読めちゃうヴィランくんと切り札になれないお姉さん
一撃を大楯で受け止める重騎士。その横から飛び出して躍りかかるも、完全に予測していたのろう、膜翼を翻し、少年は頭上へと逃げおおせる。
それを追随するように水の弾丸が数滴放たれるが、耳障りな哄笑と共にあっけなく避けられた。
そう、全て読めている。
黒の翼をはためかせ、少年は楽しそうに哄った。
「んはっ、ふははっ! だから、無駄だっての!」
「チィッ……!」
「もう一度です!」
「お待ちください」
再度、仕掛けようとする三人を遮り、後ろで控えていた白衣の女性が前に出る。
刺繍の入ったワンピースも、泥のこびりついたブーツも汚いのに、なぜか清廉さを感じさせるのは、その面差しが強い意志と清らかさに満ちているからか。
彼女は仲間の前に立つと、すっと腕を横に伸ばした。
「ここは私に任せて、先に進んでください」
「いやっ、しかし!」
「人数が多いと邪魔になります。それに、一刻を争うのですから」
「だが、君は回復要員として同行しているじゃないか」
「関係ありませんよ。もはや」
そう、ここは最終決戦の地。
生きて帰ることはないだろうと、全員が覚悟を決めて乗り込んできた。
残すはラスボスたる魔王と、目の前の四天王一人。
「……行こう」
「だがっ」
「問答するだけ時間の無駄です。任せましたよ、レニエさん」
「はい」
未だにぐずる剣士を引きずるように、重騎士と魔術師が先に進もうとする。
それを読んだ少年がさすがに阻止を試みるが、横合いから飛んできた火術に思わず飛びのいた。
いや、ブラフだ。
実際には魔法など使われてはいない。ただ一つ、想像のみで行動を制御した。
にまりと笑う女性。その隙に駆け抜けていく三人。
少年は臍を噛むが、過ぎたことは仕方ない。残されたのは回復役の女一人だ。さっさと始末して、こいつの仲間を背後から襲えばいい。
「……二人きりですね」
「はっ、ちょっとカンが良いみたいだが、その程度でオレにっ!?」
直後、四方八方から襲われる未来が読めた。
慌てて後退れば、向こう側でにっこりと笑う女性と目が合う。
「やはり、そうですか。あなた、頭が良くないようで」
「なっ?!」
「人数が多いと、読める思考も少ないのでしょう? 回避行動ばかりでしたし、時間を稼ぎたいのかとも思いましたが」
「そ、そんなことないもん!」
慌てて否定するが、それは肯定も同じだった。
あわあわと言いつのろうとする少年の姿を見て、レニエは笑みを深めた。
「こうして二人ですと……相手に集中できますものね?」
「え……」
そうと理解しているのに、なぜ、二人きりになったのか。
少年の背に何か、得体の知れない恐怖が張り付く。
「なっ、何をする気だ!」
「いえ、身体的な接触は何も」
「な、なにも……?」
「はい。あなたはただ、私の考えを読んでくれれば良いのです」
人のいい笑みを浮かべて。
そんなことをのたまう彼女には恐怖しか感じない。
読めばいいだけとは何だ。
何を考えているかわからず、少年は女性の思考を読み始める。
「みゃあぁー!! なっ、んなあぁー!」
「あっはは! 読みました? 読んだんですね!」
真っ赤になって叫ぶ少年に、興奮して頬を染める女性。
「だっ、誰がっ、誰がお前なんかとっ!」
「あらやだ、そんな目で見て……」
「おっ、おおおおおお前が変なこと考えたんだろうがっ!!」
「だってあなた、可愛いんですもの。ここで働いているなら成人済みですよね? 合法です!」
「だからって逆セクハラはいけないんだぞっ!!」
レニエの脳内で展開されていたのは、少年を慈しむ彼女の姿。
ばぶみを感じておぎゃっている彼を抱きしめて好き放題触り尽くしている痴女。
読めるが故のとんだトラップである。
「お好きなくせに」
「そんなわけあるかっ!」
「そうですか……。では、こちらは?」
「おわぁぁあああ!!」
「喜んでいただけました?」
「なっ、なっ、これっ、さっきの……!」
「はい! 私の仲間たちとあなたの、めくるめく恋の四重奏……」
「やめろォーーーー!!」
「ンもう、わがままですね」
ぷくっと頬を膨らませる姿は可憐であるが、脳内はとんでもないことになっている。
肩で息をしつつ、少年は涙目になりながら彼女を睨んだ。
「貴様っ! いつもこんなことを考えているのか!?」
「気になるところそこですか? まあ、いつもではありませんが、大体は」
そのためいつでもニコニコ笑顔である。
それを感じの良い人と捉えるのは周囲の自由だ。
「それに、考えが読める人がいるなら妄想セクハラはしたいじゃないですか。好みの外見ならなおさらですし、リアクションが面白いなら興奮も倍ドンです」
「開き直っている……!」
「ということで、次に行きますよ。どれがいいですか? 男と女と犬と海藻と……」
「なんで相手の選択肢に変なのが入るんだよ! いやだよ!」
「わかりました。では強気女子に攻められるということで」
「う、うわぁあーーーー!」
玉座の間では今まさに最後の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
「よくぞここまで来たな」
「はっ、お前の命運もここまでだ」
構えて対峙する両者。
壁に据え付けられたランタンの光がちかりと瞬いた。
「魔王様ぁーー!」
「えっ、デニス?」
「えっ、さっきのやつ?」
「レニエさんは!?」
「まってしょうねぇーーん! って、みなさん!」
飛び込んできた少年と、追いかけてきた女性。
一体何があったのか、デニスは目に涙をあふれさせている。
「どうしたデニス!」
「あっ、あの女があぁ~!」
「ふむ……女、我は全ての魔族の能力を備えておる。貴様が何を考えようと、全てお見通しであるからな」
「なるほど」
レニエは魔王を上から下までじろっと眺めた。
黒のローブにマントが邪魔をして体格はわかりづらいものの、声の渋さも顔立ちの良さもまさしくイケオジ。整えられた顎髭も彼の色気を引き立てる装飾品にしか見えない。
瞬時に脳内に展開する魔王と四天王の仕事風景レニエ妄想ver。
他の仲間に気付かれないように職場でイチャコラするドキドキとスリルと味わう毎日。本当はみんなにバレバレであることは二人は気付かない……。
「ちょっと待て! お前! ちょっと待て!」
「私ですか? なんでしょうか」
「そんなことは断じてないからな! デニスも離れなくて良い!」
「まあ! 今のはプロポーズ」
「なわけあるか!」
「え、あー……あの……?」
「お前らっ!」
レニエを見て怒鳴っていた魔王が剣士たちの方を振り向く。
「こいつを連れて帰れっ!」
「えっ」
「あらまあ、では取引しましょう。殺し合いよりも有益ですもの」
にっこりと。
脳内で激しめの妄想を展開しつつ提案するレニエ。
仲間たちには何が何だかわからないまま、最終決戦の幕は下りたのである。
「でも、魔人たちにも人の道理が通じるとは思いませんでしたわ」
「……元々は人間だ。少しばかり、魔障に耐えられるような進化はしたけれど」
魔王城の客室にて、レニエとデニスが向かい合ってお茶をしている。
そもそもこの魔王討伐。並人たちの国が一方的に精鋭を送り込んで暗殺しようとしただけである。
情報を得て、大きな被害を出すことを厭うた魔王が、自らと共に死んでくれる部下を募りそれっぽい雰囲気を出して迎え撃っただけだ。
追い返すことができるならそれでよし、死んでしまうならばそれも致し方なし、と。
「平和裏に終わってよかったです」
結果的に、話し合いによって両国の間に条約が結ばれることになった。
その立役者として、レニエは魔王城に滞在しているわけである。
「そりゃ平和って言うか……最終的にはそうなんだけどさ……」
ぐったりと項垂れるデニス。
その頭をよしよしと撫でながら、幸せそうに微笑むレニエ。
やっと見つけた理想の合法ショタである。逃さないような交渉は既に済んでいる。つくづく魔王が思考の読める理性的な人物であったことに感謝の念が止まない。
なお、レニエの性癖は魔術師と重騎士にばっちりバレていた。
交渉の席に着いた彼らに、魔王が「彼女は交渉に現れないか」という問いかけて、魔術師はうんざりとした顔で「あれを切り札と思われたら困る」と返したらしい。
基本的にレニエは善人であるし、親切ではあるが、面の皮も厚ければ一つの事に執着するととことんまで手放さない頑固者でもある。
回復という特技があるので旅には同行させざるを得なかったが、前面に出していい人物ではない。
なお余談として、剣士は彼女に微かに惚れていたけれど、今回の事で完全に思いは砕け散っている。
他愛ない会話とお茶を楽しんでいる二人。
手元の飲み物が切れて、レニエは笑顔でデニスに口を開いた。
「では、いつものやつをしましょうか」
「ひっ!? ……い、いや、レニエ!」
「はい。え?」
こちらで世話になるにあたり、日課のように妄想セクハラを繰り返していたレニエであるが。
少年に両手を握られて、初めての事に目を丸くする。
「さ、触っていいから、そういう妄想はやめてく、ひいぃっ!?」
急に流れ込んできた、今までの比にならない過激な行為。
それに慄いていれば、逆に手を握り返される。
「お触り大歓迎なんですね淫乱宣言ですねやりたい放題ですかね!?」
「や、やめっ……」
「わかりました全力で喜ばせますね覚悟してくださいねッッ!!」
覚悟とは。
自らの失言で変態を引き返さない道に誘導したデニス。
後悔よりも先に流れ込んできた思考に翻弄されるまま、誰ともなく助けを求める。
それすらレニエにからめとられると知りながら。
ムーンとかそっちの方に載っけたほうが良いのかなとか思いつつ
怒られたらやり直します。