第7話 魔法の役目
チェリは産まれた時から『声』というものが出ていなかった。
だから“泣くのが仕事”と言われる赤ん坊の頃など、大人たちは細心の注意を払って彼女の面倒を見ていた。
幸いにも言葉を覚えるのは早かったが、それらは一切表に『音』として出ることがない。
大きくなってくると、その不便さと大人たちへの申し訳ない気持ちで、彼女は引っ込み思案になりかける。
このまま、親切にしてくれた村人たちに恩を返せないのが辛い。
そこで、エルフの兄妹はある行動に出ることにした。
・~・~・~・~・~・~・~・~
「声が出せないって不便だし危険なことだ。誰も見てない所で転んで泣いてても気付かれねぇし。不審な人物に攫われそうになっても、悲鳴ひとつあげたりできないんだ」
アロを先頭に、森の奥への小道をどんどんと進む。川へ向かうのに村人が常に使っているのか、小道は思ったよりもしっかりと人が通れる幅になっている。
後ろで黙って話を聴きながら、ボウガは時折り隣りのチェリに視線を向けた。チェリは自分の事を言われているのが気まずいのか、アロの話には入らずに下を向いて歩いていた。
「この村は皆知り合いだし、チェリのことを解ってくれているから良いけど……他に行ったらそれなりに不自由する。だから、数年前に人工的に造られた『身体強化』の“会話補助”の魔法を買ってもらった」
「人工の魔法……買った?」
「あぁ。買いに行った状況は話すと長くなるから今は飛ばすが、“会話補助”の魔法はチェリが相手に言いたいことが、直接相手の精神に聴こえるっていうものだ」
「そうか…………じゃあ、オレが聞いていたチェリの『声』って……」
「“会話補助”の魔法に乗せた『魔法の声』ってやつ? 俺も仕組みはあんまり解ってないけど、魔法を造った人間から聞いた説明はそんなんだった」
「魔法の声……あ、でも――――」
――――キレイな声だと思う。
ボウガはそう言いかけたが、たまたま彼を見上げたチェリと目が合ってしまい、慌てて下を向く。何となく、思っていたことを知られたら恥ずかしくなってきた。
「ん? どうした?」
「いや、その……なんでもない……」
「ふ〜ん……」
チェリの横で不自然に下を向いているボウガを眺め、アロはほんの少し口の端を上げる。
「ほら早く行くぞ。川行ったら確かめたいことがあるんだから」
「ーーー?」
「だ、大丈夫、行けるからっ……」
今度は体調でも悪くなったのかと心配されてしまった。
裏返った声で返事をして、ずんずんと進むアロと服の裾を掴むチェリと一緒に小道を急いだ。
…………………………
………………
話しながら進んで行くと、次第に前方から川のせせらぎ音が聞こえてきた。
「今のところ、あれから変わった様子は無し……か」
アロがキョロキョロと河原を見回す。
嵐からだいぶ日にちが経ったのもあり、川の水は透明で豊かな水量を有して滔々と流れている。
「えーと、ほらそこ。そっちで、チェリがお前に助けられたんだよ。んで、お前こっちから来たって聞いたけど、憶えてる限りどの辺りに倒れてた?」
チェリがいた場所は森からほどなくの所。そこから川の上流の方をアロが指差す。
正直言って、ボウガも意識がはっきりしていた訳ではないので返答に困った。
「………………」
「ほんと、わかる範囲でだ。倒れてたって所から、チェリの方に来た過程くらい思い出せねぇか?」
「そうだな……確か、あの岩の後ろ辺り?」
ボウガが意識を取り戻したのは川の浅瀬だった。
複数の子供の悲鳴が聞こえ、そこでチェリの声を聞いたのだ。
「近くでチェリの声が聞こえてきて……」
「待て」
「ん?」
「聞こえた時、チェリの姿を見てたか?」
「え? いや…………声がした方に行ったら、チェリがいて……それで……」
――――チェリがいたこと以外で、最初は周りに気付かなかったなぁ……。
魔物も目に入らずに、美少女のチェリに思わず見惚れていた……ということは言わないでおく。
ボウガが内心焦っている時、兄妹は顔を見合わせてぽそぽそと何かを話していた。
なんだろう? とボウガが首を傾げていると、アロが眉間にシワを寄せて彼を見た。
「よく聞け。普通は、無いんだ」
「無い?」
「チェリの声は、一度もチェリを見知ったことがない奴には聴こえない。しかも、聴こえるまでには子供で一日、大人は数日掛かる場合がある」
つまり、チェリと面識があった上に、彼女の話をきちんと聞こうと思った人間にしか『声』は聴こえないということ。
「お前、どっかで俺たちに会ったこと……あるとか?」
「ごめん……わからない」
「あー、すまん。記憶喪失の奴に聞いた俺が悪かった。とりあえず俺は憶えがない。チェリは?」
「ーーー……」
チェリはぶんぶんと首を振る。
「どっかですれ違ったとかじゃないのか?」
「すれ違った程度じゃ、チェリの声は聞けねぇよ。それに、俺たち兄妹は今までこの村と隣町、あとは……関係者しか出入りしないような場所にしか行ったことがない」
アロの言う“関係者”の言葉が気になったが、たぶん『エルフ』の種族とかの関係なのだろうと思い、ボウガは特に質問をしないまま話を聞く。
「お前が何でそうなのかはわからねぇけど……チェリが助かったのは事実だ。それに、この事でお前に対してかなり警戒してた村の住民もいたんだ。お前が寝てる間の会議冒頭なんて、心配性の村のジジイ共の泣きの訴えで荒れに荒れてたんだぞ」
聞けば、保守的な長老たちの間では、ボウガを隣町の自警団に渡すかどうかの話し合いがあったという。
何処からともなく現れたボウガのことを、今回の魔物を連れてきた悪人だと考えた者もいたようだ。
「でも、お前がチェリと意思疎通ができてたって知ったら、手のひら返して『恩人』って崇めてたんだ。ジジイ共はチェリのこと、すっげぇ可愛がってるから」
“チェリの声”が聞こえるかどうかが、よそ者への『信頼』のバロメーターになっているようだ。
「俺ら【精霊族】の仲間は『嘘』や『傲慢』を嫌う。お前が記憶喪失だっていうのも手伝って、嘘や下心で近付いてきた奴じゃないのも判って安心してるんだ」
小さな村ではすぐに情報が伝わる。医師がボウガのことを他の住民にも説明し、危険人物ではないと判って、彼が村に滞在するのを誰も反対しなかった。
「とにかく、お前は珍しいぞ。チェリの『声』が自然と聴こえているだけで、お前は信用に値する人間って思われた訳だ。いやー、良かった良かった!」
アロが笑いながらボウガの背中をバシバシと叩いた。
「……これで理由もできたしな」
「え?」
「いや、こっちの話。気にすんな」
アロがとても上機嫌に見えた。
…………………………
………………
しばらく三人で川沿いを見ながら歩き、たまに嵐のせいで流れ着いたものを脇に退けたりもした。しかし、かなり大きな岩や流木はそのままにするしかない。
これらは嵐で上流から流れてきたものだ。
上流の北の山は魔物も多く、ボウガもその近くから川に落ちて流されたと思われている。
「……上からこんなデカいものが流れてきたんだけど、よく一緒に流れて大した怪我もしないでいられたよな。普通の人間だったら、怪我じゃ済まないと思う」
まじまじとボウガを眺めながら、アロが眉間にシワを寄せている。
確かに、こんな大木やら岩やらと濁流に巻き込まれて、生きている方が不思議なのかもしれない。むしろ粉々にされる。
「お前の【種族】がますます気になるところだな。身体が恐ろしく頑丈で、戦闘が得意な人種…………大きい所で調べりゃ判るかな」
「やっぱり、オレは【獣人族】なのかな?」
「さぁな。顔や体格が合わねぇ気もするし……」
『何の動物がメインか?』で少し違ってくるが、頑丈だと言われる【獣人族】の特徴として、男性はがっしりした大柄な体格が多く、髪や瞳も色が豊富だということ。
ボウガは背が高く、筋肉はあるが着痩せするせいで細く見えた。髪も瞳も特徴の無い茶色。
顔にある大きな二本の傷のせいでパッと見は粗野な印象を受けやすいが、よく見ると顔の造りは線が細く中性的なところもある。
「お前の顔つきや体型だと【魔神族】や、大柄な【精霊族】って言われてもおかしくねぇんだよなぁ」
これは例え【無色透明の民】だとしても、表に色濃く現れるという。
そんな【種族】について話す二人の横で、チェリはしきりに川や河原を見回していた。
少し困ったような顔をして、アロの服の裾を引っ張る。
「ーーー、ーー」
「あぁ、そうか。よし、だいぶ探したし、そろそろいいか。他にも荷物があるかと思ったけど、もう無いみたいだ」
チェリが提案した後、アロがあちこち指差しながら周りを確認していく。
「ここに来たのはチェリのことと、オレの荷物の残がいがないかの確認……?」
「まぁ、そうだな。確かめたかった事はそれくらいだ。あとは帰り際に河原を『浄化』していこうって言ってた」
「浄化って?」
「【精霊族】の、特に俺たち森の近くに住む『エルフ』の仕事かな。チェリ、始めるぞ!」
そう言うと、アロは右腕を大きく横に振った。すると、腕の周りに水の帯が出現し、それが段々と集まって一本の杖になった。
杖は白く、アロの身長よりも長い。
先端に大きな青い玉が埋め込まれるように付いていて、所々同じ色の小さな石も散りばめられている。
――――へぇ、これも魔法なのか。
驚きつつも、これから起きることに興味が湧いた。




