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最終話 ヴァルキリーと死神

 神々の戦いが終わった世界から城壁は無くなることはなかった。新たな戦乱の世の幕開けとなったからだ。

 魔物が蔓延らなくなった世界では、人間達による本格的な領土争いが始まる。

 ガートルードは、戦いからは身を引き、シンクレアの実家の宿屋で働いていた。


 シンクレアの母は気丈な人で「冥府の神だなんて、大出世ね」と言って笑っていた。


 本音は寂しいはずだ。だけど、ホッとしてる部分も大きいそうだ。

 太陽神殿で実質奴隷のような人生を終えるのは苦しかっただろうし、そんな人生を強いた自分がずっと後ろめたかったと。


 息子がいずれ天に戻る神の子だったのなら、冥府で愛する人と暮らせて良かったと笑っていた。冥府なら、いつか自分も会いに行けるはずだと。その時には、息子に謝りたいと、涙を流した。


 ガートルードは自室に戻り、ベッドの下に隠した大きな箱を取り出す。

 中には指名手配書とクライヴに貰ったレイピアが入っていた。


 ガートルードは指名手配書を手に取り抱きしめた。


「あなたが恋しいのよ……」


 書かれているのはクライヴの似顔絵。とても良く描かれていたので、街中に貼られていたのを一枚拝借してきた。

 指名手配書を箱に戻すと、レイピアを持ち、中庭へ向かう。


 会いたくて堪らなくなると、宿屋の中庭でレイピアを振り続けた。

 クライヴに教えてもらったあの日を思い出して、完全に再現できるまで振り続ける。そうすると、あの日感じたクライヴの息遣いを思い出せたのだ。

 まるで、今自分の背中を包んでくれているような錯覚に陥れる。


 だが夢は束の間、レイピアの訓練を終えた後は決まって報われない想いに涙を流し続けた。


「久しぶりだね。ガートルード」


 聞き覚えのある男性の声がして、声がした方へ顔を向けた。


「ジェイ……」


 そこに立っていたのは、王国軍の戦闘服に身を包んだジェイだった。階級章を見ると、かなり上の地位だ。


「久しぶり。元気そうで何よりだわ」


「そうでもないよ。少し話があって立ち寄ったんだ」


「ああ、じゃあ中でお茶でも」


「いや、このままでいいよ。そのレイピアをまだ眺めていたいから」


 ジェイが視線を向けるのは、ガートルートが握るクライヴのレイピア。


「なあ、ガートルード。俺の軍に入ってくれないか?」


「戦地に行けと?」


「クライヴ様の夢だったんだ。このグレイド王国を民が心から幸せだと思える、平和で豊かな国にするのが。なのに、神官と聖女がいなくなった世界は、魔物と戦っていた時よりも酷い。同じ人間同士が傷つけ合い、騙し合い、殺し合う……」


「私はもう魔法のレイピアは出せないし、魔法は使えないの。とても力にはなれない」


「俺は、聖女達の戦う姿を間近で見た数少ない人間だ。しかも君にはクライヴ様のレイピアの技術があるじゃないか」


 ジェイはガートルードの持つレイピアを指差した。


「クライヴ様の夢を一緒に叶えないか? 時間は掛かるけど、そのレイピアがあればきっとやり遂げられる」


「そんなこと言われても……」


「俺の隊は全員クライヴ様の部下だった元騎兵警備隊員達だ。皆クライヴ様を失った悲しみを抱えながら、クライヴ様が指名手配者になるような人物でないことを証明しようとしている」


 ガートルードは思わず顔を上げてジェイを見つめた。


「悔しいじゃないか。魔物の子だろうと、クライヴ様ほど全ての国民を想う立派な方はいなかった」


 ガートルードはレイピアを抱きしめ、涙を流しながら頷いた。


 それから二十年後、ガートルードは自身で女性隊を率いるようになっており、戦地では戦聖女(ヴァルキリー)隊と呼ばれるようになっていた。

 彼女たちが現れると、長い苦しみの戦いはすぐに終わり、戦死者の魂を冥府へ導いてくれると噂が立つようになる。


 ガートルードはその噂に自嘲しながら鼻で笑う。

 冥府に導くことが出来るなら、すぐにでもしていると。


 今日もガートルードは敵兵に長い苦しみを与えないため、一突きで息の根を止めるつもりだ。


隊長(センチュリオ)、指示を」


 ガートルードの斜め後ろから声を掛けたのは、指導役兼隊長補佐官(オプティオ)

 かつて人々を守り抜いた聖女達に敬意を示し、今は国軍の階級名としてその名を受け継ぐ。

 

 騎乗したガートルードは、自身の後ろで整列する隊員(ミレース)達に叫ぶ。


「敵も人間。長くいたぶり殺すマネだけは絶対にするな。逃げる者は追うな」


 隊員達の力強い返事が響いた。誰もが皆ガートルードを信じて結束している。


「私達は戦聖女だそうだ。かつて私達を魔物から守ってくれた尊い者達と同じ名に感謝しよう」


 ガートルードは、月門の聖女達を思い出す。

 戦いの為に一生を捧げた者達。最後は惨い死に方をしたキンバリー様とフィオナ様。あんなにお姉さんに見えた二人だったのに、いつの間にか同じくらいの歳になっていた。

 共に成長し合い、戦いに身を投じた親友ジョーやマーゴット。彼女達の声が今でも脳裏に響いている。


『きばりや』

『占ってあげる』


 そして、大好きな叔母、イヴ……。


 強い風が一瞬吹き、どこからともなくタロットカードが舞い降りて来た。


 ガートルードの手にそのカードが落ちて来ると、描かれていた絵は死神。


「はは、マーゴット。君のタロットは本当に良く当たる」


 ガートルードはヘルメットの面頬を下げた。


「全員レイピアを持て! そして、この戦乱の時代を終わらせる為……」


 ガートルードは敵軍に向かってレイピアの先を向けた。


「戦え!!!!」


 戦場にはガートルード率いる女性兵士の声と、ジェイの率いる軍の雄叫びが共鳴しながら響き渡った。


 戦聖女(ヴァルキリー)が現れる戦いは、長い苦しみはなく、戦死者の魂を冥府へ導いてくれる……。


 他の戦いと違い、戦聖女(ヴァルキリー)の参戦する戦は、悪戯に長く苦しむ戦いにならない。


 戦が終わり、敵も味方も撤退して行く中、ガートルードは一人戦死者の山に佇む。


 彼らにも家族がいただろう。愛する者がいただろう。大切な夢があっただろう……。


 いつ、この苦しみが終わるのか。こんなことをしていて本当に平和な世の中に向かうのか……。


 遠くから死の淵にいる男の声が聴こえて来た。


「ありがとう……迎えに来てくれて」


 ガートルードはその声が気になり、辺りを見回す。


 小汚いローブを着た背の高い男が、戦死者を見下ろしていた。頭からフードをすっぽり被ったその姿は、どこかで記憶にあった。


 ガートルードは呼吸が早くなっていくのを感じる。目頭が熱くなり、鼻の奥が苦しくなってきた。

 ローブの男のもとまで勢いよく駆け出し、声を掛ける。


「クライヴッ!!」


 すっぽり被ったフードを、男は片手でおろした。

 あの日から何も変わっていない、漆黒の短髪に、凛々しい眉、理知的な切れ長の目、温かく品のある笑顔。

 ガートルードの方が年を取ってしまい、クライヴよりも年上に見えた。


「ガートルード、女っぷりを上げたな」


 二人は抱き合い、喜び合う。


「戻って来れたの? もう、どこにも行かない?」


 泣きながら笑うガートルードを、クライヴは微笑みながら優しく撫でるだけだった。


「まさか……また冥府に?」


「ああ。それが俺の仕事だから」


「仕事?」


 クライヴはポケットからくたくたになってしまったタロットカードを出した。


「マーゴットの死神……」


「ああ。アイツの占いは本当に良く当たる」


「まさかクライヴ……あなた」


「ああ、死者を冥府に導いてる。ずっと、戦場でお前のそばにいたんだ」


「私も連れて行って! クライヴがいない世界なんて……私には……」


 クライヴはガートルードを抱きしめて、また優しく撫でた。


「前も言っただろ? ガートルードは冥府では魂として光り輝き浮遊するだけ。冥府では一緒に過ごすことが出来ないんだ」


 腕の中で泣きじゃくるガートルードを、クライヴは更にきつく抱きしめた。


「絶対に自ら命を絶たないでくれ。今はそばに居られないけど、必ず戻るから。だから、精一杯生きて、笑っていてくれ」


 ガートルードは泣きながら頷くばかりだった。


 ✻


 ガーディアンズ共和国グレイド州の州都。教会の鐘が鳴り響く中、アスファルトで舗装された道路を、馬や馬車とともに一台の車が走っていた。

 車が太陽神殿の前で停まると、帽子を深く被ったスーツ姿の男性が、急いで助手席の扉を開けに行く。助手席から降りて来た中年女性は、さらりとした素材のワンピースに、丸みのあるクロシェ帽を被っていた。


「清々しい朝。今日も平和ね」

「ジェキル、急がないとミサに遅れる」


 男性からジェキルと呼ばれた女性は、朝の新鮮な空気をいっぱいに吸い込み気持ちよさそうに腕を伸ばしていた。左手の薬指にはムーンストーンの指輪がキラリと光った。

 ジェキルが見上げた太陽神殿の入口には、聖ジョヴァンナと聖マーゴット像が立っていた。


「ほら、早く」


 ジェキルは男性の腕に手を添えて太陽神殿の階段を上り、神殿内に入って行った。


 すでにミサは始まっており、讃美歌隊が聖歌第一番『日の光、平和な大地』を歌っていた。

 神が歌い作りし太陽の光あふれる平和な大地に、邪神が落ちた。神々は来るべき終結の日のため、聖歌に続きを作り、天の門を開く第二番『月光』と、大地を再生させる第三番『再生の光振るいて』を選ばれし聖女へ託した。聖歌は、今では第一番までしか歌われない。


 二人は静かに一番後ろの席に座り、始まった司祭の話に耳を傾ける。それは何百年も昔のおとぎ話。神々の戦いと、その後の地上での争い。


『死神を愛した聖ガートルードがこの地を平和に導き、やがて役目を終え、愛する死神に導かれた』


 ジェキルは話を聞きながら、どこか懐かしさを感じ、胸が締め付けられていた。


 教会をあとにする二人は、歩きながら話す。


「ジェキル、何を考えてる?」


「聖ガードルートは、死神と冥府で幸せになったのかしら?」


「いや、ガートルードは冥府では魂の光でしかないから、死神とは結ばれない」


「じゃあ、恋は実らなかったのね」


「実ったよ。彼女は冥神シンクレアに何度も転生させてもらっている。時代が進めば死神も街に戻れた。彼女は、生まれ変わるたびに死神と大恋愛をして愛され続けているよ」


「へえ~、あなたがおとぎ話に詳しいとは意外だったわ」


「一番詳しいかもな」


 突風が吹き、ジェキルの帽子が飛んで行くと、近くの川に落ちてしまった。

 青空の下に現れたジェキルの髪は、空のように美しい水色。


「ああ、お気に入りの帽子だったのに」


「取って来るよ」


「危ないからいいわ。その代わりあなたのを被ろうかしら」


 ジェキルが冗談でそう言うと、男性は帽子を取ってジェキルに被せてくれた。

 ジェキルは男性を見つめ、寂しそうな笑顔を見せる。


「私はシワが増える一方なのに、あなたって人はいつまでたっても出会った頃のまま。男の人って年を取らないの? ねえ、クライヴ(・・・・)?」


 黒い短い髪に、凛々しい眉と、理知的な切れ長の目。見た目は出会った頃の二十代のまま。


「幸せすぎて、永遠に君と生きていたいから歳を取らないのかも」


「そんなに幸せ?」


「当たり前だろ? だってジェキルと同じ時を過ごせるんだから」


 ジェキルは笑った。


「変な人ね。じゃあ、生まれ変わっても私に恋してね」


「もちろん、死んでも追いかけるさ」





 END





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