今すぐ素っ首を切り落としてやりましょうか!」
烈火のようなアンドリューの怒りに俺は何故かまた少し気持ちがラクになり……冷静に考えられるようになってきた。
「仕方ないさ。スキルを授からなかった俺が悪いんだ。ま、アンドリューに習った剣で冒険者にでもな──」
「それは違いますぞ、エドワード様」
アンドリューは俺の言葉を遮り、一冊の本を差し出した。
「申し上げたいことは色々あります。が、まずはこれを御覧ください」
そう言ってアンドリューが差し出したのは大聖女と共にこのアイゼムアース王国を興した初代国王の手記。歴史学の授業で飽きるほど読んだ本だ。
(何故今更……)
だが、アンドリューは無意味なことはしない。俺に関わることなら特に。だから、俺はとにかく言われた通りにページを開いた。
「これは我が家に代々伝わる原本でしてな。初代国王様直筆のオリジナルなのです」
アンドリューの言うことが事実ならこの本は国宝級の宝。それこそ金貨何百枚、何千枚の値がつくほどの。が、俺の注意はそんなことよりも本の内容に釘付けになっていた!
(本の中身が違う……!?)
本に書かれていたのは、俺がよく知る王が生まれた話から続く苦難と栄光の人生……ではなく、『クラス』と呼ばれる力についてだった。
(レベルの横に書かれたものが今のクラス……そう言えば確か……)
俺が念じると、青く輝く光で出来たステータスが現れた。
◆◆◆
エドワード Lv1(アノニマスLv1)
力 9
防御 8
魔力 6
精神 7
素早さ 8
スキル
〔 〕
〔 〕
〔 〕
◆◆◆
アノニマス、これが俺のクラスか?
「失礼……確かにこの本に書かれている通り、エドワード様のステータスにはクラスが書かれていますな」
アンドリューが俺のステータスを覗き込んでそう言った。
「つまり、エドワード様はスキルを授からなかったのではなく、初代国王様と同じ力を授かったのです。そんなお方を追放など……万死に値します!」
アンドリューが再び怒り出す。が、俺は力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「エドワード様、どうなされました!?」
「つまり、勘違いってことか……」
怒りはある。勿論悲しみも。大して調べもせず、俺のことを無能だと決めつけられ、追放されたのだ。
(確かにアンドリューの言う通りだな……)
父の俺に対する扱いは間違いだってことだ。でも……
(だが……それも無知ゆえのもの)
亡き母とアンドリューの教えには“無知なる者の無礼には赦しと知識を”というものがある。だから……
「俺はこの怒りを呑み込み、父の間違いを正してやらねばならないないのだな……」
まずはこの本を見せ、それから……
「それは違いますぞ、エドワード様ッ!」
力なく項垂れた俺の顔を持ち上げた。
「これはその補足事項が該当します!」
”王族たる者、無知なる者の無礼には赦しと知識を”、その教えに続く補足事項? 聞いたことがないぞ?
「補足事項?」
そう問うた俺にアンドリューは深く頷いた。
「“王族たるもの、無知なる者の無礼には赦しと知識を ”。この教えはこう続きます。”ただし、相手が王族や強者なら話は別! とっちめて格の違いを分からせてやれ!“と」
「は、はぁ?」
悪戯っぽく笑うアンドリューに俺は呆れ、そして少し遅れて笑いがこみ上げてきた。次第にそれで足りなくなった俺は体を折り、笑い転げた。だって、こんな馬鹿な話は聞いたことがない。何故なら……
「アンドリュー! それ、今作っただろ!」
「ホッホッホ。亡き王妃様のお気持ちを代弁しままでですぞ」
アンドリューは見抜いていてくれていた。理不尽な仕打ちで怒りと憎しみではきちれそうになった俺の心を。そして、同じように怒り、背中を押してくれたのだ。
“我慢することはない。馬鹿にした奴らをぶちのめせ!”
言外に秘めたアンドリューの想い、それが嫌というくらい俺には伝わった。
「なら、力をつけないとな」
この本によれば、クラスとは様々な条件を達成することで得られるものらしい。そして、更にクラスのLvが上がることでクラスに応じたスキルが得られるともある。
(色んなクラスを得ようと思ったら、城の中でぬくぬくしてる場合じゃないな)
クラスを得るための条件はいくつか書かれているが……中には魔物と戦ったりしないと達成出来ないものもあるからな。
「その通りです。エドワード様は力を得るため、自ら城を出ていかれるのです。追放された訳でも、追い出される訳ではありません」
クラスを得ようとすれば、追放されようがされまいが、どの道俺は城を出なければならないだろうな。
「あの教えの意味、今ならお分かりになるのでらないですか?」
“あの教え”とは、亡き母とアンドリューが教えてくれた王族の心得の最後の一つだ。それは……
(”王族たるもの、何よりまず自身の王たるべし“)
正直あまり意味が分かっていない教えの一つではある。“感情に振り回されないこと”という意味かなというくらいにしか思っていなかったが……
(運命は自分で選び取るもの、ということか?)
俺が城を出ていくことは決まっている。が、それを”追放されたから出ていく“なのか、“自らの意思で出ていく”のか、そこで全てが変わっていくということか。
「ああ。俺は自分の意思で城を出るよ、アンドリュー」
「それでこそエドワード様です」
誇らしげな表情で微笑むアンドリューは俺に旅をするための一式とそれをいれるためのマジックポーチを渡してくれた。
(これ、かなり高いやつじゃないか?)
城の中では誰も使わない──何故ならその必要がない──マジックポーチだが、アンドリューの勧めでたまにこっそり城下街を出歩いていた俺はその価値を知っていた。
(小さいのにかなり容量が大きい……)
腰にくくりつけたマジックポーチは全く動きの妨げにならない。にも関わらず、まだまだ余裕があるのだ。
「私が若い頃使っていたものです。よろしければ」
「ありがとう、アンドリュー。大切にするよ」
アンドリューには何から何まで世話になってしまったな……
(成長した俺の姿を見せてやらないとな)
そして、証明するのだ。皆が間違っていて、アンドリューが正しかったのだと言うことを。
「さあ行きましょう、エドワード様。夜が明ける前に森に入っていたほうが宜しいかと」
城の裏口は断崖絶壁と滝に囲まれているが、ここにも隠し通路がある。だが、距離はかなりあるからな。
「ああ、行こう」
俺がそう行ったその瞬間……
「その旅、勿論私も連れていって下さるのですよね?」
不意に背後から声がして、俺は動きが止まった。いや、止めたというよりも止められたというべきか。
(これは……怒ってるな)
俺が動きを止められたのは、声に驚いたからじゃない。その声から隠された怒りが……そう、いまだかつて彼女が見せたことのないほどの怒りを感じたからだ。
「シャーロット……君は」
「エドワード様。まさか私に何も言って下さらないばかりか、城に置いていくなどと仰る訳はありませんよね?」
淑女らしくにっこりと微笑むシャーロットは例えようもなく美しい。そう、まるで絵画に描かれた戦女神のように……
「悪かった。全て話すよ」
正直、ついさっき聞いたばかりのことばかりだから俺はシャーロットに何かを隠した訳じゃない。けど、自分のことばかりでシャーロットのことまで考えられていなかったのは間違いない。
「実は……」
名前と立場を父から奪われたこと
スキルはないが、クラスを授かったこと
そして、俺は全てを取り戻すため旅に出ること
「……なるほど。エドワード様のお考えは分かりました。婚約者としてアンドリューにも礼を言わねばなりませんね」
「勿体ないお言葉です、シャーロット様」
まだ少し残る怒りを抑えながらシャーロットがそう言うと、アンドリューは深々とお辞儀をする。
(ふぅ~、ひとまずこれで何とか)
シャーロットは控えめで穏やかな性格だ。そんな彼女が怒るのは決まって俺のこと。感謝しなきゃいけないな。
「では参りましょうか、エドワード様。隠し通路を使われるのでしょう?」
……ん?
「ちょっと待ってくれ、シャーロット。まさかついてくる気か?」
「そうです」
「そうですって……危険過ぎるよ」
思わずそう口走ると、シャーロットは俺をグィっと睨みつけた。
「だからこそです! 危険なのはエドワード様も同じ。貴方が怪我をされた時、聖女のスキルを授かった私は力になれるはず。いえ、そうするために私は天から〈セイクリッドヒール〉のスキルを授かったに違いありません!」
シャーロットの俺を案ずる気持ちが痛いくらいに突き刺さる。その真摯な想いに俺は心打たれ、同時に感謝した。
(大好きだよ、シャーロット……)
だが……
「気持ちは嬉しいよ、シャーロット。でも、君は女性だ。危険過ぎる」
「シャーロット様。お気持ちは大変御立派です。が、クラスを得るためにはダンジョンに潜ったり、魔物と戦ったりせねばなりません。いくら何でも女性のシャーロット様には危険過ぎます」
アンドリューもシャーロットの同行には反対らしい。ここまで言えば頭の良いシャーロットなら分かってくれるはず。
「分かりました。確かに荒野を旅するなど淑女の振る舞いではありませんね」
良かった。分かってくれた!
ジョキ……
俺が安堵したその瞬間、何かを切る音がした。
ジョキジョキジョキ……パサ
音は更に続き、バッサリと切られた髪が地面に落ちる。そして……
「これでお邪魔にはなりませんよね、エドワード様」
シャーロットは足元に散らばる金糸のような髪を踏んで微笑んだ。
(う、嘘だろ……)
全部分かってないよ。むしろ火に油だったんじゃないか?
「エドワード様。名前と地位を奪われたということは、私はこのままでは貴方と結婚することは出来ないということです」
!?
「……そればかりか、貴方から名を奪った相手と結婚しなければならない可能性さえあります。私は……私はそんなこと、耐えられませんっ!」
シャーロットの瞳から真珠のような涙が次から次へと溢れ出る。ああ、そうか。確かにそうだ。
(分かってなかったのは俺の方だな……)
俺は馬鹿だ……本当に馬鹿だな。
「エドワード様。シャーロット様と行って下さいませ。後のことはこのアンドリューが何とかしましょう」
「アンドリュー……何とかって」
シャーロットの気持ちを考えれば、ここで置いていくという選択肢はない。だが、俺だけでなくシャーロットまでいなくなったら大騒ぎだぞ!
「さてどうしましょう……女装でもしますかな」
「女装って……まさかアンドリューがシャーロットの代わりになるってことか!?」
「ホッホッホ……」
一体何の冗談だよ……でも、まあ、アンドリューなら何とかしてくれるだろう。
「ありがとう、アンドリュー」
「なんの。エドワード様をお願いしますぞ、シャーロット様」
シャーロットが差し出した手をアンドリューは優しく、そしてしっかりと握った。
「では、改めて参りましょう。出口までお送りします」
アンドリューが俺達を先導しようと歩き出したその瞬間……
バリッ!
突然、行く手を阻むかのように地面が割れた!
「どこに行く気だよ、義兄さん」
遅れて鳴った空を裂く音……現れたのは、俺の義弟アレクサンダー!
「いきなりどうしたんだよ、アレク──」
「僕はエドワードだよ、義兄さん!」
アレクサンダーは強い語気でそう言い放つ。
(確かに父さんはそう言っていたけど……)
もしかしたら今後は公の場ではアレクサンダーがエドワードを名乗るのかも知れない。だが、こんな身内だらけの場面で──しかも、当人である俺がいるこの場で──そんなことを言って何になるのだろう。
「俺はこれから父さんの命令通り城を出ていくところだ。邪魔しないで貰いたいんだが」
背にシャーロットがいるこの状況下……出来るだけことは穏便に済ませたい。だから俺はアレクサンダーを刺激しないように言葉を選んだ。が……
「確かに父さんはそんな甘いことを言ってたな。だけどね、義兄さん! 僕はあんたに生きていられちゃ困るんだよ!」
なっ……
(アレクサンダーに恨まれるようなことはしていないと思うが……)
何せ今までほとんど接点がなかったのだ。二人きりでいたことなんて数えるほどしかない。なのに何で……
「僕はいつも二番目。何をしても義兄さんと比べられては、”エドワードを見習いなさい“、”エドワードを見習いなさい“って……もううんざりだ!」
俺の知らないところでアレクサンダーはそんな目にあっていたのか。だがっ……
「けど、そんな日々とももうお別れ! 今日から僕がエドワードなんだからな! だから義兄さん、あんたは消えてくれないと困るんだよ!」
つまり、本物である俺がいたらアレクサンダーは俺になりきれないってことか? そんな無茶苦茶な!
「ここは私にお任せを。お二人は早く先へ!」
何を言っても無駄……多分そんなふうに考えたのだろう。アンドリューが前へ出るとゆっくりと剣を抜いた。
「アンドリュー!」
「大丈夫です。お忘れですか? この第一王子エドワード殿下の指南役にして“剣鬼“の称号を頂いた私の剣腕とスキルを」
「しかし……」
アンドリューの腕は知っている。それこそもう嫌というほどにだ。でも、アレクのあのスキルは危険すぎる。いくらアンドリューでも……
「お早く! 行きますよ、アレクサンダー様ッ! 〈秘剣:不知火〉!」
「僕はエドワードだ! 世話役風情が楯突くなッ!」
剣を振る瞬間さえ見えないアンドリューの剣……しかし、アレクサンダーの剣は更に速かった!
ブシャッ!
アンドリューの体から噴水のように血が……
「アンドリューッッッ!」
シャーロットがアンドリューの元に駆けつける。だが、俺は動けなかった。
(嘘だろ……嘘だよな)
空が割れ、地面が揺れる。世界が崩れていく……
(アンドリュー、俺のアンドリュー……)
小さい頃からいつも俺の傍にいてくれたアンドリュー
俺が始めて剣を握った時……
座学が嫌で泣いていた時……
そして、母さんが亡くなったあの時も。
いつもいつも傍にいてくれた。そして、励ましてくれた、叱ってくれた、鍛えてくれた。
(母さんが生きていたころから父さんとはあまり会えなかったけど、俺は寂しくなかった。だって、俺にはアンドリューがいたから……)
だから俺は、俺は……
ブンッ!
俺の物思いを断ち切るかのように空を裂く音がする。音さえ置き去りにするアレクサンダーのスキル……
(アンドリューはそのせいで死──)
ドクン……ッ
心臓が今まで感じたことがないくらい大きく鼓動する。そしてそれはだんだん速くなる。どんどん速く、強くなる……
「ハッハッハッ! 見たか、僕のスキル! 僕の力ッ! もう二度と誰とも比べられない! 誰からも蔑まれないッ!」
勝ち誇るアレクサンダーの言葉はもう俺の耳には入っていない。俺の心はもうアレクサンダーへの殺意で溢れんばかりだ。
(よくも……よくもアンドリューを!)
アイツのスキルが音より速かろうが、関係ない。俺の剣で……アンドリューに習ったこの剣で仇を取るッ!
「義兄さん、僕とやる気なのか? ならアンドリューと一緒に地獄へ送ってやるよ!」
殺すコロスころす殺すコロスころす……
◆◆◆
ダーククラス『リベンジャー』を獲得しました
◆◆◆
唐突に頭に響いた声は……ステータスからか?
◆◆◆
警告:ダーククラスのもたらす力は強大ですが、重大なリスクがあります。
クラスを『リベンジャー』に変更しますか?
Yes →No
◆◆◆
(リスクだと? 知ったことか!)
俺が“Yes”と念じながらアレクサンダーに斬りかかる。その瞬間、力が溢れてくるのと同時に心にある言葉が浮かんできた。
(これは……スキルか?)
どんなスキルかは分からない。が、俺は直感した。これは俺の復讐を果たすためのスキルだと!
「死ねよ、義兄さんッ! 〈光速剣〉ッ!」
アレクサンダーはそんな俺に余裕たっぷりな笑みを浮かべながら剣を構え、スキルを発動する。音さえ置き去りにする高速の斬撃。だが……
「〈バーストレイジ〉ッ!」
スキルと共に斬撃をアレクサンダーの剣に叩きつける! その軌跡は俺の怒りを吐き出すように赤黒く光り……
ズバッ!
俺の剣がアレクサンダーの剣を叩き折り、更には奴の体を袈裟斬りにする。丁度アンドリューがされたのと同じように……
「なっ……ガハッ!」
アレクサンダーがよろめき、膝をつく。追撃には絶好の好機だが、俺もまた膝をついていた。
(これが代償……か?)
傷を負っていないというのに体中が痛む。だが、奴に止めを指す力は十分に残っている!
「はッ!」
「わ、わわわっ!」
俺が再び振るった剣をアレクサンダーは地べたを転がって避ける。どうやら奴に負わせた傷はさほど深くないらしい。スキルと剣を叩き壊したせいで威力が減衰されたか……
「終わりだ……」
「い、嫌だ……僕はやっと、やっと!」
命乞いにも似た悲鳴を上げるアレクサンダー。例え体の傷は浅くても頼みの綱のスキルを破られた精神的なダメージは相当大きいらしい。
(だが今更許しはしないぞ、アレクサンダー! お前は俺の大切な人を踏みにじったんだ!)
俺は再び〈バーストレイジ〉を発動させ、斬撃をアレクサンダーに振るう……が、ダメージからか足がもつれてしまった!
ズバババンッ!
アレクサンダーから外れた斬撃が地面に叩きつけられる。丁度俺とアレクサンダーを隔てるように描かれたそれは底が見えないほど深い切り込みを入れた。
「ぐっ……」
「あっ……わわわっ!」
再び姿勢を戻して剣を構えようとする俺に恐怖を抱いたのか、アレクサンダーが後ろへと後退る。
(死──)
俺が再び剣を振りかぶったその時……
ビシ……ビシビシビシビシッ!
何かが崩れるような音に俺の手が一瞬止まる。しかし、それは次第に大きくなって……
ビシビシビシビシ……ドッカーン!
轟音と共に地面が割れ、俺の体は宙へと投げ出された!
「エドワード様ッ!」
急速に遠くなる景色……最後に目に入ったのは落ちる俺へと手を伸ばすシャーロットの姿だった。
*
”くそっ……くそっ……“
誰かの声がする。
“あいつ、許さないっ! 俺の大切な人を傷つけやがって!”
そうだ……アンドリューを助けなきゃ。まだ間に合う。急いで治療すればきっと……
”いつも……いつもアイツだ! アイツが俺から奪っていく!“
……いつも?
……アイツってのはアレクサンダーのことか?
“許さない……許さないぞ……絶対に復讐してやるッ!“
一体何のことだ……何を言って……
*
次に目覚めた時、俺の視界に飛び込んで来たのは木漏れ日だった。
(……ここは?)
どうも巨大な木の洞の中らしい。体に巻かれた包帯など手当てされているところを見ると、誰かに助けてもらったようだ。
「あっ! まだ駄目です!」
起き上がろうとした瞬間、体に激痛が走る。再び倒れ込む俺の近くへ誰かが駆け寄ってきた。
「無理しないで下さい。まだ動いちゃ駄目です!」
そう言って、俺に布団代わりの布をかけてくれたのは茶色の髪を長く伸ばした見知らぬ少女。
(この娘は……?)
周りは粗末ではあるが、雨露をしのげるようにはなっている。多分、この娘が連れてきてくれたんだろう。
「ありがとう。君が俺を助けてくれたんだろう?」
「そんな、大したことは! それより何か口に入れられそうですか?」
「分からないが、試してみたいな。何から何まで済まない」
「気にしないで下さい。今起こしますね」
少女の細腕に何故そんな力があるのかは分からないが、俺は上半身を起こされ、白湯のようなものを飲ませてもらった。
「大丈夫ですか?」
「ああ、飲みこむことは出来そうだ」
俺の言葉を聞いて少女はほっと胸を撫で下ろした。
「良かった。でも、今はこれで我慢して下さい。あなたは三日間目を覚まさなかったんですから」
「み、三日!?」
俺はそんなに長い間寝ていたのか!
「木がクッションになっていたので打ち身はさほど大したことはなかったんですが、至るところから出血していて……」
そうだったのか……
(これがカースクラスとやらのリスクなのか?)
凄まじいリスクだ。わざわざ警告が出るのも頷けるな。
「とにかく休んで下さい。私は食べ物を探していますから」
「ありがとう。そうさせてもらう」
カースクラスのこと、アンドリューやシャーロットのこと、そしてこの少女のこと。気になることは色々ある。が……
(今は休むしかないか……)
こんなに雑念だらけで寝られるのかと心配になったが、俺の意識は実にあっさりと閉ざされた。
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ステータスからの警告を無視して禁断のスキルを使ってアレクサンダーを撃退するも重傷を負ったエドワード。そして落ちた先で出会った少女は一体……
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ん? 読み逃し防止にポイントは関係ない? ……ですね(汗)