前世エルフの私が病弱王女に転生したのには理由がある
かつてこの世界は危機に陥った。魔王の復活である。魔物が蔓延り、冒険者達は総出で弱き者達を守った。やがて勇者が現れた。細身のレイピアを操る勇者を皆、いつかそのレイピアが折れるのではと心配していたが、魔王を倒すまで、そのレイピアは折れる事は無かったと言う。
勇者は言ったそうだ。
「この剣は俺の幼馴染の力が込められている。この旅の間、ずっと俺を支えてくれた。ユリネーラに感謝を…」
そう、涙を流したと。
魔王を倒した後、役目は終わったとばかりにレイピアは粉々に砕けたのだ。
更に不幸は続く。勇者は魔王に呪われてしまっていた。勇者は死ぬ事の出来ない身体になったのだ。
彼は今も、旅を続けていると言う。
エルフである、幼馴染を探して…。
「…探しても、会えないのに」
たったそれだけ話しただけで、咳き込む身体。
前世、エルフが聞いて呆れる。
あのレイピアは、私が両親に願い倒して、私の魂を媒体に作ってもらった、特別製だった。
魔力の高い私の加護のおかげで旅はなんとか進んだ。
時折寂しそうに私の名を呼ぶノアには胸が痛んだが…いや、痛む心しか、残っては居なかったんだったな。
しかし魔王に呪われたなど、そんな兆候は感じなかったのだが。ノアは今も本当に生きているのだろうか?
私はこの大国の末姫として、生を受けた。
ただ、とことん病弱だった。
風邪を引くのは日常茶飯事。食物もなかなか喉を通らないから、痩せていて、身長も低い。
あぁ、あの頃は良かったな。
あの自然に囲まれた村で産まれたノアは、元気いっぱいで。私は弟の様にノアを可愛がった。
あいつはいつも私の周りをうろちょろして。読書の邪魔ばかりするから試しに剣を持たせたら、なんかめきめき強くなって。
勇者の御印があいつの左胸に浮かんだ時には、不覚にも泣いてしまった。
私が剣なんて持たせなければと後悔ばかりした。
既に魔法使いはパーティーに居たが私より弱かったし。聖女は名ばかりの色ボケ。タンクはその聖女に首ったけ。最悪のパーティーだった。
更に聖女が私がついて来るのをこれでもかと言うくらい嫌がった。タンクはそんな聖女を宥めながらも私に敵意を剥き出しで。魔法使いも自分の居場所を奪われると思ったのだろう。私がついて行く事は不可能だった。
でも、あのパーティーに私の大切なノアは任せられなかった。
だから、剣にしてもらった。
それが昔話の真実だ。
「姫さま…ようやくでございますよ」
侍女が私に優しく声をかけてきた。そうか、本当にノアはいきてようやく見つかったか。
「私、早く会いとうございます。こんな姿でも、大丈夫かしら…」
「少しだけ、お召し替えしましょう。せっかく憧れの勇者様にお会い出来るのですから」
私は両親と兄姉の溺愛、更に自国が大国である事を大いに利用した。
死ぬ前に、勇者様に会いたいと泣いたのだ。
それまでどれだけ苦しかろうと涙を堪えていた娘の我儘に家族は胸を打たれたらしい。
必死にノアを探してくれた。感謝しかない。
ノアはきっと私がユリネーラだと気付いてくれる。私の耳はもう尖ってはいないし、髪も銀髪じゃない。
それでも、きっと、気付いて…くれる、筈。多分。段々自信が無くなってきた。
ようやく対面出来たノアは、あの頃のままだった。あの日、私が砕けた時のまま。
まるで敢えてそうしているかのように、あの頃のままだった。
「ユーフィミア王女殿下、お初にお目にかかります」
堅苦しい挨拶。他人を見る目。なんだ。なーんだ。ノアにとって私なんて、結局その程度の存在だったんだ。
だから、利用、してるのかな。馬鹿な事をして。本当に。馬鹿なんだから。
「もう返して」
「………は?」
ぼかんと口を開けたノアに、私は小さな手を精一杯伸ばした。
「私の魂の欠片を返して頂戴ノア。もう随分生きたでしょう。もう、これ以上は苦しいだけよ」
確信があった。魔王の呪いなんかじゃない。ノアが長く生きているのは私の砕けた魂の欠片をノアが持っているからだ。今の私に欠落があるのが何よりの証拠。
「………まさか、ユリネーラ?」
「気付くのが遅い。なんでこんな真似したの?魔王を倒して、英雄になって、家族を持って幸せに暮らしてくれるとばかり……」
「幸せに…………?」
ノアが伸ばしていた私の手を掴んだ。
悲痛そうな面持ちで、私の手を壊れ物の様に剣ダコのついた大きな手で包みこんだ。
「君が居ないのに、俺が幸せになれると、本気でそう思っていた?」
その綺麗な青い瞳から涙がこぼれた。
「馬鹿だろう?ユリネーラ、君が砕けたその瞬間、君が、ずっと傍に居てくれた事に気が付いたんだ」
「ノア、貴方……」
「もっと早くに気付いていれば魔王になんか挑まなかった!君を抱えて、何処か遠くへ逃げ出して居たよ!!だって俺にはユリネーラ以上に大切なものなんて無かった!無かったんだ!!」
ノアの大きな声に人払いしていた侍女が慌てて入ってきた。
私を抱き締めているノアに驚いて、人を呼ぼうとするのを首を振って止めた。
「ごめんねノア、私は、正直貴方を守る事しか考えて無かった」
「俺は、帰ったら、君にプロポーズする事ばかり考えて頑張って居たんだよ」
私は驚いた。まさか、そんな事を考えていたなんて思ってもみなかった。
「今からじゃ、もう遅い?俺はずっと、君を待っていたんだよ、えっと…ユーフィミア王女殿下、私と結婚してくれますか?」
そう言って、ノアは自分の首からペンダントを取った。そのトップについているのは、間違いなく、前世の私の魂の欠片だ。
それをそっと受け取ると、今までの不調が嘘の様に身体が軽くなった。
血がめぐる。呼吸が楽になる。
あぁ、これでようやく私は…………。
「待たせてごめんなさい。ううん…待っていてくれてありがとう。私も、貴方の家族になってみたいわ!」
遠い遠い、昔の話。魔王を倒した後、独り旅をしていた勇者の呪いを、とある国の王女様がその愛で祓ったそうだ。病弱だった王女も、勇者の大事にしていた宝により、快方に向かい。
二人は仲睦まじく、双子の子宝に恵まれて、人より少し長く生きた後、二人で手を繋いだまま、天寿を全うした。
めでたしめでたし。