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第二十話 二人だけの記憶〜シンクレアの回想

 深夜の太陽神殿、シンクレアは自室で破れた紙を眺めながら、あの日を思い出していた。


 大聖女(ニンバス)が負傷した時は、治療する役目は大神官が担う。


 ある日、大聖女(ニンバス)イヴが負傷したとシンクレアの元に連絡が入り、急いで月門まで向かった。

 老聖女の案内でイヴの部屋まで訪れれば、イヴの傷は大した怪我ではなかった。


 部屋はイヴとシンクレアの二人きりだが、扉の外では老聖女が待機し、間違いが起こらないよう聞き耳を立てている。


「簡単な治癒魔法で済みます。大事でなく良かった」


 シンクレアがイヴの怪我をした手に触れると、すかさずイヴに何かを握らされた。

 シンクレアがどういう事か聞こうと口を開きかけると、イヴは被せて声を出す。


「シンクレア様、ありがとうございます」


 イヴは何事もないかのように微笑みながら礼を言った。


 太陽神殿の自室に戻ったシンクレアは、やっと手を開いてイヴに握らされた何かを見た。


 それは転移魔法陣の紙だった。転移魔法陣は、陣を描いた紙を中心で破り、それぞれの紙を転移地点に置くことで転移できる。どちらかの半紙が破れたり、違う術式を上から描き加えたり、燃えて無くなるなどすれば、転移はできなくなる。

 転移魔法陣の術式を完璧に描き魔力を込められるのは、ごく一部の者だけという高度魔法である。


 シンクレアはまさかと思いつつも、その紙を自室の床の上に置いておいた。


 夜、月門も太陽神殿も寝静まった頃、シンクレアの部屋に置かれた転移魔法陣が輝き始め、イヴが現れた。


 すでにベッドで横になっていたシンクレアは慌てて飛び起きる。


 イヴは窓から差し込む月明かりに照らされながら、おろした長い水色の髪を揺らしてシンクレアに近づいてきた。


「このような形で忍び込んだこと、お許しください」


 イヴは甲冑ではなく、肌触りの良さそうなナイトドレスを着ていた。イヴが歩くたびに柔らかい生地は彼女のボディラインを拾い、扇情的なおうとつを浮き彫りにする。

 シンクレアは邪な感情が読み取られないよう必死に心を閉じる。

 すでに就寝時間なのだから、ナイトドレス姿など当たり前の姿である。シンクレアだって神官のローブは着ておらず、ズボンしか履いていない。

 上半身が裸だった事に気がついたシンクレアは、慌ててナイトローブを取ろうと立ち上がると、イヴにその手を掴まれて止められた。


「そのままで大丈夫です」

「いや、しかし……」


 イヴはこの上なく美しかった。シンクレアにとってイヴは聖女ではなく、出会った頃から女神だった。こんな状況では、自分の理性が保てるかの方が不安だった。せめて、ナイトローブを羽織る事で武装したかったのだ。


「何か、忍び込まなければならないような深刻なことでもありましたか?」


「はい。シンクレア様にお話ししたいことがあります」


「話?」


 イヴはシンクレアから手を離した。


「ひとつ目は私の姪の話です。姪は聖胎を経ずに魔力を持って産まれました。知っているのは本人と私だけ」


「聖胎を経ずに……? そんなこと、ありますか?」


「サンディヒルの昔話に一人いますでしょ?」


「……ああ、聖女リョーコ。でもあれは召喚された聖女で、神殿の神官たちが関与している。神殿の関与なく普通の両親から魔力を持って産まれたなど聞いたことがない」


「聖女リョーコも召喚という方法で呼び寄せられてしまっただけで、普通の両親から生まれた少女でした。神ではない、普通の両親から生まれた、それが重要なんです」


「イヴ……それくらいの話なら、何もこんな危険をおかしてまで話す事ではなかったのでは?」


「本題はそこではありません。どうか、最後まで聞いてください」


「まさか危ない事をしようと? その姪御さんと何かするつもりですか?」


 イヴはシンクレアの目をまっすぐに見つめている。


 嫌な予感がしたシンクレアは、イヴの腕を強く掴んだ。常に飄々としているシンクレアにしては珍しく、瞳には強い感情が見え隠れしている。


「大聖女の心は読めない。あなたはどんな危険なことをしようとしているんですか?」


「聖女の役目がどれも危険なのは当たり前です。命を捧げるようにと、私達は産まれる前から定められてるじゃないですか」


「ダメだ」


「ダメって、まだ話は終わってませんよ? 私の姪にはおそらくリョーコが憑依していて、彼女の果たせなかった役目を背負わせようとしています。私は……私のエゴで、それを阻止してしまいました」


「阻止? では、危険に飛び込むわけではない?」


 シンクレアはほっとして軽く息を吐いた。


「姪には魔力がある事を秘密にするように言ってます。月門にさえ入らなければ、聖女になることもなく、リョーコの意思を継ぐこともない。リョーコさえ姪から離れれば、姪の魔力はなくなり、普通に幸せに暮らせると思ったんです。なのに……別の憑依者が現れる兆しはなく、魔物の数は毎日のように増えています」


「イヴの姪御さんにリョーコが憑依してると、なぜわかるんですか?」


「姪が生まれて間もない頃、彼女に触れる機会がありました。彼女に触れた瞬間、走馬灯のようにヴィジョンが私の中に流れ込んできて、最後にリョーコが姪のそばに立っているのが視えたんです」


 唐突にイヴが腕を振り上げると、シンクレアの両腕が魔法で縛り上げられた。


「なっ? イヴ、いい加減にしてください。一体何を考えてるんです。私を縛り上げて、月門から脱走でもするつもりですか?」


 だがイヴはシンクレアの予想を裏切り、離れるどころか更に近づく。


 イヴはシンクレアの裸の胸をまじまじと見つめていた。

 そして、唖然とイヴを見ていたシンクレアを、彼女は手でトンと押す。シンクレアはそのまま後ろにあったベッドに崩れ落ちるように座り、その膝の上にイヴはまたがってきた。


「イ……イヴ?」


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