第5話 【種族】
自分の名前が判ったところで、ボウガは改めて『自分の持ち物』だという目の前の荷物を確認した。
そこにあったのは、革製のカバン、丈夫な布でできた袋、革袋の財布、ランプ、数種類のナイフのセット、小型の調理鍋、火打石などの野外活動をするための道具である。これらはボウガがいた川辺りに点々と落ちていたという。
魔物を倒した長剣のベルト付きの鞘も、その道具たちに紛れてあったそうだ。
「オレ、旅人だったんだろうか?」
「たぶん。それに名前があったもの全部に『失せ物防止』の魔法が掛かっていた」
『失せ物防止』の魔法。
これは名前の通り、旅人が自分の荷物に掛けておく魔法。荷物を無くさないようにするためのものだ。
これを掛けておくと落し物はもちろん、盗まれた物でも一定の距離をとった途端に、持ち主の近くへと転移してくるという。
「これ、道具に魔法を掛けるために、ちゃんと名前を書いてたんじゃ……」
「火打石にまで書いてたぞ。やっぱり、お前や周りの奴は真面目が多かった証拠だ」
「……………………………………」
アロはどうあっても、ボウガを“クソ真面目”に分類したいようだ。
「ま、それはさておき…………」
ちょっと物言いたげにしているボウガを制して、アロは道具と一緒に落ちていた革製の袋を持ち上げる。
「こっちの布の袋だけど、『失せ物防止』以外にも、持ち主しか取り出せない『取り出し制限』の魔法も掛かってんだよ」
「制限の魔法?」
「まぁ、試しに中身を取ってみろよ」
「あ、うん……」
袋をアロから受け取って、ボウガが袋に手を突っ込んでみる。
「えっ!?」
袋の中の異様な感触に手を引っ込めてしまった。手に当たったのに何も掴めない。
「なんか……ぶよぶよ……ごわごわ…………する?」
恐る恐る中を確認すると中には折り畳まれた書類みたいなもの、手前には財布のような小袋があった。それら中身が霞が掛かったように見えにくくなっている。
「財布は別にあるから、これって何だろ……?」
「魔法掛けてまで中身守ってんだから、普段使いの財布よりも貴重なものだろーな」
三人で中を覗き込んで、見えるのに掴めない持ち物にため息をついた。
「これ……どうやって取り出せばいい?」
「ん? あぁ、忘れてんのか。記憶喪失めんどくせぇな」
「…………ごめん……」
「ーーーー……」
眉間にシワを寄せるアロにボウガは思わず謝る。チェリが慰めるようにポンポンとボウガの肩を叩いた。
「え〜と、確か……決めた『合言葉』を呟きながら本人が取り出すんだけど………………うん、忘れてんだよな?」
「あ、うん…………」
「よし。仕方ない、これは後回しだ!」
どうやら、この魔法を解除する方法はあるのだが、ここではすぐにできないということだった。
「これに身分証とか入ってたら、お前の身元確認もできたんだろうけど…………お前の【種族】くらい判ればなぁ」
「【種族】……?」
「だって、お前【クリア】なんだもん。元が【精霊族】なのか【獣人族】なのか【魔神族】なのか、とりあえず知っておきたいだろ?」
「……………………………………」
「ん?」
「ーー?」
ボウガが黙って苦悶の表情を浮かべていた。この顔を先ほどから時々見掛けることに、アロとチェリは首を傾げる。ややあって、アロが怪訝そうに口を開いた。
「…………ボウガ、正直に答えろよ?」
「うん……」
「今の俺の会話で、解らないところを全部教えろ。解らないままにするな」
「………………………………」
しばらく沈黙が続く。ボウガは返答までに時間を掛けてよく考える癖があるようだ。
「その…………【種族】とか……」
「え?」
申し訳なさそうにポリポリと頭を搔く。
「【クリア】って…………何?」
「「………………………………」」
アロとチェリが目を見開いて固まる。
「そっ……そこからかよっっっ!?」
悲鳴に近いアロの声が響いた。
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この世界の『人間』には、大きく分けて三種類の【種族】が存在する。
【魔神族】
世界の半分以上の地域で実権を握る、王族や貴族は彼らである。
文武両道、魔法や身体能力は子供の頃からどの種族も高い。『魔神族』に所属する種族は、世間ではどの国でも高待遇で扱われる。
特徴としては、収納可能な翼や色々な形の角がある。
【精霊族】
かつて『魔神族』と世界規模で戦争を起こして敗北。
特に魔法に長けていて、独自に国を作っている『エルフ』などの種族は、『魔神族』に負けないほどの能力と影響力がある。
特徴は人種によって様々で、エルフに関しては長い耳と中性的な外見である。
【獣人族】
世界の人口では一番多い種族。
政治的には中立で、『魔神族』や『精霊族』、どちらの思想に属するかは各一族や個人に委ねられている。
身体や行動には動物の特徴が見られる。例えば、猫、犬、狼、狐、トカゲなどの耳や尾などを持つ者が多い。
世界基準でこの三種が『人間』とされ、その他は『亜人』や『亜種』などと呼ばれるようになった。
だが三種の『人間』の中に、稀に自然発生する存在がある。それを【クリア】という。
外見は一様に“丸い耳”と“胴に頭部と手脚以外の部位が無い”ことで、身体にもこれといった特徴が見られない。
その『人間』は三種の基準から外れ、どの人種と比べても能力が劣る“劣等個体”と見なされた。
人は彼らのことを『何も無い、何にも染まっていない人間』と称して【無色透明の民】と呼んでいる。
・~・~・~・~・~・~・~・~
「俺とチェリは【精霊族】の中で『エルフ』って呼ばれる人種だ。『エルフ』にも種類があって、それぞれ得意な魔法も違う。ま、それは後で色々と教えてやるよ」
説明するアロは少し得意気に笑う。
「お前、耳は丸い形だし、角や牙もない。外見は【無色透明の民】の条件を満たしている。ただ、中身……個人の能力は別だ」
『何も無い』と云われるが【クリア】の個人的な能力は、何の【種族】に生まれたかでかなり違ってくる。
「もしも【精霊族】の親から生まれれば、多少なりとも魔法が使える者もいる。親が【獣人族】であれば、聴覚や嗅覚に優れたりもするんだ」
「なら、今のところオレは……」
「さぁ? もう少し見てみないとな。俺も専門家じゃねぇし、同じ【種族】でも人種で違う場合もある」
そう言いながらも、ボウガが剣と体術で魔物を倒したことや、嵐の後の川を流れてきたのに大した怪我をしていなかったことが気になる。
「頑丈さだけ見たら、お前は【獣人族】の何かじゃねぇかなぁって思ってる」
「獣人……あの医者の人みたいな?」
「そう。あの医師は『人狼』だ。頭を使うことが不得意で魔法は苦手だけど【獣人族】は身体が凄く強い。あ、でも……医師は頭良いな。賢い獣人もいるから、やっぱり個体差は出るかなぁ」
「ふぅん……?」
「……………………」
【種族】の話をしているが、ボウガはあまりピンときてないようだった。
――――さっきの“名前”みたいな反応は無しか。獣人の線は薄いのかな。
アロはボウガが目覚めてから、彼の言動をジッと観察していた。それは記憶の無い彼が、何者なのかを見極めるためでもあったがそれ以上に気になったことがあったからだ。
「ーーー、ーー♪」
「何が良いかって言われても……わからない」
――――あぁ、まただ。
チェリが笑いかけた時、ボウガがそれにすんなり答えている。
「もう少し……見といた方がいいな」
「へ?」
「ーー?」
「いや。とりあえず、お前はうちの恩人なんだから、しばらくはこの村でゆっくりしていけ。休んでいる間に、何か思い出すかもしれないし」
「……すまない。なるべく早く、思い出せるようにする」
「ーーー、ーーー……」
チェリがふるふると首を振った。今の動作に言葉を入れるなら「気にしないで」といったところか。
妹の仕草を微笑ましく見た後、アロはボウガに向き直る。
「そうだ。何か欲しいものとか、食べたいものでもあるか? できるものなら何でも言ってくれ」
「え……そうだな、特に…………………………」
そこまで言ったボウガが、窓の方を見て黙り込んだ。光の入り込む、外を見て何かを考えている。
「……どうした? 何か思い出したか?」
「ーーー?」
少し心配になって、兄妹は彼の顔を覗き込んだ。
「外…………」
ぽつりと遠慮がちに口を開く。
「外に出てみたい……」
彼の言葉が、何処か切実な願いに聞こえた。




