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第八話 由々しき問題

 そこにいたのはマイナスイオンのシンクレア様ではなく、魅惑的で刺激的な香りを駄々漏らす男性だった。健康的に日焼けした肌に、肩の下あたりまである緩いウェーブヘアは、金のハイライトが入ったダークブロンド。背も高く、人当たりの良さそうな笑顔に白い歯がのぞいていて、神官たちとは違った危険な色気がある。着ているものも、絹糸や金糸で細かい刺繍の施された、華美でかなり仕立ての良いウエストコートと、汚れひとつないブリーチ。それだけで高貴な身分なのがわかる。

 そしてまったく似ていないのに、この顔をまじまじと見続けていれば、なぜかクライヴに似ている気がしてしまう。


「君、聖女なの?」

「え?」


 男性はそう言うなり掴んでいた腕を強引に引っ張り、私を抱き寄せてうなじに顔を近づけて来た。ゾゾゾゾッと身体の中心を悪寒が走り抜け、一気に身の毛がよだつ。

 男性はすんすんと私の匂いを嗅いでくる。腕の力は強く、まったく抵抗が出来ない。男性は私を抱き寄せたまま、顔を上げて至近距離で目を合わせて来た。


「血の匂いがしないのに……」

「フェリシアン王太子! 聖女を放してください」


 聞き覚えのある低い声の方向に視線を向ければ、声の主は思った通りクライヴだった。その後ろにはシンクレア様や、お付きの者っぽい集団がわらわらと続いてやって来る。

 そしてどうやら彼は、あの日シンクレア様が言っていた、オシアノン王国の王太子殿下なのだろう。


 フェリシアン王太子はいまだ私を抱きしめており、私が少しも動かないようがっちりホールドしたまま、クライヴに問いかけた。


「本当にこの子は聖女なの?」


「まだ候補生ですが、いずれ。ですから放してください。フェリシアン王太子のお相手が出来る女ではありません」


「フェリシアン、だ。そう呼んでくれる約束だよな、クライヴ?」


 フェリシアン王太子の軽やかだった声が、急にトーンを落とした。可能な限り見上げて彼の表情を確認すると、とても醒めた視線をクライヴに送っている。


「……フェリシアン、彼女をいい加減放してください」


 クライヴの言葉で、フェリシアン王太子は腕の力を抜いてくれた。やっと自由になった私は急いでフェリシアン王太子の腕の中からすり抜けると、クライヴがすかさず私の手を引っ張って自身の背後に守るように隠してくれた。


 クライヴの背中越しに見えるフェリシアン王太子は、興味深そうにまだ私を見つめていた。


「また近々来る理由が出来た。じゃあ、クライヴ、そしてグレイド王国の大神官、私達は失礼するよ」


 フェリシアン王太子がクライヴとシンクレア様に手を振ると、渡り廊下を先に進んだ。その後ろを追うように従者たちが連なる。付き従う者達の中には、明らかにオシアノン王国の聖女らしき女性の姿がちらほらあり、一番最後に歩いて来た女性は、背後に光輪(ニンバス)があった。

 オシアノン王国の大聖女(ニンバス)は、黒に近いダークブラウンの髪を高い位置でシニヨンにし、スラッと細く長く伸びた首や手足が美しく、シャンと背筋を伸ばして歩く姿が印象的だった。


 そしてオシアノン王国の大聖女(ニンバス)は私の前まで来ると立ち止まり、なんと頭を下げた。


「我が国の王太子殿下が大変失礼しました。常にあのように女性に気軽に接する方なので、どうかそういう病と思って許してください」


「病……??? ですか……?」


 まさか大聖女(ニンバス)の口から、王太子が病と言い放たれるとは思わなかった。


「ふふふ、おかしいですよね。大聖女(ニンバス)ともあろう者が、自国の王太子を病と言うなんて。ですが、そう言って許しを乞いながら歩かねばならないほど、殿下は本当に女性にすぐちょっかいを出すんです」


 君主への悪口にもなりかねない発言なのに、この気品に満ちた大聖女(ニンバス)が言葉にすれば、なんだか微笑ましく聞こえた。


「大丈夫です。私も候補生のくせにすぐに捕まるのが問題なんです。これではすぐ魔物に殺されますね。技術を磨き精進します」


「いい候補生ですね。またお会いしましょう」


 オシアノン王国の大聖女(ニンバス)は美しい姿勢のまま、優雅に歩いて王太子の後を追った。

 イヴとは違う大聖女(ニンバス)のオーラに見惚れていると、顔の前で指をパチンと鳴らされた。


「おい、大丈夫か?」


 指を鳴らして私を正気に戻したのはクライヴだった。


「ありがとう、クライヴ。しかもこんなところで再会するなんて思わなかった」

「言ったろ。すぐにまた会えるって」

「ここで何してるの?」

「帰路につくオシアノン王国の王太子ご一行を見送りに来ただけだ。ガートルードは元気にやってたか?」

「ええ、まあ……」

「ん? なんだ?」

「はあ、実は、レイピアが出せなくて……」

「一週間も経つのに?」

「それ、言わないで。落ち込むから……」


 私とクライヴの会話を聞いていたシンクレア様が口を開いた。


「それは由々しき問題ですね……」


 シンクレア様は、この場にいたジョーをチラッと見た。そして私に近づくと、スッと肩に手を回し、ジョーとクライヴから離れるように私を壁の方へと押し進める。

 そしてある程度離れた場所でコソコソと耳打ちし始めた。


「このままではイヴを探すなんて夢のまた夢。レイピアが出せないなら、魔法以外の剣技や戦いの技術だけでも先に磨きなさい」

「でもどうやって」

「クライヴ様に頼みましょう。クライヴ様直々に剣の稽古をつけてもらえば上達は早い。そしてレイピアは、私が魔力を使う訓練をしにここに来ましょう」

「え?」

「大丈夫。老聖女たちには私から伝えておきますから」

「老聖女? あの最初に私を案内してくれた人がもしかして?」

「そうです。老聖女は戦いから離れた聖女達です。彼らが月門を取り纏めていますから」


 シンクレア様が私の肩に手を回し、私の耳元に顔を近づけて話しをしている時に、急に月門の建物側が開き、自室に戻ろうとしていた一般聖女(ミレース)や候補生達が現れた。

 彼女たちの反応は……もちろん目を丸くして固まっていた。

 私の胸の内はザワザワと胸騒ぎがし、彼女たちの瞳の奥にはメラメラと嫉妬心が渦巻きだしていた。


「では、ガートルード、明日は月門の第一訓練室へ。そこなら自室から階段で上に上がるだけですから、お友達のレイピアは必要ないでしょう。個人授業が出来ます」


 私は大慌てで、かつ聖女達に聞こえるボリュームでシンクレア様にお願いした。


「いえ!! ジョッ、ジョヴァンナも一緒に訓練をお願いします!! あ、そうだ、マーゴットっていう候補生もいて、その子もお願いします!!」


「は?」


 眉根を潜めて目を細めるシンクレア様に、私はお願いというよりも、ガンを飛ばすような目力で見つめながら強く言った。


「ね、シンクレア様!」


 別に聖女達の嫉妬なんて気にしていないけど、あまりに彼女達を煽りすぎれば、絶対に足を引っ張ってくるような行動に移して来る。私はダラダラと月門で足止め喰らってるわけにも行かないので、嫉妬した聖女達の対応なんてすることになったら困る。個人授業なんて何を言われるかわからない。


 ジョー! マーゴット! 巻き込んでごめんねっ!!


「仕方ないですね……お友達は二人までですからね」


 くそっ。お前のせいだよ、大神官!!


「聖女がそういう汚い言葉は控えてください」


 ちょっと、心を読むなよっ!!


「あなたの心が駄々洩れなんですよ。これは訓練のし甲斐がありそうです」


 シンクレア様は私にしか見えない角度に身体を移動してから極悪人の笑みを浮かべた。


 やっぱり性格悪いよ、この大神官……。


「そこらへんも含めて、明日から私をもっと知って頂けたらと思います」


 ちょっ、なんてこと言うんだバカヤロー!! 私を知ってもらえたらとか言ったから、聖女達が反応しまくってんだろ!! しかも無駄に顔近づけんなッ!!


 私の声が絶対聴こえてるはずのシンクレア様は、ゆっくりと聖女達の方へ振り返り、妖艶な流し目で彼女達を殺してから、オシアノンの大聖女(ニンバス)以上に優雅な足取りでクライヴのもとに戻って行く。

 

 クライヴは去り際にくるりと振り返って、私に向かって爽やかな笑顔で手を振ってくれた。


 それも……ここではアカン。


 この地獄に私を叩き落としたまま、シンクレア様とクライヴは太陽神殿へと戻って行った。


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