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第六話 月門で最初にすること

 太陽神殿と月門を繋ぐ屋根のある渡り廊下は、緑あふれる美しい中庭の景色に囲まれている。月門は門と呼ばれているが、聖女達の暮らす建物敷地全体が月門と呼ばれていて、入口は二箇所あり、一箇所は太陽神殿側に位置する裏口、もう一箇所は城郭の入口だ。

 三日月形の建物は、端と端がこの国をぐるりと囲む城郭と繋がっており、三日月で言うところの影の部分が広い中庭となっている。そして中庭中央にまっすぐ伸びた渡り廊下を通り過ぎると、この国の唯一の入口であり城郭の門であり、月門の正面口に辿り着く。


 一般の人々が出入りする際は、太陽神殿に事前申請をして、決められた時間にだけこの渡り廊下の通行許可が降りて月門正面口まで行く。案内も聖女や神官ではない神殿や月門で働く人がしてくれるので、渡り廊下や月門を通る際も基本的に聖女に会うことはない。

 太陽神殿側の渡り廊下は柱と屋根だけの開放的な廊下だけど、月門と城郭に繋ぐ渡り廊下は、密閉された窓もない“クローズドコリドー”と呼ばれる渡り廊下だった。だから月門側の中庭の様子は見れなくなっている。そして、城郭入口にはこの国を守っている聖女が必ずいるはずだが、どこにいるかわからない。


 イヴが大聖女(ニンバス)を失脚するまでは、グレイド王国周辺も他国同様昼間に魔物が出る事は稀で、安全なルートを通れば隣国にも行けた。今では昼も夜も、安全なルートと呼ばれた道でさえ、グレイド王国周辺では魔物が出る。だから城郭を出ようとする人間がいるとすれば、そうせざるを得ない生業の者や、外交が必要な上澄みの人々くらいで、一般国民が出る事はまずない。

 だからか、この太陽神殿と月門を繋ぐ渡り廊下は美しくは有れど、誰かの訪れをずっと待っているような、どこか悲し気な雰囲気を感じる。


 月門の裏口に着くと、建物に入る扉は両開きの重厚な木の扉だった。こんな重そうな扉をどうやって開けるのかと思ってみていたら、初老の女性がドアに取り付けられた鉄製のドアノッカーで扉をゴンゴンッと叩く。すると、男性数人がかりでやっと開きそうな扉が、嘘みたいにスッと開いて行く。開かれた扉の先では、緑色のショートカットの若い女性が立っていた。はつらつそうな雰囲気で、年は私と同じ十七くらいだろうか? 上半身は金属の鎧を装備し、髪の色と同じ鮮やかな緑のマントをつけており、その手にはレイピアがあった。


「ちわっす」


 はつらつといえばはつらつだが、とてもノリの軽そうな女性だった。


「初めまして……」

「こっからはウチが面倒みるけん。名前はジョヴァンナ・フォレストゆうんやけど、気軽にジョーって呼んでな」

「あ、私は」

「もう知っとる知っとる。ガートルードやろ? しかもあんた前大聖女(ニンバス)の姪っ子だってな。めっちゃ羨ましいわあ~。ウチら部屋も同室になるけん、よろしゅうたのんますぅ~」


 いつの間にか老女はいなくなっており、私とジョーの二人きりになっていた。

 ジョーは月門の中を色々と案内してくれ、魔法を学ぶ教室や、大食堂、魔道具の保管庫、聖女の暮らす寮などなど、陽気な独特の喋りで教えてくれる。


「それでもって、ここがウチらの部屋だ。ちなみにお向かいさんは同じ候補生やけど、これがまた変わっとんのや」

「どんなふうに???」

「悪い奴じゃないんやで。でもな、どっかの国のタロット占いとか言うんが好きな奴でな。捕まったら占いしないと離してくれん。そんでもって、これがクソほど当たらへんのや」


「アタシの悪口言わないでくれる?」

「ヒイィィ」


 悲鳴を上げるジョーの隣にぬうっと現れたのは、真っ黒なボブヘアーで、前髪で目元が隠れた小動物の様に小柄な女の子だった。やはり上半身は鎧をまとっており、マントは髪色と同じ黒だった。


「こんにちは新人さん。私は向かいの部屋のマーゴット。家名はないわ。この髪型でお判りの通り、私もまだ候補生よ。同じ候補生のよしみで占って差し上げる」

「いえ、遠慮しておきます」


 私が断っているにもかかわらず、彼女は口元をほころばせる。そして腕を横に伸ばすと、その手にはレイピアが現れた。


「聖女は魔法を使う際はまず手にレイピアを取り出すの。そしてレイピアを通して魔法を発動させる」


 マーゴットがレイピアを指揮棒のようにチョンと振ると、私の目の前に一枚のカードが現れた。早く手に取ってといっているかのように、輝きながらふわふわと浮いている。だから思わず手を伸ばして掴んでしまった。


 カードを表に返すと、満月の下で大鎌を持つ、おどろおどろしい死神の姿が描かれていた。


「幸先悪いわっ!!」


 私は思い切りカードをペチンッと床に投げ捨てた。それを見てジョーはゲラゲラと笑っている。


「ほれみてみい~。ろくでもない占いさせられるだけなんやて」

「まあ、失礼な! 死神はそこまでろくでもなくないわよ? 新たな出発や、再生だって意味するんだから」


 マーゴットは床でくたばっているカードを拾い上げ、ほこりを手でペンペンとはたいてから、私にまたも差し出してきた。


「せっかくだから貰って。受け取らないなら、受け取るまで占うんだから」

「それはイヤだぁ……」


 不気味な笑みを浮かべるマーゴットを見て本気だと思った。仕方なしに腰が引けた状態で、腕だけ伸ばして差し出された死神のカードを受け取った。


 マーゴットの洗礼の儀式が終わったところで、ジョーがやっと部屋の扉を開ける。そして振り返ると、耳元で指をチョキチョキと動かして私を見る。


「じゃ、とりあえず部屋に入ってまず髪を切りますか」

「誰の?」

「そんなん、ガートルードに決まってるやん」

「え!? 何で!?」

「聖女は髪型が地位で決まっとんのや。候補生は耳元くらいまで。一般聖女(ミレース)に上がれば肩くらいまで伸ばせる。指導者兼隊長補佐官(オプティオ)までいけばロングヘアーで、低い位置で結べる。その上の隊長(センチュリオ)ならポニーテールまで、二座聖女(ゲートキーパー)大聖女(ニンバス)はそれよりも高い位置でおだんごが多いかな? ってなわけで、まずは髪を切る事からや」

「そ……そうだったのか……」


 まったく知らなかった。

 その日、イヴと同じ自慢の水色の長い髪は、ばっさり切られて耳元までの長さになった。


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