第6話 小さな村
兄妹と話をしながら、ボウガはその後ろの窓に目がいった。
部屋に取り付けられた小さなガラスの窓だ。朝にチェリがカーテンを開けてくれたので、外から午前の柔らかい光が射し込んでいる。どうやら、今日は天気か良いようだ。
「外に出てみたい…………」
「え?」
「ーー?」
「…………あ……」
思わず口から出た言葉に、何故か急に罪悪感を覚えた。
アロとチェリのきょとんとした顔を見て、とてもおこがましく、難しいことを言ったように感じたのだ。
「あ……ごめん……」
「ーーー?」
「いや……どこも痛くないし、大丈夫だけど……」
「そんなら早く言えよ」
「……え……?」
チェリが首を傾げながら体調を聞いてきた。アロもボウガの答えに頷くと、ベッドの上に広げていた旅の道具たちをまとめて部屋の隅にあったチェストの上へと退けた。
「ー、ーーー」
「あぁ、そうだな。これに着替えて出てみよう。お前の服、ボロボロだったから隣りのおじさんに貰った替えだけど」
チェリが隣りの部屋へ行き、畳まれた服を持って戻ってきた。この時、ボウガは自分が質素な寝巻き姿だったことに気付く。
どうやら、最初にボウガが着ていた服はボロボロになって着れなくなっていたので、彼の着れそうな簡単な衣類を村の人間が提供してくれたという。
「…………………………」
「ーーー?」
「どうしたんだよ、変な顔して?」
「オレは……外に、出ても良いのか?」
「「…………………………?」」
ボウガが神妙な顔で二人に尋ねてきたので、その様子に兄妹は頭に『?』を浮かべる。
「別に……身体が何ともないなら良いに決まってるだろ? 俺らはお前を閉じ込めようとかしてねぇし。出たきゃそう言えばいいだけじゃないか」
「あ、そっか…………そうだな。ごめん、変なこと言って……」
ボウガも自分の言っていることが、大分おかしかったと思ったようだ。チェリに再び首を傾げられると、苦笑いしながら答える。
「ーー、ーーー?」
「いや、なんか出ちゃいけない気がして……」
「……………………」
その様子をアロは黙って見ていた。何かを考えているように、時折り眉間にシワを寄せて難しい顔をした。
「ーーー、ーー?」
「え? あぁそうだな、じゃ行こうか」
アロはチェリに促され、すぐに三人で出掛ける用意をする。ボウガも渡された服に着替えた。
「案内と言ってもここは小さな村だし、珍しい店とかもない。たぶん、村人に挨拶して終わるかな」
「それでも、川からオレを運んでくれた人に、お礼も言いたい」
「礼って…………助けてもらったのは、俺らの方なんだけどな。まぁ、いいか」
「ーーー」
兄妹は顔を見合わせて笑った。
………………………
………………
「じいちゃん。こいつに周辺案内するから、ちょっとチェリと外行ってくる。遅くならないように戻るから」
「うんうん、行っておいで。気をつけるんだよ」
「はーい」
「ーーー」
兄妹と一緒に住んでいるのは、この村の村長をしているという年配の『エルフ』だった。名前は『エペ』という。
エペじいさんはニコニコと兄妹に手を振ったあと、テーブルの席で静かにお茶をすすって落ち着いていた。
「じいちゃんは俺と同じ『水のエルフ』な」
「水?」
「そ。『エルフ』にも色々いるって言ったろ? ついでにチェリは『花のエルフ』だから」
「兄妹でも違う?」
「血が繋がってても色々なんだよ。あ、でも、じいちゃんと俺たちは血が繋がってないから」
「そうなんだ……」
あまりにもあっけらかんに言われたので、ボウガはそれ以上は何も言わず、エペに軽く頭を下げて部屋を出た。
「あと、もしもお前が嫌じゃなかったら、森の川に言ってみようと思うんだけど…………」
家を出て小道を進んでいた時、アロがボウガへ提案してきた。
「川に? えっと……魔物は大丈夫なのか?」
「あれから村人で見て回ったけど、一度もあんな魔物は出ていない。あの日以前に、あの森に魔物なんていなかったんだよ」
どうやら、魔物は他から来たのだということになったようだ。
「それが心配で、お前も腰に剣を差してきたんだ?」
「え? あ……」
言われるまで、ボウガは自分が剣を携帯していることに気付かなかった。無意識にベルトに差していたみたいだ。
「やっぱり、剣士が主な職業だったんじゃねぇの? いつも帯剣してたなら、日常だったと思うし」
「そうかな……」
「まぁ、今日は俺もついていくから大丈夫だ。これでも攻撃魔法くらいは使える。自慢じゃねぇけど、俺はこの村じゃ一番魔法が得意だ」
自慢じゃないとは言っているが、アロの表情からは自信に満ち溢れてる様子が見て取れる。
「あの日……お前が川で魔物を倒してた時も、村の子供は俺を呼びに来たくらいだからな。まぁ、何かあっても任せておけ」
頼もしい台詞を言うアロを、チェリはニコニコと頷きながら見ていた。どうやら虚言ではなく、常日頃からアロは頼りになる兄のようだ。
「兄弟…………」
「ん?」
「え、あぁ、何か……兄弟って良いなぁって……」
「そっか、お前も兄弟とかいると良いな」
「うん……」
「よし、出掛けるか!」
すっかり機嫌の良いアロに続いて歩いた。
アロが言った通り村は本当に小さかった。
住民は200人程で、店と呼べるものは小さな雑貨屋一つ。
村の中心の広場は一応、石畳で整備されているが、ちょっとした公園のようにベンチが置かれているだけだった。
広場まで行くと、ボウガたちを見掛けた村人がぞろぞろと寄ってきた。
「【クリア】のお兄ちゃんだ!」
「あの、でっかい狼をやっつけたんだよな!」
「おお。歩けるようになったのかい? 良かったねぇ、怪我も大したことなくて……」
「良ければ、あとで採れた野菜でも持っていきな。あたしらはこれくらいしか礼ができないから……」
ボウガが魔物を倒したことは、村人全員がわかっているようだ。
「そうだ、オレをアロたちの家まで運んでくれた人達は?」
「大人の男たちは村外れで畑仕事か、木の伐採の仕事をしてる。昼に一旦帰ってくるけど、夕方まではほとんど留守にしてるな」
言われて見れば、広場に集まった面々は『エルフ』と『獣人』だったが、ほとんどが女性や年寄り、それと小さな子供ばかりだった。
「お前が魔物を倒してくれなかったら、たぶん次は村が襲われてた。普段、あんまり戦闘ができる住民がいないから助かったんだよ」
「そうなのか……」
「だから皆、お前がここにいることを歓迎してる。良かったな」
「本当に……」
村人からの視線が好意的なことはボウガにも解った。しかし疑うわけではないが、それを素直に受け取るのが怖いように感じた。
ボウガが俯いた様子を、アロはスゥッと目を細めて見ている。そして、チラリと隣りにいるチェリにも視線を移した。
「…………さて、さっさと森に行くか。ちょっと確かめたいこともあるし」
「ーーー」
「あ、うん……」
促されて歩こうとした時、後ろから子供たちが呼び掛けてきた。
「えっ!? 森に行くの? ボクらも行きたい!」
「あれから行ってないのにー!」
ブーブーと軽い抗議が飛んでくる。どうやら、あの魔物が出て以来、子供たちは森には入っていなかったようだ。
「ダメだ。今日は俺たちが見てくるから、安全だと判ってから他の奴に連れてってもらえ!」
「「えーーー!?」」
「ーー、ーーーー?」
「わ、わかったよぉ……」
「お姉ちゃんが言うなら……」
ついて来ようとしてくる子供たちを、アロとチェリが制している。
「ほら、さっさと行くぞ…………って、何笑ってんだよ?」
「いや、ごめん……」
アロには反発する子供たちが、チェリには素直に聞いているのが少し可笑しく思ってしまった。
広場から遠ざかり、森の入り口へと差し掛かった。ボウガが何気なく振り返ると、まだ子供たちが自分たちを見ているのが目に入った。
「チェリは小さな子に好かれているんだな」
「ーーー。ーーーー」
《いつも私が子守りをしている。皆いい子たちで可愛い》
「そうなんだ……」
チェリの笑顔につられて笑っていると、
「お前、いつからだ?」
「へ?」
「いつから、チェリと普通に会話していたんだ?」
前を歩いていたアロが足を止めてボウガに尋ねてくる。その問いの意味がよく分からず、ボウガは黙ってしまった。
アロが大きくため息をついた。
「お前さ、気付いてないのか? チェリは声が出てないって……」
「え、でも……ちゃんと、聞こえて…………」
くい、くい、くい……
チェリがボウガの服の裾を引っ張る。
「チェリ……?」
「ーー、ーーー」
《私の声は、音になってないの》
「なにを…………」
本人が言っているので、余計に意味がわからなかった。




