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第29話 意外と慣れてきた

 チェリがニコニコとして、ボウガの腕に抱きついている。アロも一歩離れて微笑ましく眺めていた。


 そんなホワホワした雰囲気の中、バグナがそっと片手を挙げる。


「あー……おれたち、帰った方が良いよな? 話せること話したし……」

「そうだなぁ……おれっち、今さらみんなと戦ったりできな…………」


 ぐ〜〜〜〜〜っ…………


 突然、部屋に大きく腹の虫が響き渡る。ビクッとして、音の出処であるアンクスが固まった。


「おい、ブラザー……空気読め……」

「無理だよぉ! すんげぇ腹減った! はぁ……今日は何も食べてないし……」


 二人はかなり無理をしてボウガたちについてきたのだ。食事をする暇もなかったらしい。


「そういえば、俺たちも街に着いてから食事しようとか思ってたんだよな……」


 部屋が明るいから気付かなかったが、窓を見ると外はだいぶ暗くなっている。この騒ぎですっかり忘れてしまっていたので、そろそろ食事をして落ち着きたい。


「ーーー、ーー?」

「ん?」


 チェリがアロの服を引っ張る。アロは呆れたような顔をしてバグナたちを見た。


「仕方ねぇな…………おい、バグナとアンクス。お前たちも、俺たちと一緒に飯食いに行くか?」

「へ? 良いのか?」

「必死で俺たちについてきて、食いっぱぐれたんだろ? 嫌なら別にいいけど……」


 アロの提案に一瞬呆けたが、バグナは姿勢を正して笑顔になった。


「もち!! 一緒に行く!! おれらだけだと、普通の飯屋で嫌な顔されんだよ。お前らとなら大丈夫だ!!」

「やったぁ! おれっち、大勢でご飯食べるの初めてだ!!」

「…………驕りじゃねぇからな?」


 異様に喜ぶ二人に、アロは念の為に釘を刺しておく。その様子をボウガとチェリは苦笑して見ていた。



「よーし! あっちの通りに美味そうな店あったから行こうぜ!!」


「何でそっちが指定するんだよ……」

「ーーー♪」

「チェリはそれで良いって」

「ったく……」


 少し前まで殺伐としていたのに、今は全員でワイワイと宿の外へと出ていった。




 …………………………

 ………………




 五人は広い通りから一本入った道の小さな酒場兼食事処に入った。


 店内は小柄な『ブラウニー』の楽団がいて、客のリクエストに応じて曲を奏でていた。一曲銅貨三枚。

 この店は色々な『人種』がいるためか、【クリア】や『エルフ』、『リザードマン』たちに注目する人間はあまりいないように見えた。



 ついたのは入り口からずっと奥の席。それぞれに運ばれたものを食べながら、話はキャンプ場での騒ぎのことがあげられた。


 店では比較的安価な骨付き肉を骨ごとかじり、リザードマンたちは当時のことを振り返る。


「おれらは毒にはかなりの耐性を持ってるから、川の毒は大したことなくてな。ただ、他の奴が騒いでいるのが嫌で、近くの森の中で身を潜めてたんだ」


 あの騒ぎを抜け、森の崖下の茂みに隠れるように休んでいたそうだ。


「で……動かないでウトウトとしてたら、急に崖上からこの…………ボウガが落ちてきた。あれはかなりビビったね」


 三人が河原へ救助に向かった時だ。

 そのボウガを追い掛けるように、アロとチェリが杖に乗って降りてきたのも目撃することとなった。


「そこからは……まぁ、遠くから見てたというか」

「おれっちも、三人がみんなを助けてたのも見てたけどさぁ。逃げるように居なくなったから、やっぱり犯罪者だったんだーって……」


「……確かに、俺たちも怪しかったかも」

「ーーー……」


 目立たないようにと、焦って動いたのが余計に目を引いてしまったようだ。

 アロとチェリはシチューをつつきながら、あの時のことを思い出している。



「別に逃げることなかったんじゃねぇの? おれっちなら、みんなに褒められるの嬉しいけどなぁ」

「俺たち、変に悪目立ちしちゃダメなんだよ」

「なんだ、やっぱり訳ありか? そういえば…………三人って何の集まりなんだ?」

「「「………………」」」


 バグナたちは指名手配のボウガを追ってきた。ボウガだけが目的で、賞金首の事情など考えたこともなく、アロとチェリの存在も特に気にしてなかった。


「俺たちは…………俺とチェリは王都に行くところだったんだ。ボウガはその護衛で一緒にいた」

「あ、そういえばさっき、ボウガがチェリの『婚約者』とか言ってたなかったか?」

「けっこう、耳聰いな……」


 バグナは思ったよりも察しが良さそうだ。

 アロはキョロキョロと周りを見て、こちらを誰も気にしていないことを確認する。ちょうど客の一人が、愉しげなワルツを楽団にリクエストしているところだった。


「いいか、声あげるなよ?」


 一応、二人に念押しして息を吸う。

 楽団が一斉に楽器を鳴らす。


「俺とチェリは【精霊族(スプライト)】の『外部王族』だ。今回の祭典に呼ばれて、王都へ向かうことになった」


「王っ……もがっ!?」

「…………なるほど」


 瞬間的に叫びそうだったアンクスの口を、バグナがすぐさま手で塞いだ。


「【魔神族(ジーニー)】の街にいた時に聞いたことがある。目的は【盟友の祭典】か? 王族なら、接待側になるのか」


「そういうことだ」


「でかい祭りだもんな。【魔神族(ジーニー)】の小金持ち以上の奴らが、娯楽で『カルタロック』に行くとか何とか言ってたよ」

「おかげで、おれっちたちも簡単に国を出られたんだ!」


 実はバグナとアンクスが国境を越えてきたのは、この祭典があったからだという。

 この時は役所も忙しく、『人種』もろくに見ないで通行証を発行する。それに便乗し、多くの人間が移動するのに併せて出国の手続きを済ませたのだ。


「【魔神族(ジーニー)】の国は、いつもは人の出入りが厳しいんだ。でも、祭典の前後半年は出入りする人間も緩いから、犯罪者なんかも行き来してるな」

「それ【精霊族(スプライト)】のせいにされるのが恒例みたいだな……」


 これが【魔神族(ジーニー)】と【精霊族(スプライト)】の力関係である。


「でも、祭りって楽しいよな! 【盟友の祭典】で、チェリとアロは何かするのか?」

「「「………………」」」


 アンクスの無邪気な質問に、ボウガを含めて少しだけ沈黙する。

 それは、この旅の目的とボウガがついてきた経緯などを話すことになるからだ。


「ーー…………ーーー」

「はぁ……」


 話し始めたチェリを見て、アロは深いため息をつく。ボウガは二人の話に黙って従った。




 …………………………

 ………………




 夜は更けていく。

 連続でリクエストされた楽しい音楽に踊りだす者も現れて、店内はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。


 その雰囲気を無視して、奥の席にいる五人はまるで葬儀中のように静かだった。


「マジか〜…………そりゃ、そうだよな。【精霊族(スプライト)】からしたら、たまったもんじゃねぇよな……」

「もしも『御前試合』で嫌な奴が勝ったら、チェリがその嫌な奴の嫁になっちまうの?」


 バグナもアンクスも、アロたちに向けて同情を示す。アンクスなど涙目になってしまい、チェリに頭を撫でられ慰められていた。


「でも、お前たちは運が良かったな。『婚約者』のボウガが規格外に強くて。その辺の一般人だったら、望んだ結婚も女王の座も諦めてたんじゃん」

「え、う〜、うん、まぁな……」

「そう……だな……」


 実のところは“『婚約者』のボウガが強かった”のではなく、“ボウガが強かったから『婚約者』にした”という方が正しい。


 アロとボウガはこれが、チェリが嫌な結婚をしないための『偽装婚約』だとは言っていない。だから、二人はボウガとチェリが純粋に恋に落ちて婚約したと思っている。


「それに、たまたま助けた奴が王女様と結婚するなんて、そういうとこは【精霊族(スプライト)】ってロマンチストだよなぁ。偶然を必然……って考えるやつ。フッ…………おれも嫌いじゃあねぇけどな」


「「「……………………」」」


 ――――なんか、急に格好つけ始めた……?


 話せば話すほど、この二人は『意外に良い奴?』と思えてならない。きっと、良くも悪くも素直な奴らなのだ。


 バグナは笑いながらボウガの背中をバンバン叩く。骨付き肉を勧められたが、ボウガはそれをやんわり断って、自分のハムサンドをゆっくり食べていた。


「ガハハッ! おれもお前のこと応援してやるよ! 確か『御前試合』って祭りの後半にやるんだよな?」

「おれっちも絶対に応援する!」

「うん、ありがとう」


 素直に礼を言うボウガ。尚のこと、本当のことは黙っておこうと心に誓う。


「そっかぁ、お前たちってけっこう凄い奴らだったのかぁ……」


 改めてしみじみと言うバグナだったが、しばらくして眉間にシワを寄せながらみんなを見回す。


「だとすると……やっぱり、おれたちが一緒にいるのはマズいかなぁ?」

「え?」

「いや……【クリア】はまだ良いけど、『リザードマン』はあんまり評判が良くないから」

「……そうなのか?」

「う〜ん……」


 ボウガは首を傾げるが、アロはその言葉に複雑そうな顔をした。


「正直に言うと、俺も『リザードマン』にはあんまり良い感情はなかった。あ、全体的にってことで…………お前たちは話してて大丈夫だ」


 確かにアロは「リザードマンなんて何考えてるかわからない」と言っていた。そのせいか、この二人のことを悪く思っていたことに申し訳なく思っているようだ。


「無理に取り繕わなくてもいいぜ。おれらが【精霊族(スプライト)】からも【魔神族(ジーニー)】からも良く思われてないなんて、今に始まったことじゃねぇし」

「だいたいの奴に『表情判らない』って言われんだよ」


 これは【獣人族(セルリアンスロゥプ)】独特の『獣頭』のせいでもある。

 一般的に『第2種』と呼ばれ、『リザードマン』は【クリア】として生まれない限りは全員が『獣頭』だ。彼らは年齢はもちろん、性別も顔だけでは判断しずらい。


「え? リザードマンにも【クリア】がいるのか?」

「そりゃ、いるだろ。おれらも『人間』だからな。『亜人』や『人型の魔物』じゃねーんだから」


 やはり、ボウガは【種族】や『人種』に疎い。自分が『人間』だということも、少しだけ疑わしく思う時があるくらいだ。


「そういや、ボウガ……お前、おれたちと同じ『リザードマン』じゃねぇよなぁ?」

「え?」


 考え込みそうになった時、バグナがボウガの顔を見ながらぽつりと言う。


「いや、お前ってさ、あんまり表情変わんねぇからさぁ。うちの【クリア】の奴もそうなんだよ。小さい頃、近所に住んでた奴がいたんだ」


「へぇ……」

「ー……」


 あまり意識しなかったが、ボウガは表情の起伏が少ないようだ。

 バグナの指摘に、アロとチェリも思わずボウガの顔を見詰めてしまった。


「でも兄貴、ボウガの顔って『リザードマン』には見えねぇーよ? どっちかっていうと『エルフ』や『魔人』じゃないか?」

「あー、そう言われると……うちの【クリア】は、もっとツリ目で鼻が低いもんなぁ」

「そうそう! そっちの方が絶対にイイ男だよ!」

「同じ【クリア】でも違うんだ……」


 ついでに美醜の感覚も違うかもしれない。口に出しては言わないが、ボウガには『リザードマン』の顔より『エルフ』の方が良く見える。


「じゃあ、こいつみたいに『馬鹿正直』『馬鹿力』『馬鹿戦闘力』で『エルフ顔』の【クリア】が生まれる『人種』ってわかるか?」

「「全然」」

「…………」


 自分の『人種』が判らないよりも、馬鹿が並んだことにちょっとだけ傷付くボウガ。『馬鹿力』と『馬鹿戦闘力』はわかるが、『馬鹿正直』は性格なので仕方ない。


 結局、ボウガの『人種』は分らず仕舞いだ。





 食事を終えて、そろそろ解散かと思った頃。

 不意にバグナがアロに話し掛けた。


「アロたちは祭りの期間中、何して過ごすんだ? やっぱり、ずっと王宮にこもりきりか?」

「いや。ある程度は自由に動けるけど……さすがに街の中とかは動けないな。王宮内か、もしくは王宮に通じる施設に居ることになるな」


 アロの返答にバグナは「ふ〜ん……」と何かを考えている。


「確か……祭りのせいで『カルタロック』には【種族】『人種』関係なく、人間が多く集まるんだよなぁ」


 そして、呟くとチラッと三人を見回した。


「王宮にいると、他から来た奴らの情報は入りにくいかもな。だからさ、街についての『情報役』……欲しくねぇか?」

「へ?」

「お前らもあちこちの街の噂とか知りたくないか? ってこと……」


 つまり、王宮以外でのアロたちの手足になろうということだ。


「そりゃ、おれらも王都観光をしてみたいっていう下心もあるけどな。お前らと一緒なら、簡単に城下町に入れるだろ?」

「いいな、おれっちも王都見てみたい!」


「ふ〜ん……」


 下心があると言う割には、手伝おうとする気持ちの方を強く感じる。


「二人とも、情報収集なんてしたことあるのかよ? 駆け出しの冒険者だったろ?」

「情報を集められたから、【魔神族(ジーニー)】の国から出られたんだよ」

「……なるほど」


 アロがニッと笑う。


「いいぜ。その代わり、未来の女王陛下への忠誠を誓ってもらうぞ」


「「未来の女王陛下のために!」」


 キレイにそろったリザードマンの敬礼に思わず笑ってしまう。



 愉しげな誓言は、大きくなっていた店内の音楽に紛れて目立たなくなっていた。




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