第30話 王都まであと少し
明けて翌々日。
朝になって、街は段々と人通りが多くなってきた時間。
「おーい、こっちこっち!」
アロが町の広場で大きく手を振る。
視線の先には一昨日、色々と話をしたリザードマンの兄弟が歩いてくるところだった。
「おう、はよさん」
「よーッス! おはよー!!」
ボウガたち三人とリザードマン兄弟が待ち合わせたのは、宿からほど近い街の広場。
一昨日、食事を摂った後に兄弟は三人とは別の宿を見つけて泊まり、昨日はそれぞれ買い物などを済ませていた。
「おはよ……」
「ーー♪」
「おはよう」
軽く挨拶を交わし、携帯用の地図を広げて二人に軽く道中を説明する。
「次に行く大きい街で専用の馬車に乗るから、そこまではキャンプ場まで張り切って歩いていくぞ!」
「「おーーーっ!!」」
このまま順調に行けば、王都までは残すところ半月くらいで着くだろう。
昨晩、街道の距離などを確認したところ、意外に早く着けそうで三人はホッとしていた。
全員で街の出入口の門へ行き、アロが門番に街の外へと出る通行証を見せる。
エルフの兄妹の後ろに【クリア】とリザードマンがついて行くのが珍しいのか、門を通り過ぎるまで門番がチラチラとこちらを伺っていたが特に何も問題は無い。
門を抜けて街道に出ると、早朝でもけっこう多くの旅人が歩いているのを見掛けた。
「ふぅ。こんなに街からスムーズに出られるの初めてかもなぁ。ほとんど場所で、出入口なんかで簡単な質問をされるから……」
「そんなにリザードマンって酷い扱い受けるのか?」
バグナがあまりにもしみじみと言うので、ボウガは思わず質問してしまう。
「んー……まぁ、【精霊族】の統治下は、どこ行ってもそこまでは酷くねぇよ。若干、眉間にシワ寄せられるくらいで。【魔神族】の方は『セントラル』での反応は良くない。あ、でも……あっちは『国』にもよるなぁ」
世界での『国』の定義は【精霊族】と【魔神族】で異なる。
【精霊族】は、女王の居る『カルタロック』が領土の全てを統治し管理している。まとまった『一つの国』としていた。
対して【魔神族】は、それぞれの領土に領主を置いている国、それぞれの『人種』で集まった国……など、たくさんの国が集まる『連合国』の形である。
「えっと……【魔神族】って国が一つじゃないんだ……?」
世界の『国』の在り方に、ボウガが難しい顔をしているのをアロが呆れて見ていた。
「……お前ってそこも抜け落ちてんのか。そうだよ、【魔神族】は『人種』ごとで集まって『国』にしてる。そこの土地では『人種』ごとに『王』や『首領』がいるってことかな」
それを束ねて【魔神族】の頂点に立っているのが『セントラル』に居る『魔人の王』だ。
「あっちは世界の八割を治めているから、一人の『魔人の王』だけじゃ治め切れないんだろうよ」
【精霊族】は『エルフ』や『ドワーフ』という、一つの『人種』だけが住む町や集落は存在するが、基本的には全て『カルタロック』の統治下に置かれている。
世界は【精霊族】と【魔神族】が治めているが、人口が一番多いのは『国』を持たない【獣人族】である。
「世界に【獣人族】だけの『国』はないから、おれっちたちはどっちかに住まいを決めて、そこのルールで生きていくのが普通だな!」
アンクスが得意気にボウガに説明する。胸を張っている姿に幼さが見えるので、彼はやっぱりまだ子供であるようだ。
「一応、おれらが生まれたリザードマンの集落もあったんだ。でもそこは【魔神族】の国の一つで、『セントラル』の直轄の『魔人』が領主の土地だった。いやー、差別は酷かったぜ。あの領主、爬虫類は嫌いだったから、おれらの集落には税金を取って放ったらかしだった」
その集落で伝染病が出た時も、その領主はリザードマンたちには何の助けも施さなかった。
同じ土地に集落を持つ別の『人種』は、医師などが派遣されたのに。
「もしかして、それでこっちの国へ来たのか」
「そうだ。土地によって扱いは雲泥の差だった。【魔神族】でもマシな土地もあったかもしれないけど……中央都市の『セントラル』は絶対的に『魔人』優先だったな」
兄弟は一度だけ『セントラル』に行ったが、普通に歩いていてもギルドへ仕事を探しに行っても、どこにいても『普通の人間』に不審の目を向けられた。
これは中央都市に近い町ほど顕著で、酷い場所では『奴隷』として扱われる【獣人族】が存在したほどだ。
兄弟は『セントラル』からどんどん離れ、ついには国境の近くで出国の機会を伺うことにした。
広大な【魔神族】の土地を彷徨うなら、最初から扱いの緩い【精霊族】の国へ行こうと決めたのだ。
「そういや、アンクスが危うく、獣人専門の“奴隷ハンター”に捕まりそうになってたな」
「あの時なー! 馬車に乗せられそうなところを兄貴が助けてくれたんだ! アハハ!」
「それ……笑い事じゃないと思うけど」
思わずボウガが呟く。当人たちは笑って話しているが、アロとチェリはそれを聞いて顔を青くしていた。
「ーー……?」
チェリが涙目でアンクスの頭を撫でたので、兄弟は困ったように顔を見合せた。
「あー、チェリ……そんな顔しなくて良いよ? おれら、今はもう平気だから」
「そうそう。こっちに来てからは、ちゃんと寝床やご飯にありつけてるしな!」
以前はかなり酷かったようだ。
「昔から【獣人族】の扱いなんてそんなもんだ。見た目が良い奴や、魔法が使える『人種』にでも生まれりゃ、人生も楽だったかもしれねぇ。でも、自分でどうしようもないことに、うだうだ言っても無駄じゃんよ」
確かに、生まれは自分では決められない。
バグナの言葉にボウガは何気なく辺りを見回す。街道を歩く人々の『人種』はまちまちだ。土地柄、全体的に【精霊族】を多く見掛けるが、ボウガの他にも【クリア】の姿も目に入る。
――――今は他にも【クリア】がいて大丈夫だけど……王都ではどうなるかな?
ふと、自身の立場が気になり始める。
「王都に着いたら、もっと色々な奴がいるぞ。それこそ、祭りの期間中は街中も王宮でも【魔神族】がいる」
周りを見ていたボウガの考えを見透かしたようにアロが言った。
「……王宮内には【クリア】っているのか?」
「上の役職にはいなかったな。使用人なら見掛けたりもしたけど……」
「やっぱり、他の【クリア】って目立ったりしないもの?」
「王宮内だけで言うなら、目立とうとしない……が正しいな。余計なトラブルを起こさないようにやり過ごそうとする人間が多い」
「そう……」
――――『御前試合』は祭典で一番の見世物になるって聞いていた。
世界中から色々な人間が集まる【盟友の祭典】で、【クリア】が『御前試合』に出ようとしているのは異例。
つまり、その試合に出て優勝まで狙う【クリア】はボウガだけであり、好奇の目に晒されるのは確実だ。
――――そんな人前に出て、オレは勝てるだろうか?
ボウガのここまでの戦闘は、ほとんどが身体が勝手に動いて行っていたようなものだ。しかし、あくまでも『試合』と名のつくものであればルールが存在し、ただ闇雲に戦えば良いものではないはずだ。
「今さらだけど……オレ、大丈夫かな? いつも魔物と戦ってたのって、ほぼほぼ無意識だったし…………」
心配から思わず呟くと、アロとリザードマン兄弟がジト目でボウガの方を見た。
「弱い奴が無意識で『ミノタウロス』をぶっ倒したりしない」
「硬い『アイアンサーペント』だって無理だ。それなりの戦闘スキルが要る」
「『グリフィン』と『グール』と『コカトリス』もな!」
さすがに、三人いっぺんに突っ込まれるとぐうの音も出ない。
その時、服の袖をくいくいと引っ張られる。
《ごめんなさい……ボウガが試合に出るのは私のせいです》
しゅんとしたチェリが、ボウガの隣りでとぼとぼと歩いていた。
「チェリ、オレは……」
あまりにもチェリが落ち込んでしまったので、ボウガは立ち止まってしゃがみ込む。チェリの目線より少し低い位置から、真っ直ぐに彼女の顔を覗き込んだ。
「オレは、チェリの婚約者になれて良かったと思ってる」
《ボウガ……?》
『婚約者』であるなら、王宮でチェリを最優先で護っても不自然ではない。
「『御前試合』に出るのはチェリのためだけど、それを決めたのはオレだよ。確かに緊張するし、心配もあるけど……オレは絶対に優勝して、チェリのことを助けるって決めたんだ。『婚約者』だから、堂々とチェリのことを守れる」
一切嘘のない本音である。
これだけは誤魔化さずに言おうと思った。特にチェリにはちゃんと伝わるように言いたい。
《……ありがとう》
「うん」
にこりと笑うチェリを見てホッとしていると、少し離れた所からアロとリザードマン兄弟が黙って二人を見ているのに気付いた。
「「「………………」」」
少しの間の後、
「終わったか?」
「……うん」
「ー……」
アロが薄い笑みを浮かべて聞いてきたので、ボウガとチェリはちょっと気まずくなる。
「いいよなぁ。決まった相手がいるの」
「えっと…………」
「ボウガもチェリも、本当に好きなんだな!」
「《………………」》
バグナは遠い目をして、アンクスは目をキラキラと輝かせて言う。
兄弟には二人が『偽装婚約』だとは話していない。だから、二人が完全に“自分たちの世界”に入っていたように見えただろう。
「よーし、行くぞー。今日中に次のキャンプ場には着くぞー!」
「おれも彼女欲しくなっちゃった……王都に爬虫類系のイイ女いねぇかなぁ?」
「おれっちも将来、かわいい子を嫁にするぞー!」
ずんずんと進む三人の後を、二人がそろそろとついて行く。
「《………………」》
後ろの二人は耳まで真っ赤になって黙って歩いた。さっき真剣に言った分だけ、恥ずかしさが増した気がする。
――――そうだ、他から見たらオレとチェリは『婚約者』なんだから。言動が全部そう見られているんだ。
頭では『護衛』が先に浮かんでいたが、目的地では『婚約者』としての振る舞いが求められることに気付く。
――――幸い、王都までの旅はそこまで大変じゃなさそうだし…………取り繕うにも、最低限のマナーとか教えてもらった方が良いか。
とりあえず、先ほど突っ込まれた魔物のことに関しては忘れておく。
「……ねぇ、チェリ。オレが王宮に行くのに、覚えておかなきゃならないことってあるかな?」
「ー……!」
貴族の振る舞いなど想像もつかない。仮にも『外部王族』として認められたチェリやアロなら、庶民と違うルールやマナーなどに詳しいと思った。
「ーーー……」
チェリは指折り数えながら少し考えた後、ブンブンと首を振った。
「え? でも……」
「ーー、ーーー!」
「オレに……合う場所で覚えた方が良い……って?」
ボウガが首を傾げていると、前方にいたアロが振り向きながら言う。
「……心配すんな。王宮に行ったら、お前はまず『騎士団』の方に通してもらうようにするから」
「騎士団?」
「そ。たぶん、貴族連中のお茶会に参加するよりも、お前には『騎士団』の宿舎の方がマナーとか見に付け易いと思う。剣術とかの訓練もできるし。王子のオレも最初はそっちに行く」
『カルタロック』の騎士団には【精霊族】だけでなく【獣人族】や【クリア】も多く在籍し、比較的『人種』の差異もお互いに補う者が多い。それこそ、情に厚い『騎士道精神』というものだろう。
「ふっふっふっ……お前のこと連れてったら、騎士団の奴ら腰抜かすぞ。一般的に【クリア】は弱い奴だと思ってるからな……」
やけにアロが嬉しそうに呟いていた。何か思うところでもあるのだろうか?
どうやら【盟友の祭典】が本格的に始まるまでは、ボウガやアロは『騎士団』で過ごすことが多くなりそうだ。
今のところ、旅と戦うことしかできていないボウガにとってはありがたい。
だがそこでふと、チェリも『騎士団』に来るのかと考えたが、将来の女王候補が『騎士団』で過ごすのもおかしいと思った。
「あ……じゃあ、チェリは?」
「…………」
聞かれて、チェリが珍しく眉間にシワを寄せて黙っている。そこはアロが答えた。
「たぶんチェリは、着いて早々に『王女』たちに引っ張られるな。婚約者について、茶をすすりながら根掘り葉掘り聞かれるだろうよ。残念ながら、これは俺でも首は突っ込めない……」
いわゆる『女の園』である。
どうやら、数の多い王女たちの間には“試練”が付き物のようだ。
「ま、そこはチェリの腕の見せ所だな…………とにかく頑張れ」
「ーーー……!」
まるで“ウッス!”と答えたように、チェリは両手で拳を握った。
「…………何だか……」
――――魔物と戦ってる方が楽な気がする。
不謹慎だと思いつつも、未知数の王都での生活よりも今が楽しい。
あと僅かな旅の道中が、とても貴重に思えてしまった。




