第2話 緊急事態
まもなく昼になる。
部屋の置時計を確認した後、アロは机に置いてある手紙と小箱に視線を向けた。
「そろそろ、チェリとも話し合わないとな……」
大きなため息の原因は、彼の目の前に置いてある小箱にあった。数日前、この家に王宮から届いたものである。
「いっそ行かないか。いや、ダメか……」
独り言を漏らすが、その答えはすでに出ているのだ。
――――帰ってきたら、飯の時にでもゆっくり話そう。色々と決めなきゃいけないし。
アロは小箱を持ち上げると、それをチェストの引き出しにしまった。そして、そのまま台所の方へと歩こうとした時、
バターンッ!!
家の扉が勢いよく開いて、数名の子供たちが家の中へとなだれ込んできた。
「なっ……!?」
「あ、アロ兄ちゃんっっっ!!」
「早く!! 助けてっ……チェリお姉ちゃんがっ!!」
「助けてっ!! 川に、お姉ちゃんがっ!!」
「うわぁぁぁ〜〜〜んっ!!」
慌てて蹴つまづいて転んで、折り重なってバタバタと藻掻く子供たちにアロは目を丸くする。
「落ち着けっ!! 何があった!?」
騒ぐ子供たちに、アロも自然と大声で尋ねてしまう。
「おっきなオオカミが……まっくろな」
「河原で水飲もうとして、チェリお姉ちゃんが結界で…………」
子供たちは混乱しながらも必死で説明をしている。
まっくろなオオカミ。
この辺の森では狼や熊は見かけない。
「…………魔物……!?」
チェリが結界の魔法を使ったのなら、それは野生動物ではなく『魔物』の可能性がある。すぐにその考えに至ったアロは顔色を変えた。
「くそっ!! いつも行く川の方だな!?」
アロが片手を上げると、目の前に『白い大きな杖』が出現する。片脚を引っ掛けるように寄り掛かると、杖はアロの身体ごと宙に浮いた。
「お前たち、すぐに他の大人に『森に魔物が出た』って言え!! 場所を口で教えて、お前らは森に入ってくるんじゃない!! わかったなっ!?」
「「「うんっ!!」」」
アロが子供たちに手振りを加えて指示を与えると、腰の高さまで浮いていた杖はアロを乗せて物凄いスピードで扉から外へと飛び出した。
――――なんで魔物が? いや、それよりも早く行かないと!!
考えながらも村を突っ切り、森の木々の間をすり抜けていく。
途中、空気に微かな血の匂いが混じってきた。ますます、アロの胸に不安と焦りが湧いてくる。
「……チェリーーーっ!!」
バサッ!! と河原へと杖に乗ったまま飛び出して、滑るように石を蹴散らしながら着地をした。
しかし、河原が思ったよりも静かで、彼の叫び声は川のせせらぎ音に紛れていく。
「チェリ…………うっ、これって……」
そこで目にした光景に、アロはサァッと血の気が引いていった。
黒い塊があちこちに転がり、河原の小石たちはベッタリと血で汚れていたのだ。
よく見ると、黒い塊は体が引き裂かれた魔物であった。頭部の数から、魔物は三体いたと分かった。
「………………はっ!! そ、そうだ、チェリっ!!」
あまりの悲惨な光景に一瞬だけ意識が飛びかけたが、アロは妹のチェリの姿を探して周りを見回した。
「あっ!!」
「……………………」
少し離れた所に、後ろを向いてぺたりとチェリが力無く座り込んでいた。
「チェリ!! 大丈夫か、怪我は…………」
すぐに駆け寄って無事を確認しようとした時、チェリが振り向いて口元に人差し指を立てて“静かに”と目で訴える。
「何を…………ん?」
「………………」
アロがチェリの正面に回ると、座った彼女に膝枕をされるかたちで何者かが倒れていた。
それは一人の男性だった。
背が高く茶色の髪の毛で、顔に大きな傷がある若い男。この村の者ではなく、近くの町から来たのかも分からない。
「この人は?」
「………………」
アロの問いにチェリはニコリとして、男の頭をそっと撫でる。
《この方に助けていただきました》
リン……と鈴の音と声がアロに届く。
妹が無事であったことにホッとしながらアロは周りを見回す。
死体がある以外は、河原や周辺には何の変化もない。魔物がいた原因は後々調べることになるだろう。
「こいつが、一人で倒したのか……」
転がっている魔物はかなりの大物で、それも三体もいる。勢いで来てしまったが、正直アロが相手にできたかはわからない。
倒れている男の側には血のついた長剣が落ちていた。この男は服装から見ても魔法使いよりも、剣士とか物理系の戦士だろう。
――――こいつが何者かはわからないけど…………身内を助けてもらったのには違いないな。
「この人、怪我は?」
「ーー、ーー」
チェリはふるふると首を振った。
男は全身ずぶ濡れだ。服の破れなどから怪我はあったが、チェリが回復の魔法を掛けたのだろうと推測した。
「俺たちじゃ運べねぇな。それに、こいつは…………」
他の村人が来たら一緒に運んでもらおう。そう思って、アロは改めて男の様子を見る。
この辺では見かけない人間。
耳の形は丸く、エルフのような長耳でも、獣人のような獣耳でもない。
頭に角の類いは無く、翼やその他の特徴は特に見られない。
【精霊族】ではない。
【獣人族】も【魔神族】の特徴もない。
「……【クリア】か」
彼は妹の恩人である。例えどんな人間でも丁重に迎えなければ。
アロに遅れること数分後。
村に住む大人の男たち数名が河原へ到着した。全員が手に農具や金物を持ち、力には自信のある熊や狼の【獣人族】ばかりだった。
「魔物が出たって聞いたが……」
「これは一体……」
アロと同じように彼らも河原の惨状に戸惑った。
「詳しい事はチェリと、この人に聞かないとわからない……とりあえず、話は村に帰ってからだ」
深刻な表情で村人に指示を出すアロの横で、チェリは膝で眠る男性の頭を微笑みながら撫で続けていた。




