第8話 再生と創世の神話
アロとチェリは帰る前に、河原の『浄化』を行うと言った。
「……お前、魔物って倒された後、どうなるかわかるか?」
「えっと……死体が残る……?」
「普通の動物が変化しただけの魔物なら、その死骸を片付けるだけなんだけどさ」
ビッ! と、アロが杖である場所を差した。
何だかその周辺は小石や地面がボヤっと黒く、煤のような黒い塵が空中に飛んでいた。
「焼け跡?」
「死骸を片付けても、あんな風に地面に“呪い”が残る場合がある」
「呪い……って?」
「“呪い”っていうのは“穢れた魔力”であり、それが生み出すのが“毒素”だと云われている。あれを放っておくと、周りの草木が枯れたり、水が汚くなるとか……とにかく、周りが酷い状態になっていくんだ」
自然界にあるという魔法の力である魔力。それは適度な濃さで自然に紛れて漂っていれば良いのだが、魔物が死ぬとそこに“穢れた魔力”がヘドロのように溜まって“毒素”を出して動植物を破壊していく。
少量ならば自然が自己回復で“毒素”を散らすが、大量の魔物が死んだり、普段からその土地にないはずの“穢れた魔力”が溜まったりすると、土地は多くの“毒素”を散らしきれない。
自然の自己回復と“毒素”の侵食、どちらが進行が早いかと言えば“毒素”の方だ。
『浄化』とは“毒素”を無効化して、土地の回復を早めるための魔法の処置のことだった。
「だからアレを見つけたら、なるべく早めに引っぺがして薄めてやる。自分たちの住む場所から『浄化』をするのが世界中の【精霊族】の役目なんだ」
「アロたちの役目? 他の人は?」
「俺たちはあくまでも自主的にだ。でも【精霊族】が信仰する『星の女神』の教えに、世界を浄めて守っていくことが俺たちの使命だと書かれている」
――――『星の女神』の使命……
記憶云々の前に宗教のことはよくわからないと思ったが、ボウガの中で何かが引っかかる感じがした。
「ー、ーーー」
「よし、やるぞー! せーのっ……!」
ボウガが少し離れた場所へ移動すると、川辺りで兄妹が『浄化』を始めようとしていた。
バシャンッ!
アロが杖の先端を川の水へと漬ける。
それをすぐに杖を持ち上げると、サラサラと流れていた川の水がまるで水飴のように杖の先に大きな玉状になってくっ付いていた。
「よっ……と!!」
「ーーーっ」
アロが勢い良く杖を振ると、水の塊は漁の網を広げたように地面にばら撒かれた。すると、水が落ちた場所から青白い光が発生する。
光が発生した場所の上、今度はチェリが手をかざすと、地面に一瞬にして5センチほどの細長い草が生えてきた。しかし草は消えてしまい、替りに今度は薄い緑色の光が地面を覆う。
――――なんか、面白いな……
光ることを無視すれば、魔法というより農作業のような動きである。
作業が進むにつれ、辺りの空気が明らかに変わっていくのに気が付いた。吸い込む空気に花のような香りが混じって、とても呼吸がし易い。
「浄化、すごいなぁ……」
清浄な空気が身体に染み込んでいく。地面や空気だけでなく、人体にも良い影響があるように思える。
…………………………
………………
「………………」
ボウガが二人の作業をボーッと見ているうちに、ふと目の前に河原ではない光景が広がる。
どこかの部屋で、自分の隣りに誰かが座っている。
『―――……で、これが仕事……』
何を言っているのかはっきり聞こえないが、隣りに座っているのが“女性”で“絵本”を広げて読んでくれているのが解った。
『そ……あなたが、いつか……』
断片的に浮かぶ姿や声に不思議な安心感を覚えた。
――――……懐かしい気がする。
たぶんこれは自分の小さい頃の記憶で、隣りの女性は母親なのだろう。はっきりしないのに、心の中では確信めいたものが込み上げてきた。
――――顔、判ればいいのに。
姿も顔も、ぼやけてしまっているのが悔しい。
もっとしっかり見ようと顔を上げた時、
《ボウガ、大丈夫……?》
トントンと肩を叩かれると同時に声が聞こえた。
「…………チェリ?」
「ーーー?」
目の前に女性に替わってチェリの顔がある。
「終わったぞ。なに、ボーッとしてんだよ」
チェリの後ろには呆れたような顔をしたアロも立っていた。もう手に杖を持っていない。
「眠ってた……のか」
「目、開けたままだったぞ。器用な奴だな」
「…………そっか」
あの女性も夢だったかもしれない。それでも、やたら胸にもやもやとしたものが残る。
「まさか、何か思い出したのか?」
「ん……わからない」
さっき何かを掴みかけていたのは事実だ。その正体はわからないが、先ほどから胸にもやもやとした膜が張っているような感覚がある。
「何でもないなら、周り確かめてから帰ろうか。以外に早く終わったけどな」
「ーーー」
兄妹はもう一度、川の方へと歩いていく。ボウガはその時、チェリの後ろ姿が何だか無性に懐かしくなった。
――――もしかして、チェリはオレの知ってる“誰か”に似てるかもしれない。でも……
思い出せないことに悔しいと思う反面、それがわかった時が来るのが怖いと思ってしまった。
……ぱしゃん。
アロが片手で川の水を掬ってじっと見詰める。
「今回は川の外だったし、大した汚染がなかったのが救いだな。これなら、隣町に近い川下へ流れる前に水中に“毒素”はほとんど無いはずだ」
「ーーーー?」
「あぁ、森の木の実も採って大丈夫だよ。少し持って帰ろう。村のみんなにも教えとかないと」
ここ三日間で完全に『浄化』が終わったようだ。
三人は帰りがてら森の木の実をいくつか採っていく。木の実の種類はチェリがよく知っているので、ボウガも教えてもらって集めることができた。持っていた布を広げてそこに入れていく。
「そういえば、さっきの『星の女神』の話……」
「ーー?」
「……【再生の神話】……だっけ」
「ーー!」
「あれ? お前、知ってんの?」
「へ? あ……」
木の実を採りながら自然と口から出た言葉である。さっき見た夢のような光景で、女性が読んでくれた絵本がそんな内容だったと思い出したのだ。
「たぶん、昔のことだったと思う。それ以外は思い出せないけど……」
『星の女神』が出てくる話は【再生の神話】と呼ばれている。
かつて世界と人類は様々な要因で何度も滅びかけ、その度に世界を浄化して人類を蘇らせた『女神』がいたという神話だ。
これは【精霊族】の子供であれば、本や話に触れることは多分にある。
「ふ〜ん……お前の周りで、その絵本を読んでくれる人がいたのか。エルフかな……まぁ、有名な話だから【精霊族】以外で読む機会はあるんだが…………」
そこで少しだけ、アロが眉間にシワを寄せた。
「……【魔神族】だと、あんまり読まねぇかな」
「そうなのか?」
「あぁ、あっちは『星の女神』じゃなくて、『全知全能の創世神』だって言うから。根本的に、【精霊族】と【魔神族】では信仰が違う。それは子供の時からの刷り込みなんだよな」
『全知全能の創世神』は【人類創世の神話】という話にでてくる。
この世界を創った神は人類を支配者に置き、世界を正しい方へと導くように神の声を広めよ……という教えだという。
アロもチェリも、この辺は少し本で読んではいたが、あんまり細かい内容までは知らないようだ。
「あ、お前も家ではあんまり【魔神族】の話はするなよ。じいちゃんが嫌がるから」
一度、アロが家で【魔神族】関連の本を借りて読んでいたら、エペがあまりいい顔をしなかったらしい。だから、アロもチェリも【魔神族】の話は家ではしないようにしている。
「これだけじゃないけど……【精霊族】と【魔神族】は長い間争ってきた。100年前に【精霊族】が敗けて戦争は終わったから、年寄りのエルフたちはまだ、若い【精霊族】が【魔神族】のことを知ろうとするのを嫌う」
年寄りの世代は祖父母に【魔神族】との戦いのことを聞いて育ったので、未だに遺恨が深いのだという。
「それに加えて、十年くらい前に『勇者』様のことがあったからなぁ。ますます【魔神族】は他と差別を図ってきてる。これはわかるか?」
「いや。『勇者』様って?」
「俺が生まれるくらい……十数年前、世界を滅ぼそうと暗躍した『魔王』と呼ばれた奴がいたらしい。それを止めたのが【魔神族】の戦士だったんだって言われてるけど、俺はその辺は怪しいなぁと思ってる」
十数年前、実際に世界の経済や治安が落ち込み、大いに混乱したと言われた時期がある。その時に『魔王』と呼ばれた人物が現れ、世界のあちこちを乱していたと発表があった。
その『魔王』に少数の精鋭で挑み、打ち倒したことで世界の情勢を整えたと称えられた。そして、その時の【魔神族】の若者が『勇者』と呼ばれるようになったという。
「終戦以来の大きな手柄を立てた英雄だって。本当は【魔神族】の身内同士の内乱を納めただけって言われてるけどな」
しかし、これが世界の七割を支配している【魔神族】の話。世の中を平和にしたという事実は世界中へと広がった。
「今の【精霊族】は表立って【魔神族】とは争えない。だから、今回だって――――」
アロが一瞬黙って険しい顔をした。言いかけた事が、彼にとって何か良くない事だというのが伝わってきた。
「アロ……?」
「ーーー……」
「え、あ……いや、この話は後だ! よし、もうこのくらいで帰るぞ!」
チェリが不安そうな顔をしていた。しかしそれを振り払うかのように、アロは木の実を包んだ布を手に勢い良く立ち上がってさっさと歩いて行ってしまった。
そんなアロの態度に、ボウガはチェリの方を見る。チェリは眉を下げ、ポツリと呟いた。
「ーーー……」
《兄様……私のこと、心配してる……》
「チェリのこと?」
「っ……!?」
「…………?」
思わず言ってしまったのか、チェリは『大丈夫だから』と首を振ってボウガに笑い掛けた。
チェリのことだというが、会話の流れから【魔神族】に関しての事だろう。
「………………」
「…………」
チェリが本当に黙ってしまったので、ボウガもそれ以上は聞かずに帰路についた。




